「地上の異界、スラウェシ島(終)」(2021年07月19日)

市場で肉を売っている販売者は販売台の権利を持つひとびとで、仕入れた肉を売っている
にすぎない。かれらはただ、売れる物を売れる価格で売っているだけなのだ。保護動物を
かれらに卸しているのは狩人たちなのである。狩人はたいてい、卸先を固定している。つ
まりパサルで販売台を持っている者の中の同じ人間といつも取引しているということだ。

だから販売台を持っている者は狩人が卸す動物が何であれ、それを相場の価格で売るだけ
なのである。狩人はだいたい北スラウェシやゴロンタロを狩場にしているが、物によって
はもっと遠くへ行くこともあるし、あるいは遠くから送らせることもする。たとえばコウ
モリは南スラウェシから取り寄せる。

しかし狩人がパサルの販売台に卸さないものもある。それはバビルサの頭だ。牙を欲しが
るマーケットが別にあり、狩人はバビルサの頭を買取人に売る。買取人は肉などよりもは
るかに高い金額でバビルサの頭を買い取るのである。

動物保護活動家のひとりは、ここの市場だけが保護動物の肉を売っているのでなく、ミナ
ハサのほとんどすべての市場で同じように売られているのだと語る。しかもそれを買うの
は一般家庭だけでなく、レストランも買っている。トランススラウェシ街道沿いの多くの
レストランは保護動物の肉料理を客に出しており、客はもちろん隠語を使って注文する。
ストレートに「アノアの背肉ステーキ4百グラムをメディアムで。」などと注文しても、
知らん顔をされるのがオチだ。

野生動物の肉を何でも食べるのは昔から続けられてきた習慣だ、とミナハサ住民のひとり
は言う。農夫だったかれの父親は、子供にイノシシ・ヤキ・バビルサ・アノア・ヤマネコ
・クスクスなどを狩って食べさせた。それらの肉は洗礼・結婚・誕生日などの祝宴やパー
ティでも頻繁に客に供せられたから、だれもがそれを普通の食べ物として食べながら成長
した。パーティや祝宴で珍しい動物の肉が出たら、みんな奪い合うようにして食べたもの
だ。サルや犬の肉料理すら出ない祝宴やパーティは、貧相なお膳立てだと言ってみんなが
批評した。かれ自身、57歳の今日までに21種類の野生動物の肉を賞味したそうだ。
「まだ食べたことがないのはタルシウスくらいだ。あれは肉などろくにないから。わたし
ゃ、4人の子供も自分と同じようにして育てた。もうすぐ5歳になる孫なんか、アンジン
リチャリチャが大好きだよ。」

グルメに造詣の深い地元民は、ミナハサ人が何でも食べるのは、味付けが辣いことが鍵に
なっている、と分析している。何の肉であろうが、トウガラシをたっぷり使って辣くして
あれば、みんな喜んで食べるのだそうだ。どんな生き物でも食べるというこの郷土特性を
地元民はこのように韜晦している。いわく「脚があるものなら何だって食べる。机の脚以
外はね。空を飛ぶものなら何だって食べる。飛行機以外はね。泳ぐものだって何でも食べ
る。舟以外はね。」

ミナハサ人のこの食習性は中国人に教わったものだとかれは主張する。「17世紀ごろ、
華人がミナハサに入って来て、中国の食習慣が地元民に伝えられた。たとえば犬だ。もと
もと犬は番犬としてミナハサで使われていた。ところが繁殖力旺盛で、どんどん数が増加
して行き、人間の生活に邪魔になるようになった。『じゃあ、食えばいい』というのが華
人のロジックで、犬の料理方法を華人がミナハサ人に教えた。1958年にプルメスタ運
動が北スラウェシに入って来たとき、住民はみんな町から逃げ出して森の中に隠れ住んだ。
生き延びるために森の中で手に入る食べ物を何でも食べた。その時期に、野生動物を食べ
る習性が強まった。大人はだいたいが狩りをすることに慣れていたから、野生動物の肉を
子供に食べさせた。親が食卓に用意した食べ物は子供に食べる義務がある。」


だが、北スラウェシの野生動物たちが絶滅に向かっている原因は人間に食われることばか
りではない。ビトゥン港からフィリピンに向けて密輸出される保護動物も少なくない。森
林不法伐採も原因のひとつであり、合法的な農園開発による森林消滅もまた別のひとつだ。

それらのすべては人間が行っていることなのである。スラウェシ島が異界であることを許
そうとしない人間たちに、この異界は将来どのような反撃を加えるのだろうか?[ 完 ]