「居留地制度と通行証制度(11)」(2024年05月08日)

朝起きて散歩に出かけ、ガルッの街中を歩いていると帽子もかぶらず寝間着姿で屋外に出
ている白人トアンが声をかけてきた。「ヘイ、チナ。おまえはどこから来たか?」
オフィサーは畏まる様子も見せずに答えた。「わたしはチアンジュルから来ました。」
「おお、道理でわしはお前の顔を知らない。わしはガルッのアシスタントレシデンだ。こ
こへ来るのに通行証を持って来ただろうな。」

オフィサーが懐から紹介状を取り出すと、白人トアンはそれを受け取りもしないで言う。
「違う、そんなものじゃない。通行証だ。持っていないなら明日ポリシロルで裁きを受け
ることになる。」

翌日、ポリシロルを訪れたオフィサーは審問席で警察判事と対面した。警察判事は昨日会
った白人トアンだ。
「おまえがオフィサーなら、通行証に関する規則を率先して守るのが筋道ではないか。」
「確かにわたしは通行証を持ってきていませんが、その代わりに長官閣下のこの手紙を持
っています。」

白人トアンはそこではじめてその紹介状を読み、顔色を変えた。それを書いたチアンジュ
ル行政長官は位階が自分より上のレシデンであり、おまけにGraaf van den ..という称号
まで付いている人物だったのだから。白人トアンは態度を少しやわらげて、しかし相変わ
らずきつい口調でオフィサーに行った。

「今回に限って赦してやろう。しかし次回ここに来るときは必ず通行証を持って来い。わ
かったな?」
「解かりました。しかしわたしはトアンの赦しを受けたくありませんので、さっきあなた
がくれた赦しをお返しします。わたしに違反行為があったのなら、国法に従ってわたしを
処罰してください。」
そのガルッのアシスタントレシデンはもうかれを相手にしようとしなかった。かれは次の
事件の処理に取り掛かり、事件報告書を開いてそこに書かれている被告と証人の名前を呼
んだ。

われわれ華人にとって幸運なことに、そのガルッのアシスタントレシデンのような人間が
行政長官職に就くことはあまりない。その白人トアンはずっと前にオランダに帰り、今ご
ろは墓の中で眠っているのではあるまいか。

事を公にしてやろうとしたその華人オフィサーの企てはうまくいかなかったが、少なくと
も手錠を掛けられて汽車に乗せられる事態にもならずにかれはチアンジュルに戻って来る
ことができた。そんな事件がかつてあった。


華人オフィサーがこの通行証制度についてオランダ人行政官僚たちにアピールを行なえる
立場にいることは間違いない。だがどの町のカンプンチナであれ、オフィサーたちは上司
であるオランダ人の耳にあまりこの制度の批判を入れようとしない。というのも、オフィ
サーを務めるのは金のかかるものなのであり、かれらはみんな大金持ちなのだが、その金
の源泉はたいていが政府から得たアヘン専売権にからまっているからだ。アヘン専売事業
を営む者にとってアヘンの闇流通業者は大敵であり、非合法の商売敵になる。

実は、そのアヘン闇流通業を行なう者の大半も華人なのだ。商売敵から動きの自由を奪う
ことは自分のビジネスの保全を図るのに大いに役に立つ。通行証制度廃止の運動をそんな
ところに期待しても無理なのである。[ 続く ]