「餅(14)」(2023年01月27日) それらの中華食品がインドネシアに伝わってonde-ondeという名前の団子になった。ただ しオンデオンデという言葉が示している実物も複雑多岐に渡っていて、一筋縄でいきそう にない。 オンデオンデを画像検索するとゴマ団子の写真がどっと出たあとに、ゴマを使わずヤシの 果肉フレークを振りかけたミナンカバウやマレーシアの団子の写真が登場し、もっと下の 方にやっとタンユエンが気持ちばかり出現する。どうやらインドネシアのオンデオンデは 中国のチエントゥイが基本であり、タンユエンは本流オンデオンデと見なされなかったら しく、onde-onde Cinaと呼ばれることが多いのにはおかしみを感じてしまいそうだ。だが しかし、タンユエンにチナという言葉が付される理由がもちろんあるのだ。 ジャワ島の華人プラナカン社会では、今でも二十四節気のひとつである冬至の日の祝に湯 圓を食べる慣習を続けているひとびとがいる。 冬至は現代中国語でDongzhi、福建語でTang-chiと言う。福建人は冬節Tang-chehあるいは Tang-coehとも呼ぶ。このタンチの行事として、かれらは自分の年齢の数だけ湯圓の団子 を食べるのである。一桁を示す小団子と二桁を示す大団子が使われるから、十歳を超えた 子供は損したと感じるかもしれない。大団子は小団子のせいぜい2〜3個分しかないのだ から、このシーンに関するかぎりは9歳が最高の年齢と言えるだろう。十歳の子供が大団 子を一個だけもらうとがっかりするだろうから、可愛い子には小団子を10個あげるほう がよい。 中国語で湯はスープを意味しており、湯圓とはスープあるいはシロップ状のものに浸した だんごを食べる食品ということになる。実際に冬至に食べるタンユエンは肉のダシで作っ たスープに肉野菜が入り、そこにだんごが浸っているものから、練乳シロップ、甘い緑茶、 ぜんざいやイモぜんざい様のもの、チョコシロップなどに至るまで、実にさまざまな汁が 使われているようだ。 中華文化でこの冬至というのは特別の意味を持っていて、それまで毎日夜が長くなって日 照時間が短くなっていく推移が終わり、その日を境にして反転上昇が起こる節気と解釈さ れている。その自然の恵みと祖霊の守護への感謝を示すために、もち米のだんごを家の表 門に貼り付ける風習がある。インドネシアの華人系プラナカン家庭の中にもタンユエンを 数個、表門に貼り付けているケースがあるそうだ。 G30S事件の前はインドネシアでも華人社会が行う冬至の祝祭が盛んだった。華人系の 学校は休みになり、たくさんの商店も店を閉めて従業員が自宅で節気を祝えるようにした。 オルバレジームはそれをインドネシアの社会から消した。 ところが、タンユエンという食べ物が中部ジャワでローカル化したのである。ジャワ島中 部地方の名物飲料であるwedangの団子入りバージョンが作られたのだ。ショウガの味濃い ウェダン飲料の中に赤白緑三種のモチ米団子が入っているのが基本形で、更に寒天・コラ ンカリン・皮なし食パン・サグムティアラなどの加えられた豪華版まである。この食べ物 にはwedang rondeという名称が与えられた。2020年12月の冬至の日に出されたコン パス紙ネットサイトの記事によれば、ロンデは団子を意味している。 オランダ語のrondは英語のroundに該当する言葉であり、それに縮小辞の-jeが付けられた rondjeがロンデの語源なのだそうだ。縮小辞が付けられると「小さい」や「愛らしい」あ るいは「身近な」といったニュアンスがその名詞に付加される。ひさし帽のpetがpetjeに なってインドネシア語のpeciになり、英語のcardに該当するkaartがkaartjesになってイ ンドネシア語のkarcisになった。 ロンジェとは小さくて丸いものを意味している。実に、団子そのものを指すオランダ語と 言って過言であるまい。オランダ人も団子が好きだったのだろうか?それはともかくとし て、ロンジェがロンデに転訛した経緯は読者のご想像に委ねなければならないようだ。ロ ンジェが言いにくかったという話もあるし、オランダ語の雰囲気を高めるにはジェよりも デの方が印象深いという感覚があったのかもしれない。ともあれ、ジョグジャやソロでは ロンデという言葉で団子もしくはウェダンロンデを示すそうだから、ロンデをタンユエン 風団子の代替語として使うことができそうだ。[ 続く ]