「北スマトラの食(1)」(2021年07月19日)

北スマトラ州は元々バタッBatak人の土地だったようだが、南のムラユ人が徐々に海岸沿
いに上がって来て、海岸部で同居するようになっていったのだろう。純然たるバタッ文化
が山岳部に残っている一方、雑種文化の印象が濃い東海岸部をオランダ人は東スマトラと
呼ぶようになった。経済政策の実施対象として地域名称を特に設けたということなのかも
しれない。

ひと口にバタッ人と言っても、いろいろな種族に別れていて、文化も多少の違いがあるよ
うだ。トバ・バタッ族の有名な料理にアルシッarsikという祝宴用の料理がある。さまざ
まな祭事の祝宴にアルシッを大量に作って客をもてなしたり、通過儀礼の祝い事に届け物
として送ったりするのだが、個人用に作ることももちろんするし、レストランのメニュー
にも入っている。

このアルシッという料理は多種のスパイスを使うアチェのグライのような料理で、グライ
の水気がなくなるまで煮詰めたものと思えばよい。たとえば鯉のアルシッを作るときは、
まず鯉を切ってからよく洗ってスパイスをまぶし、一部のスパイスを底に敷いて鯉を載せ、
残りのスパイスを上からかけてひたひたに水を入れ、ふたをして中弱火で熱する。水が半
分くらいに減ったらネギなどを入れて、水分が無くなるまで煮続けるとできあがり。
魚を切らないで姿煮にする場合は、魚をひっくり返すと身が崩れるので、魚を動かしては
ならないことになっている。


しかし単にグライを煮詰めた料理であるなら、バタッ人がわが郷土料理と自慢するわけが
ないだろう。アルシッは他の土地で作るグライの煮詰物と元々の味が違っているのだ。ア
チェ人にとっての「例のアレ」と同じような働きをする物がバタッ料理に使われているの
である。

その名も、アンダリマンandaliman。アンダリマンはバタッのコショウMerica Batakの異
名を持ち、バタッ人がたいていの料理に使って秘蔵の味をもたらすものなのだ。バタッ人
が作るアルシッをはじめ、ナニムラnanimura、ミーゴマッmie gomakなどのどれもアンダ
リマンなくしてはバタッの味が感じられないものになる。おまけに柑橘類の香が魚料理の
生臭さを失わせてくれる。

アンダリマンの学名はzanthoxylum acanthopodiumで、ミカン科サンショウ属のひとつで
あり、中国語で刺花椒、あるいは四川花椒szechuan pepperとも呼ばれている。この実が
スパイスの中に加えられると、辛みが舌を刺してから渋みが後味になって残る。その渋み
が多彩なスパイスと混然一体となって口中に得も言われぬ刺激をもたらし、口が次のひと
口を求めるようになると言われている。アンダリマンが舌を刺し、舌が感動で打ち震える
のだそうだ。

バタッ食文化の必需品であるこのアンダリマンはどこのパサルでもお目にかかることがで
きる。樹から採られた生のもの、粉末に加工されたもの、あるいは即席使用のために既に
練られたものまで、消費者が望む形態で販売されている。

北スマトラ州の州都メダンにもプチナンPecinanがある。プチナンとはpe+cina+anが縮ま
ったもので、チャイナタウン又は華人集落など、華人集団居住地を意味している。華人集
落をKampung Cinaと呼ぶ用法もあって、その両語がほとんど同等の勢力で併存しているよ
うに思えるのだが、都市の中にあるチャイナタウンはプチナンと呼ばれる方がはるかに多
いように感じられる。[ 続く ]