「黄家の人々(54)」(2022年08月10日)

チュンキは返事をせず、ただ涙を流すばかりだったが、タンバッシアに対してははっきり
とうなずいて見せた。するとタンバッシアはすぐに部屋から出て下男を呼び、今すぐにヴ
ェルテフレーデンから公証人とポアマン市警長官をここに連れて来るよう命じた。そのあ
とかれはまた部屋に入り、脇机の上にあるアヘン吸引道具類と残った菓子を戸棚の中に隠
した。

毒が効いてきたチュンキは痛みと苦しみでのたうち回る。その間タンバッシアに恨み言を
言うから、こいつは土壇場で裏切らないだろうかとタンバッシアは不安になる。肝心の筋
書きを証人たちに言わないで事実を述べたら、毒と毒入りケーキがこの家の中にあるのだ
から、家宅捜索されて万事休すだ。そればかりではない。証人たちがここに到着する前に
チュンキが息を引き取っても、わが身の破滅になりかねない。毒で死んだ人間がいて、毒
と毒入りケーキがその家の中にあれば、誰でも同じことを考えるだろう。望みはチュンキ
が筋書き通りのセリフを証人に聞かせることただひとつにかかっている。

だからと言って、タンバッシアがこの企てを後悔したわけでは決してない。かれにとって
は、筋書き通りに事が運ばなかったためにスーキンシアへの攻撃が失敗することが大問題
なのであり、それが失敗して嫌疑が自分に及んでも、そんなことは金で簡単に乗り切れる
と思っていた。


公証人と市警長官はまだ来ないか、まだ来ないか、とかれは焦れていた。チュンキの顔に
は既に死相が表れている。目はすでにうつろになり、ただただ痛みと苦しみをこらえてい
るだけだ。そのとき、公証人と市警長官が到着した。部屋の中に入ったふたりはその事態
を目にして顔色を変えた。

公証人がチュンキの耳に顔を近づけて尋ねる。
「どうしてあなたの口に毒が入ったのですか?」

身体を震わせ、喉の奥からくぐもった声でチュンキが言う。
「タンバッシアに命じられてアヘン代理人のリム・スーキンのところに借金の返済金をも
らいに行きました。しかしかれは返済せず、わたしに薬草入りアラッを飲むように勧めま
した。わたしは二杯それを飲みました。わたしがここに戻ってきたら、突然痛みが始まっ
たんです。ああ、たまらない。わたしはもう死ぬんだ。がまんできない。」

公証人は紙とペンを出してチュンキの言葉を書き留める。書きながらまた質問した。
「他の所に寄りませんでしたか?あるいは他の何かを食べたり飲んだりしたことは?」
「いいえ、トアン。」

チュンキは腹を押さえてのたうち、呼吸が小刻みなる。タンバッシアはふたりに言う。
「チュンキが毒を飲まされたのは間違いありません。リム・スーキンは借金を払うと口先
で言うばかりでなかなか実行しないから、先月チュンキはリムと喧嘩したんですよ。」
ふたりの証人はタンバッシアの言葉にうなずいた。


タンバッシアがだいぶ後になってから呼ばせたプチナンの白人ドクターがやってきた。医
者の到着は手遅れにならなければならないのだから。医者はすぐにチュンキを診察する。
チュンキは医者にも「リム・スーキンに勧められた薬草アラッを飲んでこうなった。」と
かすかな声で語った。

市警長官がチュンキに尋ねた。「あなたが薬草アラッを勧められて飲んだとき、その場に
ひとがだれかいましたか?」

しかしチュンキはもう質問に答えることができなかった。身体が痙攣してこわばり、口と
鼻から出血し、顔が焦げたように黒くなった。最期の息を引き取ったのだ。だがその目は、
タンバッシアのほうを向いていた。三人の白人は目の前で起こった惨劇のすべてを信じた。
きっと、人の死なんとするときその言うや善し、なのだろう。?をつきながら死んでいく
人間はいないなどと、いったいどうして断言できるのだろうか?[ 続く ]