「イ_ア東部地方料理(7)」(2021年10月07日) フローレス島ララントゥカから北東にまっすぐ海を渡ると、およそ8百キロほどの距離に アンボンがある。アンボンの伝統料理はおいしいと誰もが言う。それは料理の主食材であ る海産物が新鮮であること、そしてパサルで食材を買うイブイブやタンテタンテの多くが 口やかましいひとたちであったことから、耳の痛くなる客の口舌をパサルの売り人たちが 聞きたくないため、良い品物を真剣にそろえるようになったからだという話もある。 料理人が吟味して選んだ質の良い食材が使われたためにおのずとおいしい料理になったと いうことらしい。同時にそれはアンボン女性の舌鋒のすさまじさを物語るエピソードなの かもしれない。 アンボンのたいていの家庭では、伝統料理が日々食されている。そのために伝統料理を供 するレストランはあまり存在しないのだ。家庭料理の代表選手はkohu-kohuだろう。コフ コフは燻したスマtongkolの身をむしってカリカリに炒ったヤシの果肉フレークと混ぜ、 それに短モヤシ・ナス・ササゲなどの生野菜を混ぜてドレッシングで和えたものだ。ドレ ッシングはライムの搾り汁・赤バワン・チャベラウィッ・バジルで作る。 コフコフと茹でキャッサバは絶妙の取り合わせだ。その組み合わせを最高の快適さで味わ うには、手づかみが一番適している。食べ方の作法までが味覚に関わっていることを理解 している文明人はあまりいないのではないだろうか。現代文明が賎しんでいる手づかみ作 法を観念的な価値観で見ていては、味覚の極意を得ることはできないかもしれない。 豊富な海の幸はシンプルな焼き魚を多彩なバリエーションに変えてくれる。アジbubara・ カツオcakalang・マハタkerapu・サバlema/kembung・フエダイkakapなどさまざまな鮮魚 の味わいを楽しめるのは、海に面した街ならではの愉しみだろう。 あるいは、燻し魚はどうだろうか。カツオの燻し魚cakalang asarが黒茶色の艶を輝かせ ていれば、それは良質なのである。輝きが強いほど質は高い。cakalang asarと言うのは、 インドネシア語でcakalang asapを意味している。その身をちぎり、地元で言うサンバル チョロチョロcolo-coloに付けて食べる。colo-coloはcocol-cocolに由来しているらしい。 ライムの搾り汁・トウガラシ・トマト・赤バワン・バジルの葉そして塩で作るサンバルチ ョロチョロはやはり辣い。 アンボンでも、パプア料理のパペダpapedaが一般的な食べ物になっている。サゴが採れる 共通した風土になっているマルクからパプア一帯にかけての地域が同一文化圏だからにち がいあるまい。 このパペダはサゴを直接ゼリー状の粥にしたものであり、炭水化物摂取の源泉になってい る。味がたんぱくなためにそのサゴ粥とスープを一緒にして食べる。マグロの切り身をラ イムの搾り汁とウコンその他の調味料で味付けして作った黄色いスープを入れた皿に、ま るで糊のようなパペダを入れ、その皿を口元に持って来てすするのである。スプーンなど は使わないのだ。パパヤの花を炒めたり煮たりしてそれに添えると、苦みが加わって食欲 をそそる。 アンボン市街中心部から18キロ東方にあるスリ村Desa SulihのナッセパNatsepaビーチ はアンボン市民から外来客に至るまでの行楽スポットになっている。そこから7百メート ルほどの距離に地元のパサルがあって、地元産のさまざまな果実や野菜、そして新鮮な魚 も廉価に買うことができる。 ナッセパビーチで売られているルジャッrujakが、アンボンの他のビーチのものに比べて とてもユニークだという話だった。 「ブンブが違うんですよ。」と売り娘が言う。ブンブは揚げピーナツを潰したものとヤシ 砂糖を混ぜただけで、水や酢などの水分を使わない。水気は果実から出て来るものだけで あり、酸味もブリンビンウル一個で十分。ヤシ砂糖はサパルア産もしくはマカッサル産の ものだけが使われる。 果実類はパパヤ・ブリンビン・バンクワンbengkuan・キュウリ・ジャンブボルjambu bol を食べごろに切ったもの。それにブンブをからめて食べる。ブンブに粘り気がある点が他 のルジャッと違っているのだ。[ 続く ]