「黄家の人々(20)」(2022年06月23日)

夜の会合は涙涙の洪水になった。ウイ・セには何も知らせずに家を出た三人は○○飯店で
ファティマに会い、さまざまな話を交わして時のたつのを忘れた。「もう夜遅いから家に
帰ったほうがいい」というカチュンの提案でその場はお開きになった。

母親が明日またリムとふたりで来ると言うとファティマは、「じゃあ、今夜はリムとふた
りで寝たい。母さんは明日リムを迎えに来て。」と言う。母とカチュンはそれもまあもっ
ともな話だと思って、ふたりで家に帰った。

翌朝、陽が高くなってからウイ・セ邸に手紙を届けに来た者があった。カチュンがそれを
読むと、見る見るうちに顔色が変わり、地団太踏んで悔しがった。ウイ・セがどうしたの
かと尋ねると、カチュンはファティマがリムニオをプカロガンに奪い去ったことを告げた。
今朝早くバタヴィアを出る船に乗ったのだ。
「はあ?あの親不孝娘がここまで追いかけて来てわしの孫を奪い去った?いったいどこか
らこの家に入ったのか、探せ!」

カチュンは今更、昨日のことを父に打ち明けるわけにいかない。「キムニオは多分、しば
らく前からこの界隈に潜伏してリムに接触し、そそのかしたんでしょう。リムはこっそり
と窓から脱け出したんじゃないかな。」

ウイ・セは、リムニオが自分の初孫であるとはいえ、チョア姓であってウイ姓でないため
黄一族にとってたいした恥にはならないと考えて、リムニオの失踪にそれほど深い執念を
燃やすことはなかった。「このことは誰にも知られないようにしろ。」と長男に言い付け
るだけで事件は終わった。

カチュンは母親に事件を話に行った。母親の驚愕は並大抵のものでなかったが、カチュン
は母親を慰めて落ち着かせ、外孫に関わる恥をうちの一家がすべて引き被るようなことは
しないで、忘れることにしましょう、と言って母親を納得させた。


ウイ・セの夫婦は長女のことを忘れ去り、長男が年頃になってきたので妻を持たせようと
した。ところがカチュンは自分の気に入った女しか妻にしないと言い張り、親が結婚相手
を探すことを拒んだ。十分話し合いを尽くし、三人はそれで納得した。カチュンももちろ
んそのつもりになり、バタヴィアの華人社会を眺め渡して良い娘を見つけ出そうと努めた。
だがバタヴィアは広い。

ある日、仲間たちがスネンに住む評判の良い娘の噂をしていた。カチュンはそれに興味を
抱いた。親は貧乏だが、娘は美形でしかも気立てが良く、近在でもたいそう評判がよい。
幸いなことに、まだどこからも嫁の申し込みがないので、約束はどの家ともなされていな
い。カチュンはその娘を見に行こうと考えた。


娘の父親はチャン・プと言う。豚を飼い、豆腐を売って暮らしている。母親は亡くなり、
チャン・ソンキャウという名の娘を残した。父と娘のふたり暮らしだ。

ある日、スネンのその家にひとりのプリブミの若者が入って来た。水運びのバンテン人ク
ーリーのようだ。ソンキャウはその時、豚小屋で豚の世話をしていた。若者はソンキャウ
に言った。「ノナ、表でおやじさんから言われたので持って来た。どの壺に入れりゃいい
かね?」
「じゃあ、台所に入れて。中に壺があるから。」
「どの壺?」

ソンキャウは台所まで来て、ひとつしかない壺を示した。若者はその壺を水で満たした。
ソンキャウは若者に1セン銅貨を渡した。

若者は川に戻ると、着ている粗末な服を脱いで、川でマンディした。独り言を言っている。
「ああ、背中が摺りむけちゃったぜ。でも、こうでもしなきゃ、あの娘の普段の姿を見る
ことはできないからな。たしかにみんなが言う通り、きれいで気が利く素晴らしい娘だ。
これで決まりだ。あの娘を妻にしなきゃ、オレの人生に明日はない。生きてく意味はなく
なる。すぐに申し込まなきゃ。」

いつもの姿に戻ったカチュンはすぐに家に帰った。母親に、今日これからチャン・プ家に
申込をしてもらわなければならない。すべてはトントン拍子に進んで、ある日ウイ・セの
邸宅で盛大な結婚式が催され、華人社会の話題にまでなった。[ 続く ]