「ヌサンタラの馬(9)」(2021年10月15日)

一頭の母馬から一日に1〜2リッターのミルクが採れる。スンバワ馬のミルクは抗生物質
ガラクトフェリンが含まれているので、半年くらい室温で保存できて、低温殺菌処理の必
要がない。また自然発酵が起こるので、薬効が得られる。発酵を遅らせたい場合は冷蔵庫
に入れればよい。

自然発酵したものはスンバワで昔から伝統医薬品として用いられてきた。さまざまな病気
に効果があり、精力回復にも使え、肌の健康と美容にも有益だと言われている。抗生物質
のおかげで人体の消化器系と呼吸器系で滅菌効果を発揮し、喘息・白血病・結核・チフス
・コレラ・赤痢・痛風・高コレステロール・高血圧・胃・肝臓・腎臓などに効能がある。

搾られたばかりの馬乳は温かくて甘味があり、酸味はない。酸味は醗酵プロセスを経て出
て来るのである。スンバワの馬乳は人間の母乳とほぼ同じくらいの栄養分を持っている。
農業省研究者の行ったスンバワの馬乳の調査研究の結果、含有栄養素の比率が次のように
公表された。他のミルクとの比較もなされている。
     脂肪  蛋白質  乳糖  灰分  水分 (数字は%)
馬    1.59     2.00     6.14    0.41    89.86
牛    3.90     3.40     4.80    0.72    87.10
水牛   7.40     4.74     4.64    0.78    82.44
やぎ   4.09     3.71     4.20    0.79    87.81
ひつじ  8.28     5.44     4.78    0.90    80.60
人間   3.80     1.20     7.00    0.21    87.60


スンバ島と同じように、スンバワ島でもひとびとは野生の馬を飼いならして荷物運びや農
耕などの労働を手伝わせた。農耕作業で作られるトウモロコシや緑豆、あるいは森林の中
で採取される巨大な蜂の巣や樹木などを島内各地に運搬し、あるいは港に運んで島外の地
にまで送り出す作業が馬のおかげで大いにはかどったことは明白だ。森林の中での採集活
動は獲物を探して人間が何日も移動する。乗馬は人間の行動領域を広げ、同時に移動時間
を短縮させた。

スンバワ島民の歴史も、馬と共に歩んだ人間の歴史である。何百年も昔から親は「良い馬
を探せ」と子供に教えて来た。人間の生活が馬と共に生きることであるのは、スンバもス
ンバワもまったく同じだった。元々、運搬や乗物などの手段として始まった馬の利用は、
人間社会の複雑化に伴って用途が拡大して行った。


ビマ馬の名前がヌサンタラ全般に知られるようになったのは12世紀ごろだ。各地から商
人がビマを訪れて馬を買い、故郷に持ち帰って王族貴族や将軍たちに売った。ナガラクル
タガマの記述から、クディリ・シゴサリ・マジャパヒッの王や将軍たちは自分の乗馬にビ
マ馬を選び、また騎馬隊にビマ馬をあてがったことが分かる。ビマ馬は戦場や狩猟の場で
大いに重宝された。この小柄な馬が人間のおとなを乗せて迅速闊達な動きを示すことがで
きたことがその名声をもたらした原因だったにちがいあるまい。

ビマ王国の古文書「ボーBo」によれば、16世紀にスンバワ島からジャワに選りすぐられ
た軍馬が何頭も送られた。17世紀にはトルノジョヨやスルタンアグン・ティルタヤサが
オランダ植民地主義に抵抗して行った戦争を支援するため、ビマ王国はプリブミ軍勢の騎
馬隊に存分の活躍をさせるべく多数の戦闘馬を送った。馬ばかりではない。ビマ王国第二
代スルタンだったアビル・ハイル・シラジュディンは、南スラウェシのゴワGowa王が行っ
た対VOC戦争に肩入れをして、ビマ王国の精鋭騎馬部隊を1646年にマカッサルに派
遣している。[ 続く ]