「世界を揺さぶったスパイス(42)」(2024年06月24日)

ところがインドネシアでも日本でも同じように、伝統的な樟脳に代替する化学物質として
コールタールから作られる防虫剤ナフタリンが日常生活で普通に使われるようになった。
そのナフタリンを日本人は樟脳と呼び、インドネシア人もイ_ア語でkamperと呼んでいる
のである。つまりkapur Barusはあくまでも天然樹から得られるカンファーを意味してい
るのに対して、kapur barusはナフタリンをそこに含むようになったということなのだ。

伝統的な樟脳は人体に害がないのに反してナフタリンは有害であり、カプルの木から採れ
る樹液や結晶を飲んでも大丈夫だという話をすると危ないことが起こる可能性が大きいの
で気を付けなければならない。

アンドレアス・マルヨト氏はこう書いた。kapur dari Barusから採れる液体を飲んだこと
があるだろうか?kapur dari Barusから得られる芳香剤の香りを嗅いだことがあるだろう
か?とはいえkapur barusを溶かした水を飲んだり、kapur barusの匂いを嗅いだり、まし
てや食べたりしては絶対にいけない。kapur dari Barusはkapur barusと異なるものなの
だから。


現在の北スマトラ州中部タパヌリ県インド洋海岸部にできた商港バルスにはさまざまな種
類のスパイスや薬用植物が集まり、それを求めて諸外国からたくさんの船がやってきて盛
んに交易が行われ、古代の通商の歴史の中に一時期を画した。商港バルスの繁栄は西暦紀
元7世紀から16世紀までの間の時期だった。

バルスに集まって来た3百種類の薬用植物の中でも、バルスを取り巻く山間の地域にたく
さん生えているカプル木の上部から得られる樹液や中ほどの幹にできる樹脂が「バルスの
カプル」と呼ばれて珍重された。

そのバルス産カプル木はクスノキとは別種のDryobalanops aromatica Gaertnだった。こ
の木は日本で竜脳樹、中国で竜脳香樹と呼ばれる東南アジア原産の樹種で、マレーシアや
インドネシアをメインにして東南アジアに自生しているものだ。カプルの樹液や樹脂をア
ラブ人は西暦紀元7世紀以前に日常生活の中で既に使っていた。それを手に入れるために
アラブの商船はスマトラ島西岸のバルスの港までやってきていたのだ。

バルスが一大商港だったころ、バルスのカプルは無尽蔵と思われるほど大量に売買された。
だが現在、バルス周辺の大自然の中をいくら探してみても、カプルの木はめったに見つか
らない。


「カプルの木はもうめったに手に入りませんよ。1998年より前は材木としてたくさん
売買されていましたが、今は伐採が禁止されています。カプルの樹液も樹脂もほとんど手
に入りませんね。注文はあるけれど品物がないから、ずっと納品できないままです。」
バルスの材木商のひとりはそう語っている。

バルス地方一帯の住民は1990年代まで家屋を建てるのにカプルの木を使っていた。ご
婦人のひとりは自宅がカプルの木で作られているのを記者に示して語った。「これ、全部
カプル木なんですよ。たいへん頑丈な木なんです。でも今はこの木を入手するのがとても
困難になってます。政府が売買を禁止したそうですから。」

カプルの木は公に売買できなくなったようで、この木を置いている材木商はめったにない。
しかしあるところにはあるのだが、それでも少量しかない。この木を得るためには山のず
っと奥まで行かなきゃならないので、とその店主は説明した。

元材木商のひとりはカプルが禁止品目になってから木の取扱いをやめて魚を商っていると
語った。1998年にはカプルの値段が1立米250万ルピアになったそうだ。[ 続く ]