「女性文学史(2)」(2026年07月20日) 第一期に現れた女性作家たちはたいていがジャーナリストや教育家を本業にしていた。教 育的な主張内容が各作家の専門分野の中にある諸要素と化学反応して独自の個性的な光芒 を放つものになっていたから、かの女たちの作品はあたかも自叙伝の趣を呈していた。 第一期が幕を閉じたのは、スカルノ政権からスハルト政権へのレジーム交代にからんで起 こったG30S事件による社会の動揺と混乱のもたらした結果であり、スハルトレジーム が安定して経済成長が起こるまでの期間、芸術に対する活動と鑑賞に対する余裕を国民は あまり持っていなかった。 第二期は1970年代初から1980年代末までにわたる、オルバレジーム最盛の時期だ ろう。Nurhayati Sri Hardini Siti Nukatin、筆名Nh. Diniを第二期の代表者に挙げるこ とができるかもしれない。かの女はたいへんな多作家だった。この第二期では、業界好み の生産的な女性作家たちが書店の店頭に多数の作品を送り込んだ。業界好みという意味は、 各作品が長期にわたって再版を続けたことを指している。 Hanna Rambe, Titie Said, Lastri Fardani, Yati Maryati Wiharja, Titiek WS, Marga T, Sri Bekti Subakir, Ike Supomo, La Rose, Maria A Sarjono, Nani Heroe, Titik Viva, Nina Pane, Sari Narulita, Tuti, Nonka, Marianne Katopo, V Lestari, Mira W などの一連の名前が第二期の女性文学界を賑わせたひとびとだ。 この時期にはHorisonやBudaya Jayaといった文芸雑誌が新進作家の登竜門の機能を担った。 このシステムも植民地時代のバライプスタカと似たようなハードル機能を持っていたと考 えられる。スハルト流国家開発に反抗する主張を文芸に持ち込もうとする者たちに対する 抑制機能をオルバ政権はそんなシステムの中に配置することができた。 国家統治者の政治支配がきわめて強い時代の下で、女性作家たちが作品を世に送り出して いたのである。その時代の作家たちは作品の冒頭に紋切型の断り書きを表明する習慣を持 つようになった。その事実からわれわれはその時代が持った光と影を推察することができ るはずだ。「本編の主人公とストーリーはフィクションであり、現実に類似の事件があっ たのであればそれは単なる偶然にすぎない。」 オルバ時代が文学の世界にとってどのようなものであったかということがその断り書きか ら十分に推察できるだろう。 1970年ごろからインドネシアの国内経済が発展し始めた結果、あらゆるモノに対する 需要が膨らんだ。新聞・雑誌・書籍ももちろんその中にあった。出版界やマスメディア業 界が拡大し、女性をターゲットにする週刊誌や月刊誌が出現するようになった。 経済的な発展が文学や芸術を鑑賞するための前提条件であると言われている。都市部には 経済上流層や中流層が形成され、男が家の外で金を稼ぎ女が家の中を整え子供を育てると いうライフスタイルが確立されていく。上流中流階層の家庭にプンバントゥを雇用する習 慣が作られて、その階層の主婦たちに余暇が生まれた。 オルラ時代から始まっていた国民教育の向上は時代を追って進展し、オルバ政権が安定し て上流中流層が膨らんできたころには教育のある女性があふれるようになった。教育があ り余暇を持ち、生産活動に入らず消費生活を主体にする女性たちが印刷メディアにとって の巨大市場を形成した。そんな女性たちの中に、一介の読者に終わることなく、自分も書 いてみようと考えるひとびとが出現したのも自然の成り行きだったにちがいあるまい。 女性向け週刊誌や月刊誌の増加が女性物書きや女性編集者あるいは雑誌ダイレクターの需 要を高め、そういう知的生産分野に乗り出して行くインテリ女性の数も増加していった。 その一方で、社会の産業化は男を多忙にした。能力、中でも脳力を持つ男たちは企業内の 事業活動効率向上やその他の事業開発に没頭するようになる。男たちは文芸活動よりもビ ジネス業務に熱を上げるようになった。[ 続く ]