「アンコッ」


昔はオプレッ
angkutan kotaあるいはangkutan perkotaan略称angkotは旅客運送事業に関する2003年運通相決定書第35号で小規模都市でのみ実施が許可されるものにされていた。アンコッというのは小型乗合い路線バスのことで、首都圏では限定的にスズキキャリーを改造した乗合い自動車を指しているが、広義にはトヨタキジャンを改造したmikroletと呼ばれるものを含むこともある。地方へ行けば三菱コルトを改造した小型乗合いバスが走っているのを目にすることもできるが、これは首都圏になかったようだ。そおの乗合いはそのものずばり「コルト」と呼ばれている。
mikroletの-letはopeletから取られたものと思われる。インドネシアでもっとも古くから使われていた小型乗合いバスであるオプレッは英国製のオースティンやモリスあるいはドイツ製オペル車を改造したもので、オプレッはopeletあるいはopletと綴られるようにその名はどうやらオペルに由来しているようだが、オースティンやモリスの乗合い仕様車もオプレッと呼ばれた。そのオプレッはbecak bermotor略称bemoと命名されたダイハツ三輪車ミゼットに取って代わられ、さらに1977年から生産が開始されたトヨタキジャンに移り変わって、前任者オプレッの名を一部引き継いだミクロレッが都内中距離交通の足となる。オプレッは1970年代にジャカルタから姿を消していったとはいえ、地方部へ行くとその骨董品的雄姿をまだ目にすることのできる場所もあるそうだ。
さて、運輸通信大臣が2003年に定めたアンコッを大都市から排除する規定はその後の5年間、等閑に伏されていたわけだ。そして公道輸送交通に関する法令の改定準備が進められているいまになって話題の水面上にそれが浮上してきたのである。インドネシアは法律が十分調えられていないという言葉を耳にすることがあるが、わたしはその正反対だと見ている。つまり膨大な法規がジャングルのように国民生活を覆っており、その中で相互干渉や矛盾はいたるところに存在しているため整然さから程遠いそんな法治生活を国民はおざなりにし、また法執行者もそんなジャングルの中で必要な部分部分をその折々に用いているにすぎないため、法確定や法執行といったことがらがその原理的な部分まで踏まえて国民生活の中に実現するということの起こりにくい要因をなしているのだ。

法規のジャングル
法規のジャングルだから国民の普通の日常生活行動は往々にして茂ったジャングルの枝葉に抵触する。違反を罰金徴収の基盤にすえている勢力にとってその構図はまことに都合がよいわけで、こうして国民総犯罪者化社会が出現するのである。国民総犯罪者化社会だから国民はすべて犯罪者にされるが、法執行者は全員を処罰することができない。これは社会的不公平つまり法の前の平等不在を国民全体に涵養させる効果を持つ。だからこのような土壌にリーガルコンプライアンスを持ち込もうとするなら、まずこの国の為政者に法規のジャングルをきれいに刈り込んでもらうことから始めなければならないのだが、ものごとを一般法令でカバーせずそれぞれのテーマに対して専門法令を作りたがるメンタリティが民族指導層全体を覆っているため、ジャングルの中にあとからあとから植林が行われているのが実態になっている。これはいまだに実現しない反ポルノ法案や、貨物運輸セクターに新しく確立されたロジスティック概念に応じて法規を制定せよと叫ぶ声の出現などをその例証にあげることができるだろう。
そうして悪事でない何らかの活動を行おうとしても網の目のように張った法規の枝葉のどこかに引っかかるから、イリーガルという言葉を避けようとするなら身動きが取れなくなってしまう確率はきわめて高いと言える。ありとあらゆるセクターにイリーガルがこれほどはびこっている国が他にあるのかどうかわたしは知らないが、それらのイリーガルがすべて悪意にもとづいてなされているようには見えないし、もっと言うならインドネシアでなんらかの活動を行う際にイリーガルと言われることを怖れていては何もできないなどと主張すれば、わたしを悪の擁護者と見て舌打ちする読者が現れるかもしれないにちがいない。

大都市のお荷物
さて、アンコッの話題に戻そう。運通省都市交通システム育成局長は、運行スケジュールを持たず停留所も定められていないアンコッは大都市における公共運送機関の条件を満たしておらず、それは地方部中小都市で催されるべき運送システムである、と語った。首都ジャカルタで営まれているアンコッ運送活動は、好き勝手な場所で乗客の乗降をさせ、道路脇で客待ちをして首都の交通渋滞を過熱させる役割を果たしている。そんな状況になっているのは公共運送許認可行政に携わっている地元行政府の責任であり、本来は適正な数の車両による運行を維持してその活動を監督するべきなのに過剰な数の車両に運行許可を与えて運送機関の健全な経営を困難にする一方、道路交通に渋滞を招くような事態を引き起こしてしまった。こうして潤沢な乗客が得られないアンコッは道路脇で客待ちを行うようになって交通渋滞の原因となり、運行スケジュールの確定しない交通機関を嫌がる市民はアンコッ離れを起こしてオートバイに乗るという悪循環がジャカルタでは現実に起こっている。
アンコッの商業運行はもともと最低5台の車両を持つひとりのオーナーが運行許可を得て運転手を賃金で雇用するという形態を基本コンセプトにしていた。そうすることで運転手は客待ちの必要がなくなり、道路渋滞の原因を作らないように配慮されていたにもかかわらず、現実には1台の車両を持つひとりのオーナーがみずから運行オペレーションを行うということを地元行政府が許してきたことも今のような状況に至った一因となっている。運通省はこのような実態の抜本解決をはかるために公道輸送交通に関する法令改定の中で、公共陸上運送機関運転手に対する資格認定制度を新たに設けるとともに、その就業条件として固定給による雇用を定めることにしている。また過剰な稼動アンコッ台数はバスウエーなどの都市交通機関を国内諸都市に広げていくことで自然減耗が起こることを期待していると局長は語っている。

合法不法の徴収金
プロガドンバスターミナル出口の奥で数珠繋ぎになっているミクロレッの列に、陸運交通局職員の制服を着た中年の男が近寄ってきた。そして手にした棒切れで車体をコツコツと叩く。運転手は憮然として表情で手を窓から伸ばす。制服の男はその手を受ける。5百ルピアコインが1個、手から手に渡された。それはどうやら公的な金ではないようだ。「役人が車体を叩くのは金を要求しているサインだ。たいてい5百ルピアをやってる。だいたいちょっと停まって客待ちしてるときにかれらはやってくるね。」運転手はそう話す。
プロガドン〜ポンドッコピ線を運行している都バスのメトロミニも役人のたかりを受けた。車掌が5百ルピアを渡す。一日延べ数千台の公共運送車両が出入りするバスターミナルで1百台から5百ルピアを徴収しただけで5万ルピアになる。権威をかさにきて小銭を集めれば、最低賃金の数倍という追加月収を得ることができる。金をかけてでも公務員になりたいと考える人間がいても当然だろう。
公共運送機関が客待ちすることをジャカルタではngetemと言う。語源になっているtemは時間を意味しており、それを動詞化してmengetem、それが更にブタウィ語化されてngetemという表現で使われている。このtemは既にお気付きの通り英語のtimeを語源にしているようだ。それはバスターミナルにtimerと呼ばれる職種が存在していることからも窺われる。つまりngetemとは日本で試合の進行中にそれを一時ストップさせるとき使われるあの「タイム」と同一の用法であり、この類似はたいへん興味深いものがある。
役人の次にtimer(ティムル)がやってきた。アンコッ協同組合Koperasi Wahana Kalpikaの業務として行っていると言うそのティムルは自分が担当する車両のナンバープレート番号が記されたリストを持っており、全車両から毎日5千ルピアを徴収するのが仕事だと語る。「この徴収金は合法なもので、組合職員の給料や年一回運転手に支給する制服の調達資金に使われる。わしの担当車両は175台あって、毎日各車両が数往復したあとで金を徴収するようにしてる。わしの一日の目標は70%の確保。わしゃ給料もらってるから、この仕事でコミッションはもらわない。」
続いてルート代金を徴収する者もやってくる。ルート代金の5百ルピアは東ジャカルタ市役所清掃局職員が徴収し、徴収された資金はターミナルの清掃費用に使われる。ルート代金が徴収されるとサイドミラーにチョークで印がつけられる。バスターミナルでは合法非合法にかかわらず、徴収金の領収書や徴収証憑などは一切ない。

暗い未来
ターミナルにはチャロ(周旋屋)もいる。乗客チャロはターミナルにやってきた乗客を乗合車両のひとつに送り込み、その運転手から謝礼をもらうというビジネスを行う。チャロへの謝礼は4千ルピア程度。依存性の強いインドネシア文化では、乗客がチャロにそのように扱われてもあまり違和感を感じず、かえってだれかが自分を統率してくれる方により安心感を感じるようだ。このようなビジネスは依存性社会でしか成立しないのだろう。
ターミナルから出る際に大通りの車両の流れに乗りにくい場所がある。そんな場所では、流れに乗りやすいように大通りの流れを制御してくれる人間がいるのはありがたい。そんな手助けをしてくれる人間はミスターチュぺ(Mister cepek)とかポリシチュペ(polisi cepek)あるいはパオガ(Pak Ogah)などと呼ばれている。チュぺとは100の意味だが、1980年代のテレビ人形劇「シウニル」に登場したパオガの時代からはインフレ昂進でいまやゴペ(500)が相場になっている。
更にアンコッが路上でタイム中に交通警官や都庁交通局職員が通りかかると厄介なことになる。そこが停車禁止標識の領域内であれば、標識違反罰金として15万ルピアが宣告されて違反切符がちらつかされる。運転手たちは和解金として2万ルピアでそれに応じ、最悪の事態は回避される。この種の出費は別にして、アンコッ運転手たちは毎日1万から2万5千ルピアの合法不法の徴収金を負担しているのである。
アンコッや都バスは車両オーナーに毎日水揚げを納めなければならない。それはストラン(setoran)と呼ばれており、メトロミニ運転手のひとりはストランとガソリン代をカバーするために一日50万ルピアを稼がなければならない、と語る。ミクロレッ運転手のひとりはストラン金額が一日14万ルピアだと言う。一方徴収金はルートによって異なっており、メトロミニの場合、プロガドン〜タンジュンプリウッ線で一日1万4千ルピア、もっと短いプロガドン〜ポンドッコピ線は7千5百ルピア、ミクロレッのプロガドン〜パサルスネン線だと1万ルピアといった金額が相場だ。加えて場所によっては地回りのごろつきが待ち構えていて、通る公共運送機関から1千ルピアをたかり取る。
首都の公共運送機関はますます激しくなる交通渋滞で一日の運行回数が減少している。カンプンムラユ〜パサルスネン線を走るミクロレッはかつて半日で12往復していたものが今では8往復しかできず、延べ乗客数は大幅な減少となり、その一方で燃料費は値上がりと低速走行でむしろ増加し、合法不法徴収金は止むことを知らず、更に公定運送料金値上がりで利用者離れが起こっているというありさまだ。アンコッは確かに地方の小都市に逃げ出さざるを得ないのかもしれない。