「ムアロジャンビ遺跡(7)」(2024年08月22日) 1970年代になって、それまで無人の境だった遺跡の周辺に入植する住民が出はじめた。 現在のジャンビは州民の95%がムスリムだ。クリスチャンが3.3%を占め、仏教徒は 1%を下回っている。言うまでもなく、そこに入植したひとびとはムスリムだった。 入植したひとびとは土地を耕作する権利を政府から与えられてそこに住み、広い場所にド リアンやドゥクなどの果樹園を作り、レンガの残骸から少し離れた場所を畑にして野菜な どを栽培していた。しかしこのひとびとは遺跡に畏敬の念を抱いていた。かれらはレンガ 建造物の残骸とムナポに満ちたこの土地に神秘的な空気が漂っていることを感じ取ってい たのである。 かれらはレンガの残骸が昔チャンディであったことを理解し、そのチャンディ群を尊重し て身を慎むように自分からふるまった。チャンディから何かを持ち出したり、その場所で 生き物を殺したり、悪念を抱いたり、ましてや排せつしたりすると、良くないことが自分 の身に降りかかると信じた。ジャワ島ではあり得なかったことがそこで起こったのである。 ジャワ島では社会がイスラム化したあと、チャンディの残骸を地元民が掠奪して自分の家 の建築資材に使うようなことがあちこちで起こっている。 チャンディを建てるために土を盛り上げたり基礎にレンガを敷き詰めたりしてあったムナ ポの中には、畑に使われたところもある。そのような場所を耕していると、古代の遺物が 出てくる。いや、そうでない場所でさえ、土をどけると遺物が出てくることもある。遺跡 というのは宝の山なのだ。 もしもそんな場所で黄金製のコインや細工物が見つかれば、大儲けできるではないか。と ころが住民のほとんどがそんなことをしないで州の役所である古代遺跡保存館に届け出て いる。それを貴金属店や質屋に持っていけば大金が棚ボタになるはずなのに。 いや、行政側もそんなことは先刻お見通しなのであり、近隣の貴金属店や質屋には早々に お達しが届けられた。だから住民が見つけた遺物をどこかへ売ろうとしても、買おうと言 う人間を見つけるのが大仕事になる。役所に届けて礼金をもらう方が、夜に枕を高くして 眠れるのである。 役所の側もこの遺跡が近隣住民の財産になるように配慮している。住民の参加意識を盛り 上げるのだ。役所側は遺跡調査あるいは復元作業などで人手が必要になると、近隣住民を 優先的に雇用して仕事を手伝わせている。そうすることによって住民はこの遺跡を自分た ちの一部であると感じ、愛着を抱き、大切に育てようという意志を持つようになる。 この遺跡が世界的な観光スポットになれば、地元住民の経済生活は大幅に向上するだろう。 ジャンビ州は官民が共同してその方向に進もうとしている。遺跡が保存地区に指定されて 自分たちの耕作地が使えなくなることに住民はあまり反対していない。妥当な補償が与え られ、行政が地元民の暮らしの向上を住民と共に考えて行くかぎり、自分たちに反対する 理由はないと住民のひとりは語っている。 チャンディクダトンの復元作業の際、60人の地元民がその作業に参加した。その中には 他のチャンディで既に経験を積んだ熟練者もいたし、新たに専門家が手を取って作業を教 えた者もたくさんいる。その種の作業に行政側は極力地元民を使う方針を立てている。住 民の方も、無料で教育訓練を与えられ、作業の報酬がもらえるのだから、喜ばないはずが ない。しかし住民はもっと大きい期待を抱いている。 チャンディ群の日常的な維持管理のために地元民を雇用してほしいという希望だ。復元作 業に雇われても、復元が完成すればそれで仕事がなくなる。せっかく教えられて身に着け た知識や技能を使う機会がなくなってしまうのだ。この広大な遺跡の土地とそこに建って いるチャンディが遠い将来まで復元された姿を保つよう、地元民がそれをわが物として日 々見回り、その維持に努力するあり方が行政の望むところではないのだろうか?[ 続く ]