「ウシ ウシ ウシ(9)」(2021年09月16日)

水牛の習慣が人間に時を告げるものとされた例にkerbau turun berendamという表現もあ
る。一日の活動を終えた水牛が夕方5時ごろに川に降りて行って水に浸かることを述べて
いる言葉である。水牛が、優しく荒ぶれない生き物であることを物語る表現もある。たと
え水牛が自分の子供に角を突き付けても、水牛が本当に子供に暴力を振るうことはなく、
単にそんなふりをしているだけだということを意味するkerbau menanduk anakがそれだ。


2020年の統計によれば、全国の水牛総頭数は118万頭いる。東ヌサトゥンガラ州が
トップの19万、西ヌサトゥンガラ州が二位で12.6万、それを追って南スラウェシ1
1.8万、北スマトラ10.4万、他に10万台に乗る州はない。

ちなみに牛の総頭数は、肉牛17,466.792-、乳牛568,265-で、合計1千8百万頭になって
いる。東ジャワに5百万頭いて、二位の中部ジャワ以下が1百万頭台であるのを大きく引
き離している。

水牛は1925年ごろ全国に320万頭おり、1992年には330万頭が記録された。
しかし1969〜73年は平均年4%の減少が起こり、反対に1983〜88年は5年間
で33%増加している。昨今の百数十万頭という数字を見るなら、インドネシアの水牛も
希少化の道を歩んでいることは間違いあるまい。自然死亡率は年間4.5%で比較的高い
ことから、水牛の増産は手がかかりそうだ。


イスラムマタラム国の王都ソロでは、クボブレkebo buleが飼育されている。現在行われ
ているブレという語の用法をクボブレに当てはめて白人と関係があるように思ってはいけ
ない。まるで関係などないのだから。

白人を意味するブレを最初にはやらせたのはインドネシア学者クリフォード・ギアツ教授
だった、というエピソードを読んだ記憶がある。かれがインドネシアに留学していたころ、
インドネシア人は白人のことをロンドと呼んでいた。Belandaを意味してジャワ人が使う
Walondoの短縮形だ。

米国人である若かりしギアツ教授がきっとその待遇を快く思わなかったのだろう。インド
ネシア語ジャワ語のよく分からない白人たちなら、単に白人を意味するインドネシア語と
思うだけだったろうが、その双方を究極まで自家薬籠に押し込んだギアツ青年だから、米
国人なのに「オランダ、オランダ」と言われてムッとしたのかもしれない。

かれは白子を意味するブレをロンドの代替に選択した。インドネシア人知識層もそれをバ
ックアップしたのではあるまいか。オランダは既に世界の覇権競争から何歩も遅れてしま
った民族であり、それをいつまでも白人の呼び名にしているのは時代錯誤だとインドネシ
ア人が考えたとしてもおかしくはない。

おまけに白子は特異体質であることから、差別感が生じるのはインドネシア人にとっても
同じだった。わたしはそのポイントに一癖が含まれているように感じるのである。現実に、
ブレという言葉に侮蔑感を感じるインドネシア人が存在していて、失礼な行為であると常
日頃から感じているらしく、コンパス紙に掲載されたそのひとの投書には、「白人をブレ
と呼ぶのをやめて、別の言葉に替えましょう」という呼びかけが書かれていた。

ギアツ青年がそんなことを知らなかったはずはないだろうとわたしは思う。それをあえて
「自分たち白人を白子と呼べ」という方向にインドネシア社会を誘導したかれの心中に何
があったのか、インドネシアを愛した人間のそんな心理を考証してみるのも面白いテーマ
になりそうだ。[ 続く ]