「ヌサンタラのお噺芸能(4)」(2024年08月06日)

ところがいつまで経ってもそのふたりの会話の中に豆という言葉が出てこない。スパイた
ちは待ちくたびれてスパイ任務に飽きてしまった。そうこうしているうちにそのふたりも
それぞれがどこかへ去ってしまったので、スパイ班は王宮に戻ることにした。

すると王宮の中で「豆」という言葉を叫んだ者がいる。スパイたちは喜色満面、その声の
主を探した。やっと手柄が立てられるぞ。叫んだやつを打ち首にしよう。みんなは喜び勇
んで声がした方角に向かった。広間に入ったとき、かれらはそこに怒り狂っている王とし
ょんぼりうなだれている元豆売りの王位継承者を見出した。豆という言葉を叫んだのは国
王だったのだ。婿を教育していた王の感情が高ぶったとき、王は前後を忘れて婿をこんな
言葉で怒鳴りつけたのである。「豆売り上がりのお前のようなやつは・・・」

真相を知った将軍一行は足音をしのばせてすごすごとその場を後にした。それ以来、町中
ではだれもが心おきなく「豆」という言葉を口にするようになった。

これは統治者が持つべき姿勢を教える教訓話であって、話の筋立てにお笑いの要素はたい
して見られない。しかしそれを面白おかしく語って聞かせるのが噺家の腕前ということに
なるだろう。お笑いバージョンはこっちのほうだ。


サマルカンドの王にはハルサティ・シティという名の、国中でその容貌の醜さと気立ての
悪さに並ぶ者のない王女があった。この一人娘が年ごろになったというのに、近付いてく
る青年などひとりもいやしない。王と王妃は心配した。この可愛い娘が家庭を持ち、孫を
産んでくれることでわが王統は未来につながっていく。この娘に夫を持たせるのにどうす
ればよいだろうか。

そして思案の果てに結論が出た。国民の中から男をひとり選び出し、王威をもってその者
を王家のひとりに叙することにする。その者はハルサティを妻にし、王国の統治を補佐す
る立場に就く。そんな厚遇を与えられて嫌という国民はいないだろう。

ところが国民は王女のハルサティ姫がどんな人間であるのかをみんな知っていた。あまり
モテない若者男児たちでさえみんな、あれよりは近所のへちゃむくれ娘のほうがまだマシ
だと思っていた。だから国王がハルサティ姫の夫になる者を町中探して連れてこいと将軍
に命じたとき、瞬く間にその噂が国中に流れて、将軍が若者探しに向かう場所を男たちは
みんな避けた。

将軍が王の命令を遂行するために賑やかな市場や繁華街へ出向くと、そこにいるのは女ば
かりで男の姿はひとつも見えない。さあ、将軍は困ってしまった。こうなれば大通りの四
つ辻に行って、そこを通る男を無理やりひっ捕らえるだけだ。子供や老人はだめだが、そ
うでなければ多少年齢を食っていても仕方ないだろう。

そう決意して、将軍は四つ辻に立った。そこに将軍がいるのを見た男たちはみんな四つ辻
を避けて迂回したから、またまたそこを通るのは女ばかりになった。将軍は午後から夕方
に移るアスハル時までそこに立っていたが、人通りはどんどん減って、そのうちに誰も通
らなくなった。将軍の絶望はますます深まった。こうなりゃ子供だって爺さんだってかま
わない。男でありさえすればとっ捕まえて王宮へ連れて行くぞ。[ 続く ]