「黄家の人々(17)」(2022年06月20日)

ウイ・セの若妻のヒアンニオがウイ・セの第四子を産んだ。その男の子の誕生を祝って、
ある夜、ウイ・セの邸宅では壮大な祝賀パーティが開かれた。邸内の庭園は煌々たる灯り
に照らされ、招かれた高名なタユブのロンゲン、ニャイダシアが歌舞を演じて貴顕淑女た
ち来賓を楽しませた。挨拶に寄って来る来賓たちとウイ・セは数えきれないくらい乾杯を
交わした。ウイ・セはもちろんレヘントにも招待状を送ったが、レヘントからは用事があ
って残念ながら伺えないとの返事が来た。


その夜、賑わっている庭園からずっと離れた邸宅の奥で、黒づくめのふたつの人影が裏口
の使用人通用扉から屋敷の外へ滑り出た。ふたつの影は外の畑をひそやかに、しかし足早
に通り過ぎ、邸宅の裏の塀まで達すると門の扉を開いて外に出た。その夜は雲が星月を覆
い隠していて、一面闇に閉ざされている。冷たい夜風が闇の間からふたつの影にまとわり
ついた。傍を川が流れている。周り一帯は静寂に包まれ、虫の声と水流の音が聞こえるば
かり。そして邸宅の表の庭園から聞こえてくる遠いかすかなざわめきが、ふたつの影に安
堵と寂寥を感じさせた。

ふたりのうちのひとりが「エヘン」と咳払いした。女の声だった。すると川の中から返事
が返って来た。「エヘン、こっちだ。」押し殺した男の声がした。

ふたりはすぐに川面に下りる階段に向かった。そこに小舟が一艘もやっていた。ふたりは
階段を下って小舟に乗り移った。それまで黙っていたもうひとりが小舟に座っていた男に
抱き着いた。受け止めた男は小声で言う。「キム・・・、ああ、キムニオ、わたしはおま
えをここで待ちくたびれていた・・・」
「ああ、デン、わたしも朝から失敗しやしないかと気が気じゃなくて・・・」

キムニオの唇がふさがれた。小舟はすぐに川の中に漕ぎ出す。もうふたりの間に言葉は必
要がなかった。ふたりは沈黙したまま身体を動かすだけ。しばらく衣擦れの音がしたあと、
息づかいとしのび泣きだけが真っ暗な水面を漂って行った。


その夜遅くに祝宴はお開きになり、ウイ・セ邸は眠りに落ちた。翌朝、日の出のころに邸
内が突然騒がしくなった。邸内の裏扉と邸外に出る裏門が施錠されていないことが解った
のだ。泥棒が入ったのではないか、という疑いをだれしもが抱いた。

ウイ・セは邸内から無くなったものを調べさせたが、何も無くなっていないことが明らか
になった。ところが、もう陽がだいぶ高くなったというのに、キムニオが部屋から出て来
ない。身体の具合が悪いのかなと思ってウイ・セは妻に見舞わせたところ、今度は妻があ
わてふためいて戻って来た。キムニオの部屋には鍵がかかっていないどころか、キムニオ
の姿もなかったのだから。おまけにベッドが昨夜使われた気配がないのだ。

「ああ、おしまいよ。川に身を投げたんだわ。」泣きながらヒステリックに叫ぶ妻の声に
ウイ・セは驚いた。一度静まった騒ぎは興奮の度合いを数倍に引き上げて再開されたので
ある。

警察に届けが出され、小舟を集めて溺死体の捜索が行われた。川岸は見物の野次馬で身動
きが取れないほど埋め尽くされ、何艘もの小舟が川をしらみつぶしに調べたが、何も見つ
からないまま、その日の太陽は西に沈んで行った。


そんなことなど知る由もないキムニオは、小舟での情事が成ったあとレヘントの邸宅に連
れて行かれ、翌日は蜜月の時を終日過ごした。恋しい相手から片時も離れたくないふたり
は、互いに相手を求めあって一日を過ごした。キムニオは実家のことなど忘れ去り、わが
子リムニオのことまですっかり忘れて、女の幸福に酔いしれたのだ。

喜捨の行為がイスラムではとても尊い行いであり、それによって天国の扉が必ず開かれる
のだと年増女から教えられたのを実践するために、キムニオはたいへんたくさんの自分の
金を持参していた。年増女とキアイスントノはふたりから大枚のほうびをもらい、大喜び
でそのプロジェクトの幕を引いたのだった。

レヘントはキムニオのイスラム入信儀式を執り行い、そしてシティ・ファティマ・ラデン
・アユ・カノマンというイスラム名に変わったキムニオと正式の結婚式を挙げた。
[ 続く ]