「黄家の人々(50)」(2022年08月04日)

そんなある日、プカロガンからプリブミ青年がひとり、ブタウィのプチナンにやってきた。
服装も整い、顔立ちも開明的で、立ち居振る舞いも上品であり、ジャワ人プリアイである
ことが一目でわかる。かれはトコティガのタンバッシアの邸宅を訪れ、マサユグンジンの
弟テジャだと名乗り、タンバッシアを「にいさん」と呼んだ。

タンバッシアはこの青年の訪問を不快に感じたが、そんなことはおくびにも出さず、パサ
ルバルのマサユの邸宅に案内するよう、馬車の御者に命じた。

マサユは長い間会わなかった弟の訪問をたいそう喜び、ふたりは懐かしさに手を取り合っ
て涙を流し、家族の様子や想い出話を語り合った。マサユは弟の食べるもの着るものを十
分に用意し、自分の家だと思っていつまでも逗留してよい、とテジャに言った。

マサユはテジャが来る前に作りかけていたバティックのサルンを急いで仕上げて弟にプレ
ゼントした。マサユが自分で描いた手描きバティックだ。テジャは喜んでそのサルンを履
いた。


テジャはマサユの言うがままに、そこが自分の家であるかのように振舞った。客としてそ
こに暮らす時の気遣いを、かれはしなかったということだ。普通、家の主人の親族が滞在
すれば、下男下女を含めてその家の人間はそれなりの応接をするだろう。それが善意の人
間というものだ。だがマサユの邸宅の下女はタンバッシアの奴隷だったのだ。つまり、下
女のご主人様はマサユでなくてタンバッシアなのであり、タンバッシアの命に従ってマサ
ユを世話していたのである。当然なことに、マサユを見張る者たちのひとりだった。

マサユの日常生活はこの下女から折に触れてタンバッシアに報告されており、タンバッシ
アは囲った女たちの情報をそのような方法でしっかりとつかんでいた。

テジャはそんな内情をまったく知らない。その家を自宅のようにして暮らし始めたテジャ
は、姉がこの家の主人だと思い、姉に仕える下女は姉に仕えるように主人の肉親である自
分にも仕えるだろうと考えた。だからあれこれと自分の用を下女や下男に言い付けたが、
そこにギャップがあった。下男下女は客として逗留しているはずのテジャの図々しさを憎
んだ。建前としてこの家の主人になっているマサユが客のためにせよと命ずるのが作法で
はないか。なんだこの若いやつは主人気取りで・・・


下女はマサユの前歴をタンバッシアから聞かされていた。昔はタンダッ踊り娘だったのだ。
男のひとりやふたりと遊んだことはあるだろう。そんな昔の男がマサユを探しに来ないと
も限らない。よく見張るんだぞ。

下女は憎いテジャを追い払うことにした。自分はマサユの弟だと名乗っているが、本当の
ところなんか知れたものじゃない。実際はマサユの昔の男じゃないだろうか?弟だと名乗
ってこの家に入れば、あとは毎夜男と女の濡れ場三昧だ。想像と現実が一体化しはじめた
下女はババシアに報告を上げた。「テジャという男は本当の弟じゃありませんよ。」

しかしマサユを一時期心底恋したタンバッシアは、マサユが誓った言葉をすぐに疑うこと
ができなかった。とはいえ、やはりテジャという男は何かしら気になる。タンバッシアは
トコティガの下男のひとりにマサユの邸内にいるテジャの様子を観察に行かせた。気の利
く男だから、男女関係の臭いを嗅ぎ取るのも難しくあるまい。

ところがその下男はマサユ邸の女中に丸め込まれてしまい、タンバッシアにテジャは黒だ
と報告したのである。「あのふたりは出来てますぜ。」

タンバッシアの心に嫉妬の炎と屈辱の怒りが燃え上がった。かれはマサユを問いただして
情報のバランスを取ることをしなかった。かれの意志は既に定まったのだ。ピウンとスロ
が呼ばれて、ふたりにテジャ殺害が命じられた。スーキンシア殺害命令が未遂行のままだ
ったためにボスに対して肩身の狭い思いをしていたふたりは、喜び勇んでテジャ殺害プロ
ジェクトの実施計画を組み立て、実行に移した。[ 続く ]