「グラメラ(13)」(2022年12月08日)

その農家の主が立ち退き日を遅らせてくれと言い、その理由に庭に埋めてある家族の遺体
を掘り起こして移すからという話を聞かされてわたしは仰天した思い出がある。土葬とい
うことがらについて回る厄介なしごとがそれであることを、異文化初心者の若僧はそのと
きはじめて知った。もちろん遺体と言っても、既に骨ばかりになっているものだ。

クタ慣習村では何百年も前から、遺体は集落から離れた場所に埋めることが掟になってい
た。この掟にも神話がまつわっていて、クタ慣習村の祖先であるガル王国の富が村の地底
に埋まっており、集落の土地を掘り起こすようなことをすればご先祖様の祟りを招くので、
穢れた遺体を埋めるために土地を掘るようなことがいかにとんでもない行いであるかとい
うことがその背景を脚色している。

厠は住居や泉から離れた遠い場所に作ることも掟で定められている。集落から離れた場所
に養魚池を作り、厠をそこに作っている家もある。これはスンダ地方の田舎へ行けばよく
目にする風景だ。人間の排泄物を食ってたっぷり超えた魚を人間が食うというサイクルは、
誰が考え出したものだろうか。日本人も昔は排泄物を野菜にかけて太らせ、それを食べる
ことをしていたではないか。

広さ57ヘクタールの集落は、どの家にも薬草畑が設けられている。下痢・傷・咳・熱な
どに効果があるとされている薬草が家の周囲のどこかに生えている。だれかが具合悪くな
ったなら、まずその常備薬を使って様子を見る。病状が軽くならない時にはじめて、医者
へ行くのである。


西ジャワ州スバン県はジャワ北岸街道沿いにある。ジャランチャガッ郡サンチャ村バンチ
ュイ部落でも、早朝のまだ暗い森に朝もやをついて出かける男がいる。サルヒ爺と呼ばれ
るかれは大きな竹筒4本を背負い、鉈を一本腰に差して、標高770メートルの森に分け
入る。爺と呼ばれているが、かれはまだ65歳だ。

森の中のアレンの巨木にたどり着くと、ニャイポハチヒドゥングリスを称えるための簡素
な儀式を行う。アレンに宿る女神のために供物を置き、少量の香を焚く。それが終わると
持ってきた長い竹をアレンの巨木に縛り付け、するすると木に登って行く。

何本ものアレンに登って溜まったニラをロドンに集める。およそ24リッターのニラでい
っぱいになったロドンを担ぐと、かれは家路を急ぐ。家では妻が大鍋を温めて待っている。
持ち帰った4本のロドンから、ニラが大鍋に注がれる。およそ6時間煮詰められたニラは
濃い液体になり、色も茶色に変化する。頃合いよしと見て、鍋の中身が短い竹筒8本に移
される。あとは冷えて固まるのを待つばかりだ。この朝の日課は夕方にまた繰り返されて
毎日16本のグラアレンが作られている。


東南スラウェシ州ボンバナ県カバエナ島。そこは州内のグラメラ生産センターとされてい
て、ほとんどすべての住民家庭がそれぞれ毎日数十個の製品を作っている。そのカバエナ
島でいつからグラアレンの生産が始まったのか、誰も知らない。ひとびとは先祖代々の家
業を営んでいるだけだと言う。

昔は他のあらゆる場所と同じように、カバエナでもニラアレンはグラメラの素材として、
また飲料として使われてきた。アレンの甘い汁は容易に発酵してトゥアッになる。トゥア
ッはそのまま放置すれば酸化して飲めなくなるが、蒸留してやれば高濃度の飲用アルコー
ルになって長期保存が効く。それをちびちびやっていれば、良い心持で熟睡できるという
ものだ。いや、本当に熟睡しているのかどうかわたしは知らないが。


カバエナではトゥアッを蒸留して作られた酒をarakと呼んでいる。アラッという語はアラ
ブ語源(araq, 英語でarrack)であってインド語ではない。ただし歴史的にインドで作られ
たものがアラッという名称で南アジアから東南アジアにかけて流布したようで、モノと名
称の語源的同期をそこに見ようとすると間違いを犯しかねないだろう。[ 続く ]