「ムダン王国(8)」(2026年04月14日) チャンディは古代ジャワ人の精神生活宗教生活を構成している諸要素を大自然の中に反映 させて建てられたものであり、かれらが把握した自然科学とかれらが認識した人間という ものがその構造の中に溶け込んでチャンディという建造物をこの地上に現出させたと言う ことができるだろう。 ディエン高原チャンディ群のセンター機能を担っているアルジュナチャンディ群はその盆 地のほぼ中央に位置しており、しかも建てられている場所の土質は周囲のそれよりはるか に硬く緻密だ。チャンディを建てる場所を定めるに際して、古代人は立地条件を慎重に考 慮した。人間の精神と諸感覚が感じ取る優れた場所という一種のエステティックな条件と は別に、建築学上で必要とされる諸条件、そして更に宗教祭祀を行うのに必要な条件など がその考慮と検討の対象にされたのである。 気温・朝と夜の雰囲気・頻繁に湧き起こる霧・火口が持つリスク・湧水場所・太陽の移動 路・背にした山がその場所にもたらす影響・・・ チャンディは石を積み重ねただけの構造をしており、モルタルのような接着用素材を使っ ていない。構造物の分解と崩落を防ぐためにクンチェンlock stoneと呼ばれる建築技術が 使われ、その結果構造物は揺れに対する柔軟性を与えられて耐震構造を実現させた。ジャ ワ島のように地震の多発する土地ではこの対策がたいへん効果的であり、自然環境への高 度な適応技術という評価が与えられている。 神や故人の霊魂に関わるものであるがゆえに、堂は周囲より高い位置になった。古代人は 人間の霊が山に住むという理解を持っていたから、霊は高所におり、霊に会うために人間 は高所に登らなければならなかったのである。そのためにチャンディの堂は壇の上に建て られることになった。チャンディを訪れる者は壇の上に登らなければならないのだ。誰も 何も命じていないというのに、参詣者は自分の意志で高所に上がろうとする。 また堂の向きが東や西になっているのは、日昇〜日没と人間の生を重ね合わせたものと考 えることができる。チャンディの壁には開口部が少なくて暗い。出入口と限られた壁の通 気口が気流と光を建物内にもたらすだけだ。そんな環境に置かれることによって、人間の 瞑想感覚と霊感が研ぎ澄まされることになる。 スマラン県ウガラン山に建てられたチャンディグドンソゴは山の起伏に合わせて建てられ た5ヵ所のチャンディで構成されている。標高1千3百メートルの高所目掛けて高まって 行く山稜にU字形を形成するように建てられている5ヵ所のチャンディを下から順番に訪 れるとき、樹林の中を上下しながら徐々に高度が高まり、上へ行くほど静寂と寂寥が大気 の中に満ち溢れる気配を感じることになる。途中で一旦下る場所には火口があったり水源 があったりする。水は宗教祭祀に不可欠な物であり、ウガラン山のチャンディを巡る登山 道にその配慮がなされていることをわれわれは感じることができる。 2010年にディエン高原で行われた考古学発掘調査で、中国製陶器の破片・ガラスの破 片・ガチュッが発見された。調査場所はディエンカイラサ博物館入り口階段に近い地面・ 古い泉の近く・ダルマサラ西側の三カ所であり、チャンディの敷地ではない。それぞれの 地点で地面を50〜175cm掘ったところ、古代遺物と見られる上の三アイテムが出土 した。ガチュッとはコインの模造品であり、宗教祭祀に用いられる。 Dharmasalaというのは古代のチャンディ時代に作られた建物で、チャンディ参詣者がチャ ンディを訪れる前に参詣の準備を行う場所として設けられたものであり、一種の休憩所と 見ることもできるだろう。ディエンのダルマサラはアルジュナチャンディ群から150メ ートルほど北東にあり、アルジュナとドゥワラワティの両チャンディを結んだ線上に位置 している。 ガラスの破片はペルシャ産のもの、陶器とガチュッはブリトゥン島海域の沈没船から発見 されたものと同じであるために9世紀の唐の産品と判定された。その事実から、ディエン チャンディ群は建てられてから何百年間も使われていたことが推測できるし、またムダン 王国も海外交易と無縁でなかったことを確信できるのである。[ 続く ]