「アンスリウム投機」 夢のアンスリウム いま、アンスリウムがインドネシアで一世を風靡している。昔はそれほどでもなかったのだが昨今のインドネシアで観賞用植物が一世を風靡するといえば、みんながその鉢植えを買い育てるので街中のどこへ行こうがあるいは友人知り合いの家を訪問しようが至るところでそれを目にするという『ブーム』にとどまらず、優れた鉢植えが膨大な金額で売買されるという他の国であまり例のない特殊事情がついて回る。つまり単なる植物の鉢植えに過ぎないものに数百万ルピアどころか億単位の価格がつけられて市場で売買されるようになるという一時期を迎えるのである。考えても見るがよい。政府が国民向け住宅政策の中で建てているRSh(簡易健康住宅)と命名された低所得層向け住宅が一軒4千9百万ルピア以下で販売されているというのに、観賞用植物の鉢植えひとつがそれと同等あるいはそれ以上の価格で市場で売買されているのである。国内でつけられた最高値は中部ジャワ州クドゥスから市場に出されたジェンマニーの新交配種で12.5億ルピアの値がつけられた。そうでなくとも、人気の高い種ともなると葉一枚あたりで数千万ルピアという値付け方法が取られ、発芽用種子一粒が最高でも80万ルピア、発芽したての新苗は一本でそれよりも高い価格がつけられる。 最新トレンドになったアンスリウム愛好者は各地で同好会を作り、情報交換をし、コレクションを増やし、売買の仲介をする。アンスリウムに惚れた愛好者のひとりはその魅力をこう語る。「アンスリウムの葉はとても男性的な姿をしている。くぼみ、色、きめ、筋などすべてが独特の魅力を発散している。濃い緑色の葉、頑丈そうに浮き出た葉脈。その姿の中には勇壮さと優美さが同居している。アンスリウム愛好者が女性よりも男性に多いのはそんなところに原因があるからではないだろうか。」 アンスリウムハンターたちに特に人気の高い種がいくつかある。ジェンマニー、フーケリー、ガルーダ、ブラックビューティ、そしてWave of Love。いまや高額商品と化したアンスリウムを狙って鉢植え泥棒が出没するご時世だ。ご近所の緑化のために家の表に置いてあった鉢植えや庭を飾るためにいくつか並べてあった鉢植えがある朝突然姿を消していたという目にあったひとも少なくない。世知辛いご時世に高価なアンスリウムを買った愛好者は結局夜な夜な大切な鉢植えを寝室に入れて寝るようになる。アンスリウムを抱いて眠るあなたを訪れるのはどんな夢だろうか? 愛の波 Euphorbia milii 花麒麟 Adenium アデニウム Aglaonema アグラオネマ Anthurium アンスリウム Sansevieria サンセベリア これはいったい何のリストかというと、インドネシアで一世を風靡した歴代鉢植観賞用植物のリスト。今エポックの頂点に差し掛かっているアンスリウムは熱帯アメリカの原産で、インドネシアでも昔から王侯貴族たちの宮殿や庭園を飾ってきた。1984〜85年ごろアンスリウムはエリート族のライフスタイルアイコンになったことがある。豪壮な邸宅を高級住宅地に構えるかれらが邸内外でアンスリウムを育てるのがブームとなった。そのブームが去ってからふたたびブームがやってくるのに長い期間を要しなかった。1987〜1992年にふたたびアンスリウムは巷の観葉植物愛好家たちの人気を集めて植物好きの家庭の庭で大きな葉を広げたのである。 2006年はじめごろ、アンスリウムに三度目のブームが起こった。この三度目のブームは今日現在までいまだに継続しているもので、これが以前のブームと違うのは市場で大きい価格上昇を伴ったことだ。2006年2月にジェンマニー種の成草は1百万ルピアだったが、2006年8月に中央ジャカルタ市バンテン広場(Lapangan Banteng)で定例的に開催されている観賞用植物市でジェンマニーコブラは一鉢1千5百万ルピアの値で売られた。それを買ったボゴールのコレクターはその後中部ジャワの愛好者にそれを売り渡した。そのときの取引金額はなんと2千5百万ルピアだったそうだ。 鉢植え植物を狂乱価格ブームが襲うようになったのはアデニウムが人気植物になったころからのようだ。それ以前はブームによる値上がりがあったにせよまだ常識の範囲内で、低階層住宅や中古自動車と競り合うような狂乱価格現象は見られなかった。アデニウムが記録した最高価格は2005年の1億ルピア。そのあと登場したアグラオネマは2006年半ばに6.6億ルピアを記録した。市場で取り沙汰されたアグラオネマが飽和感を漂わせるようになったあと、アンスリウムの第三次ブームがはじまったのだ。インドネシアフロリカルチャー会長は言う。「アンスリウムが脚光を浴び始めたのはアグラオネマが市場で飽和状態になってきてからだ。アグラオネマの市場性が下降しはじめるとその後継者探しが行われ、ひとびとの目がアンスリウムに向けられた。」 今絶頂期を謳歌しているアンスリウムの次期継承者としてサンセベリアが登場してきているものの、アンスリウムの時代はまだまだ続くと関係者の多くは語る。さまざまな種の間で交配が続けられまだまだ新種が作られるからだとかれらは言うが、投機対象商品としてのアンスリウムはまた異なるロジックがからんで興亡するにちがいない。投機商品は、仕掛ける者、価値を膨らませる者、そしてその投機の波にからむ投資者たちが織り成すマネーゲームなのだから。投機者たちにとってはただの鉢植えが住宅価格より高くても少しもかまわない。買ったときより高い値で売れるかぎり投機対象商品が何であろうが問題はないのだ。しかし価格が天まで上昇を続けることはありえず、いつの日かバブルがはじけるときがやってくる。 艶やかな葉を広げるWave of Love種のアンスリウム。インドネシア語ではGelombang Cintaと呼ばれるこの鉢植えにしても、すべての投機者に波のピークを与えることはできまい。波のボトムでバブルがはじけた者こそ悲惨なる哉。 万人参加の投機市場 中部ジャワ州でソロ市に接するカランアニャル県。この県に入って大通りを進めば道の両側にはアンスリウム畑が続く。道路沿いに吊るされた垂れ幕には「アンスリウム県にようこそ」という文字。カランアニャルの女性県令が県下の農民にアンスリウム栽培振興の音頭を取ったのだ。それは市場でアンスリウム価格が急上昇をはじめてからのこと。今や1千人の農民が数百の育苗場やグリーンハウスを設け、県民総出でアンスリウム栽培に取り組んでいる。上昇を続ける市場価格は農民たちの収入を押し上げており、多くの農民は新車を買い、オートバイを増やし、自宅を建て直してアンスリウムの恩恵を享受している。 アンスリウムブームは東ジャワ・ジャカルタ・スラウェシ・東ヌサトゥンガラ・カリマンタン・パプアにまで拡大して展示会・コンテスト・愛好者の会合などでその姿を露出することが増加した。そんな状況がアンスリウム投機市場を活発化させているのは疑いもない。インドネシアフロリカルチャー会長は言う。「観葉植物価格も市場の需給関係の影響を受ける。一部の植物は在庫が少ないため需要が高まれば価格上昇が起こる。もちろん投機筋がそれにからめば状況はもっと複雑になる。市場性があると見られた植物は交配者や親株オーナーが戦略を立てる。市場に放出する前に展示会・コンテスト・チラシなどで前景気をあおり、市場での受けが良ければ趣味の雑誌も取り上げる。マスメディアに登場すれば一般愛好家が競ってそれを求め、在庫薄のおかげで価格は急上昇する。そんな状況を見た資金持ちがこのビジネスに投資し、生産し流通させて巨利を得ようとする。一方、タイ・フィリピン・台湾などからまだ国内にない新種を国内に紹介する者もあらわれて、市場は一層加熱する。既に高値になった商品を大勢の愛好者やコレクターが流行に乗っている自分を確認するために、自分の威厳を維持するために、それを買う。」 市場でブームが起こり、価格は上昇を続ける。大勢がその生産と流通・販売に投資し、にわかブローカーが急増する。観賞用植物展示即売会も頻繁に開催され、自宅で趣味に鉢植えを育てていた一般人がにわか鉢植え商人になって展示会にブースを出すことも起こる。こうしてこの流れに関わるたいていの者が利益を享受するようになるのである。農民である園芸生産者、集荷仲買人、コレクター、植物栽培ファンなど互いに縁もゆかりもない他人同士が市場という場に結び付けられて行っているこのマネーゲームは他国であまり見ることのできないインドネシアの特異現象のひとつと言えるのではあるまいか。 アンスリウム泥棒 いくら夜中に寝室で一緒に寝ているからといって、突然熱を出したアンスリウムを抱えて医者に走る、なんてことはまずない。だから何千万ルピアもするアンスリウムの鉢植えを抱えてオートバイに乗っている者はアヤシイこときわめつき。そんな状態で警察の検問に引っかかった連中はたいてい署にしょっぴかれて自白する。 東ジャワ州シドアルジョ県グダガン(Gedangan)署が2007年10月末に多目的ターゲット検問を実施した。二輪・四輪の通行車両をストップさせて携帯書類や積荷を検査する。そんな中で網にかかったのが二輪車に乗ったふたりの男。31歳と27歳のこのふたりはクディリの出身だがシドアルジョの住民になっている。検問で止められたこのふたりが着ているヤギ皮ジャケットの中からアンスリウムの鉢植えが出てきたから、警察は即ふたりをしょっぴいた。アンスリウムの鉢植えはグロンバンチンタ種がひとつ、そして現金が28万5千ルピア。警察の取調べにふたりは、自分たちの稼業は高価鉢植え専門泥棒でありこれまでにタングラギン(Tanggulangin)とクリアンで28本のアンスリウムを盗んだことを自供した。その日も盗品を抱えて故買屋に走ったあとで、28万5千ルピアはそこで1個を売りさばいた収入だったとのこと。 中部ジャワ州ボヨラリでは10月初旬にアンスリウム泥棒が群衆に捕まり、リンチでぼろぼろにされた挙句警察に引き渡された。事件はボヨラリに住むギヨノ36歳の怒りから始まった。グロンバンチンタ、ジェンマニー、フーケリー、ガルーダ種のアンスリウム12鉢総額2千万ルピア相当が自宅から姿を消したのだ。ギヨノは一族郎党に命を発した。「わしの鉢植えアンスリウムを手分けして探してくれや。」 ある日、ファミリーのひとりから知らせが届いた。「ギヨノの鉢植えは全部Dxxxの家にあったでよ。」Dxx34歳の家には年下の仲間たちが大勢出入りしている。どうやって一矢を報いてやるべえか、とギヨノが頭をひねっている間に、Dxx一味が他の家からアンスリウムを盗もうとして捕まったという知らせが地元で広がったからギヨノは取るものもとりあえず現場に急行した。リンチたけなわの中に飛び込むと、「わしにもやらせろ・・・」。リンチに飽きてきた群衆が警察に泥棒現行犯を突き出すとギヨノもすかさず盗難届けを警察に出した。 中部ジャワ州ウォノギリでは8月末に住民ふたりからアンスリウム鉢植えの盗難届けが警察に出された。被害総額はおよそ1億ルピア。ひとりはフーケリー種の親株2本、グロンバンチンタ親株8本、フーケリー子株56本、ガルーダ幼草1本、総額2千3百万ルピア。もうひとりの被害はグロンバンチンタ親株2本、フーケリー、ジェンマニー大型成草など総額7千5百万ルピア。 さらにさかのぼって9月末、東ジャワ州ガウィ(Ngawi)では住民の家からアンスリウムを盗もうとした三人組が警察に捕まっている。かれらが盗み出したアンスリウムは総額1千3百万ルピア程度のものだったが、現金の顔を拝む前に御用となった。 流行植物は時代と共に 大地に生きているインドネシア人は概して植物好きだ。あいている土地があればたいてい何かが植えられており、土がなくても鉢植えを置いて何かを育てている。アパートを嫌って一戸建てに住むのを好む都市居住者の性向を評して土いじり欲求がどうしても抜けない農民精神のあらわれと言われているのは周知の話で、それ以外の面でも日常生活の中に農民精神が脈々と流れているのを目にする機会は少なくない。ジャカルタが巨大なカンプン(村)とあだ名されているゆえんだろう。 だから都市居住者の間で、その時代時代にさまざまな植物が流行現象を起こした。1970年代に国内で一大流行現象を起こしたものにnusa indahという花がある。英名ムッサエンダ、中国名毛玉葉金花、和名コンロンカ(崑崙花)というこの花は全国各地の都市部で住宅・事務所・ホテル・商店にその姿を見ないことがないほど飾られていたが、1980年代に入ってブーゲンビリアに主役の座を譲った。インドネシア語でkembang kertas(紙の花)と異名を取るブーゲンビリアについては「ホットなオーラを放出するのでそれを植えると家庭生活に困難をもたらす」という神話がささやかれたが、『だれが怖がるものか』とばかり多くの住宅のフェンスがブーゲンビルで飾られた。 1990年代の開発政策華やかなりしころ、高級住宅や公共施設の庭を飾ったのはパーム椰子で、ダイオウヤシやトックリヤシあるいはフォックステールパームiなどが人気商品となった。中流階層もパーム椰子を自宅に植えることに憧れ、流行商品の例にもれずぐんぐんと価格が上昇した。フォックステールパームの成木に7百万ルピアの値がついたが、当時の1米ドル2千ルピア程度の為替レートからすればそれは結構な価格だったと言えよう。しかしそれでも昨今のアグラオネマ〜アンスリウムというどぎつい投機商品としての価格から見ればまだまだおとなしいものだったと評価することができる。 その時代に投機筋がいなかったというわけでは決してなく、パーム椰子の流行が高まるにつれて投機筋もからんでの価格上昇が植栽愛好家たちの顰蹙を買うことになったのである。ところが最初に脚光を浴びたダイオウヤシが価格暴騰と需給アンバランスのために入手難をきたしたことで造園デザイナーたちがその代替品としてフォックステールパームやメリリーヤシなどに指向を変えたため、ダイオウヤシに価格暴落が起こって生産者・流通者・販売者そして投機筋に恐慌を巻き起こす結果となった。投機筋はすぐに次の樹種に焦点を移したものの、生産者・流通者に迅速な方向転換は不可能で多くの園芸関係者に大赤字をもたらした。このころはプルメリアやモクマオウなどにも人気が集まり、80〜90年代は庭園樹木の流行期だったと言えそうだ。そして2000年を超えてから鉢植えが流行植物の座を占める時代となり、凄まじい狂乱投機の時代にのめりこんで行った。 アンスリウムが泡となる日 「家の裏庭にあった50センチほどの葉に成長したグロンバンチンタと脇のテラスにあったまだ小さいジェンマニーが盗まれた。裏の塀は高さ3メートルもあるのに、それを乗り越えて盗んで行った。今の相場だとあのくらいの大きさなら2千万ルピアはする。わたしが買ったのは2001年でまだアンスリウムブームが来ていないころだ。事務所からも2本盗まれている。」そう語るのはボゴール農大造園設計科教官。 激しい値上がりで鉢植え一個が何千万ルピアもするアンスリウムは貧民にも金持ちにも垂涎ものとなった。かれはアンスリウムの前のアグラオネマの流行期に既に鉢植え泥棒の被害をいやというほど体験している。2年前にアグラオネマが価格急上昇期を迎えたころ、ボゴール農大農業ラボに置かれていたアグラオネマの鉢植えが数百個盗まれている。 観賞用植物の値上がりはまるでおとぎ話のようだ、とかれは言う。「鉢植え1個とメルセデスベンツSシリーズが同じ値段だって?ジャカルタ郊外の180平米ほどの土地付き住宅だと5〜6軒は買えるって?アンスリウムの鉢植え1個で6億ルピア、12億ルピア?これはまともじゃないよ。まるでおとぎ話だ。植物はもちろん需給関係で価格が上下する。しかし植物は再生可能であり、また増やすことができる。希少価値とは言ってもある時期だけのことだ。希少価値を維持するためには新種が続々と生産されなければならない。特定コレクターグループが自分たちの間で特異なマーケットを作っているだけじゃないのか?」 しかしそんな様子で特定の植物にスポットライトが当たるとマスメディアがそれを取り上げる。一般大衆はマスコミに弱い。「最新流行はこれだっ!!」と派手に書き立てられれば、それを手に入れたいという消費者の欲望もかきたてられる。投機のからんだ流行植物のビジネスに参加しようとするなら、対象商品の流行期間がいつまで続くのかという知識を持っていなければならない。いまアンスリウムに焦点が当たっており、そのさまざまな種の間で交配が繰り返され、新商品が続々と市場に登場してくる。新商品が出た当座は希少価値が付くから値上がりするが、そのうち飽和状態となれば価格は頭打ちとなる。 業界者のひとりは、タイのバンコックにあるチャトゥチャック市場へ行くとインドネシア人だらけだ、と物語る。メダンから、ソロから、東部ジャワから、かれらはアンスリウムを買付に集まってきているのだ。タイ人の間でアンスリウムは特に流行しておらず、インドネシア人ばかりが仕入れにやってくる。バンコックの種苗会社はインドネシア人さまさまというところだそうだ。中には農園に泊り込んで自分のお目当て品の商談を朝一で行い、他の買付人には渡さない、と意気込んでいる者もあるという。 供給人がそこまでの心意気なら、流通末端に関わる者も家や自動車を売り、あるいは銀行借入を起こして仕入れ資金を用意する。仕入れたアンスリウムが市場で値上がりすれば瞬く間に数百万数千万ルピアの差益を手にすることができる。昨今では、自分で農園も育苗も行わず、ただ売り手と買い手を引き合わせる仲介業、アンスリウムブローカーも増加しているそうだ。 インドネシアの歴代鉢植えビジネスでアンスリウムは過去最高の市場規模に膨らんだ。大勢が巨額の投資を行っている一方で、投機対象商品としてのアンスリウム価格もどんどんと膨らんでいる。だれもがこのバブルの破裂を何年も先になるように望んでいるのだが・・・・・ |