「黄家の人々(18)」(2022年06月21日)

プリブミ領主様の結婚の話など、華人コミュニティの中に浸りきって暮らしている華人に
はたいして興味のある話ではないだろうが、プリブミ領民にとっては一大事なのだ。そし
てその美しい奥様がなんと、プカロガンの華人社会で一二を争う大金持ちの頭家の娘だと
いうことは瞬く間に知れ渡った。その話を耳にした人間がウイ・セにそれを知らせた。ウ
イ・セは驚愕した。すぐ妻にその話を知らせて、ふたりで涙を流した。

ウイ・セの怒りは腹の中で燃え上がったものの、親を裏切り、親の顔に拭うことのできな
い泥を塗った娘をいまさらどうしようもない。あの第四子の誕生祝の夜に何が行われたの
かをウイ・セははっきりと悟った。レヘントは招待を断り、娘は年増女の手引きで家から
脱け出した。そのふたつの出来事が今ひとつにつながった。そして突然、ウイ・セは背筋
に冷水を浴びせられたような気がした。おお、これがフィクニーの呪いだったのか・・・


娘がプリブミの男に走ったというその話が本当なら、自分の身の振り方を考えなければな
らない。娘が異文化人異教徒の世界に逃げ出した親のツラはもうコミュニティでの笑いも
のにしかならないのだ。自分を支えてくれていたプカロガンの華人社会は手のひらを返す
だろう。次の方針を考える前に、まずその話の真偽を確かめなければならない。

ウイ・セは長男のカチュンに県令役所へ確かめに行くよう命じた。レヘントはレシデンを
案内して県内を見回っていたから、これ幸いとカチュンは広大な役所を訪れ、オパスに教
えてもらった数軒の家屋の中のひとつを訪れた。

ファティマは弟が会いに来たのを喜んで、表のベランダに出て来て相手をした。ところが
ジャワ女の姿をしている姉を見たカチュンは腹を立てて罵り始めた。
「なんてとんでもないことをしてくれたんだ、姉さん。なんてひどい女なんだ。オレたち
の親がどんなことになるのかを少しでも考えたことがあるのか?」

ファティマは長椅子に身を投げて泣き始めた。
「こんな親不孝娘を持ったオレの親は、なんて不運な星の下に生まれて来たんだろう。自
分の欲望だけしか考えず、今はそんな恰好をして自分を賎しめている。この世間にさらす
顔をまだ持ってるのか?あんたの顔の厚さは人並みじゃないぜ。」

ファティマは涙を拭いて顔をあげ、弟の顔をじっと見て言った。
「チュン、カチュン。あんたは誰にそんな口をきいているのかわかってるの?」
「口を閉じろ、下司女!一家の面汚しをするような女はもう姉弟じゃない。でも、もし今
すぐに家に帰るなら、また家族に戻れる。今ならまだ遅くない。きっと父さんも赦してく
れる。」
「できないわ。わたしはもうこうなってしまった。もう、昔のわたしには戻れない。」
「できない?本当に?」
「本当よ、チュン。できないわ。」
「ああ、もういい。あんたはもう家族じゃない。家族との縁はもう切れた。神の罰を受け
るがいい!」
カチュンはそのまま後ろも振り向かずに出て行った。


カチュンの報告を聞いたウイ・セは怒った。死者が出たことを世間に知らせる白布を表門
に吊り下げ、草人形を作って棺桶に入れ、裏の畑の奥にその棺桶を埋めてその上にキムニ
オの名前を刻んだ墓碑を建てた。この家の長女はもう死んだのだ。死んだ者のことは忘れ
るだけだ。

ウイ・セは一家をあげてプカロガンからバタヴィアへ移ることにし、資産をすべて処分し
て金に換えた。かれの邸宅はウイ姓の貴顕のひとりが買い取った。およそひと月後、バタ
ヴィアに向かう船に乗るウイ・セ一家の姿があった。見送る者のあまりいない、寂しい旅
立ちだった。[ 続く ]