「イ_ア東部地方料理(9)」(2021年10月11日)

この北マルクのゴフは十年くらい前、現地でも珍品になっていた。何かのお祝いの時にホ
スト家庭が用意する代表メニューなのであり、テルナーテへ行こうがティドーレへ行こう
が、町中のワルン食堂のメニューには入っていなかった。反対に、家庭での祝祭には魚の
ゴフが食卓の首座を占めていたのである。ではあっても、おいしさ抜群であることから、
食道楽たちは事あるごとにゴフを喧伝していたものだ。現地で知り合いの祝い事があるな
ら、必ず行ってgohu cakalangを食べておいで、と。

ただそのころであっても、テルナーテのドゥファドゥファDufa-dufaやティドーレのトマ
ロウTomalouのような漁村へ行けば、ときどきワルン食堂でゴフが一皿5千ルピアで供さ
れることもあったという話だ。しかしグルメ時代に突入したインドネシアは既に変貌した。
今や北マルクでは、観光客がゴフイカンをメニューに入れているレストランに続々とやっ
てくる時代になっている。


テルナーテの街から海岸沿いを南に20分ほど車を走らせると、標高150メートルほど
のガデNgade丘に達する。そこにはトゥラタイとフロリダという二軒のカフェレストラン
が海に面して小高い位置に建っており、店内からマイタラ島とティドーレ島を海の向こう
に望見することができる。食事処としては絶好の場所だ。

その間の海を漁船や、テルナーテとティドーレを結んで往復している大小の客船が行き交
っている。フロリダは店内がたいへん広く作られていて、結婚披露宴や種々のパーティに
借り切ることもできる。

メインのメニューはどちらも多種多彩な魚やイカの焼きもの・炒めもの・燻しものあるい
はリチャリチャなどだが、昔はヤシガニkatam kenariを求める客が多かった。このヤシの
実を食べる陸生のエビ目に区分されている生き物は昔からあまりたくさん収獲されないも
のであり、人間が高い金を払って食い尽くすようになったために量がもっと減り、ついに
絶滅が危惧される生き物として保護されることになった。1987年の森林大臣決定書で
保護動物指定がなされている。


ヤシガニは一生を通して陸上で生きている動物だ。食べ物はヤシの実であり、エラ呼吸の
ためにエラの周囲にある海綿体を脚を使って濡らすことと、体内の塩分バランスを回復さ
せるためにだけ海水を必要としている。メスの場合は産卵時に海中に入る。

ヤシガニは身体が大きくて身が詰まっており、食べ応えがあって美味であるために、茹で
・揚げ・バター炒め・甘酢炒め・オイスターソース・ウォクウォクなどの調理法のどれも
が高い人気を誇っていた。しかし、近場で獲り尽くされてしまえば、遠方へ探しに行かな
ければならない。時と共にGebe, Widi, Pataniの島々からもっと遠くのパプア島まで仕入
れの網が伸びて行った。それに連れて値段も上昇の一途をたどった。

政府が保護動物指定を行っても、何年にもわたってヤシガニ食いの習慣は場所によって維
持された。20世紀終わりごろにジャカルタの中規模スーパーの鮮魚コーナーの隅の生け
簀で数十匹のヤシガニがモゾモゾしているのをわたしはこの目で見ている。数年間にわた
って、間をあけて数回見たように記憶しているが、そのうちに禁令が徹底したのだろう、
二度と目にすることがなかった。2000年代に入っても、テルナーテのレストランの中
にはときどき入荷して客のテーブルに出て来ることがあったそうだ。


ところがなんと、首都ジャカルタのスナヤン地区にある5星級ホテルのイタリアレストラ
ンで2008年に、期間限定のヤシガニ満喫スペシャルメニューが催された。イタリア人
シェフがヤシガニの爪の肉を使って種々のイタリア料理に応用し、人気を博したのである。

たとえば前菜に作られたココナツクラブケーキは爪肉をほぐしてパン粉をまぶし、油で揚
げたプルクデルで、それにココナツミルクで作ったソースをかけたものだ。[ 続く ]