「ニニ・トウォッとジェランクン(1)」(2023年03月20日) 大勢のひとびとが人形を取り巻いて座っている。直立するようにふたりの人間が支えてい る人形の頭の上で、煙を吐いている香を回しながら別のひとりがジャワ語の呪文を小声で 唱えている。「ジェランクン、ジェランクン。ここで宴が開かれている。あなたのために 供物を用意したのだ。おいでなさい、おいでなさい、・・」呪文はそんな内容だ。 するとしばらくして、人形が突然ピクリピクリと動いた。呪文を唱えていた祈祷師が言う。 「ジェランクン、あなたがそこにいるのなら、うなずいてくれ。」 なんと人形は身体を前に傾けてうなずくそぶりをした。人形に霊が入ったのだ。祈祷師は 周囲のひとびとに言う。「目を見てごらん。まるで生きているみたいだ。」 人形の頭はヤシの実の殻で作られた柄杓が使われていて、そこに目が描かれて写実性を持 たされている。両腕になる一本の竹棒が柄杓の柄と十文字に組まれて胴体になり、その上 からまるで着物のように布がかけられている。子供たちが遊ぶ場合は布でなく紙を折って かぶせ、着物にする。 両腕の端にそれぞれ細い竹棒が結び付けられ、その二本が人形の身体の前面で交差する位 置にフェルトペンが括り付けられている。祈祷師が発する質問の答えが、そのフェルトペ ンで紙の上に書かれるのである。 「あなたの名前は?」祈祷師の質問の答えを人形は紙の上に書いた。D U L L A H 「ドゥラさんの出身はどこですか?」人形はまた身体全体を動かせて紙の上に書く。 J U W A N A 「いつ、なんで亡くなったの?」答えは「1961年に心の傷で」だった。 心の傷についての説明はなく、人形は続けてM I N U Mと書いた。飲物をくれと言ってい るのだ。 祈祷師は供物としてそこに置かれている種々の品物の間からコーヒーを取って人形の近く に置いた。すると人形は滑らかな動作で、頭の下に紐で吊り下げられている金属製の鍵を コーヒーカップの中に浸した。 ジャワ島では辺鄙な田舎へ行けば行くほど、子供たちがそんな遊びをしている。人形に必 ず霊が入るかどうかは分からない。そのため、適切な時間として夕方が選択される。場所 は巨木の下の暗がりや古い空き家、あるいは墓地などで行えば成功する確率が高くなると 信じられている。 更にヤシ殻の柄杓は死者の身を浄める水を汲むのに使ったもの、そして人形の身体に葬式 の時の花を置いた小さい籠を付着させてやれば霊が入りやすくなる、とも言われている。 人形の胸に鍵を吊るすのは、それが霊を導いて人形に入りやすくする効果を持っているか らだそうだ。 人形に入る霊がいつも善良であるとは限らない。人間が霊に何かをしてもらうのだから、 霊が人間に「XXをしろ」と交換条件を出して来ることもあるし、ふざけた質問をすると 怒り出して質問者を柄杓の頭で殴ろうとする者もいる。性悪の霊が入ったと確信した祈祷 師は、シリの葉や稲で人形の身体を叩いて霊を追い払う。悪霊の中には人形から出て人間 に憑依するものもあるそうだから、子供たちだけで遊んでいると手に負えなくなることも 起こりうるという話だ。 それでも、供物を十二分にそろえ、人間の側が人形に対して礼儀を尽くすなら、どのよう な性格の霊が入ろうが、それなりに相手をしてくれると語るひともある。人形を女性のよ うに作って飾りつければ、女の霊が入る。シンプルで飾り気なしの人形であれば、たいて い男の霊が入る。[ 続く ]