「ヌサンタラのお噺芸能(終)」(2024年08月07日) 人通りのなくなった大通りの四つ辻に立っていた将軍は疲労困憊した。こんな任務は早く 終わりにしたい。そのとき、一匹のヤギが四つ辻を通りかかった。おお、こいつはオスだ ぞ。将軍はそのヤギに飛び掛かって取り押さえ、ヤギの顔を見据えて尋ねた。「ヤギよ。 お前は王女の夫になるだろうな?」するとヤギが返事をした。「ンベ〜〜〜」 聴衆は腹を抱えて笑い転げたそうだ。そのあと、話はどうなったかって?それは聴衆がそ れぞれ想像してくだされば結構。噺家の仕事はみんなが笑いこけたらそこで終わればよい のである。 サマルカンドにはたくさんのハンターがやってきて、町からあまり遠くない森に入って狩 りをした。いろんな動物がいるが、中でもハンターたちの憧れはトラとの対決だった。あ るときひとりのハンターが狩りにやってきて、朝から何匹か獲物を倒した。しかしトラは どこに隠れたのか、姿も見えずうなり声も聞こえない。 夕方になり、弾丸を使い果たしたハンターはあきらめて引き揚げようとした。するとその とき、近くの藪からトラのうなり声が聞こえたのだ。荷物運びの原住民はあっと言う間に 散り散りに姿を消した。ハンターは震え上がった。トラがのっそりと姿を現したから、ハ ンターは慌てて近くの木によじ登った。 木の根元まで寄ってきたトラにハンターは涙ながらに懇願した。「おい、トラくん。わた しゃ食えない人間と世間で言われているのだから、きっとおいしくないぞ。わたしを食わ ないでくれ。」 するとトラがハンターに言った。「オレは朝から歯が痛くて困ってたんだ。何を食うこと もできゃしない。それであんたがやってきたのを見たから、こうなるまで待ってたんだよ。 あんた、アスピリンをオレに少し分けちゃくれないかね。」 ローカルの話ももちろん語られた。ジャカルタがバタヴィアだった時代、カンプンアラブ の統率者としてカピタンが任命された。カピタンはコミュニティの有力者であり、同時に 金持ちでなければ務まらない。 あるとき、そのカピタンアラブがバタヴィアのべオス駅からバイテンゾルフまで汽車に乗 った。終点に着いたので降りようとしていたとき、どうしたはずみかカピタンが持ってい る杖が窓ガラスに当たってガラスが割れた。 それを聞きつけたオランダ人の車掌がやってきて、損害賠償に5フルデンを要求した。カ ピタンは10フルデン札を一枚渡した。車掌が言う。「おお、わたしは釣銭を持っていな いから、お釣りが払えない。」 カピタンにも5フルデンぴったりの金の持ち合わせがなかったから、かれは10フルデン 札を出したのだ。オランダ人車掌の言葉を聞いたそのカピタンアラブはいきなり持ってい る杖でもう一枚の窓ガラスを割った。「これで一件落着だ。トアンはお釣りをわたしに払 う必要がなくなった。」 [ 完 ]