「黄家の人々(56)」(2022年08月12日)

スーキンシアは自分が拘留されて家に帰れないことを華人マヨールに伝えてくれるようオ
パスに頼んだ。その知らせが届くとマヨールの家では大騒ぎが始まった。ところが拘留さ
れたスーキンシアと連絡を取ろうとしたものの、コンタクトするすべがない。

スーキンシアが監獄に拘留されたことを知ったタンバッシアは続いて次の手を打っていた
のだ。監獄の看守たちに金を渡して容疑者が逃げないように厳しく見張るよう依頼し、そ
のために外部者との連絡もさせないようにするべきだと主張した。看守たちは金に従った。


マヨールは婿に有利な情報を探すために、配下の者たちに事件に関連のあるできごとやこ
こ数日間のスーキンシアの行動について調べさせた。その中に、スーキンシアは事件の数
日前からメステルのゴーホーチャンに出かけていて、事件当日の朝は自宅にいなかったと
いうものがあった。マヨールはすぐさまメステルに向かった。

ゴーホーチャンに着くと、オーナーたちはスーキンシアが殺人事件容疑者になったことの
話をしていた。マヨールは挨拶もそこそこに、オーナーたちに求めた。「スーキンシアが
いつここにきて、ここで何をし、いつバタヴィアに帰ったのかを整理して話してくれ。」

ゴーホーチャンのオーナー5人は異口同音に、ウイ・チュンキが毒殺された日、スーキン
シアは一日中ここにいて仕事していたし、前夜もその夜もそこに泊まり込んで賭博で遊ん
でいた。その人間がバタヴィアで毒入りアラッをウイ・チュンキに飲ませることなどでき
るはずがない、と言う。更に、「そうだ、あの日はアトン検事が昼前にやってきて、ここ
で飲み食いして帰った。」と付け加えた。

「その話は間違いないですな?それを法廷で、宣誓して述べることができますか?」
「もちろん、やりましょう。どこにでも、出るところへ出て真実を語りますよ。」
オーナーたちはすぐにひとを走らせてアトン検事に社屋まで来てもらい、7人が3台の馬
車に分乗してヴェルテフレーデンの副レシデン公邸に向かった。


バタヴィアの警察機構はバタヴィア副レシデンの管下に所属していた。つまり警察長官は
副レシデンの部下なのである。時のバタヴィア副レシデンであるクヘニウス氏は正義感と
公正観念の強い人物だった。普段から真実を知ることをモットーにし、誤った判決が下さ
れて犯罪者が罰を免れることをたいへんに嫌った。複雑に錯綜した事情の下で起こった事
件に対しては常に真相を暴くことに努め、見えがかりだけの証拠や証言で判決が下される
ことを防ごうとした。その性格と仕事ぶりを賞賛する多くのひとびとから、かれは幅広い
尊敬を集めていた。

副レシデンはこのウイ・チュンキ殺害事件に関して、スーキンシアが告訴されたことを不
思議に思った。これまで職務上でアヘン公認販売者代理人としてのかれと接触することも
あったし、華人マヨールの片腕となって働くスーキンシアにも接している。この華人青年
がどのような人間であるのかも肌に感じて知っており、その人間性を好感を持って眺めて
いたのだから。

世の中に秩序を打ち建て、世に住むひとびとの幸福を願い、そのことが自分に存在意義を
もたらす種類の人間がいる。この青年はそのひとりなのだ。どのような人間であれ、激情
に駆られて暴力を振るうことはあり得るし、それが相手の生命を奪うことも起こり得るが、
毒殺という手段とスーキンシアの人間像がまったく結びつかない。副レシデンは最初から、
この話はおかしいと感じていた。華人マヨールは婿の濡れ衣を晴らすためにその副レシデ
ンを頼った。[ 続く ]