「ムダン王国(13)」(2026年04月19日) 古代ジャワ人がプナングガン山をスメル山のミニチュア版と見なしたのは、その頂上が石 と砂の平坦な原野になっていたからだと解説されている。この山は古名をPawitra山と言 い、10世紀ごろからその名が世の中に知られていた。古代ジャワ語のパウィトラは密や かで神聖な場所を意味している。プナングガン山の麓は水がふんだんに得られるものの、 山の上部は水が得られないために集落ができなかった。人間の少なさが世俗世界から離れ た印象をもたらすために、聖性がより強く感じられたことは否定できないだろう。 プナングガン山東麓のパスルアン県グンポル郡スクチ村で発見されたチュングラン碑文は 929年ごろにンプシンドッが出したもので、パウィトラに隠遁場と水源があることを述 べている。そこに述べられている水源はスクチ村から近いブラハン水浴場チャンディでは ないかと考えられている。ブラハン水浴場チャンディは1009年ごろに建設されたとさ れているので、ンプシンドッが語ったブラハン水源はまだ水浴場として作られる前の状態 だったのではあるまいか。 スラバヤ大学考古学調査グループが2014年に報告したところによれば、プナングガン 山で新たに116の古代遺跡が見つかった。2017年現在で遺跡件数は198に達して いる。昔のジャワ人はこの聖なる山をさまざまなもので埋め尽くしたようだ。マジャパヒ ッの王都から近い地の利だったためにマジャパヒッの聖地という印象が強いものの、その ステータスはムダン王国時代から始まっていたと考えてまちがいないだろう。チャンディ だけでも百を超えていると解説されている。いくつかの例を下記しよう。 堂チャンディ Candi Lurah 10世紀 Candi Gentong 1370年 Candi Bayi 14世紀 Candi Selokelir 1434年 Candi Kendalisodo 15世紀 Candi Putri マジャパヒッ期 Candi Pura マジャパヒッ期 Candi Sinta マジャパヒッ期 Candi Carik マジャパヒッ期 Candi Wisnu マジャパヒッ期 Candi Guru マジャパヒッ期 Candi Siwa マジャパヒッ期 Candi Merak マジャパヒッ期 Candi Yudha マジャパヒッ期 Candi Pandawa マジャパヒッ期 水浴場チャンディ Petirtaan Jalatunda 10世紀 Petirtaan Belahan 1009年ごろ 大門チャンディ Gapura Jedong 926年 それらの建築物の他にも、宗教祭祀や瞑想のために使われた遺物も多数見つかっている。 プナングガン山に設けられた堂チャンディはいずれも堂の裏側が山の斜面や崖に密着して 作られており、独立した家屋の形態をしていないというたいへんユニークな特徴を持って いる。 チャンディブラハン水浴場にはデウィスリとデウィラッスミの像が並んで立っており、そ の間にガルーダにまたがるウィスヌ神の像があったと言われている。アイルランガ王はガ ルーダにまたがるウィスヌ神に擬せられた人物であり、そこにアイルランガ王の像が祀ら れたということはブラハン水浴場のチャンディ化がもっと後で行われたことを示している のかもしれない。[ 続く ]