「ブルンカカトゥアの謎」


インドネシア語で鳥のオウムのことをブルンカカトゥア(burung kakaktua)と言う。カカトゥアとだけ言っても、たいていのひとはオウムを最初に想像するほど、鳥のイメージが強い。つまり、ブルン(burung =鳥)が省略された表現と一般に理解されるのが普通なのだが、単体のカカトゥアという語は、本当はくぎ抜きを意味している。くちばしの形状が似ていることに由来しているのだろう。
更にはインドネシアのさんご礁にカカトゥア魚(ikan kakaktua)もいるので、本当はカカトゥアという言葉だけ言われたなら、いったいどれのことかと戸惑うはずなのに、インドネシア人は戸惑わない。カカトゥア魚というのはあの身体の色がオウムのように派手な色に分かれている熱帯魚を指している。
カカトゥアのスペルは、教育文化省国語センター編纂のインドネシア語大辞典(KBBI)第四版を見ると、kakaktua と一語で書かれているのが正しい表現と思われるが、現実にkakakとtuaを切り離して書いているスペルもネット上に充満している。
kakakとtuaを切り離すと「年長の兄/姉」という意味にもとれるのだが、反意語のkakak muda(若年の兄/姉)も同様に、そのような使われ方はあまりなされていないようだ。兄/姉が複数いるとき、そのひとびとを年齢で区別するようなことが生活習慣の中にあまり顕著でないため、そういう表現の必要性が希薄だということなのかもしれない。要は、年下の者は兄や姉に対して年齢差を意識せず、等距離で接するという価値観が社会にあるのではないだろうか?
その一方で、kakakやadikでなくsaudaraにtuaやmudaが付けられることは行われている。端的な例が、かつてアジアの指導者たらんとして欧米植民地になっていた諸国に攻め込んだ日本軍はインドネシアで自らをsaudara tuaと称した。その印象が強烈だったと見えて、今でもsaudara tuaという語に接するとオランダ人に成り代わった旧日本軍のイメージが先立つインドネシア人は数多いし、実際にマスメディアで、saudara tuaという語が日本民族の修飾語のように使われることもある。

カカトゥア鳥、窓に留まってる
よぼよぼ婆さん 歯はあと二本
トレッドゥン トレッドゥン
トレッドゥン ララララ
トレッドゥン トレッドゥン
トレッドゥン ララララ
トレッドゥン トレッドゥン
トレッドゥン ララララ
カカトゥア鳥

ブルンカカトゥアと題するマルク地方の民謡がある。子供向けの、いわゆる童謡として全国的に大流行した歌だ。インドネシア語の歌詞を戯れに日本語訳してみた。これで歌えないこともないように思うが、どうだろうか?
この歌詞にもいくつか単語や句を変えた変種があり、まず「婆さん」が出てきたり、「爺さん」が登場したりする。そして、トレッドゥンの替わりに「トレッジン」、「テッドゥン」、「テッチュム」etc. etc.、ララララに替わって「トゥラララララ」などと山のようなバリエーションがあり、最後の行の「カカトゥア鳥」が「よぼよぼ婆さん/爺さん」に入れ替わったりしている。
このように単語が取り替えられたり、あるいは意味が少々歪んでみたり、というのは口承文化における伝承物の特徴であり、インドネシアの昔話もさまざまな変種があって、どれがオーセンティックなものかよくわからない、という現象に出会うことも頻繁だ。すべからく文字あるいは文書を通して言語に接触する習慣にどっぷりと浸っている民族にとって、この口承文化というのは相当な難物であり、それに自然体で取り組めるひとが少ないのも、仕方がないことかもしれない。
少なくとも、そういう山のような変種の中から文書化されたひとつふたつに接して、文書化されているからオーセンティックなのだ、という姿勢を取り勝ちになるのは自戒されるべきだろうとわたしは思う。
トレッドゥンあるいはトレッジンというのは擬音語だと思われるのだが、実はこのリフレインの部分は、百人に尋ねると百人がみんな違う文句で歌っているという話しだ。
ひょっとしたら、幼児期に聞き覚えたこの歌の歌詞のその部分が幼児の耳にそう聞こえたというだけのことであり、パーミッシブ社会であるがゆえに、その子が歌う歌詞をだれも訂正しなかったということなのかもしれない。口承文化というものの本質的なベースがそれなのだろうという気がわたしにはする。
ともあれ、ここで使われている擬音語がカカトゥア鳥あるいは爺さん婆さんとどう関わっているのかについても、謎と言えば謎のようだ。ちなみにブタウィ文化史に必ず登場するタンジドールと呼ばれる吹奏楽団が演奏しながら道路を行進する場面で、トレッドゥンという擬音が使われている。トレッはその語を発音してみれば判るが、カタッ、コツッなどの日本語に対応しているように思われるし、ドンは日本語の「どん」という低い衝撃音で、ジンも日本語の「ジャン」という金属的な響きを伴う衝撃音のような印象を受ける。オウムの羽ばたきの音を表しているようには思えない。
タンジドールにからめるなら、行進するチンドン屋さんもどきの楽隊の発する音なのか、それともヨーロッパの昔の軍隊に随従した鼓隊あるいは少数の管楽器を加えた楽隊なのか、でなければ人間の足踏みの音なのか、この擬音の正体はいったい何なのだろうか?
ちなみにブタウィではそのリフレイン部分を「テッドゥン」としており、それは擬音語などでなくテッはkeTEK、ドゥンは hiDUNGなのだというブタウィ人の解説を聞いて大笑いしたことがある。
はなし変わって、音楽・言語オブザーバーのグスタフ・クスノ氏によると、マルク地方の民謡だとされているこのブルンカカトゥアという歌は、ポルトガル発祥なのだそうだ。ポルトガル人がマルク地方を支配していたころに持ち込まれたものかもしれない。というのも、ポルトガルによく似たメロディの子供の歌があり、その歌詞は三角帽子がテーマになっている。ポルトガル語の原詞は下の通り。
O meu chap?u tem tr?s bicos
Tem tr?s bicos o meu chap?u
Se n?o tivesse tr?s bicos
O chap?u n?o era meu.
そしてまったく同じメロディで、やはり三角帽子をテーマにしてそれぞれの国語の歌詞がつけられた子供の歌がフランスやドイツなどヨーロッパのいくつかの国でも歌われており、各国で子供ソングの定番の位置に置かれている。
同じ現象はインドネシアにも起こった。アジアに進出してきたポルトガル人が支配した土地にはポルトガル文化が持ち込まれ、それに接した地元原住民が取捨選択しながら受容摂取したことは疑いもない。だからマルク地方のように、三角帽子の歌がそういうアジアの土地に根付いた可能性は十分に考えられるので、これは調査に値する楽しいテーマではないだろうかとわたしは思うのだが、いかがなものか?インドネシアでは下のような歌詞で、これがブルンカカトゥアのメロディに載せて歌われているのである。
Topi saya bulat/bundar
Bulat/Bundar topi saya
Kalau tidak bulat/bundar
Bukan topi saya
この歌詞がブルンカカトゥアの歌詞とごちゃまぜになって歌われることがあるため、これがブルンカカトゥアの二番の歌詞だと思わせるようなことも起こっているものの、この歌詞の題名は「トピ サヤ ブンダル」であり、「ブルンカカトゥア」ではない。おまけにこの帽子バージョンには「トレッドゥン」のリフレイン部分もない。
ちなみにヨーロッパ諸国の三角帽子の歌もブルンカカトゥアにある「トレッドゥン」のリフレイン部分は存在しない。その状況を見るかぎり、ポルトガル由来の三角帽子の歌はインドネシアに伝わって「トピ サヤ ブンダル」が作られたという流れが感じられる。そのあと、才能豊かな者が「ブルンカカトゥア」のバージョンを作り、リフレインがそこに加えられたのではないだろうか。
三角帽子というのは軍隊や海賊たちが使っていたあの帽子であり、ポルトガル語の原詞にはそういう勇壮で男らしい姿に憧れる男の子の心情が充満しているような気がする。ヨーロッパ諸国では原詞そのままに三角帽子が採り入れられたというのに、インドネシア人はどうして三角帽子を丸い帽子に変えてしまったのだろうか?このミステリーの謎解きも面白そうだが、将来の課題としておこう。今はトレッドゥンという擬音の謎解きが先だ。
さて、ポルトガルあるいはヨーロッパ諸国の原詞が男らしい勇壮な姿に憧れる男の子の心情を歌っており、ブルンカカトゥアの制作者がそのイメージをリフレイン部分に注入しようとしたらどうなるだろうか?
既出のグスタフ・クスノ氏も指摘しているように、カカトゥア鳥はどうして木の枝でなく窓に留まっているのだろうか、という疑問がある。つまり制作者の歌っているカカトゥア鳥は野生でないということをそれは意味しているのだ。実際にマルク地方では、カカトゥア鳥は大自然の中に満ち満ちており、飼われている鳥のほうが少ないはずだ。
そこで脳裏に浮かぶのが海賊のカリカチュア。三角帽をかぶり、片目を眼帯で覆い、かぎつめの腕をまくり、肩には鳥が留まっているあの姿。そして海賊ではないものの、勇壮さを鼓舞してくれるのは軍楽隊が奏でるマーチ。
そういうものがカカトゥア鳥の歌詞の中に盛り込まれた可能性は推測できるかもしれない。ならば、軍楽隊が奏でる勇壮な行進曲が遠くからすこしずつ近づいてきたとき、よぼよぼ婆さんあるいは爺さんはどうするだろうか?
いまわたしの脳裏には、楽隊の響きにつられて元気に手を振り足踏みしているよぼよぼ婆さんの姿が浮かんでいる。


(2016年2月16〜18日)