「黄家の人々(55)」(2022年08月11日)

医者は死んだばかりのチュンキを詳しく診察して、所見を公証人と市警長官に述べた。
「連絡があまりにも遅かったために、この華人の生命を救うことができなかった。たいへ
ん強力な毒物がこの華人の体内に入ったことは間違いない。この毒物は古くなって力が弱
くなったもののように思われる。普通ならもっと早く効果があらわれて短時間に死亡に至
るはずなのだが、古く且つ保存状態も悪かったようで、力の弱くなったものが使われ、こ
の被害者はそれだけ長時間にわたって苦しみを強いられることになった。」

それを聞いてタンバッシアはドキッとした。そんなことがよく判るものだ。確かにタンバ
ッシアがケーキに塗ってチュンキに食べさせた毒は、だいぶ昔にかれが頻繁に白人トアン
たちと交際していたころ、ヴェルテフレーデンの薬局のオーナーからもらったものだった
のだ。その効果が弱まっていたために、かれの書いた筋書きは大成功をおさめた。ただ、
その筋書きには大きな抜けがあったのだが。


警察の規則にしたがって、変死者はバタヴィア公立病院で検死を受けなければならない。
そのとき、死体解剖が行われる。公証人は事件報告書・顛末書・告発書などの書類を作り、
そのすべてに警察署長の承認サインがなされた。それらの内容のすべてがスーキンシアを
殺害犯にしており、かれにとって不利な内容になっていた。この事件のニュースはすぐに
世間に伝わった。

警察はただちにスーキンシアを探して逮捕し、ヴェルテフレーデンの監獄に収容するだろ
う。それから取調べが行われることになる。事件の噂は市中に滔々と流れて知らぬ者のな
いトピックになったが、スーキンシアに近い関係にあるひとびとは誰ひとり、その嫌疑を
信用しなかった。かれらはみんなウイ・チュンキがタンバッシアのチェンテンであること
を知っており、そしてスーキンシアがウイ・チュンキと一度も接触したことがないという
事実もかれらの間で周知のことになっていたのだ。

しかしバタヴィアの世間にはそんなことを知らない人間のほうがはるかに多い。タンバッ
シアはここぞとばかり、スーキンシアに対する世間からの悪感情を盛り上げるために、街
中に多くの人間を放って悪い噂を立てさせ、スーキンシアの面目をつぶしにかかった。
「聞いたかい?アヘン公認販売者代理人のスーキンシアがウイ・チュンキに毒を飲ませて
殺したそうだ。いま警察が躍起になって探してる。あんなひでえことをする人間とは知ら
なかったなあ。」


三日前からメステルのゴーホーチャンを訪れて仕事し、夜は毎晩ゴーホーチャンの会社オ
ーナーたちと社屋内で賭博で遊んでいたスーキンシアがバタヴィアの自邸に戻ってくると
すぐに殺人事件の話が耳に入り、自分がまったく身に覚えのないことで殺人犯にされてい
るのに驚かされた。何がどうなっているのか、白黒を付けなければならない。スーキンシ
アは面識のあるバタヴィア市警長官の家をヴェルテフレーデンに訪れた。

「タベ、トアン。」
「おお、代理人のババだ。実はあなたを探していた。」
「何の用でしょうか?」
「まあ、お座りください。あなたがウイ・チュンキを毒殺したということで告訴されてい
る。」
「まさか、そんなことが・・・」
「いや、本当だ。人命が奪われた。あなたが告訴されているため、わたしはあなたを拘留
しなければならない。」
「待ってください。わたしじゃないことを証明するから。」
「もちろんそれは可能だ。しかし職務上、わたしはあなたを帰すわけにいかない。監獄に
留置するので、明朝、捜査官の質問に答えてください。」

スーキンシアは自分がここ数日間どこで何をしていたのかをポアマン長官に説明しようと
したが、長官は聞く耳を持たずにさっさと家の中に入ってしまった。入れ代わりに警察オ
パスがひとりやってきて、そこからあまり遠くない監獄にスーキンシアを導いた。
[ 続く ]