「ウシ ウシ ウシ(終)」(2021年10月04日)

サファリパークのこのプロジェクト責任者は、将来的にバリ牛の品種改良を行う意向であ
ることを明らかにしている。バリ牛はバンテンの子孫であるというのに、長い期間にさま
ざまな相手との交配がなされて小型化し、また病気に対する耐性も弱まってしまった。大
人のバンテンは体重が8百キロに達するのに反して、バリ牛は350キロ程度にしかなら
ない。バリ牛の体躯をバンテンのようにすることによって、国内食肉市場への供給は大幅
に増加するにちがいない。


このバルラン国立公園の中央に海抜1,247メートルの死火山バルラン山が鎮座してい
る。ジャワ島北岸を走る国道一号線を通ってバニュワギ県クタパン港へ行くとき、必ずバ
ルラン山西側斜面に作られた道路を通過する。わたしもジャカルタとバリを車で十数回往
復したとき、南回りでバニュワギ市内を通過する時以外は、必ずこの小さい山を横切った。

たいていは昼間に通ったが、早朝に通ったこともあれば、深夜に通ったこともある。深夜
の山越えは満点の星空に包まれており、運転席からチラチラと見える星空があまりにもも
ったいなく、車を道路脇に止めて下車し、しばらくうっとりと眺めたことを記憶している。
あれほど星に満ち満ちた夜空を見たのははじめての体験だった。

山道に街灯はなく、ヘッドライトだけが頼りの運転であり、通行車両は少ないがみんな高
速で走るため、止まっている車はリスクが高い。同乗者に促されて、そそくさとまた出発
したのだが、わたしの残された人生にあの夜空を見る機会はもう二度とやってこないだろ
う。


シトゥボンドの街を抜けてから長い道を東に向かって走り、シドムリヨの村でいきなり南
に折れて山の上り坂に入って行く。山腹をしばらく走ると、突然大きい奇岩がごろごろ転
がっているのが目に入り、驚かされることになる。バルラン火山が生きていたころに吐き
出された大岩なのだろう。かなり広範なエリアに散らばっていることに、また驚かされた。

ジャワのアフリカはこの道路を通ってもまったく見えない。サバンナ平原はバルラン山の
向こう側に広がっているのであり、そこへ行くには山を下りきったウォノレジョ村側から
山の向こう側へ入って行かなければならない。

ジャワのアフリカをハビタットにしている動物たちも、壁であるはずのバルラン山を越え
て国道の通っている側へやってくることがある。そのために壁のこちら側に来る動物を捕
えようと罠を仕掛ける者がいる。国立公園管理館にはなかなか目の届きにくいエリアであ
るため、国立公園の中で保護されているとは言いながら、悲劇的な事件も時おり起こって
いるようだ。


いるいると言われながらも足跡や排泄物しか見ることのできなかった中部カリマンタン州
ラマンダウ県ブランティカンBelantikan郡の森林で2013年7月、ついに野生バンテン
の姿が監視カメラに写った。群れで行動している者や単独行動している者が写っており、
野生動物保護活動家たちを喜ばせた。

カメラが設置されたのは野生動物が頻繁に訪れる塩沢のあるエリアで、地元民がsopanan
と呼ぶ塩沢は人間にとっても重要な天然資源であるため、慣習がそのエリアを統制してい
る。ブランティカンの森林には塩沢が25カ所あるが、特に大きいパンガラマンとパシラ
ンの塩沢がターゲットにされた。

オランウタン保護団体が2005年にブランティカンの森林を調査したとき、塩沢にバン
テンのものと思われる足跡と排泄物が見つかり、地元民に尋ねたところバンテンをときど
き見かけるという返事が得られた。

2007年の調査のときもふたつの異なるサイズの足跡がブキッドゥリアン丘の竹やぶの
近くで見つかった。

2008年4月、イノシシ狩りをしていた地元民がスガイトゥンカパン地区でバンテンの
母子に遭遇し、母牛を殺して子供は飼育するために村に連れ帰られた事件があった。また
その年の1月ごろ、猟師が10頭から成るバンテンの群れをパシラン塩沢で目にしている。

それらの諸情報が、監視カメラによって最終的に真実であったことが証明されたのである。
[ 完 ]