「黄家の人々(52)」(2022年08月08日)

翌朝、庭を散歩しているタンバッシアを探してピウンがその家に来た。ピウンが来たこと
を知らなかったマサユが庭に出てタンバッシアのところへ行きかかり、ピウンが履いてい
るサルンを見て愕然とした。自分が作ってテジャに与えた手描きのバティックとそれがそ
っくりだったからだ。自分のアイデアで描いた絵と模様を作成者が忘れるわけがない。だ
れかがまったく同じものを描くようなことが偶然に起こりうるものなのだろうか?

マサユはピウンにそれをどこで手に入れたのか尋ねたかった。しかしタンバッシアが自分
のチェンテンと話しているところに近付くことは許されない。そうこうしているうちにふ
たりの話は終わり、タンバッシアがマサユを見つけて近寄って来た。反対にピウンは向こ
うのほうへ行ってしまい、その日はそのまま邸宅の外へ出て帰ってしまった。尋ねる機会
は失われたのだ。

マサユはいつものようなそぶりでタンバッシアを世話し、トコティガに戻るタンバッシア
を見送ったが、心の中は解けない謎の渦に翻弄されていた。その日一日、マサユはその解
けない謎に取り組み、ひとつの仮説を組み立てた。それはどっしりとかの女の心の中に居
座った。

だれかがだれかに何かを命じ、それがテジャを戻らぬひとにした。ピウンがテジャのサル
ンを持っていることの理由はそれで成り立つ。タンバッシアの性格がどのようなものであ
るのかをマサユは十分に知っていた。自尊心が高く、嫉妬心が強い。女を完全に自分だけ
のものにしなければ、かれの心はおさまらない。たとえ肉親に対してであれ、自分の女が
他の男に気持ちを向けることに、かれはがまんできないのだ。ああ、これが自分の愛した
男の真の姿だったのか?


マサユの心は警戒心で満たされた。自分の周囲の人間はすべて、下男下女に至るまでタン
バッシアの人間だ。だれひとりとして信用することができない。テジャの失踪のあと、ほ
んの少し騒いだだけでテジャの話はぷっつりと消えてしまった。自分に噂を届けに来る人
間もいなければ、かれら自身の間で噂話をしている風もない。みんな何があったのかを知
っていて、自分ひとりがつんぼ桟敷に置かれていたのではないだろうか。

マサユは自分の境遇をそのときはっきりと覚ったにちがいあるまい。だがその境遇は生活
という面に関するかぎり、だれでも容易には得られない、たいへんに価値あるものだった
ことも確かなのだ。世間のだれもが、容易には得られないそれを夢見ながら生きているで
はないか。

金銭や物質的な問題は何ひとつ起こらず、しかもパサルバル界隈で自分は地主の大奥様と
して遇されている。自分が住民たちに何かを頼めば、住民たちは骨身惜しまず自分のため
に働いてくれる。タンバッシアに背を向ければ、それらのすべてが失われ、そればかりか
テジャと同じ穴に落とされるかもしれない。テジャの失踪の秘密に自分が気付いているこ
とを絶対にババに覚られてはならない。マサユの心の中で気持ちが固まった。


別のある日、タンバッシアはトコティガの邸宅の母屋の脇に建てられた別棟で目覚めた。
この別棟はタンバッシアがアヘンを吸うのに使っていて、タンバッシアの許可なくだれも
そこに入ってはならない。その朝のタンバッシアの気分は、お世辞にもよいものとは言え
なかった。マサユの裏切りという疑心暗鬼がかれを不愉快にしていたのだ。
マサユの前ではまるで何もなかったようなふりをして、マサユが自分に仕える様子に満足
しているように装い、ベッドの中でも昔と同じように性の営みを楽しんでいるように見せ
かけてはいても、かれの意識の覚めている部分が昔のように澄み切った状態でなくなって
いる。かれは疲れを感じた。[ 続く ]