「足踏み茶(2)」(2023年05月30日)

ケジェッ茶を飲むのがスンダ農村部のライフスタイルになった。それはnyaneutと呼ばれ
る新しいトレンドとなって地元民の日常生活に浸透していった。新しいトレンドはきわめ
て鋭いポピュラー感覚のクオリティを持つものだ。

ニャヌッとは何なのか。これはスンダ語の名詞cianeutの動詞形なのである。cianeutとは
cai+haneutつまり茶やコーヒーなどの温かい飲み物を意味している。日本人がお茶という
名詞からお茶するという動詞を作ったのとたいへんよく似た現象のように思われる。


タタルスンダと呼ばれる標高の高いスンダ地方中央部の高原地帯は、朝夕に肌寒さを感じ
ることが稀でない。ニャヌッは身体を温める効果を持っている。おまけにニャヌッを友人
隣人と行って親交を深めるというトレンドが付随して発生して来た。地元民同士の接触す
る機会が増加し、社会生活の中で感じていた不都合なことが話し合われるようになり、自
治的な社会の自転という方向性が生じて、社会指導者や行政もそのメリットを感じるよう
になる。

しかしそのブームは長続きしなかった。各地で生産される国内産茶葉の流通の激化とそれ
による価格の頭打ちがチグドゥッ村の生産者を襲った。それが一軒を残して他の生産者た
ちを事業から撤退させた主因ではないかという見解が主流になっている。もっと儲かる物
を作らなければかれらは生活に困るのだから。

ヌサンタラの茶葉生産の歴史に関連して、オランダ時代の品質コンセプトが維持されなく
なってオランダ時代に世界を席捲したヌサンタラの茶葉は世界から相手にされなくなった、
というコメントを各地の農園で耳にすることが少なくない。

オランダ時代に茶農園では茶の芽や若葉がひとつひとつ手で摘まれていた。マンドルと呼
ばれる監督者がそれを監督し、そうされなければならないものがそうされないことを防い
でいた。ところが国有化によってその原理とそれを実践する体制がおかしくなった。現場
では効率を高めるために、まどろっこしい手摘みを機械的にばっさりと刈り取る方法に替
えることが主張されるようになり、経営中堅幹部の中にそれが破滅への道であることを覚
っている者がいてもなす術がないということも起こったようだ。

旧ワスパダ農園にそれが起こったのかどうかは分からないが、品質軽視の傾向が各地で起
こったことは事実だろう。もしもケジェッ茶に品質低下が起こったのであれば、消費者の
習慣になったニャヌッは他の飲み物に取って代わられたはずだ。

地元文化研究者はケジェッ茶の衰退について、需要の減少よりも経済性の問題、つまり生
産者が収益の小さい事業に見切りをつけざるを得なかったことを主原因として指摘してい
る。


2015年の西ジャワ州園芸局データによれば、ホレが農園を作った地域の茶木栽培面積
は、チカジャンで1996年の800Haが2015年は148Haに縮小し、チグドゥッで
も同じ年の450Haが55.4Haにまでやせ細ってしまった。需要の低下と素材の減少は
決して鶏と卵のような関係にあるのではないとわたしは思うのだが、それでも相関関係に
あることは間違いあるまい。その中間に立っている製品生産者にとっては、そのいずれも
が自分の事業を破滅させる結果をもたらすことになる。現代は供給の減少が市場価格を上
昇させるというシンプルなセオリーが問答無用で働く時代ではなくなっていることをわた
しは感じている。[ 続く ]