「黄家の人々(53)」(2022年08月09日)

マサユとのこの感情のすれ違いは、スーキンシアに手を付けかねている現状への不満を倍
加させる役割を果たした。折りしも昨夜、ひとりの使用人がタンバッシアにあることを報
告したのだ。スーキンシアと交際のあった娘の家の前をスーキンシアがうろついていたと
いうのがその話だった。その娘を持つウイ・セ一族の家に、娘とスーキンシアとの交際を
やめさせるよう命じたが、本当に守られているのだろうか。スーキンシアを早く冥土に送
ってしまえば、こんな心配はしなくてもよくなるのだ。タンバッシアは独りごとを言った。
「あのプカロガンのチナ野郎め。ふたりだけで対面できるなら、オレのピストルでズドン
と頭をぶち抜いて思い知らせてやるのに。」

それからタンバッシアは考えごとを始めた。脇棟の中をうろうろと歩き回る。ときどき、
ぼそぼそと独り言が口からもれる。長い時間の果てに、かれの表情が明るくなった。すば
らしいアイデアがひらめき、それがかれの愁眉を開かせたのである。

オレのチェンテンがあいつを殺すのはむつかしい。だったら、あいつにオレのチェンテン
を殺させればいい。あいつは逮捕されて法廷で裁かれる。あいつの側の人間が法廷を動か
そうとしても、オレには総督閣下がいる。見せしめのために極刑を与えるよう閣下を説得
すれば、法廷は死刑か、またどんなに軽くても終身刑を科さなければなるまい。これであ
いつはたとえまだ呼吸していても、冥土に行ったも同然だ。このすばらしいアイデアがタ
ンバッシアを酔わせた。

タンバッシアは最初、リム・セーホーを殺され役に抜擢しようと考えた。だがセーホーの
自分への忠誠心がどれほど厚いのか、確信が持てない。最期の最後の土壇場で裏切られて
は元も子もなくなってしまう。本当に忠誠心を持っている者を犠牲にしなければ、この計
画は成功しない。真の強敵を葬り去るのに、自分の皮や肉が斬られるのを躊躇してはなる
まい。タンバッシアはリム・セーホーに向けた照準をウイ・チュンキに移した。かれは使
用人を呼び、ウイ・チュンキを今日の正午にここへ来させるよう命じた。


正午の少し前にやってきたウイ・チュンキはタンバッシアの部屋に入って対面した。タン
バッシアはベッドで横になったまま象牙のパイプでアヘンを吸っていた。黄金の装飾が塗
られ、ダイヤが散りばめられた高価なパイプだ。

アヘンの道具類が置かれた脇机に、皿に載ったケーキが数個置かれている。クリームとバ
ターがこってり塗られた美味しそうなケーキだ。タンバッシアはチュンキに、女に関する
情報を報告させた。しばらくその話題で言葉のやり取りが行われたあと、タンバッシアは
起き上がってパイプを脇机に置き、そこにあったケーキ皿を手にした。そしてその皿をチ
ュンキの前に突き出し、「食べるか?」と言った。昼飯前で腹を空かせていたチュンキは
すぐに食べた。タンバッシアが悲しそうな声で言う。
「キー、おまえは死ぬぞ。そいつは毒入りだ。」
「まさか。シアはふざけるのがお好きだ。」
「嘘なもんか。おまえが食べたケーキにオレは毒を入れた。だがな、おまえは心配しなく
てもいい。ここに5千フルデンの金がある。おまえの妻と子供たちのために用意した。こ
れからオレが言うことをおまえが忠実に実行すれば、もっとたくさんの金をここに上乗せ
してやる。これはスーキンシアを陥れるための策略なんだ。」

その言葉を聞いてチュンキはシアが本気であることを覚った。全身が震え、顔が蒼白にな
った。ああ、オレの人生はこれで終わるのだ。
「シアが敵を倒すための作戦なら、オレは命がけでそれを遂行しなきゃならない。オレは
何をすればいいのかを命じてください。シアの言う通りのことをやりますから。」

「オレはこれから公証人とバタヴィア市警長官をここに呼ぶ。おまえは死ぬ前にかれらに
こう言ってスーキンシアを告訴するんだ。おまえは今朝、借金の取り立てにスーキンシア
のところへ行った。スーキンシアはお前に薬草漬けアラッを飲ませた。その中に毒が入っ
ていた。それが告訴の内容だ。お前は残された妻子のことを何も心配しなくていい。お前
の妻子の生涯はずっとオレが面倒を見てやる。お前の墓も立派なものを建ててやるぞ。」
[ 続く ]