「印尼華人の実像(16)」(2024年08月07日) タングラン県ムカルサリ町は1万人を超える住民人口の65パーセントが華人プラナカン で占められている。6RW長のうちの4人が華人系、RT長は33人いるが19人が華人 系だ。この町の華人系家庭のほとんどがあまり裕福でなく、大都市のプチナン地区が示し ている印尼華人のステレオタイプイメージとはだいぶかけ離れている。 ムカルサリ町セワン部落に住むイドゥッさん44歳はその日、3歳の子供を梁から吊った 布に乗せて昼寝させていた。横には妻のリム・シャウエンさん32歳が座って大きなザル に置いた米からゴミや石粒を取り除いている。「さっき米と灯油を持って来てくれたひと があったんですよ。」と言って表戸近くに置いてある20リッター灯油缶を指差した。 肉体労働の担ぎ屋しごとをしているイドゥッは一日の収入が7千ルピア前後、結婚してか ら衣服の洗濯しごとをするようになったシャウエンの収入は一週間で3万ルピア。この家 庭にとって、行政が与えてくれた援助物資はたいへんありがたいものだ。 シャウエンは前夫の子供ふたりを連れてイドゥッと再婚したが、イドゥッとの間に二人目 の子供が生まれたときに前夫の子を実家に預けた。それでも、なんとか食べていくのにぎ りぎりのありさまだ。この一家は月額5万ルピアの借家に住んでいる。借家とは名ばかり の、床面積3x4メートルの土間作りで、壁は竹編み、屋根はルンビアで葺いたもの。 イドゥッは3年前から生水を飲むことにした。県水道会社が供給している水だ。それまで は水道水を沸かして湯冷ましを作り、それを毎日飲んでいた。しかし灯油が値上がりし、 毎日1リッターの灯油を飲み水に使っていては灯油を買うだけで生活費が強く圧迫される。 料理にだけ灯油を使えば1リッターの灯油で2日間過ごせる。 「きっとこれは神様が下さった奇蹟です。生水を飲み始めてからも、そのために病気した 者はわが家にひとりもいません。今じゃわたしも湯冷ましを美味しくないと思うようにな りました。生水のほうがフレッシュな感じがするんです。」シャウエンはそう語る。 石油燃料補助金カット政策で物価上昇が起こった。貧困国民への支援を目的にした石油燃 料補助金が削減される代償として貧困国民への援助金支給方針が出され、中央政府から全 国の行政機関に貧困者名簿の提出が命じられた。全国のRT・RWが貧困家庭の名簿を作 って町役場に提出し、それが州庁を通して中央政府に集められた。 わが家は貧困家庭だ、とRTにアピールしに行く住民の姿が全国のあちこちで見られたと いうのに、イドゥッはそんなことをしなかった。「いただけるのを拒む気はありませんが、 自分から呉れと言って出るのはどうも・・・。恥ずかしいですよ。わたしゃいい気持ちが しません。」 イドゥッと似たような振舞いをした華人系の家庭は少なくなかった。別のチナベンテン家 庭の奥さん、リタさん47歳も普段の暮らしはイドゥッの家とたいした違いがない。「援 助を下さいと言って出るのは嫌ですよ。自己本位だと後ろ指をさされるかもしれないから。」 そう、リタも言う。 ムカルサリ町長はこんな話を語ってくれた。「行政が貧困家庭に援助物資を配給するとき、 その通知を回して取りに来なさいと言っても、チナベンテンのひとびとはあまり出て来ま せん。だからわれわれがひとを出して届けに回らないといけないのです。生活に困ってい る家があって、かれらに援助を行政に申請するようにと指導しても、なかなか動こうとし ませんね。」[ 続く ]