「グラメラ(11)」(2022年12月06日)

今見えている文化上のライフスタイルが歴史の開闢以来そうであったなどと誰が言えるの
か?われわれが歴史を学ぶのは、今見えているものに奥行きを付加する作業なのであり、
要は人間というものの中に隠れている襞に光を当てる作業であるにちがいあるまい。事件
と年号が歴史であるという物の見方は、人間という動物を赤裸々に物語っている一大スト
ーリーを読むための視野を狭めているだけかもしれない。


オランダ人がやってくる前のヌサンタラでは元々、アレン、クラパ、トゥブからグラメラ
が作られていた。ところがトゥブから作られる白砂糖が国際商品として世界中の需要を?
き立てた。オランダ人はヌサンタラで白砂糖を大々的に生産する方針を立て、ジャワ島を
中心にして大規模な資本投下を行い、植民地農民の生活体系を変えてしまい、さまざまな
矛盾を抱えながらヌサンタラを世界第二位の白砂糖生産国にした。そのピークは1930
年代にやってきた。インドネシアの砂糖生産は179工場によって年産3百万トンに達し、
その中の240万トンが輸出された。北スラウェシ州マナドのサムラトゥラ~ギ大学教官
はそう物語る。

元々、ヌサンタラの民衆にとって砂糖とはグラメラのことだった。ところが工業製品とし
ての白砂糖が庶民のライフスタイルを変えた。植民地支配者もそんなことは考えていなか
ったかもしれない。オランダ人は国際商品・輸出商品としての砂糖作りに励んだのだから。
だが結局は、圧倒的な生産量が庶民生活のパターンを変えてしまうことになった。

インドネシア国民の間で、砂糖とは工業製品の白砂糖が常識になってしまったのだ。20
11年の国内砂糖需要は家庭消費184.2万トン、家庭外消費51.4万トン、産業用
27.9万トン。対する国内白砂糖生産は222.8万トンであり、不足分は輸入でまか
なっている。どうして輸入しなければならないのだろうか?インドネシアにはグラメラが
あるというのに。教官はそう疑問を投げかける。


アレンのニラ採取はクラパとちょっとだけ違っている。まずマヤンと呼ばれるアレンの花
房の根本をきつく縛る。木の棒ではさんで縛れば、効果はもっと高まる。すると花に栄養
が行き届かなくなり、花の発育が障害を受ける。その結果、花が発育不全になって、花房
が腫れてくる。花房の腫れが止まったら、花房の茎をナイフで傷つけて溜まっていた栄養
分を滲出させる。葉を容器型に作って滲出してくる液をそこに受ける。二三回液を回収す
ると、滲出液はあまり出て来なくなるそうだ。

このアレンのニラを煮詰めてグラメラにするのである。アレンのニラで作られるグラメラ
は、白砂糖よりも甘くて旨味がある。ミネラル含有がより豊富であり、咳や発熱を鎮める
効果を持っているので、喘息や貧血に対する効能があると言われている。

砂糖の生産素材としても、アレンはヘクタール当たり年間25トンの砂糖生産能力を持っ
ている。サトウキビが14トンしかないのは、収穫が年に一度しかないからだ。アレンは
年間気象サイクルの影響をあまり受けず、花が咲く限り一年中いつでもニラを生産する。
そうは言っても、地域差ももちろんあるらしいが。

アレンが持つもうひとつのメリットは、サトウキビが広大な畑(農園)を必要とするのに
対して、森林の中にまばらに自生している木を探してニラを収穫すればよいという点にあ
る。土地を用意したり、灌漑や肥料などの世話をする必要性がまるでないのだ。おまけに
製造プロセスは白砂糖のような巨大な装置と大資本を必要としない。大勢の民衆が自宅の
台所で簡単に生産することができる。インドネシアという社会経済構造の中で、このメリ
ットはきわめて大きい効果を発揮するだろう。

とは言うものの、元々が自家消費や地元消費のための生産から始まったグラメラであるた
めに、大型生産者が広域市場にマーケティングするようなことは起こらなかった。そんな
状況の中で工業製品白砂糖がその地位に就き、グラメラという商品の成長拡大を抑え込ん
でしまったのである。

その結果、商業用グラメラはほぼすべてが伝統パサルと伝統的ブンブ生産者向けに生産販
売されるという形が定着し、家庭消費とモダン飲食品産業のメインはたいてい製糖工場で
作られた白砂糖で占められるという住み分けが厳然と定まってしまった。一般家庭を主体
にした小規模生産者が細々と作っているものだから、投機生産や在庫操作などもなかなか
起こり得ず、消費量に応じた生産量になっているはずだ。[ 続く ]