インドネシア外国人管理情報2004〜07年


「イミグレ担当官が外国人から金をしぼるのに失敗」(2004年5月7日)
スカルノハッタ空港イミグレーション担当官がシンガポール人から金を取ろうとした事実が明らかにされた。このシンガポール人はインドネシアに長く居住している35歳の女性で、シンガポールで入院している自分の実父が余命せいぜい72時間との知らせを受けたため、取るものも取りあえず帰国しようとした。スカルノハッタ空港から出国しようとしてイミグレーションを通るときに、自分のパスポートに押されている再入国許可Exit Reentry Permitスタンプの期限が4月14日で切れていることを指摘され、善後策を尋ねるとBユニットの担当官にスタンプ上にサインしてもらえば良い、と言われた。同ユニットに赴くとユニットスーパーバイザーと他三人の担当官が「サインをする代わりに3百米ドルを払え」と強要したが、この女性は頑として払わず、反対にその事実を明らかにした。この事件に関してスカルノハッタ空港イミグレーション事務所長は、いま詳細を調べているところだ、と述べてコメントを避けている。


「到着時ビザ対象国を増やすよう、業界が政府に要請」(2004年5月19日)
「中国からの観光客60万人がインドネシアには来ない。中国人は到着時ビザ発給対象になっておらず、また在中国インドネシア大使館は受ける申請に対して簡単にビザを出さない。インドネシアの9旅行代理店コンソーシアムは中国人観光客受け入れのためにいろいろな投資を行ったが、外貨獲得の大きな潜在性を持つ中国人観光客に対する政府の冷たい対応は驚くべきものだ。」全国旅行代理店協会(Asita)役員ルディアナはそうコメントする。
「タイやマレーシアでは、中国人に到着時ビザを出しているため年間百万人の観光客誘致ができているので、インドネシアもそれにならって、中国やオランダ、サウジアラビアなど観光客の誘致可能な国民には到着時ビザを出して簡単に訪問できるようにしていくべきだ。観光業界は今年の入国観光客数がたいした数字にならないだろうと予測している。インドネシアの政治状況が完全に落ち着くまで外国人観光客は訪問を敬遠しており、つい最近も大統領選挙日程に関連していくつかの団体旅行がキャンセルされたばかりだ。」とほかのAsitaメンバーも述べている。


「スカルノハッタ空港で闇出国フィスカル周旋屋の横行が目立つ」(2004年5月28日)
スカルノハッタ空港国際線出発ホールでチェックインを終えると、「paheはどう?」と声をかけてくる者がある。空港ターミナル職員でチェックインカウンターの中にいる者やバゲージに紐をかける担当者、海外出稼ぎサービス業者、果てはイミグレーション担当官までも。paheとは昔流行ったさるハンバーガーの廉価パッケージに付けられたペット名称だったが、かれらの言うpaheとは出国フィスカル納税なしに通してあげよう、というもの。インドネシア国民および居住者は、出国するたびに所得税の前納としてひとり百万ルピアの出国フィスカルを納めなければならない決まりになっている。
「フィスカルなし。ひとり80万ルピアで出国できる。」周旋屋たちはpaheをそう説明する。合意を示すと周旋屋は別の男に引き合わせてくれる。とある海外出稼ぎサービス業者社員の身分証明書をふらさげたその男は、一般者立ち入り禁止の出発ターミナルに入るためのパスを持っている。出国書類審査エリアに入るところにフィスカルチェックのカウンターがあるが、その男の付き添いでそこは素通り。そして出国審査カウンターもちゃんと通れるように付いてきてくれる。ところが、イミグレーション職員の制服を着た男とディールすれば、もっと安くなる。チェックインカウンターの周辺で徘徊していた制服職員は、70万ルピアでやってくれた、と体験者は物語る。ところが、機内に預けるバゲージに紐をかける担当者は、60万ルピアでオファーしていた、との証言もある。
ある古株の周旋屋の話によれば、この闇出国フィスカル手法は1984年から行われていたそうだ。インタビューの際にかれの手中には8人分のパスポートが握られていた。「もう3人お客がある。」とかれは言う。ひとり80万ルピアだからこれはたいへんな稼ぎだが、内部の者と分け合うのだ、とかれは説明する。「そうでもしなけりゃ、かれらが通してくれるはずがない。」と言うかれも、何人の者がからんでいてどのように分配されているのかについては語ってくれなかった。話し終わると、担当官にデータを控えさせるために、かれはそのパスポートを出国フィスカルチェックカウンターに持って行こうとしたが、監視官がそこに来ているのに気付いて身体の向きを変え、しばらく周辺を遊弋した。
グントロ・ヘルマヌアディ、スカルノハッタ空港特殊一級移民局事務所長は闇出国フィスカルの横行が激しくなっている現状に関して、今は出国フィスカルの承認や検査はイミグレーションの管轄ではない、と言う。「数年前には確かに移民局と国税総局との間でフィスカルチェックの合意がなされたが、今ではその共同局長令は効力を失っている。いま移民局が責任を持って行っているチェックはパスポート、イミグレーション関係書類、ボーディングパスだけであり、出国フィスカル支払いをチェックする権限はイミグレーション担当官にはない。」と同所長は語っている。


「到着時ビザ制度が長期滞在観光客を奪っている」(2004年6月1日)
短期訪問ビザフリー制度対象国が11に縮小され、到着時ビザ制度に切り換えられた国が21。ほかは出発前に自国のインドネシア大使館でビザを取得しなければならなくなったが、この制度変更のおかげで長期滞在観光客がいなくなってしまった、と業界者は嘆息している。「かつては2ヶ月間をフルに使っていたオランダ、ベルギー、ドイツ、イギリス、日本、オーストラリアなどの観光客が、インドネシアをやめてタイやマレーシアへ移ってしまった。到着時ビザの25ドルが苦情の種ではないが、滞在延長をする場合は一旦国外に出てまたおいで、というやり方では、かれらは隣国へ移ってしまう。全体でどのくらいの2ヶ月滞在観光客がいたかは知らないが、オランダ人だけで年間6千人が長期滞在をしていた。また到着時ビザに変わったことで、許可期限ぎりぎりまでいる観光客もいなくなってしまった。」とアグン・プラナ旅行代理店協会バリ支部長は述べている。


「4月の入国観光客数は3月より低い」(2004年6月2日)
中央統計庁は毎月はじめに経済統計を公表しており、その中には観光セクターの実態把握に関連する外国人入国者数などの統計もある。今年4月の13主要開港における入国者数は322,146人で、これは対前月比マイナス9%だが前年同月比ではプラス57%と大幅増。当初は総選挙投票日に向けて治安の悪化を懸念する声が出されていたが、実際には整然と秩序だった投票が行われ、安全に進展したために、観光客のインドネシア来訪にさしたる悪影響は出なかった。今年1月から4月までの累計では136万人がインドネシアに入国しており、前年同期の106万人からほぼ三割アップとなっている。人権法務省移民総局のデータによれば、今年1月から5月31日までの入国者の内、ビザフリー入国者535,778人、到着時ビザ入国者502,530人、在外インドネシア公館発給ビザ入国者288,556人であり、またビザ発給収入は到着時ビザが991.9億ルピア、在外公館発給分が1,038.8億ルピアとなっている。
一方、3月の10主要観光先でのホテル客室稼働率は平均43.24%で、2月の44.02%から微減した。星数別カテゴリーで見ると、稼働率の最高は5星級ホテルの47.68%で、最低は1星級の32.52%。宿泊客の滞在日数は平均2.18日で2月から0.09日増えている。外国客は平均3.34日で国内客の1.81日のほぼ二倍。これはバリを除くほぼすべての観光先で同じ傾向が見られた。
ところで人権法務省移民総局のアデ・ダフラン広報官は、2004年5月6日付大臣令で到着時ビザファシリティ供与対象国にオマンが加えられた、と発表した。オマンはインドネシア国民にビザフリー入国を許しているので、互恵原則にのっとり、オマン国民は5月6日から到着時ビザで入国できるようになった、との談。また外国人入国者のインドネシア滞在日数に関しては、「94%が滞在日数1日から4日までであり、残りはせいぜい1週間から長いのは1ヶ月のもある。」と述べている。


「全国のカラオケスポットに外人ホステスの洪水」(2004年6月4日)
2004年3月1日付けで制定された外国人カラオケホステス雇用に関する労働トランスミグラシ大臣令第21/Men/III/2004号で、ひとりひとつき百米ドルの課金を国庫に納めることが確定したために、業界側ではこの先6ヶ月間で全国主要都市に散らばる7千人の外人ホステスから420万ドルの収入を国はあげることになるだろう、と算用している。
従来曖昧だった外国人カラオケホステスの雇用に関して合法非合法の明確な線引きが上の大臣令でなされたことで業界側は、規準がはっきりしたことは評価に値する、としている。外国人カラオケホステスへの労働許可期限は6ヶ月間で、延長はできない。そして上記ひとりひとつき百米ドルの課金義務付けとともに、雇用者(カラオケ店)は雇用する外国人ホステスの5倍のインドネシア人ホステスを雇用する義務を負うことになっている。従来この世界は闇扱いされており、中国、香港、フィリピンなどからやってきたホステスたちがインドネシア側エージェントの手を借りて観光ビザで滞在しながら不法就労を行っており、さらには手っ取り早く稼ぐために売春行為に走る者も多かった。
今後はその闇に光が当たることになったために、全国エンターテイメント事業者協会Aspehindoは労働トランスミグラシ省と協力して事業者と外国人雇用者の監視にあたることになっており、違反が発見されれば即刻必要な措置を取る、としている。


「インドネシアの出国フィスカル制度をアセアン諸国が批判」(2004年6月9日)
所得税の前納という扱いでインドネシア政府が国民に義務付けている出国フィスカル制度はアセアン域内の自由渡航を妨げるものであるとして、マレーシアを中心に域内観光自由化を求めるメンバー国がインドネシアにその廃止を迫っている。しかしインドネシア政府は即時それに応じる態勢にはない。
「将来的には賛成だが、廃止は徐々に、段階的に進められる。バタム、リアウ、ポンティアナッなどの海港空港では、インドネシア国民からの出国フィスカル徴収はもう行われていない。一方タイやフィリピンのように、外国へ出る国民からフィスカル徴収をしている国はインドネシアだけではない。ともあれ、この問題に関してアセアン諸国間では特に何らかの制裁や罰則を与えるようにはなっていないので、これでインドネシアがアセアンから放逐されることにもならないだろう。」と、タムリン・バフリ文化観光省外国協力能力向上デピュティは述べている。 一方、中央統計庁観光統計部門のアディ・ルマッソノは、出国フィスカル廃止が観光バランスを悪化させるのではないかと懸念する。出国フィスカルは一人25万ルピアではじまり、その後50万ルピアそして今は百万ルピア、と増加してきている。フィスカルが廃止されれば、より多くのインドネシア人が外国観光に出かけるだろうが、一方インドネシアにやってくる観光客は減少するかもしれない。統計庁のデータでは、入国観光客が落とす外貨と出国観光客が持ち出す外貨の差はせばまる傾向にある。2001年の黒字は30億ドルあったのに、2002年には13億ドルに減じ、2003年では8億ドルに下がっている、とのこと。


「インドネシアへ入国する中国人の数はことし大幅増の見込み」(2004年7月1日)
中国からの入国旅行者数はことし、昨年の6割増になるだろうと文化観光省は見ている。ウディン・サイフディン同省マーケティング担当デピュティは、インドネシア中国間の空の便が大幅に増加しているため、インドネシアを訪れる中国からの観光入国客は7万5千人に達する見込みだ、と語った。昨年の実績は4万5千人。しかし昨年中国に向けてインドネシアから出国したインドネシア人は22万人であり、観光客数バランスはインドネシア側の大幅出超となっている。
ガルーダ航空は上海向けが週5便、広州向けがデイリー、また北京向けは週3便と便数が大幅にアップしているほか、中国からも中国南方航空(China Southern Airlines)や中国国際航空(Air China)がインドネシアに乗り入れし、おまけにバタビアエアーも中国路線を運行している、というように、インドネシア中国間の旅客運送能力は昨年に比べて大幅に増加している。またこれまでネックだった、インドネシアへの入国ビザ発給が在北京インドネシア大使館でのみ行われていたという状況から、在広州インドネシア大使館で非中国籍者に対するインドネシア入国ビザ発給手続きが行われるようになったいう緩和も、わずかではあるが中国からインドネシアへの旅行者誘致に力を添える要素と考えられている。


「大統領選挙投票日は平穏。入国観光客数に影響なし」(2004年7月8日)
全国13主要入国ポイントにおける外国人入国者数は、5月が375,618人、6月が378,661人。大統領選挙投票のための社会不安が懸念された7月はじめは、7月1日から6日までの間13,432人が記録され、平常とほとんど変わらない結果が示された。入国ポイント別ではバリのグラライ空港、ビンタンのタンジュンウバン港、ジャカルタのスカルノハッタ空港、メダンのポロニア空港といった順。
移民総局アデ・ダフラン広報官は「総選挙の影響はまったく見られない。キャンペーン期間中に外国人のエクソダスも起こらなかったし、その反対に外国人はたくさんやってきている。これで諸外国政府が出していた渡航勧告が間違っていたことが証明された。」とコメントした。同広報官は到着時ビザ発給による税外国庫収入について触れ、「今年2月の開始から6月末までに移民総局はUS$14,148,444の収入をあげており、それは全額国庫に納められている。税外国庫収入は収入をあげた省庁に一部戻されるが、メインの用途は大蔵省が決めることであり、どの省庁が大蔵省に割り当て要請を出そうが自由だ。」とも述べている。


「チャールス・ジェンキンス+曽我ひとみ一家の再会なる」(2004年7月10日)
ピョンヤンからジェンキンス氏とふたりのお嬢さんを乗せてきた日本政府仕立ての全日空チャーター機は、9日午後4時48分にスカルノハッタ空港に到着した。北朝鮮政府の付添い者はいなかったようだ。ジャカルタの土を踏んだ三人を、妻であり母である女性の暖かい抱擁とキスが待ち受けていた。21ヶ月ぶりの一家再会だ。
空港からバスで宿舎のジャカルタインターコンチネンタルホテルに向かう一家を、悪名高い金曜日夕方の交通渋滞が容赦なく歓迎する。パトカーの先導で走ったにもかかわらず、17時23分に空港を出た一家がジャカルタ中心部スディルマン通りにあるホテルに到着したのはなんと19時16分。在留日本人や大使館関係者数十人、そしておよそ三百人の報道陣が待ち受けているホテルに到着した一家は盛んな歓迎を浴びる。 リラックスした雰囲気のひとみさんに対して、北朝鮮国旗に金正日の像を配したピンを灰色の背広に刺したジェンキンス氏はうるんだ瞳で多くを語らず、「ハッピーだ」と短いコメント。また白のブラウスに父と同じピンを刺したふたりのお嬢さんたちは終始はずかしげにうつむいたままだった。
外務省マーティ・ナタレガワ報道官はこの引き裂かれた家族の再会に関し、「この一家再会は単なる人道パースペクティブ以上のものを持っている。この家族の再会を成功させた関係諸国には相互の信頼感を更に向上させる可能性が生まれた。それが朝鮮半島にもっと誘導的な状況をもたらす一助となるよう、期待がかけられている。」と述べている。


「旅客サービス料金領収書問題に空港管理公社が反論」(2004年7月14日)
国会議員抜き打ち視察で槍玉にあがった、番号が振られていないエアポートタックス領収書問題について、空港管理公社アンカサプラ2のエディ・ハルヨト社長が反論した。
「空港旅客サービスステッカーは領収書ではない。あれは旅客が支払いをしたことを証明するためのものだ。旅客のチェックインを受け付けているのは航空会社あるいはグラウンドハンドリング会社で、かれらが乗客からサービス料を受け取っているかどうかに関わらず、公社には航空会社が提出したマニフェストの乗客数に応じた金額が支払われる。マニフェストの内容はセキュリティと保険に関連しており、そこにはフライトナンバーから乗客の名前、パスポート番号、航空券番号などのデータが記載される。株主が望むのであれば、公社はいつでも特別監査を受けるのに吝かではない。」という同社長の弁。かつて公社側はステッカーに通し番号をふっていたが、受け取る金額はマニフェストと一致していれば良いわけで、発行したステッカーとの照合は必要ないとの現場職員からの提案があったため、番号打ちはやめているそうだ。
スカルノハッタ空港では、一般にエアポートタックスと呼ばれている空港施設利用旅客サービスチャージは国内線でひとりあたり2万ルピア、国際線は10万ルピアがチェックイン時に航空会社あるいはグラウンドハンドリング会社によって徴収されている。公社が受け取ったチャージは2%がコレクションフィーとして徴収者に戻されているとのこと。


「パダンからクアラルンプルへの出国は出国フィスカル免除」(2004年7月16日)
オルバ期に域内諸国で開発協定がいくつか締結された。その中のひとつにSP-IMT(インドネシア・マレーシア・タイ開発トライアングル)というものがある。インドネシア側はアチェ、北スマトラ、西スマトラ、リアウ、ブンクル、ジャンビ、南スマトラの諸州、マレーシアはケダ―、ぺラッ、パーリス、ネグリセランゴルダルルエッサンの諸州、タイはヤラ、ナラテイワッ、ソンクラ、パタニ、サトゥンの諸県の間で経済交流を高めることを目的にしたもので、当然ながら人の交流を高めることがその手段になる。その協定実施に関連して、2000年大蔵大臣令第391/KMK.04号で、インドネシア側の関係諸州から外国の関係地区への出国は、出国フィスカルが免除されるという規定が存在している。
今般、国税総局長は西スマトラ州知事からの書状に関連して6月23日付で総局長令第S-487/PJ.31/2004号を発し、西スマトラ州のKTP(住民証明書)あるいはパスポートを所有している者がパダン空港からクアラルンプル空港へ出国する際には、出国フィスカルが免除される、との明確な規定を打ち出した。
パダン空港では7月7日から新総局長令による出国フィスカル免除の実施が始められている。マレーシア航空パダン事務所はこの状況を追い風に、西スマトラ州での住民に対する免除告知をマレーシアへの旅行プロモーションと共に行っていく、と述べている。


「タマンラスナ・アパートメントで捕り物」(2004年8月4日)
8月3日午後4時頃、南ジャカルタ市スティアブディ地区にあるタマンラスナ・アパートメントのタワー11の24階にメトロタングラン市警と首都警察本部の混成部隊がやってきた。この出動の主体はタングラン市警麻薬捜査班で、タングランでの麻薬販売ルート摘発の捜査線上にエマヌエルという名の男が浮かんだため、同捜査班の5人の捜査員と班長のスパルノ警部が首都警察の協力下に容疑者逮捕のために出張ってきたもの。
エマヌエルの情報はタングラン少年院に入っている麻薬売人から得られたもので、タングラン県チクパのチトララヤ住宅地に家を持っているとのことだったが、そこはもぬけの殻。捜査する中でタマンラスナにもアジトを持っていることが明らかになったため、この日の出動となった。
アパート24G号に到着した警官隊は、ドアの前で様子を窺う。部屋の明かりが点いている。しかしホシは本当にいるのだろうか?ためしにエマヌエルの携帯電話に電話を入れた。呼び出し音…、そしてぷっつりと切られた。「開けてくれ。」同行しているアパート管理職員に合鍵で開けるように依頼する。しかし中からドアを開けまいとする抵抗にあう。「押し破れ!」屈強な刑事たちがドアに体当たりする。しばらくして、打ち破られたドアから刑事たちが室内に進入したとき、黒い肌の男がひとり、台所の窓からビニール袋に入った白い粉を空中に散乱させている最中だった。24階は地表約80メートル。気流は強い。
刑事たちが入ってきたことを知った男は台所の窓から身を乗り出す。「おい、待て!」警部は拳銃を上に向けて威嚇射撃を行う。しかしその男はそこから隣の部屋に逃げようとして外へ出たとたん、手をすべらして落下していった。タワー11とタワー10を結ぶ通路の屋根に大音響とともにぶつかって、その男は即死。
警察側は、捨て残された0.5キロのヘロインを証拠品として押収し、同時にアパート内にいたエマヌエルの妻でインドネシア人のマリアを参考人として連行した。空中に捨てられたヘロインは4キロ相当と見られている。アパート内での警察の捜索では、男の身元を明らかにする書類が何ひとつ見つかっていないが、エマヌエルなるこの男は外見からアフリカ人だろうと推測されている。このエマヌエルは麻薬をインドネシアへ密輸する輸入者だったが、7月31日にスカルノハッタ空港で摘発されたサーフボード・コカイン事件には関係していない。


「出国フィスカル納税制度が廃止されるか?!」(2004年8月5日)
4日ジャカルタで開かれた『政府資金自立に向かう中での会計改革と政策』と題するセミナーの合間にアンギト・アビマニュ国家会計分析庁長官は、今編成が進められている所得税法改訂案の中で出国フィスカル制度を廃止する案が盛込まれているが、国会と政府がそれを了承すれば大蔵省はそれを実施に移すのにやぶさかでない、と語った。
「2003年は、スカルノハッタ空港とグラライ空港をメインにこの収入項目は1兆ルピアの実績をあげている。2005年の政府会計予算の中にもこの項目は既に設定されている。これを廃止することの影響はよくよく検討されなければならない。」と同長官は述べている。
税収確保とは別に政府はこの制度を、出国者と入国者間のバランスにおいて入超をはかるツールとしても使ってきた。出国フィスカル制度が廃止されれば短期的にインドネシア人の海外旅行が急増し、出超が起こる可能性が懸念される。しかしマレーシアをメインに多くのメンバー国から、インドネシアの出国フィスカル制度はアセアン域内の人の移動自由化に対する障害であるとの批判が投げかけられており、政府はそれへの対応を検討している最中だった。


「インド人麻薬犯死刑囚の処刑が行われる」(2004年8月6日)
いっとき麻薬の運び屋に対する裁判判決は死刑と相場が決まってしまった時期がある。最近でもその傾向は強いが、ともあれそのために死刑囚が激増した。ところがかれら十数人の死刑囚の中で、いつまでたっても誰一人刑の執行もなされず、恩赦も与えられず、ましてや上訴や再審での減刑や判決取り消しなども起こっていないという日々が何年も続いた後、国家警察が突然処刑の実施を提議した。
その白羽の矢は、1994年2月21日にヘロイン12.29キロを所持していたとして逮捕され、同年6月28日にメダン国家法廷で死刑の判決が下されたインド人アヨディヤ・パサド・チャウベイ67歳に刺さったのである。あくまでも冤罪無実を主張するチャウベイの側で、かれの一命を助けんと上訴や再審、そして恩赦願いなどを行った人権団体の熱意も、イ_ア司法当局や行政者の心を溶かすことはできなかった。そして急転直下、処刑実施の準備が始められた。
刑執行が本決まりになると報道陣は、処刑が6月26日から8月8日までの間に実施されるとの情報を得て、刑務所の近くに詰め所を設けて所内の動きを監視した。しかし一ヶ月以上もの間、単調な日々が過ぎて行き、そのうちチャウベイはタンジュングスタ刑務所内で独房に移された。執行の日は近い。刑務所周辺に緊張が漲った。
8月4日夜、動きが始まった。普段訪問者もほとんどなく、二三台の車しか駐車場に見当たらないこの刑務所に10台近い車が来ている。7時15分頃、刑務所内の灯りがすべて消えた。暗闇の中で、駐車場にいた車のうち二台が交互に鋼鉄製表門にバックで近付き、そのあとデリ・スルダン方面に猛スピードで走り去った。その後刑務所の灯りはまた点き、刑務所建物の8ヶ所の出入り口には警官が警護についた。
夜10時半頃、ふたたびすべての灯りが消えた。車がまた一台、メダン方面に高速で走り去ると、灯りがまた点けられた。深夜に近い11時半ごろ、ふたたび同じことが繰り返された。今度は窓を暗くしたキジャンが一台、タンジュングスタ刑務所長公用車であるもう一台のキジャンを従えて、暗闇の中をハイスピードで刑務所から出て行った。その二台のキジャンは人で一杯だった。その後報道陣の間に処刑場所のさまざまな憶測が流れたが、最終的に北スマトラ州高等検察所長が明かしたのは、空港に近いポロニア地区だった。
ポロニア空港に程近いところにゴルフ場のあるエリアがある。当局側は一週間前からそこの一角を処刑場所に選んでいた。8月5日に入った午前1時ごろ、処刑執行チームが現場に到着した。かれらは北スマトラ州警察機動旅団の腕利き隊員たちで、12人の隊員とそれを統率する士官ひとりから成っている。かれらが到着するとすぐ、公道からゴルフ場エリアに入る道はおよそ50人の警官隊によって閉鎖された。
顔を黒い布で覆ったチャウベイが引き出されて一本の立ち木の前に立たされる。チャウベイはその木にもたれる。検察所が用意したイスラム道士がチャウベイに最期の祈念を与え、検察所長とふたりの検察官が処刑実施検分の態勢に入る。12人の狙撃手たちは12本の銃を渡される。実弾はそのうちの一本にしか入っていないが、処刑チームの中で誰がその銃を持ったかを知る者はいない。12人はチャウベイの近くに集まると、背を向けておよそ10メートルほど遠ざかる。再び全員がチャウベイに向かい、銃を構えて心臓に狙いを定める。ころあいよしと見た統率士官の号令で、12本の銃は一斉に火を噴いた。チャウベイはくずおれる。時は深夜2時。
処刑実施チームの保健班に所属する医師がチャウベイの様子を調べて報告した。保健班を統括するピルンガディ総合病院理事が発表する。「アヨディヤは射撃されて7分後に死亡した。」死因が心臓を銃弾で打ち抜かれたことを確認したあと、遺体は警察の黒い屍体袋に収納されてピルンガディ総合病院の遺体安置室へと機動旅団の救急車で送られた。遺体を世話する親族がいないことから検察所はメダン市庁に埋葬を委ね、チャウベイの遺体はメダン市公共墓地に埋葬された。


「到着時ビザ制度からの国庫収入は好調」(2004年8月9日)
今年2月から開始された到着時ビザ制度で入国者が支払うビザ費用は順調な増加を示している。ちなみに毎月の当該項目税外国庫収入は2月が243万ドル、3月263万ドル、4月293万ドル、5月304万ドル、6月337万ドル、7月399万ドルで合計は1,839万ドルに達している。人権法務省のデータでは、2月1日から7月23日までの入国外国人数は1,998,394人で、短期訪問ビザフリー入国者822,505人、諸ビザ受給者385,458人、到着時ビザ給付者770,352人、到着時ビザ発給拒否者963人となっている。
この到着時ビザ制度について人権法務省移民局は、ジャカルタ、デンパサル、メダン、スラバヤ、マナド、パカンバル、マタラムの七空港とバタム島にあるふたつの海港で到着時ビザ申請者に対するサーベイを実施した。オマンを除く20ヶ国からの入国者2千人から集められたサーベイ結果によれば、69%は制度について知っており、入国の障害にはならない、と回答している。残る31%はインドネシアに着いてはじめて知った,と答えている。回答者の76.5%は滞在日数4日から30日までの25ドルを納め、21.8%は3日までの10ドルを納めている。フレンドリーか、プロフェッショナルか、スピーディか、待ち行列が長いか、といった点に関する支払い窓口のサービスについて70%は満足しており、21%が不満を表明している。不満の内容は現金を支払わなければならないこと、金額と両替、小額面貨幣のないこと、交換レート情報などとなっている。一方、ビザ発給手続きを行うイミグレーション窓口のサービスは、69%が極めて満足、21%が満足、6%がまあまあ、4%がダメという回答。不満の内容は、待ち行列、ソファーがない、同時に到着する便で混雑するなどといったもの。


「出国フィスカル廃止は2005年中に、と商工会議所」(2004年8月10日)
全国商工会議所観光部門常任委員会のアドナン・カラモイ副委員長は、アセアン向け出国者の出国フィスカル納税制度は、既に合意されたアセアンツーリズム協定にしたがって2005年中に廃止されなければならない、と語った。「アセアン諸国の元首が調印したツーリズム協定の内容は遵守されなければならない。税や課金を含めて国民の出国に対する障壁はすべて廃止されることが合意されており、それは2005年末には実現されなければならない。つまり、好むと好まざるとに関わらず、欲すると欲せざるとに関わらず、出国フィスカルは廃止されなければならないのだ。そのことに非協力的な国は、AFTA自由化精神に背いていると評価されることになる。更にこの出国フィスカルをグローバルな見地から見た場合、この制度実施はグローバル観光振興に関して倫理的にネガティブなものでもある。世界の国々が観光振興と観光客誘致に努めているとき、ある国が自国民の出国を難しくしているのはどう見てもフェアでない。その国も外国からの観光客誘致に努めているのだから。ビザは、その国が入国する外国人をどう待遇するのかという主権に属するものであって、意味合いが異なる。しかし自国民の出国に障壁を設けるのは世界の潮流に反することであり、それに対する報復措置が取られるようなことになっては大きな損失だ。たとえば、インドネシアに出国する者に限って、ある国が出国税を課すようなことが起こらない保証もない。政府は入出国者のバランスの逆転を恐れているが、政府は観光産業を国家経済のツールと位置付け、適切な政策や業界へのインセンティブなどを用意して産業振興のバックアップをはかり、出国者以上に観光入国者誘致を推進することこそ重要である。」同副委員長はそう語っている。


「出国フィスカル廃止を政府が確定」(2004年8月19日)
インドネシア国民と居住者が国外に出るときに所得税の一部として納めなければならない出国フィスカルの制度を、政府が廃止することに決めた。バンバン・クソウォ国家官房長官は、廃止を決定する大統領令は今年中に公布されるだろう、と述べている。2005年度歳入予算案内にこの項目は算入されておらず、この決定は諸外国との間の人の移動を活発化させて経済の興隆をはかるために必要なことであり、廃止の実施は時間の問題だ、と同長官は説明している。
1982年12月に公布された大統領令第84号で、「出国のためのフィスカル証明書」をもってひとり15万ルピアを納めたことを国外に出る者が証明しなければならないという義務付けがスタートし、最終的には所得税法の中に織り込まれて法的位置付けはさらに確固だるものとされ、現在は1998年に定められた政令によって、空港からの出国者は1百万ルピア、海港からは50万ルピア、陸上の国境通過は20万ルピアという金額がその都度徴収されている。そんな実情に対し政府は、アセアン会議で合意されたアセアン観光協定に盛られている、国民の出国を阻害するあらゆる障害を2005年までに撤廃するとの条項を実施しようとしているのだが、今進められている税法改訂と呼応させる必要があるのは言うまでもない。
中央統計庁データでは、2001年の国外出国者は1,507,689人、2002年は3,231,535人、2003年は3,491,186人で、ここ数年は年間1.2兆ルピアの国庫収入が国税当局に入ってきていたが、この制度を撤廃すればそれだけ税収減になる、とハディ・プルノモ国税総局長は苦衷を訴えている。
一方観光業界、旅客運輸業界はこの決定を大歓迎している。「廉価航空会社の出現で出国フィスカルの30%程度の料金で海外へ出られるようになった現在、高額の出国フィスカル徴収は異様な印象を与えるものとなっており、国民を外国へ出ないようにさせることで得られるものと失われるものとを天秤にかければ、失われるものの方が大きいことを政府は理解するべきだ。かつてタイが似たようなことを行ったが、数ヶ月で撤廃しているのは、そのようなことを行って失われるものの大きさをタイ政府が十分理解していたことによる。」ガルーダインドネシア航空バハルル・ハキム商業担当重役はそう述べている。


「出国フィスカル廃止は段階的に、と蔵相」(2004年8月20日)
観光業界や旅客運輸業界以外にも、出国フィスカル廃止を歓迎している向きは多い。リニ・スワンディ商工相は、「インドネシア国民にとって出国の際の心理的抑止がなくなることで国外に出る実業人が増加する。輸出ビジネス発展の阻害要因が減少するのはたいへん意義あることだ。」とその決定を評価しているが、ブディオノ蔵相は国家官房長官の昨日の発言とはかなり異なるトーンで次のようにコメントした。
「政府は出国フィスカルを一度に廃止することはしない。フィスカル廃止が歳入に影響を与えないようにするためだ。最終的にはこの歳入項目をなくすのも確かだが、2005年で見込んでいた歳入分をどのように決着させるのかはまだ検討の最中にある。一度になくなれば、歳出項目のどれを減らすのかといったことにも関連してくるのは明らかで、この結論は近々公表できるよう期待している。」蔵相はそう語ったが、段階的に廃止ということの内容については触れなかった。
大蔵省財政分析庁アンギト・アビマニュ長官は、大蔵省は今現在2005年度予算の中に出国フィスカル歳入項目1.2兆ルピアをまだ計上している、と語る。そのため、廃止は2005年末で、政府会計に反映するのは2006年度になってからだ、と見解を述べる。この廃止自体は短期的に歳入減をもたらすものと見えるが、中長期的には出国者の増加にともなって必ずや別の歳入項目に金額増をもたらすに違いない、と同長官自身は考えているとのこと。同長官も、蔵相の言う「段階的に」の内容は知らないと答えている。
国税総局は、出国フィスカルが廃止されれば納税拡大と納税掘り下げを行ってリカバーしなければならず、そのためにイミグレーション総局に対して出国者の個人データの公開を求めて行くことになる、と述べている。
スナルノ暫定運通相は、世界各国間での交通がますます経済的、効率的、快適、安全を高める方向で発展しているこの時代に、出国フィスカルはもはや不適切以外の何ものでもない、と語る。出国フィスカル廃止案はしばらく前の閣議で議題にのせられたが、われわれみんなその廃止に賛成した、との談。
観光情報開発機関のディヤッ・ムラヘラ理事は、「今現在50万もしくは百万ルピアの出国フィスカルを年間2百万人が納めている。また出国者は一回ひとりあたり少なくとも1千5百ドルを支出している。出国フィスカル廃止で、何をしないでもインドネシア人出国者は年間1百万人は増えるだろう。しかしインドネシア観光プロモーションをほとんど何もしていない現状で、外国人観光入国者がどれだけ増加するのか、そのバランスは大いに懸念されるところだ。」とコメントしている。


「ブロックMで中国人観光入国者の犯罪行為」(2004年8月21日)
犯罪でひと稼ぎするのを目的に、三ヶ月の訪問ビザでインドネシアに入国していた中国人が、二度の犯行のあとで警察に捕まった。この中国人は福建省出身のリン・ヨンフェイ25歳、フェン・シュイクイ23歳、リン・ヨンフェン23歳の三人で、かれらはジャカルタで西ジャカルタ市タマンラトゥ住宅地に家を借りて滞在していた。かれらが中国で得たインドネシアへの入国ビザは観光目的となっている。
この三人はまず南ジャカルタ市ブロックMモール内で店を出しているエリナ・ポイナ36歳とガディムン63歳を最初の被害者にした。やはり福建省出身者の末裔であるその商店主は同郷から来た三人に気を許し、閉店まで時間を稼いだ三人を借家まで送ってやることにしたが、その帰り道に状況は一変し、ナイフを突きつけられた商店主は手足を縛られ、口をガムテープでふさがれて置き去りにされた。被害額は百万ルピアの現金と、取り上げられたATMカードで引き出された80万ルピアだけ。
この最初の仕事の成果にがっかりした三人は、8月12日に次の仕事に取り掛かった。ふたたびブロックMモールにやってきた三人は同じ手口でモール内に店を張っているヒウ・シーピン48歳に狙いをつけた。同郷者に気を許したヒウは、夜9時を過ぎて店じまいを手伝ってくれた三人を車に誘い、こうして最初のふたりと類似の運命をたどることになる。しかし三人組はこの二度目の仕事を強盗ではなく営利誘拐として実行し、ヒウを西ジャカルタ市チュンカレン地区にある建物に拉致して、ヒウの家族に20億ルピアの身代金を要求した。
誘拐犯からのコンタクトを受けたヒウの娘のひとりマグダレーナは警察と連絡を取り、捜査を開始した警察は8月14日深夜1時ごろ、三人の隠れ家に踏み込んで逮捕劇を展開し、そこに拉致されていたヒウを36時間振りに救出した。被害者に虐待された形跡は見当たらなかった。首都警察は三人の取調べを進めているが、三人のうち二人はまったくインドネシア語を解さず、取調べは難航していると警察側は述べている。今回の事件は福建語が話せる印華人子孫だけが被害者になっており、かれらが持つ祖先への畏敬と望郷の念を巧みに突いた犯罪という性格が強く現われている。


「外国人観光客の落とす金は減少傾向」(2004年8月30日)
外国人観光客が一回の訪問でインドネシアに落とす金額が減少傾向にある、と中央統計庁のアディ・ルマッソノ観光統計副局長が述べた。観光統計副局はスカルノハッタ、グラライ、サムラトゥラギの各空港、バタムとタンジュンピナンの海港、エンティコンの国境入国手続きポイントでその統計を取っている。過去十年間の統計によれば、外国人観光客がインドネシアへの訪問で一人一回あたり支出する金額は下のようになっている。
1994年  US$1,194.43
1995年 US$1,209.08
1996年 US$1,252.90
1997年 US$1,026.27
1998年 US$ 940.18
1999年 US$ 996.34
2000年 US$1,135.18
2001年 US$1,053.36
2002年 US$ 893.26
2003年 US$ 903.74
同副局は、2004年2月−4月のローシーズンに行った調査から、今年7月−9月のハイシーズン調査結果を待たなければはっきりしたことは言えないとしながらも、2004年の数字は900米ドル前後に落ち着くのではないかと見ている。その原因として考えられる要因には、ルピア安のために外貨建て出費が小さくなること、交通機関の利用便宜が高まっていること及びそれに付随して発生している価格競争の激化が料金低下を招いていること、のふたつが上げられている。副局長は外国人観光客の滞在日数が短くなっていることに言及し、「交通機関の便宜が高まっているために、観光客はいつでもまた来れると考えて滞在日数を短くする傾向にあるのではないだろうか?長期滞在型観光商品の充実やイベントカレンダーの情報発信を観光促進の中に取り入れる必要があるのではないか?」とコメントしている。


「ダイヤモンド原石を外国人が持ち帰っている」(2004年9月1日)
南カリマンタン州バンジャル県の黄金ダイヤ加工職人は、原材料入手難に悲鳴をあげている。原材料の高騰は、ルピア安の影響もあるがそれ以上に地元で採れるダイヤの需給バランスが崩れているため、と関係者は説明している。ダイヤの供給が減っているのは、外国人「ツーリスト」が密かに外国に持ち出しているためだそうだ。 バンジャル県マルタプラ郡ムラユ村の装飾品加工職人ファリッは、かつては月に40個程度の注文を受けていたのに、ここ数ヶ月の注文は淋しいかぎりだ、と言う。「去年は黄金1グラムで10万ルピアしなかったのに、今では12万もしている。ダイヤも前は1カラット分が100から120万ルピアだったが、150万に上がっている。こうなったのはダイヤがたくさん外国に持ち出されているからで、最近多くの外国人ツーリストがここにやってくるが、かれらは本当は買い付け人で、ダイヤを原石で採掘人から買い上げている。こんな状況を政府はなんとかしてくれないだろうか?」そうファリッは語っている。
商工省は先に宝飾品加工に関して、国内で産出する原材料は加工してから輸出する方針を実施しており、原石のまま輸出してはいけないことになっている。


「首都に住む外国人に対する調査が始まる」(2004年9月28日)
2003年末時点の統計で2万9千人とされている首都に居住する外国人数が、今年9月時点では3万6千人に増加しており、都行政側は外国人の在留資格が正しく手続きされているかどうかについての戸別訪問調査を実施している。
調査を進めているのは都庁市民登録住民管理局で、南ジャカルタ市クニガン地区にあるタマンラスナ・アパートメントでは、夕方から夜にかけて都庁職員が家庭を訪れて質問票への記入を要請するということが既に始められている。都庁のこの対応は、居住外国人が必要な許可手続きを満たしているかどうか、更には都庁へ納める外国人税を滞納していないかどうかというところがポイントになっている。シルビアナ・ムルニ局長によれば、3万2千人は定居者として当局側がはっきり把握しているが、残る4千人は在留資格が曖昧で、中には訪問ビザすら所有していない者もいるらしい、とのこと。同局が特にこの調査を促進し始めたのは2004年度首都条例第4号が制定され、その中に外国人に対するいくつかの新たな届け出義務が定められていることに関連しており、すべての外国人は暫定訪問者、暫定居住者、永久居住者のいずれかの資格で同局に登録されなければならないことになっている。暫定訪問者は届出を行うと同局から届出受領を証明する文書が与えられ、暫定居住者はアイデンティティカード(KIP)と家族登録証書(SKSKP)が与えられる。また永久居住者は暫定居住者とは別の外国人アイデンティティカード(KTPWNA)と家族登録証書(KK)が与えられる。
都庁は首都在住者の登録に関して、これまでも特にルバラン後に地方部から移住してくる失業者に対する「遵法作戦」と名付けられた身分証明書検問戸別訪問チェックを毎年行ってきているが、今後は外国人もその遵法作戦対象者に加えられることになっている。


「アセアンプラススリーがインドネシアに出国フィスカル廃止を迫る」(2004年10月7日)
アセアン会議の中でアセアン10カ国と韓国・日本・中国からなるアセアンプラススリーが、インドネシアとラオスだけがいまだに国民の出国を妨げる税課金等の全廃に関するアセアン決議を批准していないとして、当該二国に対しその実施を早急に行うよう要請した、と文化観光担当国務省のタムリン・バフリ海外協力能力向上担当デピュティが語った。「会議の中で実施期限を決めるよう要請されたが、政府内で別の考慮との調整がまだ完了していないため、その期限を一存で言うわけにはいかない、と答えておいた。この問題は来年1月21日から29日までマレーシアで開かれるアセアンツーリズムフォーラムで検討されることになっている。バンバン・クソウォ国家官房が出国フィスカル廃止に言及していることに関し、会議ではその実行がいつなのかを問われたが、当省が決めることではなく、外務省がありそして最終的には大蔵省が決定することなので。」同デピュティはそのように述べている。


「アセアンタが単一ビザ制度を提唱」(2004年11月15日)
ASEAN Tourism Association(略称ASEANTA)がアセアン全加盟国を単一訪問先地域と定義してひとつのビザを発行する制度を採用するよう提唱している。エリー・フタバラッASEANTA副会長は、単一ビザでアセアン10カ国が訪問できる制度は原則的に全加盟国が賛同しているが、加盟国国民の域内移動はビザ不要であるものの、アセアン外の国民に対するビザ方針が国によって異なっており、その調整がこの制度実現の鍵になる、と語っている。アセアンタは作業計画の中で2009年実施を目標に置いているが、いざとなればアセアンの行動は迅速なので、明日明後日にも実現するかもしれない、と同副会長はオプティミスティックだ。それとは別に加盟国国民の域内移動に関しても、既にアイデアがあがっているスマートカードをパスポートの代わりに使用する制度の実現を促進するべく、来年初に開催されるアセアン・ツーリズムフォーラムで提議されることになる、との同副会長の談。
国内の業界者は一様にアセアン単一ビザ制度に賛同しており、観光客来訪の便が図られればインドネシアを訪れる人数も増加するに違いないと期待している。特に中国(非台湾)国民のインドネシア訪問が観光ビザ取得の点で大きなネックになっており、レフォルマシ以降中国人観光客入国はオープンにされたものの現実の入国者数は伸びておらず、この問題の打開に強いインパクトを与える可能性を国内業界者は期待している。


「人権法務相が空港を抜き打ち視察」(2004年11月19日)
ハミッ・アワルディン人権法務相が18日、スカルノハッタ空港イミグレーションの抜き打ち視察を行った。ルバランの長期休みに欠勤者が増加して入国手続に滞りが出ていないか、入国手続サービスは正しく行われているか、特に到着時ビザ発給を含めて外国人向けサービスに手抜かりはないかどうか、などがこの抜き打ち視察のチェック項目。 法相はこの視察の中で、国際線到着ロビー入国審査カウンター前にある順番待ちホール右側の小部屋のドアを閉鎖するよう命じた。情報によればその小部屋は、イミグレ職員が稼ぎを行うために使われているとのことで、パスポートに問題がある入国者がそこに連れて行かれてディールが展開する場だそうだ。「カウンターで審査される前に、パスポートに問題があるなどとどうしてわかるのか?まず全員がカウンターでパスポートチェックを受け、問題のある者はそこではじめて別室に行って詳細を調べ、結論が出ればまたカウンターに行ってもらうということで良いはずだ。」と法相は別室閉鎖の件をそのように説明している。
また到着時ビザ発給窓口でのサービスに関しては、情報があまりにも乏しいので、入国外国人に不便を感じさせないよう、分かりやすい説明を記したポスターを掲示することを命じた。


「到着時ビザ制度対象国追加を」(2004年11月22日)
ルバランの前の週に、マレーシアのペナンから北スマトラ州メダンのポロニア空港に入国しようとしたギリシャ人17人を、ビザがないことを理由に同空港移民局がペナンへ強制送還した事件があった。それに関連して北スマトラ州地方観光庁のティンブル・マヌルン事務局長は、その17人は十分な資金を持って観光に来た外国人であり、北スマトラ州にとって大きい損失なので、このようなことが再発しないよう、到着時ビザ発給対象国を増やしてほしい、と政府に要請した。
マレーシアのペナンには、欧州、中国、日本、中東などからやってくる外国人観光客が多く、かれらがスマトラへ足を伸ばすことは昔からよく行われていた。「北スマトラ州に限らず、スマトラのさまざまな観光スポットにかれらを誘致するのは、観光産業振興に大きい効果をおよぼすので、かれらの受け入れ態勢をインドネシア側で整える必要があり、そのためには到着時ビザ制度対象国民の増加と、ペナンのインドネシア領事館でのビザ発給手続きが行えるようにする必要がある。」同事務局長はそのようにアピールしている。


「警察がシンガポール人を逮捕」(2004年12月9日)
首都警察はロッカー破りを働いていたシンガポール人タン・ケンセン、別名ジミー・タン別名カルビン34歳を、南ジャカルタ市スティアブディのカレップドゥレナン通りの下宿で7日逮捕した。事業家を自称するタンはロッカー破りが本職で、高級ホテルのスパやフィットネスセンターを訪れては他の客が使っているロッカーを破って金目のものを盗んでいた。タンが仕事を行ったホテルとしてパークレーン、クラウンプラザ、シャングリラ、ペニンシュラなどの名前があがっている。通常タンは、事業家然として風体でホテルのスパやフィットネスセンターにドライバーとスチールカッターだけを入れた大きいバッグを持って入り、他の利用客が使っているロッカーを破っては金目の物をそのバッグに入れてホテルを後にする、という犯行を繰り返していた。
首都警察はパークレーンホテルからの届け出でロッカー破り犯人の目星をつけ、タンを見つけ出してその動きを捉えたうえで下宿を急襲するという逮捕劇を演じ、タンの下宿から数億ルピア相当の盗品を押収した。その中にはローレックス、ブレトリン、グッチ、セイコーなどの高級腕時計、オリンパスデジタルカメラ、BMW、ホンダ、いすゞの自動車キー、財布四つ、BCA銀行貯金通帳、KTP三枚、パスポートひとつ、高級革ベルトなどが含まれている。
警察の取調べにタンは、一年前に観光ビザでインドネシアに入国してからこの仕事を続けており、何度かシンガポールに帰国している、と語っている。


「中国・日本・台湾の観光客はビザフリー制度に戻せ、と旅行代理店協会」(2004年12月13日)
旅行代理店協会Asita北スマトラ支部のサラフディン.ナスティオン事務局長は、政府は到着時ビザ制度を廃止してかつての短期訪問ビザフリー制度に戻すか、さもなければ到着時ビザ恩典対象国を増やすべきだ、と発言した。同事務局長によれば、中国、日本、台湾はビザフリーに戻して入国観光客増をはかるべきであり、特に中国人観光客を誘致できれば国内観光産業は飛躍的に発展するとのこと。中国(本土)からは年間2千万人が海外観光に出ており、マレーシアには80万人、タイには1百万人が訪れているが、インドネシアへは観光ビザ取得がネックになっていてわずか8万人しか訪問者がいない。またビザフリー恩典拡大が難しければ、到着時ビザ対象国を増やすべきで、オランダ、ベルギー、ルクセンブルグはインドネシア訪問意欲が高いので、それらの国を対象国に含めてしかるべきだ、との談。
政府は現行制度を、まず国防と治安への対応であるとした上で二国間の対等互恵原理に従って定めてあると説明している。人権法務省移民総局のデータによれば、到着時ビザ制度開始以来、在外インドネシア公館におけるビザ発給収入と到着時ビザ発給収入がともに2千3百万ドルで拮抗している。到着時ビザ制度の税外国庫収入は3日間有効ビザ(ひとり10ドル)が190万ドル、30日間有効ビザ(ひとり25ドル)が2千1百万ドルと計上されている。


「到着時ビザ団体適用恩典継続を、と観光業界」(2005年1月19日)
インド洋津波大災害で被害を受けた観光地からの訪問先変更を望む外国人観光客を受け入れることを目的に設けられた到着時ビザ団体適用恩典は今月末で制度の期限が来る。国内旅行代理店が移民総局にその適用を申請する手続きになっているが、これまでに申請された案件はロシア人団体旅行の数件しかない。
ASITA(インドネシア旅行代理店協会)を中心に国内観光業界は、その恩典適用を更に継続するよう政府にアピールしている。「域内で外国人観光客入国者数が最大のタイが、インフラ再建に一年を要すると述べている。これはインドネシアにとって大きなチャンスであり、観光客を呼び込むために団体適用恩典を更に継続し、在外公館を通じて大々的に宣伝するべきだ。」と業界者は語る。一方移民総局サム・トビン移民交通局長はそのアピールに関し、適用期限を延長するようなことは考えていない、と言う。「この恩典はタイへの旅行を計画していた団体が災害のために急遽訪問先を変更するのを可能にするのが目的で、この適用申請は団体がインドネシアへ到着する一日前に移民局事務所のビザ交通次局で受入代理店が手続きをすればよいものだ。この団体の国籍は問われない。本質は既に組まれていた日程が災害で実施できなくなったのでインドネシアに切り替えるというものだから、今後組まれる旅行日程のツアーにそれを適用するのはおかしい。」と同局長はコメントしている。


「出国フィスカル廃止は来年になりそう」(2005年1月22日)
国民の外国訪問を妨げるすべての法規・制度を廃止するというアセアン合意にもとづいて昨年、廃止の方針が決められた出国フィスカルだが、いつからということが確定されないまま、実施がずるずると先延ばしされている。その状況についてハディ・プルノモ国税総局長が19日夜、国会第11委員会で「今年の実施はできそうにない」と説明した。
総局長はその会議で、出国フィスカル廃止は改正税法で定められることがらであり、昨年12月に既に国家官房に提出されていた改正税法案は、更に見直しを行うとして新内閣が引き戻しており、再検討は進められているが今後の日程がまだ明確でないため、2005年にその廃止が実行できるかどうかはまだわからない、と述べている。引き戻しの際に見直しは二ヶ月で完了すると語ったユスフ・アンワル蔵相もその会議に同席しており、この見直しは商工業活動によりフレンドリーな税政策にするためだ、と補足した。
国税総局長は、「出国フィスカルは国内産業保護の役割をはたしており、それが廃止されて国民が続々と外国へ出て行けば、国内産業は苦しくなるだろう。またこの制度によって納税者の所得状況を推し量ることができる。一年に20回も国外に出る人が納税者番号を持っていないなんてありえないことだ。」とこれまでの持論を表明している。


「北ジャカルタ市は外国人監視を強化する」(2005年1月26日)
「外国人がたいていのケースで関わっている。使用者であれ売人であれ、事件の陰にいつも外国人がいる。そのために、北ジャカルタ市にいる外国人の監視を強化しなければならない。」ファウジ・マスフル都庁麻薬庁麻薬セラピータスクフォースコーディネータは、25日に開かれた北ジャカルタ市麻薬庁結成会議のあとでそう語った。麻薬庁の見解では、いくつかの国籍者が麻薬ネットワークに積極的に関与しており、それはオランダ、ビルマ、タイ、ミャンマ、アフガニスタン、パキスタン、中国だそうだ。
「オランダは伝統的にインドネシアに対するエクスタシーの供給国だった。今では国内生産が盛んになったために、往時に比べて減っているとはいえ、ルートが完全に断絶したわけではない。ビルマ・タイ・ミャンマは有名なゴールデントライアングルを抱えており、インドネシアへのヘロイン供給ルートになっている。パキスタン・アフガニスタンは世界的なコカイン生産国であり、そして中国からはアンフェタミンとシャブがインドネシアに入ってきている。またアフリカ人も例外ではない。生産国ではないものの、かれらは世界の麻薬ネットワークの中で大勢が流通者になっている。それらの監視ターゲットはインドネシア到着時からマークされる。スカルノハッタ空港やタンジュンプリウッ海港でのチェックを厳重に行い、更に居所やその他の場所でも監視を強める。上述の国籍者が誰で、インドネシアに何をしに来たか、ということは一切斟酌せず、すべての対象国籍者をマークしていく。」同コーディネータはその会議に参集した北ジャカルタ市の全郡長、町長、警察署長を前にしてそう檄を飛ばした。北ジャカルタ市でもご多聞に洩れず麻薬が住民生活の中に蔓延しており、使用者の低年齢化も進んでいる。


「出国フィスカルを半額に」(2005年2月8日)
アセアン加盟国民の域内移動の障害となるすべての制度を改善するというアセアン合意の実行を迫られているインドネシア政府は、出国フィスカル金額を半分にするという案を検討している。
タムリン・バフリ文化観光省外国協力能力向上担当デピュティは1月29日までランカウィで開かれていたアセアンツーリズムフォーラム閉会後、インドネシア政府は出国フィスカルを従来の半額である50万ルピアにダウンすることを決めた、と公表した。「段階的に出国フィスカルを廃止するというコミットメントに沿って、大蔵省・外務省・文化観光省と観光協会はその合意に達した。その会議で大蔵省は一気に金額を50%にするとの決定を下したが、開始時期は決められなかった。大蔵省がその時期を決めることになるが、はっきりした方針はまだ表明されていない。今回の政策はアセアン合意内にある、段階的廃止というエスケープクローズに則したものだ。」と同デピュティは説明した。ヤンティ・スカムダニ・ハルジョプラコソPHRI(インドネシアレストランホテル会)会長は政府のその方針に関して「出国フィスカル廃止は国民の海外渡航を容易にし、国内消費が外国に流出するため国の経済に悪影響を及ぼすという政府の見解は根拠に欠けるものであり、海外渡航が容易になることは中小産業の国外進出を促し、かえって国の経済に好影響をもたらすものだ。」と述べて歓迎の意を表し、フィスカルの全廃もしくは段階的廃止が国家経済にとって避けることのできないものであることを強調した。


「警察への宿泊客名簿報告義務をホテル業界が嘆息」(2005年2月10日)
「毎日午後9時までに宿泊客リストを警察に提出する規則のおかげでたいへん困っているという苦情が多くのホテルから出されている。」とバンドン市商工会議所のヘルマン・ムフタル会頭が語った。最初は外国人宿泊客の名前だけでよかったのに、その後イ_ア人宿泊客名簿も追加され、定められたフォームに記載しなければならないために、たいへんな作業になっている、とのこと。ましてその規則を実施しなければ罰金5百万ルピア、とされていれば、無視するわけにもいかない。ホリソンホテルのスリ・ニラワティ広報課長は、報告は外国人客だけで、国内客は報告していないと言う。同ホテルでは、セキュリティ部門がフロントオフィスのデータから報告書を作成して警察に届けている由。
スリスティオ、バンドン市警長官は「この規則は昔からあり、1992年第9号法令で外国人客の来訪は警察に報告しなければならないことになっている。テロリストに対する監視が主目的であり、怪しいと目される人間を監視するためのものだ。誰がやってきたのか、という情報がたいへん重要であり、ほかのことを目的にしたものではない。マネージャーが直接持ってくる必要はなく、だれかに配達させればいいことではないか?」と説明している。


「アメリカ人が首都警察に逮捕される」(2005年2月12日)
1991年に米空軍軍人として湾岸戦争に参加した経歴を持つアメリカ国籍の退役軍人ゴーベル・ローレン・アレン38歳を、首都警察麻薬局職員が11日早朝アンチョルのホテルメルキュール前庭で逮捕した。逮捕されたときアレンは3.3グラムの乾燥大麻を所持しており、一緒にいたインドネシア人男性二人女性一人も同時に逮捕された。首都警察麻薬局は夜間のパトロールと不審者に対する検問を定常的に行っており、今回の麻薬所持現行犯逮捕はその成果。
アレンとインドネシア人の友人三人は11日未明、同ホテルの前庭にいたところを職務質問され、アレンの大麻所持が発見されたために全員が首都警察本部に連行されて尿検査を受けた。インドネシア人三人は大麻を所持していなかったが、尿検査結果が陽性であったために全員がその場で逮捕された。インドネシア人の三人は、東ジャカルタ市チピナンのメディアマッサ通りに下宿している、と名乗っている。
まったく知らない者からその乾燥大麻を買ったと供述しているアレンは、二年前から南ジャカルタ市プジャテンのフィラマス通りにインドネシア人の妻と住み、既にふたりの子供をもうけているが、定職らしいものはなく、また頻繁にインドネシアを出入りしているとのデータを警察はつかんでいる。現在その四人は首都警察本部拘置所に留め置かれて取調べを受けている。


「2004年の到着時ビザ収入は期待外れ」(2005年2月23日)
法務省移民総局は、2004年の到着時ビザに関連する税外国庫収入が当初計画された5千万ドルをはるかに下回る3,556万ドルしかなかったことを明らかにした。2004年2月から開始された到着時ビザ制度では、この制度対象国民がインドネシアに観光入国するにあたって、30日間の滞在にはひとり25米ドル、3日間の滞在にはひとり10米ドルが税外国庫収入として徴収されることになったが、2004年12月までの一年間で入国者数実績は3日間ビザ発給が28万人、30日間ビザ発給が130万人だったため、年間総収入は3,556万ドルにしかならなかった、とスプリアッナ・アンワル同総局広報課長が説明した。月別に見ると、8月の収入が最高の424万ドル、続いて7月の400万ドルそして9月の367万ドルで、12月は309万ドルと振るわない。
総局は、このビザ発給に時間がかかり、外国人観光客の不評を買っているとの批判に対処して、バリのグラライ空港ではこれまで10カウンターしかなかったものを1月から30カウンターに増やし、またジャカルタのスカルノハッタ空港もカウンターを増設する方向で検討している。


「出国フィスカル廃止はいつ?」(2005年2月28日)
すでに廃止の方向性が打ち出されている出国フィスカルの前途はまだまだ多難。アセアン共同合意で域内の人の移動を阻む国内制度はすべて廃止することが定められ、加盟各国からも強い風当たりを受けているインドネシアの出国フィスカル制度は、現行政府も先に廃止するとの表明を出したが、その後金額を半分にして全面廃止に段階的に移行するという意見が出されて今日に至っている。ところが、そのような言葉によるさまざまな表明とはうらはらに、実際の行動はと見れば、従来の金額を従来のように徴収し続けていることにいささかの変化も見られない。
ユスフ・アンワル蔵相は、出国フィスカル廃止の計画はない、と25日に表明した。出国フィスカルの年間1.2兆ルピアという国庫収入は大変大きなもので、今年の政府支出予算は高額支払いが多くの項目で予定されているので、この収入はキープしておきたいとのこと。「出国者ははじめから出国フィスカルを織り込んで旅行予算を立てている。百万ルピアという出国フィスカル金額は、オーチャードロードで一泊してショッピングに使う金よりも小さいことをかれらは十分承知している。まして、出国フィスカルというのは所得税の一部であり、納税者は年末調整ができる。ところが、海外に出かける人がNPWP(納税者番号)を持っていないという、ありうべからざるケースも一方で見られる。だからこの出国フィスカルというのは、そんな外国に頻繁に往復できるのにNPWPを持っていない人に納税させるためのものである。」蔵相はそのように語っている。
ハディ・プルノモ国税総局長は、廃止提案の検討がまだ終わっていない、と言う。総局長によれば、出国フィスカルは法令化されているので、それを廃止するためにはまず法令を改定しなければならない、とのこと。総局長は「廃止案に反対したことは一度もない。しかし昨年実績1.2兆ルピア、今年は1.3兆以上がターゲットとされているこの出国フィスカルが1ルピアも入ってこなくなると、政府の財政はますます困難になるにちがいない。」と述べている。


「出国フィスカル廃止はとりやめ!?」(2005年3月1日)
2月26日にバリのタンパッシリンで政府と国内観光業界および観光文化専門家が集まって開かれた会議で、出国フィスカルは廃止しないという決議が全七項目提案のひとつとして採択された。SBY大統領が開会を宣したこのタンパッシリン会議の中では、出国フィスカル廃止は国内観光産業への打撃となり、国益を損なうことになりかねないとの意見が主流を占め、観光分野から行政に対する提議という形でその廃止反対表明が出されたかっこう。
ジェロ・ワチッ文化観光相は、その提議の主旨は国内観光産業振興にある、と次のように説明した。「出国フィスカルが廃止になれば、行楽旅行を計画する家庭は、金銭的に余裕があまりない層も含めて、国外に出る傾向が高まるだろう。もし出国フィスカルを納めなくてよいなら、夫婦に子供二人という家庭は5百万ルピアでシンガポールやマレーシアに遊山に出かけることができる。しかし出国フィスカル制度があるために、かれらは国内観光地を行き先に選ぶことになる。昨年の国内観光は2億4百万トリップで78兆ルピアが支出された。今年の目標は2億1千8百万トリップ106兆ルピアの支出となっている。国内産業への消費が高まるのは、国の経済にとって有益なことだ。だから観光目的出国者に対するフィスカル免除はしない方がよい。」との同相の談。
統計によれば、いまは年間で平均2百万人が出国フィスカルを納めて国外に出ており、一回の出国に最低1千5百ドルが使われている。アセアン合意で加盟各国は出国フィスカルのような制度の廃止を申し合わせており、今回の提議はそれに真っ向から反対することになる。「だとしても、われわれは自分の国にとって何が大切かをよく斟酌しなければならない。出国フィスカルを廃止したから外国からの観光客が増えるかどうかはなんとも言えない。」とも同相は述べている。出国フィスカル納税義務は、観光目的出国者には継続される一方、学問研究、芸術ミッション、プロモーションなどを目的とする場合はフィスカル免除とする方向性が検討されようとしている。


「観光客は来て欲しい、されど・・・」(2005年3月22日)
人口13億人の中国から年間2千8百万人が海外旅行に出ているというのに、インドネシアを訪れる観光客があまりにも少ないのは中国人のインドネシア観光入国に構造的な障害があるため、との考えから改善を進めているジェロ・ワチッ文化観光相は、一部の旅行代理店で構成されているコンソーシアムに中国人観光客取扱い許可が与えられているのはセミモノポリー的印象を与え、広く門戸が開放されていないように思われるため、近いうちにこの規則を見直したい、とバンドン観光高等学院の卒業式で語った。
既に報道されているように、西ジャワ州旅行代理店協会のヤヒヤ・マフムッ会長は、「中国人観光客を取扱う旅行代理店数を政府はいまだに制限しており、また承認されてコンソーシアムに入った代理店は少なからぬ保証金を積まされているが、いまやそんな時代ではもうないはずで、もともと中国人観光客がインドネシアに入ったあと、行方をくらまして国内に不法居留することを恐れて作られたこのシステムではあるが、中国人はもうインドネシアに居所を求めねばならないほどの貧困さから脱け出している。観光ビザ発給場所を制限し、観光客を取扱える国内旅行代理店の数を制限してきたことが、中国人観光入国者数の伸びない原因だ。」との発言を行なった。上記卒業式に列席したタムリン・バフリ文化観光省外国協力能力向上担当デピュティはそれに関連して、中国政府は中国人の海外観光市場に参入したい外国旅行代理店に対して、北京語の話せるガイドを擁し、また行政が公認したみやげ物店とコラボレートしているという条件を満たす場合のみ認可を与えており、そのためGツーGでの監督と振興がなされなければならない、と説明した。現在は既に旅行代理店89社がその資格を得ており、決してモノポリーではないものの、中国人観光客取扱いが許可されているICTC(インドネシア中国旅行コミッション)が従来の規定をどのように変えていくかにかかっている、と同デピュティはコメントしている。


「広州での中国人向け査証発給は4月から」(2005年3月26日)
中国人観光客誘致に本腰を入れ始めたインドネシア政府は、すでに決定した在広州インドネシア領事館での査証発行の準備に取り掛かっている。文化観光省官房によれば、同領事館での査証取扱い担当者は既に辞令が出ており、当人はいま外務省で二ヶ月間の実務研修に入っているところだそうだ。その研修が終わって現地に赴任する時期は4月になる予定。これまで在北京大使館でのみビザ発給が行われていた状況は、中国人観光出国者の大供給地である華南地方にも窓口ができることで、インドネシアにやってくる中国人観光客数に大きい変化が起こることが期待されている。


「パスポートデザイン変更」(2005年3月29日)
インドネシア国民向けのパスポートのデザインが変わる。現行のデザインは1997年から使われているが、このパスポートは偽造されやすいことから、その対策を講じた新デザインに変更される。新パスポートは国内の全移民局事務所で4月1日から一斉に発行されることになる。海外では、在外公館での発行は5月1日からとなる。旧デザインのものはその有効期限満了まで有効だが、有効期限内であっても新デザインのものへの切替を希望する国民に対しては、移民局事務所で要望を受け付ける由。
新パスポートは24ページと48ページの二種類があり、また偽造防止対策として表紙裏ベージには太い筋があって指で触れればはっきりと分かるようになっている。各ページも特殊印刷が施され、紫外線を当てると赤・緑・黄の三色とRIの文字が赤色で浮き出る仕組みになっている。


「出国フィスカル制度はこの先10年くらい継続する」(2005年4月12日)
先週スラバヤのWTCビルで開催されたスラバヤ・オーキッドショー2005での開会スピーチの合間にジェロ・ワチッ観光文化相は、この先10年間インドネシアが出国フィスカルを廃止することはなさそうだ、と語った。「今インドネシアはまだ多くの外貨を必要としており、観光セクターからの外貨収入は大きく期待されているところだ。そのため国民は海外へ出かけて外貨を減らすのでなく、まず同じ国内の他州を観光訪問して自国内の見聞を深めることが推奨されている。今政府が出国フィスカルを廃止すれば、海外へ出る国民はますます増加し、そのコントロールは政府の手に負えなくなるだろう。年間何兆ルピアもの金が外国に流出して行く可能性が高い。アセアン各国からはインドネシアのフィスカル廃止が待ち望まれているが、それはかれらを利するだけで、インドネシアにとっては国の会計を難しくすることにしかならない。特にアセアン内の類似の制度を廃止した国はインドネシアに厳しく迫ってきているが、政府は当面今の政策を継続していく。」と同相は語った。インドネシアはまだ10年くらい先まで、出国フィスカル制度を廃止する力がない、との同相の弁。


「漁船乗組み外国人への規制強化」(2005年5月3日)
漁業セクターにおける外国人勤労者数を減らし、国内漁民の生産性と収入を押し上げることを計画している、と海洋漁業省のフスニ・マンガバラニ捕獲漁業総局長が語った。外国人勤労者の逓減は段階的に行われ、すべての会社は5年後に1隻あたり最大三人までしか外国人雇用ができなくなる。「外国系漁業会社は船上勤務外国人を5年後には船長、漁労長、機関室長の三人に減らさなければならない。まず初年度は、合弁・外資・外国会社代理店など外国船籍の漁船を稼動させている会社は全船員の20%をインドネシア国籍者にしなければならない。そして5年後には上記三人を除いてすべてがインドネシア国籍者になるよう、段階的に入れ替えていかなければならない。2004年末までに弊総局は67社に対し1,268人の外国人雇用に関するリコメンデーションを123件発行した。それらの外国人は3百隻の船に乗り、捕獲機器の種類によってそれぞれに異なる職種の漁獲技術者として従事している。それとは別に33会社に対し、23,053人の船員に145件のリコメンデーションを出した。その2万3千人は822隻の船に乗り、船内作業に従事している。労働法規上の違反は労働省に送ってひとり百ドルの罰金を科すことになる。そこで集められた資金はインドネシア漁民がIMOライセンスに則した国際標準能力を身に付けるための訓練に使われる。このようにしてインドネシア漁民の人材能力向上を図り、今の5〜6百万人という漁業セクター従事者を2009年までに1千2百人に拡大するのが海洋漁業相の方針だ。」との総局長談。
同省は既に漁業監視船に乗り込む船員に技能テスト訓練をはじめており、それによって海洋学についての知識技能を持ち、個人としてまたグループの一員としての規律を高め、船上でのそれぞれの役割を担う技能を持つ人材を養成している。


「出国フィスカル証明書を搭乗券に貼り付けよう」(2005年5月11日)
出国フィスカル納税証明書を搭乗券や乗船券に貼付するようにして、納税に関する出国者の監視が容易に行えるようにしてほしい、とハディ・プルノモ国税総局長が運通省に要請した。チケットに貼り付ける決まりになっていれば、貼り付けられていない切符に疑惑の目が集まり、監視の目が届きやすいというのが総局長のアイデア。総局長は、そのようなことが可能だろうか、と運通省関係者に一考を呼びかけている。
先週末SBY大統領がスカルノハッタ空港で抜き打ち視察を行った。大統領のチェックポイントは、出国フィスカル納税、移民総局のシステムコンピュータ化、国外出稼ぎ者入出国専用第3ターミナル運営の三つを現場で情況視察すること。出国フィスカルに関して大統領は、「スカルノハッタ空港だけで一日6千から7千人が出国しており、毎日70億ルピアの税収があがる計算になる。全国ではいくらになるのか?一年ではどれだけになるのか?これは政府にとってたいへん重要な収入源であり、われわれは水漏れをなくしてその保全に万全を期さなければならない。」と空港フィスカル担当者との対話の中で述べた。それに関連してハディ・プルノモ総局長は、税関総局が独自の窓口を開いてそのチェックを実施してもよいが、背任行為を百%防げる保証もなく、また空港の雰囲気を官僚的にするおそれもあるので、熟考する必要がある、と語っている。かつては国税係官が空港で出国フィスカルのチェックを行っていたが、だいぶ前からその業務は移民局職員に委託されている。委託業務の遂行に関して総局長は、おおむね良好に実施されているが、国税総局と移民総局が合同で改善していくべきケースもいくつか出現している、と述べている。


「到着時ビザ制度の改定は今年9月」(2005年5月23日)
到着時ビザ恩典適用国の追加は、中国、インド、サウジアラビア、エジプト、オランダ、スペイン、アイルランド、オーストラリアなど16ヶ国になる見込みだ、と観光文化省マーケティング担当デピュティが語った。この規定は大統領指令の形で制定されることになっており、その草案は既に国家官房まであがっている。この大統領指令が制定されて実施に移されるのはおよそ4ヵ月後の今年9月が予定されている。
また到着時ビザでの滞在許可期限は現状、3日もしくは30日というチョイスになっているが、観光文化省はそれを10日もしくは60日に変更するよう、強く働きかけているとのこと。滞在日数の長期化とともに、滞在期限延長申請手続きも、出国することなく行えるように同省は変更を求めている。


「到着時ビザの滞在日数60日提案は閣議で却下」(2005年6月15日)
14日に開かれた政治法制治安担当閣僚会議の中で到着時ビザ制度に関連する議題が検討され、いくつかの政府決定が下された。そのひとつは懸案になっていた制度適用対象国拡大問題で、下の14ヶ国国民に対し到着時ビザ制度を適用することが合意された。その対象国とは:
中国、インド、サウジアラビア、クエート、ベルギー、スペイン、ポルトガル、ロシア、エジプト、オーストリア、アイルランド、カタル、ルクセンブルグ、オーストラリア
この議題は文化観光省が閣議に提出した提案の検討と決定だったが、同省が提案した16ヶ国中のオランダとスエーデンに関しては更に検討を加えるという結論になっている。また同省が出していた到着時ビザ入国者の滞在期限長期化については、これまでの3日間10米ドルを6日間10米ドルに延長することは合意を見たが、30日を60日にするという提案は却下された。外国人観光客の平均滞在日数が10日ほどでしかないこと、長期滞在を許可することによる犯罪や違法行為の増加を懸念することなどがその理由。


「コンパス紙への投書から」(2005年7月18日)
拝啓、編集部殿。わたしは、アセアン加盟国のひとつから来客を迎えました。インドネシアでの投資を調査するためです。今のような経済状況下で、このような客は国をあげて歓迎するのが当然ではありませんか?ところが、スカルノハッタ空港でその客が受けた対応は、わが国にもたらされるべき恩恵を無にしてしまうようなことであり、遺憾の念は筆舌に尽くしがたいものがあります。
その客は同じアセアン域内ですので、ビザを取らずにジャカルタに到着しました。それについてはその客もわたしも同じ理解をしています。空港内で入国審査を通るとき、イミグレーション職員が入国の目的を尋ねました。客がインドネシアでの投資の調査をしに来たと答えると、イミグレ職員は「そのような入国にはビザがいる」と言うのです。議論した末、最終的にいくばくかの金を出してその客は入国審査を通りました。
わたしはその話を客から聞き、ホストとして実に恥ずかしくまた腹立たしい思いに襲われました。法務人権省イミグレーション総局はこの件について明確な規定を示すよう、わたしは切望します。そのような調査を目的にインドネシアを訪問するアセアンの加盟国民は本当にビザが必要なのですか?レフォルマシの風が吹くこの時代に、法確定の不在のありさまをまた目の当たりにするのは、国民にとって実にやりきれない気持ちです。
SBY大統領、そしてハミッ・アワルディン法務人権大臣殿、これはいったいどういうことなのでしょう?変革が起こるという話ですが、依然としてこんな実態なのですぞ。[ 東ジャカルタ市在住、スギアルトノ ]

法務人権省イミグレーション総局管理広報部門長の説明によれば、短期訪問ビザフリー(BVKS)制度は2003年度大統領令第18号、103号に示されているように、タイ、マレーシア、シンガポール、ブルネイ、フィリピン、香港SAR、マカオSAR、チリ、、モロッコ、ペルー、ベトナム国民がインドネシアに入国する際のビザ取得を免除し、滞在許可日数は30日間で、観光、ビジネス、社会文化活動を行なうことができる、となっている。同総局のデータによれば、インドネシアでの投資検討を行なうための調査に必要な日数は30日をオーバーしており、BVKSでその活動を行なうのは日数不足で再入国する必要が生じるため不適切だという見解を同総局は持っている。更なるご質問はJl HR Rasuna Said Kav 8-9 Jakarta Selatanの入国管理総局内Kepala Bagian Humas dan Tata Usaha Ditjen Imigrasiにどうぞ、とのこと。電話番号は(021)5224658 (Ext 2718)。なお、このコメントは2005年5月時点のもの。


「また出国フィスカル」(2005年7月26日)
以前から噂にあがっていた、スカルノハッタ空港で出国フィスカルを払わないで出国させるという業務違反を行なっていた空港職員が警察に逮捕された。この逮捕劇は今年6月7日の11時45分ごろに行なわれたもので、そのとき逮捕されたのはチャロひとり、移民局職員ひとり、警備員ふたりの合計4人。首都警察はこの犯罪行為に関連して既に、国税総局職員、乗客、移民局職員、空港管理職員など8人から事情聴取を行なっている。
犯行手口は、チャロが乗客に出国フィスカルを安くできると持ちかけ、乗客をフィスカル支払いチェックカウンターを避けたルートを通って機内に入れるところまで案内していた。逮捕されたとき、かれらはシンガポールへ出国しようとしていた乗客に一仕事したあとだった。かれらはこの違反行為で乗客からひとりあたり80万ルピアを徴収し、それを仲間内で分配していたとのこと。首都警察特殊犯罪捜査局と国税総局は、スカルノハッタ空港を舞台にした徴税違反行為をこの機会に、徹底的に洗い出そうと注力している。
ところで、アセアン諸国からの突き上げで廃止の風が一度は吹いたものの、新政権は国庫の資金確保にきわめて重要であるとして出国フィスカル廃止を廃止して今日に至っているが、今行なわれている税法改訂検討チームによる最終政府案の大詰めの中で、同チームから出国フィスカル金額を50%にしてはどうか、との提案が出されている。出国フィスカルというものが詭弁を離れて本筋に戻される日は来るのだろうか?


「コンパス紙への投書から」(2005年8月30日)
拝啓、編集部殿。2005年7月17日、シンガポール航空で日本からスカルノハッタ空港にやってきたわたしどものビジネス相手がひどい目に会いました。その日本人は、スカルノハッタ空港Eターミナル到着ホールで、緑色の制服を着た公式ポーターに金を搾り取られたのです。バゲージピックアップコンベヤで待っていたかれは、四五人のポーターに囲まれ、バゲージを取ってやると言われてOKしました。バゲージは小さいスーツケースが一個だけで、それがピックアップされたので、かれは2ドルを渡そうとしましたが、ポーターは「ノー。イチマン!」と言うのです。かれは始めてのインドネシア訪問だったので恐くなり、仕方なく一万円札を与えました。しばらくすると、もうひとり別のポーターがやってきた、自分にもイチマン、と言うので、また仕方なく金を渡しました。小さいスーツケースを一個取ってやっただけで、その謝礼になんと2万円(160万ルピア以上)も請求されたのです。それを知ったわたしはすぐに現場のポーター頭と警備員に苦情し、その悪徳ポーターを見つけてもらいました。お金は戻りましたが、わが国の表玄関であるスカルノハッタ空港でそのようなごろつき行為、恐喝行為がなされたことは、実に恥ずかしいかぎりです。[ ジャカルタ在住 ヤンセン・ウィナタ ]


「タングラン居住外国人に訪問調査」(2005年9月8日)
バンテン州タングランの移民局事務所は、今年7月までに19人の外国人に対して国外退去措置を行ったと公表した。イダ・バグス・アドニャナ同事務所長は、今年は昨年の27人から大幅に減少している、と述べている。「国外退去処分を受けた外国人はイミグレーション法規違反が多く、オーバーステイや滞在許可の内容に違反したといったものだが、中には会社の中で二つの役職に就いていた者も含まれている。これはイミグレーション法と労働法の二重違反だ。」との談。それらの違反が摘発されたのは、ほとんどが市民からの通報によるもの。しかし移民局側は市民からの通報をただ待っているのでなく、タングラン市内で外国人が多く住んでいる地区に訪問調査を実施する予定を組んでいる。その調査は、リッポ、スルポン、そして工業団地が実施の中心になる見込み。外国人を雇用している会社に対しても、外国人監視行政に関する告知指導を行っている。一般に外国人はインドネシアでの滞在許可延長を面倒がるため、結局不法就労者になっていく傾向があるが、その手続き費用は20万ルピア程度なので、法規を守ってほしいと同事務所長は話している。2005年6月時点でのタングラン県および市に居住している外国人は5,030人とのこと。


「最果ての無人島を外国人が不法占拠」(2005年9月8日)
東ヌサトゥンガラ州の最果ての島々に外国人が無断で住み着いている、と第161連隊長ノフ・ボラ歩兵大佐が明らかにした。スンバのムンクドゥ島、ロテ周辺のンダナ島、ティモールに近いバテッ島などにオーストラリア人が居住しており、かれらは正規のイミグレーション手続きを経ないまま、地元の種族長から許可を得て住んでいるだけであり、この状況を放置すればシパダン・リギタン島事件の二の舞になる、と同大佐が東ヌサトゥンガラ州議会に報告した。それらの島々はもともと無人島で、地元住民もあまり足を踏み入れない場所。ムンクドゥ島にはオーストラリア人が経営するリゾートが作られていてスンバの地元民が入るのを拒んでいるし、ンダナ島ではデビッドという名のオーストラリア人が、その島に住むために村長の娘のひとりを自分の妻にしたとのこと。
ロテ島から145キロ、オーストラリアから350キロの位置にあるパシル諸島はオーストラリア人がアシュモアリーフと命名し、オーストラリア領土であると主張していて、この島の周辺海域ではオーストラリア軍がしばしば演習を行っている。インドネシア領土内の無人島に隣国人が入り込み、ある期間過ぎてからその国に自国領を主張されて領土を失う事件にはインドネシア国民も懲りており、同大佐は州議会に対し、兵士を国境に近い無人島に駐留させて領土の保全と監視を行うことを提案している。


「バタム外貨不法持ち出し事件」(2005年11月9日)
今年9月、バタム島からシンガポールへ8.3兆ルピア相当の外貨が正式な手続を踏まないで密かに持ち出されていた事件が摘発され、全国の両替商に対して特別監査が行われるという事態に発展した。バタムにある二つの両替商の関係者が何人か逮捕され、国家警察は最初この事件を、国際取引規定違反とマネーロンダリングに関する疑いと表明していたが、国税総局が主導権を持ったその後の捜査展開で疑惑は脱税へと収束し、納税に関わる規定違反として処罰を取らせるだけという結末へと向かった。それも、二つの両替商の違反金額は5百億ルピアと6百億ルピアという金額であったとされ、数兆という金額はどこかへ消し飛んでしまった。
当初目されていた、2003年から2005年までの間に行われた8.3兆ルピアという闇資金のマネーロンダリングをバタム在住悪徳公職高官の手先となった両替商が実行していた、という疑惑はこうして公的な舞台から姿を消したが、インドネシアコラプションウオッチのテテン・マスドゥキ主幹は、ポイントは外貨の不法持ち出しではなく、その金がどこからきたのかということが明らかにされなければならない、と語っている。脱税問題は表面上のことがらでしかなく、その巨額な金の出所がどこなのかということを、汚職とマネーロンダリングがはびこっている今のインドネシアでは、法執行者がそのポイントから切り込んでいかなければおかしい、とかれはコメントしているのだ。
2003年から2005年までの間、バタム実業界の中で大金を生んだのは不動産セクターだ。そのメインをなしたのは森林用地の用途転換とその利用決定者の変更がもたらした住宅と住居店舗の建設だった。ここ数年、森林用地転換は利用し尽くされた手口になっている。バタム島最初の貯水池に定められた面積119ヘクタールのバロイダム地区の一部はすでに一大住居店舗地区に用地転換されており、保護林と記された立て札の近くに商業コンプレックスが屹立している。バタム島における水資源の生命線であるバロイダム地区は、1990年代末ごろまでは厳格に立ち入り禁止が実施され、掘立て小屋を建てるどころか、無許可で域内に入れば逮捕されるという厳しい監視下にあったというのに、いまではエリア内に不法建築のスラムが生まれている。何をしなくとも2010年には水危機がバタムを襲うと予測されている状況下に、バロイダムエリアが保護の手から離れたなら、バタム島の水資源はどうなるかわからない、と有識者は警告している。「バタム島は砂から地所まで一切合切がシンガポールに売られた。シンガポール人がバタムの不動産に投資し、稼いだ金はまたシンガポールに蓄えられる。」その有識者はそう述べている。バロイダム地区周辺に住んでいる地元民のひとりは、当局は地区の立ち入り禁止をわざとゆるくしている、と言う。「地区内に不法侵入者が勝手に入って不法占拠や伐木を行うという既成事実を作り、かれらが掘立て小屋を建てて不法居住することで、その地区は前から保護地区でなくなっていたと印象付けたいのだ。そっち側のエリアはX社の取り分、向こう側はジャカルタの大手実業家A氏、こっちの方は政治家のB氏の分け前になっているそうだ。地元行政者からジャカルタの高官まで119Haはもう分配が終わっており、価格も平米当たり75万ルピアでバタム開発庁の登録価格より高くなっている。」地元民のひとりはそう述べている。
実は、バタム島に毎秒3百リッターの上水を供給しているバロイダムの用地転換は2003年10月29日にすでに公に定められている。いくつかの基本許可が、当時のアスマン・アブヌル副市長とイスメッ・アブドゥラ、バタム開発庁長官の署名で出されている。その許可の中では、転換用地は、年間平米あたり51,750ルピアを納めることで30年間特定サービスに利用される、と記されている。ところがかつてプラコサ森林相時代に、貯水池代替地が確定するまでバロイダム用地転換の基本許可は出せないことにされていた。代替用地の声がかかっているトレンベシ地区もまだ法的に確定したわけではない。同じような手口はバタム島内の公共用地のいくつかに使われている。そして奇妙なことに、新たに開発された住宅地区に家を買ったひとびとが、いつまでも土地登記証書をもらえないで困っている。証書が出ないのはそこが保護林だからという理由のためで、開発業者はこの問題に関して言を左右にして解決を示そうとしない。公証人は売買証書だけを作るよう注文され、銀行は開発業者に融資するのに、基本許可のみで資金を出した。
バタム開発庁はバロイダム用地転換について、2005年初に森林大臣からの承認を得ており、2007年までの間に島内立地計画の再編成が行われることになっている、と説明する。その中でバロイダムは840Haという面積を持つトレンベシ地区に代替されることになっている、とのこと。ところがバロイダムの住居店舗エリアは2004年総選挙前に、森林大臣令が出される前にリアウ島嶼州高官と州議会議員らが建てたことが明らかになっている。そしてそこの入居者の多くはシンガポールやジョホール出身の華人ビジネスマンから成っている。
バロイダム用地転換と住居店舗建設にからんでさまざまな出来事を時系列的に並べると、その建設は総選挙と州議会選挙の前に行われたことがわかる。全国レベルと地元レベルで巨額の金が動いた時期がそれだ。バタムの今回の外貨脱税事件に関連して、地元の多くのひとびとが当局に関連事実を証言したが、たいした反応はいまだに見られない、と不満を表している。外貨不法持ち出し事件と公共用地の転換および不動産開発。決してユニークではない三題噺かもしれない。


「コンパス紙への投書から」(2005年11月12日)
拝啓、編集部殿。2005年9月25日午前6時半ごろ、わたしの外国人の友人はスカルノハッタ空港構内でパスポートを紛失しました。かれの乗る飛行機は午前7時発であり、搭乗時間も迫っていて時間が切迫しています。それで空港警備員にそのことを届出ましたがパスポートは見ていないとの返事でした。ところがそのとき、パスポートは警備員の手の中にあったのです。友人がどうすればいいのかと尋ねると、警備員は警察に届ければいい、と言うのです。わたしは三回も駐車場と空港の中を行ったりきたりしたあげく、警備員が「これのことか?」と言うのを聞き、実際にそれを見ました。警備員は代償として25万ルピアを要求しました。
金がほしいのなら、そんなやりかたはいけません。かれらは金が好きなのをわたしは知っていますが、パスポートの意味合いを理解するべきです。パスポートがなければ友人は帰国できないということをかれらは知っているのでしょうか?警備員の職務は、もし落し物パスポートが見つかれば、空港の場内アナウンスで知らせるべきではありませんか。こんなことだから、汚職だらけのインドネシアのイメージが外国でどうしようもないものになっているのです。外国人がインドネシアを劣悪視するのは当たり前です。[ 北ジャカルタ市在住、ジャウリ ]


「トランクにチョークの印」(2005年12月7日)
拝啓、編集部殿。最近のメダン・ポロニア空港国際線到着ホールでは、乗客にとって不愉快なことが頻繁に起こるようになりました。わたしの見る限りでは、人を困難にし抑圧するオルバ文化を一部悪徳職員が復活させようとしているように思えます。それは乗客のバゲージに好き勝手にチョークでXマークをつけているやり方に表れています。バゲージの大小や軽重にはお構いなし。手荷物内容検査を行うときの税関職員の態度はわざとのろのろとしていて、持ち主に困難を与えようとしているような印象を受けます。調べられている人たちを見ても、禁制品や法律で検査が義務付けられている品物など持っていないように思えます。わたし自身がそうでしたから。
もっと感情を逆撫でされたのは、引っ掻き回したバゲージの中味を職員はそのままにして放っておくのです。だから持ち主は中味をまた自分で整頓しなおして、ふたを閉めなければなりません。それだけでなく、出口ゲートにいる職員が、さっき検査されたばかりの手荷物をまた調べようとするのです。最近の様子はあまりにもひどすぎ、職員たちはとても倣岸で、自分自身や所属集団の権力をあからさまに示そうとしています。わたしがこれまでに訪れたオーストラリア、日本、タイ、マレーシア、ましてシンガポールでは、そのようなことは微塵も感じさせず、それでも禁制品の取り締まりは厳重に行っていました。乗客の快適さを犠牲にすることはなにもないのです。ましてや乗客に困難を与えるなんて。
数年前に故リザル・ヌルディン北スマトラ州知事は自ら空港現場を抜き打ち視察し、乗客のバゲージにXマークを付けていた悪徳職員を捕らえていました。バゲージの持ち主はなんら禁制品を隠してはいなかったのです。その州知事閣下がいなくなった途端、また人を不愉快にする文化の復活が画策されています。こんな状況が続くなら、この国はいつになったら諸外国のように進歩できることでしょう?こんなところに外国の投資家がどうしてやってくるでしょうか?関係当局はすぐにこの問題への対応に着手してもらいたいと思います。[ メダン在住、レリー ]
拝啓、編集部殿。バゲージへのチョークの印に関するレリーさんの投書にお答えします。メダンのポロニア空港における航空機旅客の手荷物に対する税関検査は確かに強化されております。これは国内の鳥フル流行の先行きを予測し、手荷物の中にウイルス潜在キャリヤーがあるかもしれないことを考慮して暫く前から開始されたものです。現場における税関職員の標準作業手順はポロニア空港の状況に即して規定されたもので、内容物検査を行う必要があるバゲージに印をつけるという規則はそこに記載されています。内容物検査は税関検査台で行われ、出口で行われるものではありません。例外として、危険物あるいはハイリスク物品のおそれがある場合は、そのバゲージ持ち主同席の元に、閉鎖された別室で検査が行われることがあります。乗客手荷物の中に花や植物、肉や肉製品があれば、すぐに検疫担当官に提出してもらいます。検疫担当官は規定に従って、発見された輸入禁止品を廃棄処分に付すフォローを行います。航空機旅客は法規に定められた決まりを守るようお願いします。[ メダン税関サービス事務所長、エディ・スティヨ ] − コンパス紙への投書から


「コンパス紙への投書から」(2006年1月26日)
拝啓、編集部殿。インドネシアのイミグレーション職員たちが出入国規定に関わる問題をほじくりまわすという外国実業家の苦情を耳にして、SBY大統領がふたたび、法務省移民局の振る舞いに雷を落としました。それが外国でのフォーラムで述べられたことだけに、インドネシアの恥をさらしたことは言うまでもありません。イミグレーション職員の恥ずべき所業にSBY大統領が警鐘を鳴らしたのはこれで三度目ですが、目に見える政府の対応はまだ何一つありません。大統領自身がスカルノハッタ空港視察の際見つけたイミグレと国税職員の出国フィスカル着服で、数千億ルピアの国庫損失が発生していることを忘れてはいけません。
マレーシアのペナン領事館とクアラルンプル大使館で数百億ルピアのプンリ(不法徴収金)が搾り取られていました。インドネシア人がマレーシアでコルプシ(腐敗行為)を行っているとマレーシア政府から通報されたのに、腐敗行為撲滅委員会は、その事件は国庫に損失を受けておらず、損失を蒙っているのはインドネシア国民であるため、それはコルプシ行為の定義に該当しないという表明を出しました。インドネシア政府はその行為を正当なものだとでも言うのでしょうか?政府はその行為を祝福しているのでしょうか?国庫に損失がなければ、国民がどれほど不当な損害を受けても構わないとでも・・・?
外国での国際フォーラムで、外国人実業家があけすけに、インドネシアのイミグレーション機関が行うサービスや問題の処理に不満と苦情を述べているというのに、外国人セックスワーカーたちは大手を振ってインドネシアを出入りしているのです。本来イミグレ職員は、保安ということをおろそかにすることなく、入出国の窓口で礼儀正しく、丁寧に外国人に応対するべきものではありませんか。一連の問題が明るみに出たというのに、政府はどうしてすばやい関心と迅速な対応を図ろうとしないのでしょうか?大統領からの個別の命令が降りるのを待っているのですか?国民の側に立った正しい行動を行うのに、いちいち上からの指示を待つ必要はありません。パプアでの飢餓災害にしたってそうではありませんか?
コルプシとプンリはインドネシアの地から滅亡させなければならない悪魔であり亡霊です。なぜなら、それがインドネシア社会の中央に深く根を下ろして、健全な社会を破壊してしまったものなのだから。[ 中央ジャカルタ市在住、アウリア・チャンドラ ]


「コンパス紙への投書から」(2006年1月31日)
拝啓、編集部殿。KKN撲滅のための法規がたくさん作られるほど、政府の各役所で搾取はますます激しく行われています。わたしがリアウ州タンジュンピナンでパスポート手続を行う際に体験したように。
わたしのパスポートは、わたしの名前がスペースなしでタイプされていましたので、パスポート内に訂正を書き加えるようタンジュンピナンのイミグレーションに申請しました。するとイミグレーション職員のRさんは280万ルピアを要求するのです。わたしはそのときサウジアラビアへの出稼ぎの日が迫っており、飛行機の切符も取れていたので、余裕がなかったのも本当です。切符がキャンセルになり、わたしの仕事もなくなるよりはその方がマシだと考えました。最初Rさんは130万ルピアを要求し、わたしが早く処理してほしいと頼むと150万を上乗せし、総額280万になりました。Rさんはパスポートも新しくするから、と言いましたが、結局新しいパスポートにはなりませんでした。既存パスポートの4ページに訂正が書き加えられただけで、そんな作業に2日もかかってしまいました。
一日でひと月分の給与より大きい金を職員たちは得ているに違いありません。一日に5人から搾り取れれば、かれらの手には管理職より大きい収入が乗ることになるでしょう。ましてタンジュンピナンでは、外国出稼ぎ者が毎日何百人もパスポートを作っているのですから。外国出稼ぎ者はそこから出発する人が多いので。搾取とKKNだらけのこの国で、わが民族はどうやって進歩できるというのでしょうか。[ マカッサル在住、マンガシ ]


「パスポート作成に新方式導入」
政府は2月6日から、一部移民局事務所でバイオメトリック方式を導入したパスポート作成を開始した。公文書偽造の盛んなインドネシアでは、ひとりが異なる移民局事務所で発行された異なる名義のパスポートを何通も持っていることも起こっている。その結果、汚職等の犯罪で入出国を禁止された者が堂々と出入国管理の網の目をかいくぐるということも多発していた。
今全国には104ヶ所のイミグレーションサービス事務所があってパスポート発行業務を行っているが、データベース集中管理を行わなければそのような複数パスポート所持がいつまでも可能となり、ましてや個人の名前が短く、そして同名者が大量にいるのが当たり前の社会では、個々人の識別に生物測定学を応用していかなければ本来の目的が達成できないことから、法務省移民総局が今回の改善を行ったもの。
104ヶ所のサービス事務所のうち64ヶ所で新方式導入が6日から始められた。ちなみにその64ヶ所では平均一日13,500通のパスポートが発行されている。残りは平均一日5百通程度の発行量であることから、新方式開始は2〜3週間後に予定されている。この方式では写真と指紋が申請時にその場で採取され、それが焼き付けられたパスポートが発行されるというもの。
政府は将来的に国民のパスポート発行をエレクトロニック方式にする計画で、今回のバイオメトリック導入はその移行段階のものと説明している。[ 2006年2月 ]


「外国人観光客数減少」(2006年2月3日)
中央統計庁が公表した2005年の入国外国人観光客数は488万人で、2004年実績の532万人から減少してしまった。この年間入国者数は、通常公表される13入国ポイントにおける数値だけでなく、全国規模での集計数値となっており、2005年の実績は、13入国ポイントが407.4万人、その他入国ポイントが80.8万人という内訳になっている。
平均滞在日数は、2005年が9.05日で2004年の9.47日に比べて短くなっているが、ひとり当たり支出金額は2004年の901.66米ドルから904.00米ドルに増加している。このためひとり一日当たりの支出金額は2005年が99.86ドルで、ほぼ百ドルに達したと言える。2004年は95.17ドルだったため、5%の増加。
12月はさすがにピークシーズンとあって、13入国ポイントにおける入国者数は31.2万人を数え、11月から2割増となった。バリの状況も入国者数が8.1万人となり、11月から2割増となっている。13主要入国ポイントでの増減を見てみると、マカッサルのハサヌディン空港が5倍増、ロンボッのマタラムが2.6倍、ソロのアディ・スマルノ空港が2.4倍という激しいアップ。パダンのミナンカバウ空港は1.5倍、バタムは1.3倍、バリのグラライ空港1.2倍、ビンタン島のタンジュンピナン1.17倍、メダンのポロニア空港1.13倍、ジャカルタのスカルノハッタ空港1.12倍、やはりジャカルタのタンジュンプリウッ港1.06倍といったところが増加組だが、減ったところはカリマンタンのエンティコン48%減、マナドのサムラトゥラギ空港3%減、スラバヤのジュアンダ空港3%減などとなっている。
10主要観光地におけるホテル客室稼動状況については、2005年11月の全国平均は43.8%で、前月の41.8%から向上した。11月の稼動状況ナンバーワンはジョクジャの55.5%。また星級区分で見ると、3スター級ホテルの客室稼動率が47.5%で、もっとも宿泊客の人気を集めた模様。


「ケーススタディ」
オーストラリア人デビッド・ジェームス・ウイリーは、東ヌサトゥンガラ州スンバティムールのマグドゥ(別名ムンクドゥ)島支配者となっていた。マグドゥ島はスンバ島の南方沖合いにある小島。
ウイリーは1978年以来頻繁に東スンバに居住し、PT Cahaya Matahari Timur という会社を興してその取締役に就任していた。この会社が持つ事業許可は観光事業で、ウイリーはマグドゥ島にロッジを建てて観光ビジネスを行っていた。かれはその後、地元種族の族長の娘を妻にして以来、地元民がマグドゥ島に入るのを禁止し、観光客だけしか島に入れないようにした。観光客であれば、インドネシア人でも入島はもちろんOK。
まるで今様ジェームス・ブルックのような話だが、インドネシアの入国管理法規から見て、そこで行われていたのは違法行為である、との発言がいまどきやっと聞こえてきたのも驚くべきこと。ウイリーはオーストラリアからやってくる都度、グラライ空港でインドネシアに入国してからスンバ島のわが王国へと向かうのだが、毎回の入国時にかれが提示するのは60日期限の文化社会訪問ビザ(visa kunjungan sosial budaya)。今回もウイリーは2006年2月14日に期限が切れる60日間有効の文化社会訪問ビザで入国し、期限切れの2月14日にはデンパサルにいて、2月16日発のフライトでオーストラリアに帰国している。
今回ウイリーの動静に問題ありの声をあげたのは東ヌサトゥンガラ州人権法務省地方事務所長で、28年間に渡ってウイリーはインドネシアでの居住について法的手続きを行っていないまま、定住し、会社を興して取締役に就任し、観光事業を行っていた、と告発している。同所長は、地元種族長の娘と結婚までした、と口を滑らしたが、これは違反には入らないだろう。ともあれ同所長は移民局職員にウイリーのこれまでの動きを洗い出すことを命じるとともに、全国の入国ポイントにおける入国管理手続き上でウイリーに対する入国禁止措置を講じる予定にしている。さまざまな関係官庁がからむ外国人のインドネシア国内での行動監視や許認可で、それほど長期にわたって違法行為が継続していたのは驚きであるとも同所長は洩らしているが、違法行為を継続させてやることで利を得る人々が存在したことも事実ではあるまいか。ウイリーがいなくても、マグドゥ島の事業はかれの妻が行うだろう、との同所長の言葉は、一般的インドネシア人が持っている感覚をそのまま反映しているようだ。[ 2006年2月 ]


「今度はイギリス人が島を買う」(2006年3月1日)
既に報道されたオーストラリア人のマグドゥ島における観光事業問題と同様、今度はイギリス人が東ヌサトゥンガラ州ビダダリ島を買い取って観光施設を作り、昨年は2千人以上のヨーロッパ人を誘致していたという話題が国会で取り上げられている。情報によれば、イギリス人リーワン・ドスキーが西マンガライ県ラブハンバジョに住むハジ・マフムッからビダダリ島を4億9千5百万ルピアで購入し、近隣地区に住む地元民や漁民の島への立ち入りを禁じ、外国人観光客向けの施設を調えてヨーロッパでツアーを販売していたとのこと。この情報の出所は陸軍第161行政管理司令官で、軍はリーワン・ドスキーとその妻の制止をふりきって島内に入り、インドネシア国旗を掲揚するとともに、村落育成担当下士官を島内に駐留させたとの由。
外国人の土地購入は禁止されているため、もし外国人がインドネシア領土内で土地の権利を主張すれば、軍がそれを接収しなければならない、と国会では喧喧諤諤。外国人は投資を行って土地を利用することしか許されていないので、土地を購入したことが事実であれば、何らかの行政措置が取られる必要がある。国会ではまず、この話の事実関係を確認するよう、地元の土地管理庁事務所に要請した。首都北部のプラウスリブでも多くの島が外国人に賃貸されており、規定の整備が行われる必要がある、との意見も議員の間から出されている。


「外国人が島を買い取る噂は後を絶たず」(2006年3月8日)
外国人が島を買ったという話題は、止めどもなく拡大している。「今度はイギリス人が島を買う」(2006年3月1日)で報道されたイギリス人リーワン・ドスキーがコモド島に近い東ヌサトゥンガラ州西マンガライ県のビダダリ島を4億9千5百万ルピアで買い取ったという話は、アーネスト・リーワン・ドウスキー51歳が投資して設立した会社が正規の手続きを踏んで、正規の土地ステータスで、しかも全島15.4Haのうち5Haを観光事業のために買ったもので、もちろん土地の権利ステータスも30年間のHGUで法規に違反していない。その事実は西マンガライ県庁が土地管理庁地方事務所にあるデータや書類を明示して証明しているが、地元軍行政管理司令官はいまだに、侵略を企む外国勢力禍の臭いふんぷんたる話を続けている。
続いて噂話の舞台に登場してきたのは、中部ジャワ州ジュパラ県カリムンジャワの島々のうち7ヶ所が外国人に売られている、というイシュー。カリムンジャワ国立公園管理所長はこの話を否定する。カリムンジャワは27の島から成っているが、そのうち22は国立公園になっており、政府が管理している。島の土地所有権はほとんどがカリムンジャワ住民に帰属しており、それに混じってジュパラ、スマラン、ジャカルタなどの住民も土地を購入している。管理所長は、ジョンという名前の西洋人が島を所有しているとの噂があるが、登記上の所有者はその妻でスマラン出身のインドネシア人だ、と噂の真相を明かす。外国人が7つの島を買ったという話は、2005年5月半ば頃、イギリスのインターネットサイトにカリムンジャワの7島がオンセールという記事が掲載され、当時話題になったものがいまだに尾を引いており、それがビダダリ島のイシューによって生き返ったのだろう、と関係者はあきれ顔。


「東京でも大使館の不祥事」(2006年3月18日)
在東京大使館、在マレーシアのクチン領事館、ジョホールバル領事館、タワウ領事連絡所で、公定料金をオーバーする領事業務手続料金が徴収されていたことを外務省監察総局が発見した。監察総局によって判明したところでは、その四ヶ所で不法に徴収された金額は286.9億ルピアにのぼり、東京で111.4億ルピア、マレーシアの三ヶ所で175.5億ルピアという内訳になっている。
これは先にクアラルンプルとペナンの在外公館で発見された不正事件に続く第二波で、監察総局はその二ヶ所の事件のフォローを汚職撲滅コミッションに移管した後、2005年11月30日から12月16日まで上の四ヶ所での調査を行っていた。在東京大使館で明らかになった111億ルピアのうち監察総局が押収することができたのは12億ルピアだけで、総局は容疑者たちからその不法収入の残りを更に回収するべく追求している。この公定料金水増しというのは、1999年第26号政令で政府が定めた税外国庫収入タリフの法務省関連項目に明記されているパスポート作成料や査証交付などの領事業務手続き料金をもっと高いものにして申請者から徴収していたというもので、この行為はもう何年も前から続けられていた。外務省は既に、大使館の査証取扱い窓口に公定料金を掲示させるとともに、これまで窓口で現金の取扱いをしていたのをやめて銀行振込に切り替えるよう指示している。またビザ取得手続きに関する小冊子も実態に応じた形に改訂させることにしている。それとは別に、館内担当者のローテーションや配置転換、入国査証等に関する公定料金の所轄地域における社会告知化を推進するなど、いくつかの対応策を指示している。


「続報、大使館の不祥事」(2006年3月25日)
在東京インドネシア大使館の領事手続き料金水増し徴収事件で、アブドゥル・イルサン駐日大使が大統領・外相・議会指導部に対して陳謝し、また引責辞職することを表明した。大使は、今回の事件を知ったのは2月7〜11日に外務省監察総局調査チームが行った調査結果からで、そのときすぐに大使館のイミグレーション部門責任者を呼んで問いただしたところ本人がそれを認めたため、総責任者として部下の育成に失敗したので大使の職を辞任することを決心した、と語っている。今回の事件の内容については、外務省が入手した証拠は日本の旅行会社が大使館から得た領収書で、日本国籍の大使館イミグレーション部職員が日本の旅行会社を通じて、マルチプルエントリービザを発給する際にひとりあたり4千円を余分に徴収していたことがそれからわかる。その日本国籍職員も、口頭ならびに文書でその事実を認めており、その費用について同職員は、インドネシアとの間のテレックス通信費用代金だと説明している。それ以外のビザやパスポートなどの領事業務に関わる料金は公定料金そのもので、それらは大使館の出納部門に納められ、本国送金されて外務省の税外国庫収入項目に入れられている。余分に徴収された資金の方は、毎月大使館イミグレーション職員の間でひとり5万円ずつバギバギされ、残った100〜150万円は大使館イミグレーション部門責任者が受け取っていた。
余分に徴収されていた4千円に関しては、日本旅行業協会(JATA)が発行しているビザ取得の手引きに掲載されているが、そこに掲載されるということが大使館宛てに公式通知されていなかったため、大使自身はそのような実態を何も知らず、JATAの小冊子についても事態が明るみに出たあとではじめて目にした、と語っている。問題のイミグレーション責任者は今回の事件に関連して本国に召喚され、既に東京を離れているとのこと。正式には3月末で帰国命令が出される予定だが、本人はもう東京の住居を明渡している由。このあともイミグレーション職員のローテーションが続けられることになっている。JATAに対しては、Additional Fee 4千円の記載を削除するよう、大使館から公式の申し入れがなされている。


「成田で不愉快体験〜コンパス紙への投書から」(2006年3月30日)
拝啓、編集部殿。わたしどもは最近、ニューヨークのJFK空港からJALに乗って成田空港経由ジャカルタに戻りました。そのとき起こった大変不愉快な体験をお知らせしようと思います。成田空港に到着したのは現地時間15時45分で、わたしどもはトランジットの方へ行くよう言われました。トランジットパスを申請するための用紙とホテル日航成田へのバスクーポンをもらい、またトランジットパス申請の記載内容チェックが行われるためだそうです。そのあとわたしどもは入国審査カウンターへいきましたが、わたしどもの番になると担当官は待合室へ行けと言いました。
待合室でしばらく待ったあと、別の入国管理職員が来て、パスポート、航空券、トランジットパス申請用紙を集めました。その待合室にはインドネシア人が大勢待たされていました。18時30分ごろまで待ちましたが、どうなっているのかわからないためわたしは入管職員やJALの職員に尋ねました。しかし何の説明も与えられず、無視されている雰囲気です。わたしはかれらに何度も質問したので、最後にわたしどもが持ってきたトランクや手荷物のチェックが行われるのだということがわかりました。手荷物チェックが終わると、わたしどもはまたそこで待つように言われました。そして22時30分ごろになって、やっと待つことから解放されましたが、JALの職員はガードフィー700ドルを払うように言います。そしてわたしどもが泊まることになっていたホテル日航成田は一方的にキャンセルされ、成田エアポートレストハウスに泊まるように言われました。どうしてこのように扱われるのか、わたしどもは納得いきませんでした。わたしどもがJALと入管職員に抗議すると、JALのマネージャーと名乗る女性が現れました。最初わたしどもはその女性が救いの女神だと期待しましたが、その正反対だったようです。
パスポートと航空券を取り上げられているわたしどもには何をなす術もなく、ただ無力にかれらの言う通り従うしかありません。パスポートと航空券は、翌日のジャカルタ行き飛行機の搭乗時に戻してくれました。ガードフィーは250ドルをJALが負担するということで、仕方なくわたしどもは450ドルを支払いました。[ パレンバン在住、ヘリー ]


「到着時ビザ発給空港を増やせ」(2006年6月8日)
到着時ビザ(Visa on arrival)取り扱い入国ポイントをもっと増加するよう、インドネシアホテルレストラン会が政府に求めている。ヤンティ・スカムダニ・ハルジョプラコソ同会総長は、近隣諸国と国境を接する入国ポイントで到着時ビザが発給できるようにすることは外国人観光客誘致にたいへん効果がある、と発言した。同総長が意図しているのは、マレーシア国境から入国できるポンティアナッ(Pontianak)、パプアニューギニアからのメラウケ(Merauke)、オーストラリアからの太平洋側の島々など。フィリピンのダバオから入国できるマナド(Manado)、マレーシアからのプカンバル(Pekan Baru)やバリッパパン(Balikpapan)、オーストラリアからのクパン(Kupang)、シンガポールからのバタム(Batam)などには既にその業務が与えられており、同総長はそれを更に拡大せよと政府に求めている。到着時ビザについて政府はいま、滞在日数7日間の場合10米ドル、30日間の場合25米ドルで到着時ビザを発給している。
到着時ビザ以外にもインドネシア政府は短期訪問ビザフリー制度を実施しており、これはインドネシア国民にビザフリーで観光入国を許可している国との互恵原則に基づいて行われている。インドネシアにビザフリーで入国できる国民はブルネイ、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム、香港、マカオ、チリ、モロッコ、ペルーで、入国ポイントはメダン、プカンバル、パダン、バタム、ジャカルタ、スラバヤ、ソロ、ジョクジャ、スマラン、バンドン、デンパサル、ロンボッ、クパン、マナド、マカッサル、バリッパパンの各空港に限定されている。


「パスポート二重発行申請者が3百人」
イ_ア政府人権法務省が今年2月6日から開始したバイオメトリック技術ベースのパスポート作成方式が効果をあげている。ICAOに準拠したEパスポートを目指す前段階として、パスポート作成時にコンピュータに直結した写真撮影と指紋採取を行ってデータベースに入力したうえパスポートのアイデンティティページに直接プリントするという方式が開始されたことで、これまで管理しきれていなかったさまざまな問題に対して顕著な効果が現われはじめている。パスポート偽造問題だけでなく、同じ人間が二つも三つもパスポートを持つという逸脱行為に対しても新方式が解決をもたらしているようだ。おかげで二重パスポート申請者3百人が既に摘発されて当局に拘留されている。二重パスポート申請を行うのはほとんどが海外出稼ぎ労働者で、かれらはたとえばマカッサルでパスポートを取得した後スマトラへ行って別の名前のKTPを作り、それを持ってまたパスポートを作成するということを行っているが、バイオメトリック技術とオンライン化されたデータベースのおかげで移民局側はパスポートの二重作成が容易に判定できるようになっている。マカッサルではジルバブを被って写真撮影を行い、スマトラではジルバブなしで写真撮影を行ったとしても、コンピュータのバイオメトリック技術はそれが同一人であることを判定する、と法相は説明している。今現在国内では103ヶ所の移民局事務所で新システムが使われており、パスポート二重作成をシャットアウトしている。[ 2006年7月 ]


「イミグレ職員のチップ釣りテクニック」(2006年7月24日)
2006年7月3日付コンパス紙への投書"Trik Petugas Imigrasi Jaktim"から
拝啓、編集部殿。2006年5月16日、わたしは期限の来たパスポートの延長手続をするために必要書類を完備して東ジャカルタ市移民局を訪れました。1番窓口で受付をし、5月19日の指紋採取、写真撮影、インタビューのための用紙をもらいました。5月19日に再度移民局を訪れ、それらの手続を済ませたあと、5月24日にパスポートを受領するための用紙をもらいました。5月24日午前10時にわたしは再度移民局を訪れてパスポート受領のための用紙を提出すると、1番窓口の担当者は「パスポート受領は15時からです。」と言います。
わたしは一旦そこを後にし、15時にまたそこへ戻りました。窓口に用紙を提出して待っていましたが、1時間待ってもまだ呼ばれません。窓口の担当者に尋ねると、チャロ(周旋屋)たちから「イブT・・・・」と呼ばれているその担当者は「待ってなさい。」ときつい口調で言うのです。また一時間ほど待ったあげくその担当者は、わたしの書類と住所がラワマグンのもうひとりの書類は他の書類の山の中に紛れ込んだのでまだ移民局長のサインがもらえてないのだ、と言い出しました。局長はもう帰宅したので、木曜から日曜まで休みだから5月29日に出直して来なさいと言います。その話を聞いてわたしは怒りに燃えました。そんな扱いをされて黙っているわけにはいきません。わたしは東ジャカルタ市移民局長の執務室を探しました。しかし他の職員も局長はもう帰宅したと言います。わたしがそうやって局長室を探していると、1番窓口の担当者がわたしを呼びました。わたしの書類ともうひとりの書類が見つかり、サインもされているので待っていてください、と言うのです。
17時30分ごろ、サインのなされたわたしのパスポートが出てきました。わたしはそれが移民局職員のトリックだったことを知っています。わたしがチャロを使わずに正規料金の26万5千ルピアだけを支払ってパスポート手続を行ったので、わたしからエキストラ費用を搾ろうとしてわざと時間をぎりぎりに押し詰め、わたしが金を出すように仕向けたのです。[ 東ジャカルタ在住、ストリスノ ]


「入国観光客数は低調」(2006年8月2日)
中央統計庁が公表した今年1月〜5月の13主要入国ポイントにおける入国観光客数は前年同期実績に対して9%ショートしている。昨年実績の1,681,221人に対して今年は1,533,789人でしかなく、今年の入国観光客数目標550万人の半分にもほど遠い。13主要入国ポイントを今年5ヶ月の入国者数順位で並べると下のようになる。
1)バリ州デンパサルのグラライ空港
2)ジャカルタ(正確にはバンテン州)のスカルノハッタ空港
3)リアウ州バタム
4)リアウ州のタンジュンピナン
5)北スマトラ州メダンのポロニア空港
6)東ジャワ州スラバヤのジュアンダ空港
7)ジャカルタのタンジュンプリウッ海港
8)ロンボッ島マタラムのスラパラン空港
9)西スマトラ州パダンのミナンカバウ空港
10)中部ジャワ州ソロのアディスマルモ空港
11)北スラウェシ州マナドのサムラトゥラギ空港
12)西カリマンタン州のエンティコン国境ゲート
13)南スラウェシ州マカッサルのハサヌディン空港
そのうちの上位三ヶ所で全入国者数の87%を占めており、4位以下とは桁違いになっている。グラライは昨年の58万人が今年は47万人に大幅減となり、また昨年は46万人でスカルノハッタをしのいでいたバタムも今年は41万人に下落。あまり変化のないスカルノハッタは44万から46万人と微増でバタムを蹴落とす結果となっている。ちなみに第4位のタンジュンピナンは5万人台のレベル。
今年のそんな結果を招いている原因はイ_ア入国観光客の大手であるオーストラリア、日本などの観光客が減少していることにあるようだ。今年と昨年の1〜4月実績を比較すると、オーストラリア人入国者数は46%減、日本人入国者数は11%減、シンガポール人入国者数は15%減といった状況になっている。一方で増加しているのは台湾人32%、韓国人29%、オランダ人20%、マレーシア人19%、アメリカ人16%、イギリス人8%といった内容で、また観光目的としてサーフィングとダイビングのために入国している外国人も目立って増加している。観光目的地として有力な地域は、バリ、ロンボッ、スラウェシ、北スマトラ、西スマトラ、西ジャワとなっている。


「建設セクターの外人雇用制限」(2006年8月18日)
建設セクターでの外国人雇用は、重役、マネージャー、専門家の三ステータスに限られていることを政府がリマインドした。コントラクターや建設サービスを行っている会社はその原則に留意し、それに従って外国人雇用を行うように、と公共事業省が警告している。「建設セクターへの外国人の参画を制限するのは地元勤労者の活性化を目的としたものであり、そのために外国コントラクターのイ_ア国内におけるオペレーションは国内の人材レベルいかんに関わってくる。市場アクセスの制限を行うことによって、外国人建設専門家から国内専門家への知識移転プロセスが保証される。そのさい、国内の建設業界はその政府方針が確実に守られるよう、外国建設関係者や会社がその制限条件に違反していないかどうかをよく監視してほしい。」国家建設サービス開発院7周年記念式典で読み上げられたジョコ・キルマント公共事業相のスピーチにはそのような要請が盛り込まれていた。政府はまた、ジョイントオペレーションとジョイントベンチャーに関する条件を整備しており、ジョイントオペレーションは外資の比率はまったく不問にしてあらゆる建設活動に承認されるが、ジョイントベンチャーはコンサルタント業の外資比率は最大49%、建築請負業者としての法人の外資比率は55%が限度とされることになっている。


「外人ボランティアに対する監督強化」(2006年8月29日)
社会活動ボランティアとしてインドネシアに来て働いている外国人の中に、スポンサーとなっている民間団体が与えた任務とは別の仕事を片手間に行って収入を得ている者がおり、それらの行為は法規違反に当たるので政府労働省はそのような外国人を「招かざる客」と見なして遠慮なく法的措置を取る、と労働省官房総局長が言明した。労働省の把握しているデータでは、外国人ボランティアをスポンサーとして受け入れている国内機関は26しかなく、それぞれの機関で働く外国人は20〜30人程度。一方ボランティアとして国内に滞在している外国人は4万人を超えている。労働省は最近、それら外国人ボランティアの中に受け入れスポンサーから与えられた任務をおろそかにし、報酬が得られる仕事の方にエネルギーを傾注している者が増加している懸念が感じられることから、それら外国人ボランティアがイ_ア国民への奉仕という本来の趣旨を本気で行おうとしているのかどうかを見定めるために外国人ボランティア監視を強化して行く方針を立てた。
政府の規定によれば、外国人ボランティアは国内機関をスポンサーに持ち、イ_ア政府と協力関係を結んでいる外国機関から送り込まれて来た者である必要があり、更に国家官房から身元鑑定書が給付されていなければならない。その上でボランティア本人がイ_ア国内に滞在するための諸手続きをクリアーすることになる。外務省発行の滞在許可、労働省が監督する外国人雇用手続き、国家警察本部への登録証明、ボランティアの任務遂行で恩恵を受ける機関からの任務承諾リコメンデーションなどがそれに該当する。国家官房外国人労働者協力院長官は、外国人ボランティアの第一の任務は国内労働者の知識向上と開発プログラム実施の円滑遂行をサポートすることだとコメントしている。


「パスポート作成は全国どこでも可能」
2006年9月1日からインドネシア国民は、KTP(住民証明書)の住所を管轄する移民局だけでなく全国どこの移民局でもパスポートの発行を受けることができるようになった。この新規定はSPRI(イ_ア共和国渡航書類)作成手続に関する人権法務相令第M.08-IZ.03.10/2006号で指示されたもので、移民総局長規則第F-458.IZ.03.02/1997号を修正する第F-960.IZ.03.02/2006号で補足されている。
従来はタングランのKTPを持つ者はタングランの移民局でしかパスポートを作れなかったが、今はバイオメトリックシステムに基づく総合写真システムを使うことで、ジャカルタでもバタムでもどこの移民局でも海外渡航書類の手続を行えるようになった。これは、虚偽のデータによるパスポートの二重発行がもはやできなくなった、との自信をパスポート発行者側が持ったことの表われでもある。制度の悪用を防ぐと同時に公共サービスのレベルを高めることに結実した、と人権法務省スポークスマンはその自信を述べている。[ 2006年9月 ]


「外国人犯罪者がもたらすジレンマ」(2006年11月1日)
広大なイ_アの海。そこへ密漁船が押し寄せてくる。南シナ海では、捕らえても追い払っても後から後から外国の密漁船が侵入してくるのだ。イ_アの領海を外国船の侵犯から守るのが海軍の務めだが、船も要員も不足している上に腐敗が国中の隅々にまで染み込んでいるため、海軍のパトロール艇も百キロの航海任務を50キロにごまかし、百キロ航行のためにタンクに入れた残りの軽油を売り払って山分けにする。おかげで計画されたパトロール行動は穴だらけとなり、密漁船にとってはもっけの幸いとなる。もうひとつの問題は、拿捕した領海侵犯外国漁船の乗組員を養ってやらなければならないこと。
捕まった外国人乗組員は裁判で判決を受け、入獄し、刑期を終えると強制出国となるが、その強制出国がいつまでたっても行われないため豊饒なイ_アの地に外国人前科物が住み着くことになる。南シナ海の海上警備の要になっているバンカ・ブリトゥン海軍基地に連行されてきた密漁船乗組員は80人に上り、受刑囚はバンカ島のスンガイリアッ監獄に入れられて刑期の満了を待ち、刑期を終えた者は強制出国措置のために移民局扱いとなって外国人収容所に入れられる。かれらの多くは拿捕されそうになると自分の渡航書類を海中に投棄する。だから身元を証明できる書類を持っている者はほんの一握りしかいない。強制出国措置を待っているそんな外国人が14人いる。8人がミャンマー人で6人がカンボジャ人だそうだが、あくまでも自己申告による情報でしかない。バンカブリトゥン州移民局はジャカルタの本局に強制出国措置要請を提出し、本局は各大使館にその措置を求めるがそこで分厚い壁にぶち当たっているそうだ。それらの国の在ジャカルタ大使館はその要請に反応を示さない。
受刑囚の食事は国費で賄われるものの、刑期を終えたかれら14人の糊口をしのぐ予算はない。こうして14人は、港へ行って力仕事で稼いで来い、ということになる。外国人収容所から出され、住民に混じって仕事をするのを許されたといっても監視はなされており、またかれらも毎日かならず収容所に戻って来ていて逃亡を企てたことはない。ところでかれらの一部はエイズ罹患者であることが判明している。そして困ったことに、人に優しい自由な社会という性格からだろうか、エイズ罹患者の中に地元女性と結婚した者がいる。住民の中にはそんな状況に、大きな時限爆弾を抱えてしまったのではないか、という不安を表明する者もある。それよりもっと差し迫った問題と見られているのは、在留資格のない外国人前科者が社会から隔離されないで世間を自由に闊歩している、という現状だ。かれらに対する強制出国措置を早急に実施せよとジャカルタに呼びかける声は県令からも出されているが法務省移民総局は、該当国大使館がまったく反応を示さずまるでかれら前科者をわが国がいつまでも養ってくれればいいとでも考えているみたいだ、とのコメントを洩らしている。
噂では猫やネズミを食っていると言われているかれら14人の去就が当面の問題であるにせよ、続々とやってくる密漁船を拿捕してもかえってお荷物を背負い込むことになるだけではないのか、という思いが関係者の頭をよぎるのは間違いのないことだ。このジレンマを解く鍵はどこを探せば見つかるのだろうか?


「ルバラン期に観光出国者が増加」(2006年11月4日)
今年のルバラン期に海外旅行に出かけたインドネシア人は昨年から10%増加した模様。運通省空運総局がスカルノハッタ、ジュアンダ、ポロニア、グラライの四大国際空港からの出国者データを集計したところでは、イドゥルフィトリ休日の7日前にあたる10月17日に出国したイ_ア人が26,168人に達しており、イドゥルフィトリをはさんで前後約一週間の中での最高値になっている。次に多かったのはルバラン二日前の10月22日で25,912人が出国している。それら四空港からの平常期出国者数は一日平均1万3千人前後なので、イドゥルフィトリ前の7日間は平均して一日およそ5千人あまりの増加。イドゥルフィトリを超えてからの出国者数は平常期並の数値に戻っている。増加した旅客をさばくために航空会社もその期間増便を行っており、ライオンエアーとガルーダがシンガポール、香港、中国向けフライトに臨時便を追加している。


「首都に棲み付く外国人犯罪者」(2006年11月8日)
中央ジャカルタ市タナアバン地区に住む南アフリカ人を東ジャカルタ市警察麻薬捜査ユニットがマークした。名前はアリス・ユスフィ26歳。このアフリカ人はどうやら麻薬密売行為を行っているらしいとの情報にもとづいて警察側は私服捜査員による囮捜査を開始した。麻薬をまとめ買いしたいという罠を用意して容疑者にアプローチする。プータウ50グラムの売買交渉を行い、値段は1千8百万ルピアで合意した。取引場所は中央ジャカルタ市プチェノガン通り。こうして11月1日に取引が行われることになった。囮捜査官が現金を示し、アリスが麻薬を示したところで麻薬所持現行犯で逮捕するという筋書きを描いていた警察は、取引場所でアリスが囮捜査間に金を先に渡すよう言い張るのに難渋した。金をもらったら家にブツを取りに行くと言う。それでは金を持ち逃げされるだけだ。しかたなく捜査班はアリスをお縄にしたが、アリスはご禁制の麻薬を持っていない。警察はアリスを拘留してその間に捜査を続け、物証を挙げる予定にしているものの、はてこの駆け引きはどちらに軍配が上がるのか?
ちなみにアリスはツーリストビザでイ_アに入国したあと居心地の良いジャカルタに二年間棲みついており、偽ドル紙幣詐欺で服役したあと二ヶ月前に刑務所から出てきたばかり。アリスは化学薬品を買うために資金が必要で、麻薬売買のふりをして購入者から金を持ち逃げしようとしていただけだった、と警察の取り調べに供述しており、自分は麻薬流通者ではないと主張している。


「移民局が外国人を拘留」(2006年11月17日)
移民局ボゴール地方事務所が住民の通報で不審な外国人を取り調べたところ、違反が見つかったので拘留して集中捜査を続けている。11月10日、ボゴール県チサルアの住民から移民局地方事務所宛てに「隣の家に不審な外国人がいる」との通報が出されたため、事務所長は担当官に調査を命じた。チサルア郡トゥグスラタン町ガンダマナ通りにあるアセップ・ルクマン所有の民家に肌の黒い外国人三人がいるのを発見した担当官はその三人を取り調べた。この三人はパスポートのフォトコピーだけを持っていて原本は所持しておらず、また30日期限のツーリストビザで10月に入国していて既にオーバースティをしていると判断されたため、三人揃って移民局ボゴール地方事務所に連行された。この三人はボンベイ出身のインド人で、名前はピアラ・シン32歳、スクビル・シン27歳、バルジッ・シンとのこと。この三人のインドネシアにおける関係者を同事務所は探しているが、はっきりしたことはまだ判明していない。「この三人はふたつの違反を犯しており、バンドンとジャカルタの移民局に報告してかれらの処置に関する指示を仰いでいる」と同事務所長は述べている。
同事務所にはその三人とは別に男女一組の中国人が拘留されている。このカップルは移民局ボゴール地方事務所にパスポート作成の申請に来たところ言葉が不自然だったために移民局職員に不審を抱かれ、そのまま拘留されて取調べを受けた。その結果ふたりは中国広州出身の夫婦ものであることが判明したというもの。このふたりは強制出国措置の可能性が高い。


「日本人が首都警察に逮捕される」(2006年11月21日)
知的財産権を侵害してVCD、DVD、MP3を複製しグロドッ(Glodok)地区の商人に卸していた日本人ぶたりが警察に逮捕されていたことを、首都警察が11月17日に公表した。イニシャルがZSとKKというこの日本人ふたりは、西ジャカルタに5台の複製機器を備えてDVD、VCD、MP3を大量にコピーし、それをグロドッ一帯の販売者に一枚1千から1千5百ルピアで卸していた。かれらが作っていたのは不法複製品だけでなくポルノも多種含まれており、一日の生産能力は万に達していたのではないかと警察では見ている。一方この販売網に関わっていたと見られるインドネシア人20人も首都警察の網にかかっており、警察は複製光学デイスク83,295枚、複製機器5台、現金12万7千ルピアを押収している。それらの複製製品は3枚1万ルピアで小売されていた。


「住民検問作戦で不法滞在外国人が捕まる」(2006年11月22日)
ルバラン帰省の逆流の波に乗って地方部から上京してきた者に対する行政側からのローリング作戦が「住民遵法作戦」の旗印のもとに都内で展開されている。西ジャカルタ市は16日、パルメラ郡コタバンブウタラ地区を対象にした住民遵法作戦の戸別訪問を実施し、住民管理規定違反者205人を逮捕した。都庁は外来上京者の都内居住を、職があること、首都の住民証明書を持つこと、を条件に認めているが、その条件を満たせなければ故郷への強制送還措置が待ち受けている。
同対象地区の下宿屋や借家をしらみつぶしに捜索したこの作戦の網にかかった者のうちで、127人はそのまま軽犯罪を扱う簡易法廷に上げられ、91人が罰金刑を受けた。かれらの大半は住民証明書の期限が切れていながらまだ延長しておらず、あるいは住民証明書の住所が今住んでいる場所と一致していない。中には身分を証明する書類を何も持っておらず、同時に職もないという者が15人おり、かれらはクドヤの社会更正院に一旦収容されたあとそれぞれの出身地に送還されることになる。クドヤの社会更正院では15日に、住民遵法作戦の網にかかった条件不備上京者114人を地方部に送還した。中部ジャワが55人、西ジャワが59人とのこと。
ところで16日のローリング作戦では外国人ふたりも捕らえられた。担当官が戸別訪問を掛けた下宿屋のひとつにいたふたりの外国人はパンドン・エケンコとオリベラ・パウロという名のシンガポール国籍者だったが、かれらのパスポートに記載されているインドネシア移民局入国審査官が与えた滞在期限はもう過ぎていたため、ふたりはそのまま「御用」となった。同地区は不法滞在外国人の巣窟と目されており、戸別訪問をもし夜に行えば摘発される外国人の数はもっと大きなものになるだろうと関係者は洩らしている。


「外人売春婦6人を移民局が拘留」(2006年11月23日)
政府移民局は女性人身売買シンジケートがらみで国内に連れて来られたと見られる外国人売春婦6人を拘留しているが、中に強制出国措置の取られた者がほんの数ヵ月後にまたインドネシア国内に舞い戻っており、政府は対応に頭を痛めている。6人の売春婦のひとり、中国国籍のシュー・チアウエイは2006年7月24日に強制出国措置が取られ同時に入国禁止者リストに載せられたものの、2006年8月29日に再びイ_アに入国している。この6人の売春婦は西ジャカルタ移民局に拘留されており、ウズベキスタン人ひとり、ロシア人ひとり、中国人が4人という内訳。
ハミッ・アワルディン法相は、この女性たちは訪問ビザで入国したあと何ヶ月にも渡ってオーバースティを犯し、また入国目的に沿わない活動を行っていたために拘留されていると説明し、またシュー・チアウエイは強制出国にせず裁判所に告訴する意向であることを表明している。強制出国措置を取ってもどうせまた戻ってくるだろう、との大臣の弁。
ウズベキスタン人のアリモバ・タティヤナはインドネシア国籍者であるパンジ・シギッと結婚している。移民局の取調べを受けたパンジは、自分はアリモバより2歳年下で情報技術関連会社に勤めており、バンドンに住んでいて子供はまだない、と述べている。しかしこの6人は移民局が行った摘発作戦に引っかかった者たちであり、全員が売春婦であるのは間違いがなく、結婚しているから売春婦ではありえないということも言えない、と法相は述べている。


「ジャカルタで密入国者5人が捕まる」(2006年11月30日)
東ジャカルタ市移民局が2006年11月23日、ミャンマー人密入国者5人を保護した。この5人は全員が回教徒で、かれらはミャンマーでの内戦のために10年前に国を出た、と密入国者のひとりは物語っている。かれらは国連難民高等弁務官が発行した書類以外に身分証明書や外国への渡航書類はなにひとつ持っていない。最初かれらはマレーシアに入り工事人夫として働いていたが、マレーシア警察の検問で捕らえられた。かれらはその後タイに出国し、マレーシアに戻りたいためにエージェントを探して身柄を託したが、エージェントはかれらを間違ってインドネシアに送り込んだとのこと。かれらはタイから動力船に乗せられて海を渡り、ジャカルタ北部の漁港におろされて密入国したが、実は、やってきたのはマレーシアでなくインドネシアだったという話のようだ。この5人が保護されたきっかけは、東ジャカルタ市カンプンランブタン地区の借家をローリング訪問していた移民局職員に発見されたため。法務省はこの5人を国際移住機関(IOM)に届け出ており、IOMが引き取りにくるのを待っているところ。


「首都で外国人が多数検挙される」(2006年12月15日)
12月11日にタナアバン地区で実施された検問で50人近くの外国人が検挙された。タナアバン地区は麻薬売買に関係するアフリカ人が多いエリアとして知られている。国家麻薬庁は法務省移民局ならびに首都警察と共同で都内各所で外国人検問を行った。検挙された外国人は、インドネシア滞在中義務付けられているパスポートを携帯していない者が多く、当局側はパスポートや渡航書類を持ってくる時間を与えたが結局必要な書類の提示ができない者のほうが多かった。西ジャカルタ市マンガブサール地区でも検問が行われ、マレーシア人男性と中国人女性のカップルが検挙された。このふたりは夫婦関係を証明する書類が提示できないために不倫罪に該当し、また尿検査でシャブが発見されたことから麻薬使用容疑もかぶせられた。先週、移民局はパスポート不所持あるいは入国許可違反等で中国人女性44人、ナイジェリア人男性3人、インド人男性2人を検挙している。


「7千件以上の二重パスポート発行申請が明らかになる」
2006年2月6日からインドネシア政府人権法務省はバイオメトリック技術ベースのパスポート作成方式を開始し、9月1日からは居住地がどこであろうと最寄の移民局でパスポート手続きができるようになった。これは虚偽のデータによるパスポートの二重発行がもはやできなくなった、との自信をパスポート発行者側が持ったことの表われでもある。その証拠に、7月には二重発行申請者3百人が摘発されたとの報道がなされたが、こんどは2006年6月から11月までの間に虚偽データを用いてパスポートの二重発行を受けようとした事件が全国103の移民局で合計7,144件あったことを法務省移民総局が公表した。移民局は警察と協力してそれら故意の二重発行申請に関するバックグラウンドにメスを入れようと捜査を行っている。[ 2006年12月 ]


「出国フィスカル免除で差別」(2006年12月15日)
2006年11月27日付けコンパス紙への投書"Bebas Fiskal Pelajar Indonesia"から
拝啓、編集部殿。高校を卒業してからわたしの娘はシンガポールの大学に入りました。インドネシアを出たのは2006年7月20日で、シンガポールではすぐにスチューデントパスを作り、それをもとに在シンガポールインドネシア大使館へ行って住所変更の手続を行いました。娘のパスポートには2006年8月14日付でシンガポール在住者の記載がなされ、大使館職員は娘に年間4回出国フィスカル免除申請ができると教えてくれました。2006年9月に娘は学校休みを利用して帰国し、9月19日にシンガポールへ戻る際に出国フィスカル免除申請をしたところ空港のフィスカル担当職員はそれを拒否し、フィスカルを支払うよう娘に命じました。その後ルバランの日がやってきて、娘はまた帰国しました。そして10月28日にシンガポールへ出国しようとしたとき申請したフィスカル免除がまた拒否されたのです。そのとき娘は職員に海外居住が183日に満たないからだと言われました。
その二回の拒絶の際に空港の国税職員が示した態度の倣岸さはきわめて遺憾に思います。公僕であるなら法規を優しく丁寧に国民に教えるべきであって、声を荒げて怒鳴りつけるようなことはあるまじきことではありませんか。奇妙なことに、わたしの友人の子供や娘の大学友達で同じ時期にシンガポールに出た子供たちはみんなフィスカル免除を得ているのです。パスポートにシンガポールでの居住届が記されていない子供までが、早くその手続をするようにと言われながらもフィスカルの免除がもらえているのです。
出国フィスカル免除の本当の条件はいったいどうなっているのですか?シンガポールへ同じ時期に出て行き、同じ期間シンガポールに留学している子供たちの間でどうして異なる扱いがなされるのでしょうか?わたしの娘はフィスカルの支払を命じられ、友人たちは免除されている。正しい免除申請手続きはどうなっているのか、関係当局は明らかにしてください。[ タングラン在住、セシリア・インドラワティ ]


「悪徳役人が外国人雇用会社を訪問調査」(2006年12月28日)
法務省移民総局捜査措置局長が、都内クニガン(Kuningan)地区にあるオフィスコンプレックスに移民局の名前で悪徳役人が12月21日に訪問調査を仕掛けたことを明らかにした。調査官を名乗るかれらは会社を訪問して雇用している外国人のデータを要求した。ある会社では事情があってその要求に応じられないという応対をしたところ、役人はネゴに持ち込んで相当の金を手に入れ、そのままその会社を後にしたとのこと。同局長はその事件に関して、情報を持たずに訪問調査を仕掛けるような移民局職員はいない、とコメントしている。また外国人管理に関わっている政府の諸機関に対しても、「外国人の監視が反生産的になってはならず、またインドネシアがアンチ外国人勤労者だという印象を与えてもならない。外国人のいる会社を戸別訪問するような行為を十分検討もしないで行うべきではない。」と警告している。
ところで中央ジャカルタ市警はタナアバン(Tanah Abang)・サバン(Sabang)通り・ジャクサ(Jaksa)通り界隈に滞在しているアフリカ系外国人に対する監視強化を図っている。ここ5年ほどアフリカ系外国人の数が急増しており、それに応じてかれらが関係する麻薬売買や偽札犯罪も急増しているため、市警は犯罪予防の見地から外国人に対する監視を強めている。かれらアフリカ系外国人は衣料品買い付けを名目に入国し、ビザもそれに則したものを持っているが、実際には麻薬密売シンジケートを作り上げて非合法ビジネスを行っている。かれらの多くはインドネシアに1年から2年滞在している。


「外国人犯罪者が増加」(2006年12月29日)
今年、麻薬違法薬品事件に関連して摘発され判決を受けた外国人で法務省移民総局が一生涯インドネシアへの入国を禁止する措置を取った者は150人いる。逮捕されて裁判を待っている外国人はそれ以外にもまだ多い。ここ数ヶ月、国家麻薬庁は外国人に対する麻薬取締りを強化しており、逮捕・拘留されている容疑者は48人いてさらに最近また14人が逮捕された。
「インドネシアに狙いをつけている外国人は増えている。」と移民総局イミグレーション捜査措置局長は語る。ビザフリー恩典供与国が11、到着時ビザ恩典供与国が52に達しているため入国のハードルが低い、と同局長は指摘する。それは亡命希望者の数にも表れている。2005年には80人しかいなかった亡命希望者はことしなんと4百人に増加した。不法滞在外国人の検挙活動を活発化させることと歩を一にして、捕らえた外国人を拘置するための拘置所を建設する計画を移民総局は立てている。全国の主要都市に12の拘置所が建てられる予定になっている。

「スカルノハッタ空港のABP」(2007年1月5日)
スカルノハッタ空港管理会社アンカサプラ?が行っているSAPHIREサービスの会員になれば、スカルノハッタ空港で入国管理カウンターの前に長蛇の列を作っている入国者・帰国者を横目に、すいすいと入国手続きを抜けて行くことができる。サファイアとはSmart Automated Passage Holder for Immigration Regular Entry の頭文字をつなげたもの。このサービスを受ければ、スカルノハッタ空港での入出国はパスポートにハンコを捺す必要がない。今回スカルノハッタのサファイアサービスはアイデンティティ確認のために虹彩認識システムを取り入れた。これは人間の眼球の中にある虹彩のデータを記録しておき、空港を通過するたびに本人の虹彩をチェックして機械が通過者を同一人であると確認すればそのまま通り抜けることができるというもの。このように機械で登録者本人が確認できれば自動的に入出国ができるシステムをAutomatic Border Passage という。虹彩による本人確認システムが使われているのはスキポールとJFKだけだそうで、スカルノハッタはアジアで最初の空港となる。
このサファイアサービスの会員になれるのはインドネシア国籍者とインドネシアにビザフリーで入国できる外国人でイ_アに居住している者だけ。ビザフリー国民は、タイ、マレーシア、シンガポール、ブルネイ、フィリピン、ベトナム、香港、チリ、ペルー、モロッコ。イ_ア国籍者も外国人も18ヶ月以上有効なパスポートを持っていなければならない。それは新規入会時も一年間の期限を延長する時も同じだ。そして外国人はKITASあるいはKITAPを持ち、さらにマルチビジネスビザあるいはマルチリエントリーパーミットがパスポートに記載されている必要がある。会員になれば会員証としてイ_ア国籍者はゴールドカード、外国人にはシルバーカードが与えられる。入出国時にパスポートにハンコが捺されないからといって、パスポートを持たずに出国すると目的国に入れないからご用心。
入会申込はスカルノハッタ空港2Fターミナル到着エリアにあるサファイアサービスセンターで。サービス時間は月〜土曜日8時から21時まで。電話は62−21−55910910。あるいはウエッブサイトwww.saphire.co.id からでもオンライン入会が可能。残念ながら日本人は入会できません。


「不法滞在外国人がまた6人」(2007年1月16日)
都内で不法滞在外国人の取締りを強化している法務省移民総局は1月10日、また6人の外国人を拘留した。中国人がふたり、モンゴル人ひとり、インド人三人というのがその内訳。中国人ふたりは女性で、北ジャカルタ市プルイッ地区でインターネットカフェ事業を営んでいたが、市民からの通報で御用となった。インドネシアでの外国人のビジネス活動は煩雑な許認可でがんじがらめにされているが、そのふたりはまったくの無許可で店開きをしていた。モンゴル人は西ジャカルタのカラオケで働いていたがこれも労働許可を得ておらず、しかもインドネシアへの入国ビザで許可された滞在期限は1年以上前に切れていた。
インド人三人は到着時ビザでツーリストとして一週間ほど前に入国したが、入国早々下宿屋を探して滞在したものの一週間たって下宿屋のオーナーが支払いを求めたところ金を持っていないとして支払いに応じなかったため当局に訴えられたもので、この三人はインドネシアを離れるための航空券すら持っていなかった。移民総局側はこの三人に関して、国際不法移住シンジケートによってオーストラリアもしくはニュージーランドへ密入国するためのトランジット場所としてインドネシアに入国したのではないかとの容疑を抱いている。しかし当人たちは職を探すために旅行を続けていると主張しており、インドネシアの前はマレーシアに1ヶ月滞在しインドネシアを出たら国へ帰ると取調官に説明しているとのこと。
捕まった6人は移民総局本部にある拘置所に収容されて取調べを受けている。移民総局捜査処分局長はこの6人の外国人について、最終的にそれぞれの本国に送還することになるだろうが、明白で有力な違反の証拠が出てくれば法廷に告訴するかもしれないと述べている。


「到着時ビザ料金を二倍払わせられる」(2007年1月26日)
2006年12月13日付けコンパス紙への投書"Harga Visa on Arrival Lipat Dua"から
拝啓、編集部殿。2006年11月19日日曜日、わたしは22時30分到着の大韓航空機でインドネシアを訪れた会社のゲストであるふたりの韓国人をスカルノハッタ空港ターミナル2Eに出迎えるために空港へ行きました。空港から都内へ向かう途上でゲストはわたしに到着時ビザの料金を尋ねました。かれらはそれぞれがスカルノハッタ空港イミグレーションに20米ドルを支払わせられたそうです。ところがふたりが持っているビザ料金の受領証(番号BA1637663とBA1637628)には10米ドルと記されています。どうして受取った金額と領収証に書かれた金額が違っているのかとゲストはわたしに尋ねました。かれらはインドネシア語が話せないので、その支払を行ったときにイミグレーション担当者に直接尋ねることができなかったのです。[ タングラン在住、へルマン ]
2007年1月5日付けコンパス紙に掲載された移民局からの回答
拝啓、編集部殿。2006年12月13日付けコンパス紙に掲載されたヘルマン氏からの「領収書以上に到着時ビザ料金を支払った」というスカルノハッタ空港イミグレーションに関する投書について説明します。まず到着時ビザの料金は、7日間ビザが10ドル、30日間ビザが25ドルなっていることをお知らせしておきます。
到着時ビザの支払については、支払者は自分が望む日数のビザを受けるために銀行職員にその料金を支払います。料金を受取るのは銀行職員であり、イミグレーション職員ではありません。その支払がなされると、銀行職員は受領書を一枚渡します。次にイミグレーション窓口にその受領書を提出すると、イミグレーション職員はビザステッカーをビザ申請者のパスポートに貼付します。そのビザ交付プロセスの中でスカルノハッタ空港イミグレーション職員は金銭の授受に携わりません。それを行うのは銀行職員なのです。スカルノハッタ空港イミグレーション職員はヘルマン氏が届け出た領収書番号に関して2006年11月19日に勤務に就いていた銀行職員に問い合わせることにしています。[ スカルノハッタ空港特殊1級移民局事務署長、ドディ・ウィボウォ ]


「ビザ期限日に出国したら罰金を科された」(2007年2月27日)
2007年2月6日付けコンパス紙への投書"Visa on Arrival di Indonesia"から
拝啓、編集部殿。わたしの姪アマンダ・モドはオーストラリア国籍です。ビザフリー短期訪問(到着時ビザ)に関する2003年大統領令第18号を改定する2003年大統領令第103号第3条に従えば、姪は入国ビザを支払わなければならない国の人間です。2006年12月25日、姪はオーストラリアのダーウィンからジャカルタの祖母に会うためにスカルノハッタ空港に到着し、到着時ビザを申請しました。そして姪は2007年1月25日までの短期訪問ビザを取得しました。姪のパスポートにそう表示されているのをわたしはこの目で見ています。
2007年1月25日、姪は搭乗時間23時30分のオーストラリア国営航空会社の飛行機で帰国するためにスカルノハッタ空港で出国手続きをしました。ところが同空港イミグレーション職員が姪に対し、二日間オーバーステイをしていると言うのです。そのために姪は罰金40万ルピアを支払わせられました。ところが罰金に対して出されて当然の公的領収書が姪に与えられませんでした。
わたしは当局に質問します。姪のパスポートに2007年1月25日までと記載された到着時ビザは、罰金を避けるためには1月23日までに出国しなければならないということを意味しているのでしょうか?もし2007年1月25日までの滞在が許可されていたのなら、イミグレーション職員が科した罰金の法的根拠はいったい何なのでしょうか?そして罰金の規定金額が記された文書がどうして示されなかったのでしょうか?国が公的に徴収する罰金に対して国は領収書を発行しないのでしょうか?
国にとって収入を増やしてくれる外国人訪問者に対して国はそんな仕打ちをするのですか?当局の説明を求めます。[ ジャカルタ在住、マルテン・ルンドゥパダン ]
2007年2月14日付けコンパス紙に掲載されたイミグレーションからの回答
スカルノハッタ空港で勤務に就いていた弊局新人職員が冒した失態に関する2007年2月6日付けコンパス紙にあるマルテン・ルンドゥパダンさんからの投書にお答えしたいと存じます。そのときマルテンさんの姪ごさんを受け付けた弊局職員を調べた結果明らかになったのは、姪ごさんは慌しく出発なさろうとしていましたが、定められた許可を二日超過してインドネシアに滞在していたということです。到着時ビザ発給職員が姪ごさんに交付したのは2006年12月25日から30日間の滞在許可でした。つまり25,26,27,28,29,30,31,01,02,03,04,05,06,07,08,09,10,11,12,13,14,15,16,17,18,19,20,21,22,23で30日間になります。外国人が与えられた許可を超過して滞在した場合、超過日数が60日未満であればイミグレーション職員が1999年5月7日付け税外国庫収入に関する政令第26号にもとづいて一日当たり20米ドルをチャージします。米ドル交換レートは毎日変動しますが、調べた結果2007年1月25日のレートは1ドル9,300ルピアでしたので2万8千ルピアの過剰徴収となっていました。その差額はマルテンさんに返却するよう指示してあります。弊局職員がマルテンさんの姪ごさんから受け取った40ドルは飛行機の搭乗が終わったあとその日のうちに国庫収入係りに納められていました。
このようにセンシティブなポジションにいるわたしどもは、その新人職員が職務をよりよく理解するために本人に再教育を行うという厳格な措置を課しました。イミグレーションカウンター職員が直接その場でチャージ金額を受け取るのは禁止されています。その金額はスーパーバイザーが別の場所で受け取って領収書を渡すというきまりになっており、職務規定に違反した弊局職員に関してわたしども管理職はたいへん遺憾の思いを抱いております。わたしどもは管理者として、弊局職員が冒した失態に関して謝罪申し上げます。[ スカルノハッタ空港特殊一級移民局事務所長、ドディ・ウィボウォ ]
編集子より: 誤解を避けるためにいくつかの事実を指摘しておきます。まず到着時ビザには発給日と許可された滞在日数だけが表示され、滞在許可期限日は記載されません。ですので、あたかも滞在許可期限日が表示されているように書いている最初の投書者の投書内容には間違った思い込みが感じられます。一般的な習慣としてさまざまな証明書では、たとえば有効期限一ヶ月のものが2007年2月25日に発行された場合の期限日は2007年3月25日、一年ものだと2008年2月25日とされるケースが多く、最初の投書者はその習慣にひきずられた可能性があります。しかし到着時ビザの表示のしかたを見るかぎりでは、この問題はやはり移民局事務所長のロジックのほうが妥当であるようにわたしには思えます。


「イミグレーション関連行政サービス料金」
2007年2月17日付けインドネシア共和国政令第19号に記載された人権法務省管轄業務に関連する国民サービス料金。制定日から30日後に施行。
?.インドネシア共和国旅券
1.インドネシア国籍者個人用48ページ通常旅券  一冊につき20万ルピア
2.インドネシア国籍者個人用24ページ通常旅券  一冊につき5万ルピア
3.外国人個人用インドネシア共和国旅券  一冊につき50万ルピア
4.インドネシア国籍者個人用渡航許可証  一冊につき4万ルピア
5.インドネシア国籍者二人以上用渡航許可証  一冊につき5万ルピア
6.外国人個人用渡航許可証  一冊につき10万ルピア
7.外国人二人以上用渡航許可証  一冊につき15万ルピア
8.インドネシア国籍者個人用渡航許可証から家族二人以上用渡航許可証への変更  一冊につき3万ルピア
9.インドネシア国籍者個人用渡航許可証から家族二人以上用渡航許可証への変更  一冊につき4万ルピア
10.過失による有効期限内24ページ通常旅券の紛失・破損に対する再発行  一冊につき10万ルピア
11.過失による有効期限内48ページ通常旅券の紛失・破損に対する再発行  一冊につき40万ルピア
12.自然災害や船員の船舶沈没による有効期限内24ページ通常旅券の紛失・破損に対する再発行  一冊につき5万ルピア
13.自然災害や船員の船舶沈没による有効期限内48ページ通常旅券の紛失・破損に対する再発行  一冊につき20万ルピア
14.個人用国境通過パス  一冊につき1万ルピア
15.家族用国境通過パス  一冊につき1万5千ルピア
?.ビザ
1.トランジットビザ(Visa Singgah)  ひとりにつき20米ドル
2.訪問ビザ(Visa Kunjungan)  ひとりにつき45米ドル
3.一年間の数次訪問ビザ(Visa Kunjungan Beberapa Kali Perjalanan)  ひとりにつき100米ドル
4.到着時ビザ(Visa Kunjungan Saat Kedatangan)
  a.7日  ひとりにつき10米ドル
  b.30日  ひとりにつき25米ドル
5.暫定居住ビザ(Visa Tinggal Terbatas)
  a.6ヶ月以内  ひとりにつき50米ドル
  b.1年  ひとりにつき100米ドル
  c.2年  ひとりにつき175米ドル
?.イミグレーション許可
1.訪問許可延長(毎回)(Perpanjangan Izin Kunjungan)  ひとりにつき25万ルピア
2.暫定居住許可(Izin Tinggal Terbatas)
  a.6ヶ月以内  ひとりにつき35万ルピア
  b.1年  ひとりにつき70万ルピア
  c.2年  ひとりにつき120万ルピア
3.暫定居住許可延長(毎回)(Perpanjangan Izin Tinggal Terbatas)
  a.6ヶ月以内  ひとりにつき35万ルピア
  b.1年  ひとりにつき70万ルピア
  c.2年  ひとりにつき120万ルピア
4.紛失・破損による有効期限内暫定居住許可証再発行(Penggantian Kartu Izin Tinggal Terbatas)
  a.6ヶ月以内  ひとりにつき70万ルピア
  b.1年  ひとりにつき140万ルピア
  c.2年  ひとりにつき240万ルピア
5.イミグレーション特別居住許可、延長、再発行、有効期限追加  ひとりにつき50万ルピア
6.イミグレーション事務所での5.のシール貼付  ひとりにつき10万ルピア
7.恒久居住許可(Izin Tinggal Tetap)  ひとりにつき300万ルピア
8.恒久居住許可延長  ひとりにつき200万ルピア
9.紛失・破損による有効期限内恒久居住許可証再発行(Penggantian Kartu Izin Tinggal Tetap)  ひとりにつき100万ルピア
?.再入国許可(Re-entry permit)
1.単次  ひとりにつき20万ルピア
2.数次(6ヶ月間)  ひとりにつき60万ルピア
3.数次(1年間)  ひとりにつき100万ルピア
4.数次(2年間)  ひとりにつき175万ルピア
?.イミグレーション証明書  ひとりにつき50万ルピア
?.負担金
1.与えられたイミグレーション許可をオーバーしてインドネシア領土内に滞在している外国人で60日を超えないもの  一日につき20万ルピア
2.イミグレーションに関する1992年第9号法令第9条の報告義務を果たさなかった運送機関責任者  一運送機関につき3,000万ルピア


「会社経営者に出国禁止措置」(2007年2月28日)
フランスを本拠とする通信システム・装置メーカーのインドネシア子会社であるPT Alcatel Indonesia の代表取締役と経理担当取締役のふたりに対して法務省移民総局が出国禁止措置を適用した。そのふたりはフランス国籍者で、代表取締役は2004年7月からアルカテルインドネシアで現在のポジションに就いている。移民総局は出国禁止措置の適用が2007年大蔵大臣令第60/KMK.03/2007号の指示にもとづいたものであるとしており、蔵相令では国家の債権問題に関わることがらのため、と出国禁止措置の理由を述べている。2月22日時点でアルカテルインドネシアからの事情説明がまだ得られていないが、同社を管理しているシンガポールのアルカテルルーセント社から得られた情報によれば、その二名に対する出国禁止措置が早急に解除されるよう同社はインドネシア政府当局と積極的にコンタクトを取っている、と表明している。


「入国通関時の基礎知識」(2007年3月16・20日)
インドネシアに入国する前、機内で税関申告カードが乗客に配られる。CUSTOMS DECLARATION ・ PEMBERITAHUAN PABEAN というタイトルのこのカードは、申告する物品を持っていようがいまいが、所定の欄に記入して税関エリアを通り抜けるときに担当官に渡さなければならない。家族の場合は一家で一枚提出すればよいことになっている。このカードには6件の質問項目が印刷されており、該当するものがあればレ点を入れるようになっている。
項目10.「海外で入手した乗客ひとり当たり250米ドル(FOB)を超える品物がある」
家族の場合は1千ドルと書かれているが、これは家族の場合の上限を意図しており、三人の家族連れだと750ドルしか認めてもらえないので注意が必要。ここで問題にされているのは個人手荷物品の免税限度額であるため、限度を超過した物品は税関が差し押さえ、持主は輸入申告を行い納税を終わらせなければ自分の品物であろうと引き取ることができない。インドネシアの物品輸入では、物品ごとのHSコードによって分類された輸入関税率を物品価額(CIF換算)にかけた輸入関税(bea masuk)、輸入時PPN(10%)、PPh22 Impor(税率7.5%)、そして品物が奢侈品税対象品目であればその税率に従って奢侈品税(pajak barang mewah)が課税される。
PPh22 Impor はAPI(輸入認識番号)を持っていれば2.5%の税率で良いが、持っていなければ7.5%となる。APIとは事業の中で輸入活動を行う場合に取得しなければならない一種の輸入者登録制度上の証書であり、外国人が個人でこれを取得できるという話は聞いたことがないので税率7.5%はまちがいないだろう。
そしてそのような物品がある場合は税関申告カードに明細を記入せよと命じられている。ところが正直に申告しなかったために税関が検査して見つかった物品は続々と差し押さえられるようになった。スカルノハッタ空港では1月終盤から差押え品がどんどん貯まりはじめ、3月10日までに貯まったものの総額は43億ルピアに達すると空港税関側は見積もっている。スカルノハッタ空港税関は3月12日、輸入申告逃れをして無税で国内に持ち込まれようとしていた物品の一部を並べて記者発表を行い、国民に正直に通関申告を行うよう呼びかけた。
展示された物品の中には2月23日にエミレーツ機でアメリカから帰国したインドネシア国籍のYKが密かに持ち込もうとした黄金製装身具110セット、同じ日にアダムエアーでバタムからジャカルタへ来たインドネシア人DKが持ち込もうとした中古ラップトップとアクセサリー類がスーツケース2個分、ルフトハンザ機でジャカルタへ来たシンガポール国籍のNNMが持っていた宝飾品17セット、3月5日にインド航空機で到着したシンガポール人MLMが持っていた宝石類36セットと同じフライトで来たオランダ国籍者SUの宝石類62セット、3月10日シンガポール航空機乗客MNが持っていた33セットの靴とバッグなどがあった。ほかにも税関は数百個にのぼるプラダ、シャネル、ルイビトン、エルメスなどのバッグや国際的に有名なブランド靴なども押収している。
それら不申告手荷物に対して税関は当面行政罰としての罰金しか科さないが、将来的には刑事罰が適用されるようになると警告している。
インドネシアでは個人が外国から郵便で受け取る物品(つまり信書以外のもの)にも輸入の概念を適用しているため、上で述べたような輸入手続が郵便小包にも適用されている。
項目11.「2百本を超えるシガレットまたは50本を超えるシガーまたは200グラムを超えるキザミタバコ、あるいは1リッターを超えるアルコール飲料がある」
インドネシアではタバコとアルコール飲料の生産・輸入・流通を国が厳重に統制しており、チュカイ(cukai)と呼ばれる特定品目物品税が課されている。タバコ生産者は民間資本であるが生産量から小売価格までを国が決めており、チュカイ国庫収入金額まで一切合財を国が仕切っている。ただし小売価格まで国が監視するのは無理があるため、現実には市場競争が反映されて公定価格より低い金額で市販されているケースが普通。
アルコール飲料は宗教禁忌に触れるものであるため政府の統制には別の要因がからんでいて、公的には国内にいる外国人のために流通させているという姿勢を取っている。民間資本の生産者がいて政府が生産量をコントロールし、また輸入業者も輸入量が一年単位で定められ、流通分野でもクオータ制が敷かれている。
酒タバコの乗客手荷物国内持込は原則的にその本人の需要をまかなう程度の量という限度が設定されていて上で表示されたような量となっており、それを超えて国内に持ち込もうとした場合は現物が没収される。法規によれば、没収された酒タバコは税関が廃棄処分を行うことになっている。ともあれ酒タバコは免税限度という概念ではないので、「余分に持って行って見つかりゃあ税金を払うさ」という考えでは泣きを見ることになりそう。
項目12.「動物・魚・植物あるいはそれらに由来する加工品」
検疫法に則した手続きが必要な場合がある。食品をこのカテゴリーからチェックしようとする傾向があることも忘れてはならない。
項目13.「麻薬・向精神性物質・銃火器・武器・弾薬・爆発物・ポルノ媒体」
輸入禁止品に指定されているため、国内に持ち込めない。ポルノとはそれを見る者が劣情を催すようになる対象物を指しており、個人差があるのは当然であるが民族差も大いにあって、ある社会ではポルノのポの字にもあたらないと思われているものを別の社会では大の大人たちが顔を赤くして見るということも起こるので注意が必要。
項目14.「映画フィルム・録画済みビデオテープ・ビデオレーザーディスク・レコード盤」
検閲が義務付けられているため、一旦税関が差し押さえて国家検閲庁に回され、検閲が終わって問題なしと判断されれば下げ渡してもらえる。こちらが頼んでもいないことをしてくれるが無料ではない。
項目15.「ひとり当たり5千万ルピアを超える量のルピア通貨」
市中流通通貨量のコントロールならびにマネーロンダリング防止のために中央銀行がルピア通貨あるいはその金額相当の外国通貨の国内持込と国外持出に関する規定を定めている。それに伴って税関が2005年1月に定めた規定によれば、通貨の持込持出は1億ルピア以上の場合手続きが必要とされている。持出の場合は現金国外持出申告書(BC3.2)を税関に提出する。通貨がルピアである場合はインドネシア銀行の許可を添付しなければならないが添付できない場合は10%の罰金、申告金額より多い場合には過剰分に10%の罰金が科される。持込の場合はCUSTOMS DECLARATION カードで申告する。ルピア現金が持ち込まれる場合は、真贋チェックのために税関に預けなければならない。 不申告の場合は税関がすべて没収する。


「カリマンタン産ダイヤモンド」(2007年3月19日)
南カリマンタン州バンジャルバル県インドネシア貴石ソサエティは、州内で産出されるダイヤモンドが不法に国外に持ち出されている事実に警鐘を鳴らしている。インドネシアの現行法規によれば、ダイヤモンドは国内で装身具等の製品に加工されなければならず、原石のまま国外に輸出してはならないことになっている。バンジャルバル県は南カリマンタン州におけるダイヤモンドの採取と研磨の中心地で、この産業はスガイアラン、スガイランダス、トゥングルイランの村々あるいはマルタプラ周辺の諸村に散らばっており、産業従事者は数千人に達している。ところがマルタプラの町に韓国人、ベルギー人、インド人などが住民の家を借りて居住し住民が採取したダイヤモンドを買い上げている事実はいまや公然の秘密になっており、貴石ソサエティによればかれら外国人は一ヶ月に4〜5千カラットのダイヤモンド原石を手に入れてマルタプラの外に持ち出しているとのこと。
マルタプラでダイヤモンドの闇市場が生まれるのは住民が採取したダイヤを早く現金化したいことがその主要動機になっており、一方では地元民のカッティング技術が時代遅れでありまた製品デザインにも不満があることなどを外国人買付け者たちは製品より原石を購入したい理由にあげている。同県貴石ソサエティ副会長は、県庁に対して以前からこの問題の対応を要請しているがいまだに何の動きもない、と苦情を述べる。「外国人の不満は作業者たちへの訓練と新式機械購入に資金援助を与えることで克服できる。毎月5千カラットのダイヤが地元で加工されたなら、カットや研磨作業者5千人に収入を与えることができ、そして付加価値のついた製品はもっと高い価格で販売することができる。県庁がいつまでもこの状況に目をつぶっていれば、加工作業を行う素材が不足して作業者たちは失業してしまう。現実にカッティング専門作業者の半数は材料が足りないために別の仕事に移っている。」外国人が原石を自由に買付けている現状を放置することで県はネガティブな多重効果を蒙るのは目に見えている、と同ソサエティ副会長は語っている。


「外国人美人局を警察が逮捕」(2007年3月30日)
アルジェリア人フアッ・メクロウフィ24歳が東ジャカルタ市ドゥレンサウィッの借家で26日、警察に逮捕された。首都警察によれば、フアッはジャカルタを訪れる外国人をターゲットにして女性を近付かせ、その共犯女性が麻酔薬入りの飲み物を飲ませたあとホテルの部屋から金目のものを一切合財奪って姿を消すという犯罪を行っていた。この逮捕のきっかけとなったのは都内5星級ホテルの警備職員からの届出によるもので、同ホテルに宿泊中の30歳のシンガポール人が盗難の被害をホテル側に訴えたため。
男ふたり女ひとりから成るこの一味は、アフマッ・アリがまずターゲットの外国人を見つけ出したあと、次はリニスという女性がそのターゲットにアプローチしてデートに漕ぎ着けた上ターゲットを眠らし、持ち出してきた金目のものをこんどはフアッが処理するという分業を行っていた。共犯者のふたりは逃亡中で、警察が追跡している。一味は同じ犯行を何度も重ねてきたようで、その内容はまだ取調べ中。シンガポール人被害者のケースでは、フアッは8百万ルピアを手に入れたがその金は遊びに使ってしまった、と自供している。


「国際線の液体物機内持込規制が始まる」(2007年4月9日)
インドネシアでは2007年3月31日から国際線航空旅客に対する液体物機内持ち込み制限が開始された。これは2007年3月6日に大臣がサインした運通相令第SKEP/43/III/-2007号によるもので、液体物・エアゾール・ジェルを乗客が国際線航空機キャビン内に持ち込む場合は100mlを超えない容量の容器に入れ、そのような容器をすべて1千mlを限度として30x40cmの透明なプラスチック製袋ひとつに入れなければならないとしている。しかし医薬品、乳児用飲食品、特別ダイエットプログラム中の乗客本人のための飲食品はその限りではない。空港内免税店や機内で購入したものもその限りではないが、それらの液体物購入品は透明なプラスチック袋に購入証憑を添えて封印されなければならず、そして手持ち品とは別にしなければならない。
この規定の実施が開始されてからスカルノハッタ空港では液体物検査のために長い列が作られまた搭乗時間の余裕もなくなっていることから、運通省はチェックの効率化を図るとともに国際線のチェックイン開始時間をこれまでの出発二時間前から三時間前に広げることを検討している。


「液体物機内持込規制の内容に変更」(2007年4月17日)
2007年3月31日から始まった国際線航空旅客に対する液体物機内持ち込み制限は空運総局長令第43/III/2007号で定められたもので、1リットルを超える液体物・エアゾール・ジェルを乗客が国際線航空機キャビン内に持ち込むことが禁止されている。もし内容量が1リットルを超えている場合、検査官はそのオーバーしている分を透明のプラスチック袋から取り出すとのこと。空港管理会社アンカサプラ?によれば、スカルノハッタ空港での液体物チェックは円滑に行われており、事前告知が効果を発揮しているとコメントしている。2006年末にバリで国際民間航空機関(ICAO)が決議したこの液体物規制をインドネシアで最初に実施したのはガルーダ航空で、十分に厳格な検査が行われているとアンカサプラ?は述べている。3月31日に規制が開始されたころは検査に長い行列ができたが、それによって運行時間に遅延を起こした航空会社はまだないそうだ。
アンカサプラ?によれば、空運総局長令の内容に修正が出ている。インドネシアは30x40cmの透明なプラスチック製袋に液体物を入れるという規定であるにもかかわらずオーストラリアは袋のサイズを20x20cmと定めて厳格に規制を行っているため、オーストラリア行き旅客は袋のサイズを変更しなければならないことから検査に時間がかかっている由。この袋のサイズは到着国の法規に従わなければならず、それに違反すれば罰金が科されるとアンカサプラ担当官は述べている。


「空港のX線を麻薬が素通り」(2007年4月20日)
「ネパール麻薬ルートが暴かれる」(2007年4月2日)で報道された事件の犯行再現検証の中で、ネパール人運び屋ゴパル・シェルパ35歳がバタムからジャカルタに持ち込んできたシャブ650グラムがスカルノハッタ空港で発見される可能性がありながらそこを通過していた事実が浮かび上がった。
国家警察麻薬第四局と国家麻薬庁が4月11日にスカルノハッタ空港アダムエアー出発ターミナルを使って行った再現検証では、ゴパルがシャブの入ったスーツケースをどのように持ち運んだかが再現された。スーツケースがX線透視装置に入れられたときシャブはただの黒い塊にしか見えず、オレンジ色で映っている他のものに比べてまったく注意を引くものでなかった。スーツケースの置き方を変えるとこんどはハンドルの部品と紛れてしまい、ますます税関担当官の注意を引かなくなる。その部署に就いていた税関担当官は、そのX線透視装置は麻薬探査能力を持っていないものであり、金属と危険物化学薬品を探査するためのものだ、と説明している。麻薬探査用の装置を使えば、スーツケース内にある麻薬は緑色に浮き出てくる。
麻薬第四局第二ユニット長は今回行われた再現検証の結果について、ゴパルはフェリーでシンガポールからバタムに入り、バタムからアダムエアーでジャカルタに来たがインドネシアにあるいくつかの関門をすべて素通りしており、それが麻薬に対するインドネシアの弱点になっている、とコメントした。スカルノハッタ空港には国内線国際線の出発到着ターミナルのすべてにX線透視装置が置かれているが、麻薬探査用X線透視装置が置かれているのは国際線到着ターミナルだけで他のものはすべてその能力を持っていない。同ユニット長は、いまやすべての関係機関が協力して国内への麻薬の侵入を防ぐ時がきている、との呼びかけを行っている。


「携帯電話密輸入がまた盛んに」(2007年5月16日)
スカルノハッタ空港経由で国内に不法に持ち込まれる携帯電話機が再び増加している。スカルノハッタ空港税関は2007年4月30日から5月8日までの間に5,020個の携帯電話機を没収した。それらの多くは航空機乗客が手荷物として、あるいは郵便小包として国内に持ち込まれようとしていたが、正式な輸入通関と関税等輸入税の納税がなされなかったために空港税関が不正輸入品として没収したもの。税関の見積もりによれば、それらの携帯電話機は40億ルピア相当であるとのこと。税関が没収したそれらの携帯電話機には個装箱や取扱説明書がついておらず、国内ブラックマーケットで販売するためのものであることが一目でわかる。4月30日のGA823便でシンガポールから到着した乗客の機内に預けた2個のトランクは、到着時点で税関が疑惑を抱いたが、不正輸入者は税関の動きを察知したらしく、そのトランクを放置して姿をくらました。税関が調べた結果その2個のトランクの中には1,290個のノキアブランド携帯電話がぎっしり詰まっていた。
また5月3日・7日・8日にスカルノハッタ空港郵便局は、通関業務の中で衣服やぬいぐるみと申告されている小包が実際の中味は携帯電話機であったことを発見している。税関職員はそれらをただちに押収して受取人の捜査を開始したが、受取人名は架空のものであったことが判明している。


「ソウル国際空港であわや遭難」(2007年6月4日)
2007年4月21日付けコンパス紙への投書"Pengalaman Pahit Naik Korean Airlines"から
拝啓、編集部殿。日本への入国ビザが出発日の前日までに取れなかったので、わたしども5人は日本までの旅程が入っている航空券を使って予定通り出発することにしました。その航空券予約と購入はトミー・スラメッさんの旅行代理店を通して行いました。2006年12月12日にわたしがジャカルタの韓国航空にソウル〜東京〜ソウル間のフライト予約をキャンセルする電話を入れたところ、担当者はそのキャンセルは問題なくまたわたしたちが持っている航空券はジャカルタ〜ソウル〜ジャカルタの往復に使えると言いました。12月22日、わたしはソウルの韓国航空にフライトのリコンファームを行って12月24日にソウルからジャカルタのフライトに乗ることを確認しました。韓国航空側はすべて問題なしと言い、問題があるようなことはなにひとつ言いませんでした。
12月24日にソウル国際空港でチェックインしたところ、カウンター職員はわたしたちの航空券を見て「この航空券は使えない」と言いました。わたしたちは空港出発ロビーで三時間もその航空券について押し問答し、ついに搭乗時間がきてしまいました。どうすればジャカルタに戻れるのかと尋ねると、カウンター職員はソウル〜ジャカルタの切符を新たに買えば戻れると言います。わたしは強く抗議しましたが、かれらも強情を張って聞き入れようとしません。韓国航空職員は、ジャカルタで買った切符はジャカルタの韓国航空で払い戻しできるのだから、と言いました。
わたしたちは無理強いをされているように感じましたがどうすることもできず、ジャカルタへ戻るために否応なく新しい航空券を買わざるをえませんでした。航空券はひとり988ドルで5人分ですので、4,830ドルという少なくない出費を強いられたのです。その夜はクリスマスイブでしたので、わたしどもはジャカルタにどうしても帰らなければならなかったのです。
ジャカルタへ戻ってからわたしは間を置かずにジャカルタの韓国航空を訪れて航空券の払い戻し手続きを行いました。ところがもう3ヶ月近くも経つというのに、払い戻しはいまだに実行されません。わたしどもは韓国航空に欺かれもてあそばれたように感じています。わたしどもは韓国航空からの払い戻しと事情説明が早急になされるように要求します。何度も海外旅行を行ってきたわたしにとってこれははじめての不愉快な体験です。もしそのときにわたしどもにお金の持ち合わせがなければ、わたしども一家はソウル国際空港で遭難者の運命をたどっていたかもしれないのですから。[ 南ジャカルタ市ポンドッキンダ在住、デウィ・トリスナワティ ]


「外国人バンカーはイ_アの能力認定証が不可欠」(2007年6月19日)
インドネシアの銀行界で働く外国人バンカーは、たとえ国際スタンダードを満たすリスクマネージメント認定証を持っているとしてもそのまま職に就くことはできない。インドネシアの銀行界で働く外国人はリスクマネージメント認定庁(Badan Sertifikasi Manajemen Risiko)が発行する認定証を得ることが絶対条件となる。2010年からインドネシアの銀行界では、インドネシア人経営者および外国人就業者にとってリスクマネージメント認定庁のサーティフィケート取得が個々の職に就任する際に義務付けられる。特に外国人は、外国でどのような認定証を得ていようがインドネシアで受ける試験をパスする保証にはならない。リスクマネージメント認定庁が行う試験はレベルが1、2、3とあり、試験内容の中にはローカルコンテンツがいくつか出題される。問題はインドネシア銀行の規則であったり、インドネシア国内で銀行界に関わる諸事件に関連するものであったりする。たとえばシドアルジョ県ボロン郡の熱泥(ラピンド)問題におけるポテンシャルリスクの計算というような問題が出されるから、外国人バンカーはインドネシアのことを十二分に勉強していなければ試験に通らない。
そのような方向付けは国民系バンカーにとって有利な状況を作り出すために他ならない。このようにすることで今あふれている外国人バンカーの中からインドネシアにとって有用な者をふるいにかけ、そうでない者をインドネシア人と入替えさせることができる。またこのような職業能力認定によって優れた人材はどこの銀行でも即戦力として迎えられることになり、国内銀行界の中でのひとの流通がより盛んになることが期待できる。一方銀行の体質評価の場でも、銀行経営者がどのレベルのサーティフィケートを持っているかというポイントが銀行の健全さを見定める要素となる。リスクマネージメント認定庁は6月2日にジャカルタとデンパサルでバンカーに対する試験を実施し、ジャカルタで3,124人デンパサルで143人が受験した。


「到着時ビザ適用対象が63ヶ国になる」(2007年6月25日)
政府人権法務省は2007年5月28日付で出された2007年大臣令第M.02-IZ.01.10号で到着時ビザ交付対象国が63ヶ国となったことを明らかにした。2007年法務大臣令第M.02-IZ.01.10号は2003年大臣令第M-04.IZ.01.10号の8回目の改定にあたる。人権法務省移民総局のプレスリリースによれば、到着時ビザ恩典供与は特定国国民に対して観光、ソシアル、ビジネス、政府派遣などのための訪問に便宜を与えることを目的としており、インドネシアとそれらの特定国との間で更に互恵的な関係が築かれるのを期待するものである、とのこと。既に63ヶ国となった到着時ビザ恩典供与対象国は次の通り。
南アフリカ、アルジェリア、アメリカ合衆国、アルゼンチン、オーストラリア、オーストリア、バーレーン、オランダ、ベルギー、ブラジル、ブルガリア、チェコ、キプロス、デンマーク、アラブ首長国連邦、エストニア、フィージー、フィンランド、ハンガリー、インド、イギリス、イラン、アイルランド、アイスランド、イタリー、日本、ドイツ、カンボジャ、カナダ、韓国、クエート、ラオス、ラトビア、リビア、リヒテンシュタイン、リトアニア、ルクセンブルグ、モルディブ、マルタ、メキシコ、エジプト、モナコ、ノルウエー、オマン、パナマ、フランス、ポーランド、ポルトガル、カタル、中国、ルーマニア、ロシア、サウジアラビア、ニュージーランド、スロバキア、スロベニア、スペイン、スリナム、スエーデン、スイス、台湾、チュニジア、ギリシャ。
この到着時ビザでは10ドルを支払うことで7日間の滞在、25ドルを支払うことで30日間の滞在が許される。このビザは滞在期間の延長も他のビザへの切り替えも認められない。


「外国人バンカーの就業規制」(2007年6月26日)
インドネシア銀行規則第9/8/PBI/2007号で外国人バンカー雇用に関する詳細規定が定められた。銀行界の外国人労働力利用と知識移転プログラムに関するそのインドネシア銀行規則は2007年6月13日から有効となっているが、その完全実施には3年間の猶予が与えられている。ミランダ・グルトム中銀上級副総裁はこの規則について、内容はたいへん中庸なもので外国人バンカーの就業エリアを完全に制限するものではない、とコメントしている。インドネシア銀行はまず外国人雇用に関する条件を次のように規定した。
1.外国人・外国法人のシェアが25%以上の銀行は、監査役・取締役・エグゼキュティブ・コンサルタント/専門家の職に外国人労働力を利用することができる。
2.外国人・外国法人のシェアが25%未満の銀行は、コンサルタント/専門家の職にのみ外国人労働力を利用することができる。(ただし特定条件においてエグゼキュティブの職に例外措置が適用される機会は残されている)
3.外国銀行支店は、支店経営者およびコンサルタント/専門家の職にのみ外国人労働力を利用することができる。(ただし事前にインドネシア銀行の了承を得ることでそれ以外の職に例外措置が適用される機会は残されている)
4.外国銀行レップオフィスは、事務所長およびコンサルタント/専門家の職にのみ外国人労働力を利用することができる。(ただし事前にインドネシア銀行の了承を得ることでそれ以外の職に例外措置が適用される機会は残されている)
上の四条件についてはいずれも、人事分野およびコンプライアンス分野への外国人の就業を禁じている。同時に外国人を雇用した銀行は外国人バンカーからの知識移転を保証しなければならず、この知識移転の実施はエグゼキュティブとコンサルタント/専門家のひとりひとりに義務付けられ、外国人バンカーひとりに対してふたりのインドネシア人職員を業務随伴者に指名して知識移転の受け皿としなければならない。そして銀行はその知識移転のために業務随伴者への教育訓練プログラムを雇用した外国人バンカーに行わせるとともに、外国人バンカーから銀行職員全般・学生生徒・一般社会人に対する訓練や講義なども一定期間行わせるようにしなければならない。
ブルハヌディン・アブドゥラ中央銀行総裁はこの規定について、これは外国人バンカーの活動を規制することよりもかれらが持っている知識を地元銀行界に汲み取らせるのをメインの目的にしたものである、と語っている。かつていくつかの銀行で外国人バンカーが地元バンカーより圧倒的に多いという現象が発生したことがあるが、その問題を銀行経営者に注意したところいまでは妥当な線に落ち着いている、とも総裁は述べている。


「入国時にパスポートが正式でないと言われる」(2007年6月28日)
2007年4月30日付けコンパス紙への投書"Paspor RI 24 Halaman Bermasalah di Malaysia"から
拝啓、編集部殿。わたしと夫はシンガポールを抜けてマレーシアへのホリデーツアーを楽しもうと計画し、2007年3月16日にジョホールバルでマレーシアに入国しようとしました。シンガポールのイミグレーションではまったく何の問題もなかったというのに、マレーシアのイミグレーションでおかしなことが起こったのです。マレーシアのイミグレはわたしが24ページのパスポートを使っていることを理由にわたしの入国を拒否しました。
イミグレ担当官はわたしに「インドネシアの24ページのパスポートを持っている者はすべて入国を拒否するように」と書かれた通達文書を示し、これはインドネシア政府からの要請にもとづく方針であると説明し、そして「非正式パスポートにより入国を拒否」という文章が拒否理由として記載されました。担当官はさらに、24ページのパスポートでもクアラルンプル国際空港からであれば入国が認められる、とも言ったのです。
インドネシア共和国発行のパスポートは24ページであれ48ページであれ、最初のページに「インドネシア共和国政府は本パスポート所有者の自由な通行を許可しまた必要な保護と援助を与えるようすべての関係諸方面に要請する」と書かれているではありませんか。マレーシアのその方針は本当にインドネシア政府が出したものなのでしょうか?もし本当だとすれば、パスポートの最初のページの文章はどういう意味なのですか?そしてこれまで国民への告知が何もなされなかったのはどうしてなのですか?もしそういうことではなく、その方針がマレーシア政府自身からのものであるのなら、自国民に対してこのような侮蔑を与えた隣国に対してインドネシア政府はどのような姿勢を取るのですか?[ 南ジャカルタ在住、エリサベッ・トビン ]
2007年5月9日付けコンパス紙に掲載された人権法務省移民総局からの回答
拝啓、編集部殿。4月30日付けコンパス紙へのエリサベッ・トビンさんからの投書について説明したいと存じます。インドネシアの24ページのパスポートは正式なものでないので、それを持っているすべての者の通行を拒否するようにという文書を移民総局は一度も出したことがありません。もしそのような文書が出されていれば、エリサベッさんはシンガポールに行くことすらできなかったでしょう。というのは、インドネシアから出国する際にインドネシアイミグレーション職員が出国を拒んだでしょうから。
エリサベッさんの体験されたできごとについて当方は、将来の再発を防ぐために外務省と共同でこの問題をフォローいたします。新デザインのインドネシア共和国パスポート発行に関連して2005年3月23日に「新デザインのインドネシア共和国パスポート使用および未使用ブランク品交換に関する実施規定についての総局長回状第F.PL.03.10-628号」が発行されていることを参考情報としてお知らせします。その回状の中には、24ページの新デザインパスポートは有効期限が3年間で、海外出稼ぎ者のみに発行されると記されています。しかしその回状発行日以前に作成された24ページのパスポートは、一般市民であれ海外出稼ぎ者であれ、そのパスポートの期限満了まで有効であるとも記載されています。[ 移民総局広報課長、S.アンワル ]


「自動車泥棒は不法滞在の外国人」(2007年9月3日)
2007年8月30日、スリランカ人モハマッ・カリム別名マヘス27歳が首都警察サワブサル署に拘留された。警察の発表によれば、このマヘスはブミスルポンダマイに住む実業家ロベル・マヌエル47歳の所有するキジャンイノバを盗んだとのこと。およそ二週間前にロベルはマヘスと知り合い、ふたりの間には共同ビジネスの話が進んでいたらしい。ふたりは何度か会って話をしていたようだが、最後にパサルバル地区で会ったときロベルがトイレに立ったすきにマヘスがロベルの携帯電話とキジャンイノバを盗んで逃走した。
ロベルの訴えで警察がマヘスを捜索したところ、マヘスは東ジャカルタ市オティスタ通りチュンプダッの借家に妻子と一緒に住んでおり、警察はその借家でマヘスを逮捕した。マヘスの妻はインドネシア国籍のイカ・ヘルミナ27歳でふたりの間には1歳半の子供がある。マヘスがインドネシアに入国したのは5年前。当人の自供によれば友人が仕事を紹介してくれるとのことでインドネシアに来たが結局騙されただけで、ビザは受けていたがパスポートと共に無くなってしまった。しかし今ではジャカルタのKTP(住民証明書)を持っている。
警察はインドネシアでの在留資格についてマヘスの案件を移民局で調べてもらうことにしている。それとはべつに、マヘスは窃盗の罪で刑法典第362条の違反を問われることになり、入獄5年の罰が与えられるだろうと警察は述べている。


「不遜なシンガポール移民局」(2007年9月11日)
2007年9月5日付けコンパス紙への投書"Kesalahan di Imigrasi Singapura"から
拝啓、編集部殿。わたしは友人と一緒にシンガポールへ休暇に出ました。マレーシアにいたので、シンガポールへは2007年6月2日にマレーシア鉄道で入りました。2007年6月3日午前7時にシンガポールのチェックポイントで入国手続きを行ったところ、シンガポール移民局職員はわたしのパスポートに2007年5月3日のスタンプを捺したのです。この間違いが故意になされたのかそれとも単なるヒューマンエラーだったのかはよくわかりません。そのときわたしは残念なことに、スタンプの日付までチェックすることはしませんでした。それがわかったのはシンガポールのマレーシア鉄道駅に到着してからでした。マレーシア鉄道職員は親切にもさっきのチェックポイントまで無料で列車に乗せて連れて行ってくれました。ところがシンガポール移民局側はそのミス処理の責任を全うしようとしないのです。シンガポール移民局ビルへ行く交通の便がないために、わたしはそんな小さいミスの処理のために半日を費やさなければなりませんでした。そのスタンプミスのためにわたしのシンガポールでの休暇予定は目茶目茶になってしまいました。シンガポール側は無駄に費やされた時間を補償してくれるどころか、駅までわたしを送ることすらしないのです。せいぜい移民局ビルを出るところまでしか送ってくれませんでした。これはわたしのパスポートがインドネシアのものだったからなのでしょうか?これはインドネシア国民のナショナリティに関わる問題です。インドネシア民族のひとりとしてわたしはシンガポール移民局の扱いをたいへん不愉快に感じています。[ ボゴール県ジョンゴル在住、アディ・アリヤント ]


「タンジュンプリウッ港で外国人がスパイ容疑で逮捕される」(2007年9月20日)
北ジャカルタ市タンジュンプリウッ港第1ラインエリアの中をターゲットにしてスパイ活動を行っていた容疑で香港国籍者イウ・ファイが当局に逮捕された。タンジュンプリウッ港第1ラインエリアは港湾と船舶の保安に関する国際条約ISPSコードに従って一般者の立ち入りが禁止されており、ついしばらく前にISPSコード遵守のオーディットが米国沿岸警備隊派遣職員によって実施されたばかり。タンジュンプリウッ港運営国有会社ペリンド?のポートファシリティセキュリティオフィサーは、「当方は容疑者が不審な挙動を示していたために第1ライン地区でスパイ活動を行っていた疑いで逮捕することを決断した」と語っている。容疑者は取調べのために海洋海岸監視ユニットタンジュンプリウッ港事務所に連行され、取調べが終わったあとそのままタンジュンプリウッ港移民局事務所に引き渡された。
報告によれば、香港籍パスポート番号HA0380664を持つイウ・ファイはアラス監視ポストで個人入場パスを購入してから第1ライン埠頭エリアに入り、そこで第101・102・113・114番埠頭の様子や荷役活動の状況を写真撮影していたとのこと。海洋海岸監視ユニット統制保安課長は容疑者の行動が国際航路船舶にとって危険をもたらす性質のものだったかどうかとの質問に対してコメントを避けた。ペリンド?タンジュンプリウッ支社広報担当は、第1ラインエリアに入ることが許されるのは港湾荷役活動に関係を持つ者だけである、とコメントしている。そのために第1ライン入場ゲートには警備員が配置されており、入場パスのチェックを厳重に行っているとのこと。


「インドネシアで働いていたから出国時に税金を納めろ」(2007年10月4日)
2007年7月25日付けコンパス紙への投書"Tawar-menawar di Imigrasi Bandara Soekarno-Hatta"から
拝啓、編集部殿。2007年6月2日、わたしは日本国籍の同僚とふたりでスカルノハッタ空港からシンガポールへ出国しました。チェックイン、出国フィスカル支払い、フィスカル検査窓口など手続きはすべて順調に進みましたが、イミグレーションの出国審査窓口で問題が起こりました。わたしと同僚は順番にならびました。イミグレ担当官は同僚に、インドネシアで働いているから税金を納めるようにと言いましたのでわたしは担当官に、同僚がインドネシアに来たのはビジネス訪問であり滞在期間も一月半くらいしかない、と説明しました。するとその担当官は同僚の滞在許可カードを示し、声の調子を荒げぞんざいな口調で「この者は暫定居住許可(Izin Tinggal Sementara)を所有しているのでインドネシアで働いているに決まっている。」と言いました。会社は同僚の労働滞在関係手続きをすべてサービス業者を使って行っているので、わたし自身はその暫定居住許可というのがどのような意味合いなのかよくわかりません。
わたしがもっと詳しい説明を求めるとその担当官は、この滞在許可カードは2ヶ月有効で帰国の際には税金1百万ルピアと共に空港のイミグレーション担当官に返却しなければならないものだと言い、また移民局事務所や移民局監視官に確認に行ってもよい、とも言いました。およそ10分ほどわたしたちを調べてからその担当官は態度を少しやわらげ、金額を半分にして義務を軽減してやってもよい、と言います。わたしは外国へ行くのがはじめてで、おまけに搭乗時間も迫っていたので困ってしまいました。そのときわたしが持っていたルピア現金は30万ルピアしかなく、最終的にイミグレ担当官はその金額でわたしたちを放免しました。わたしは規則がそんな風にタワルムナワルで変えられたことにいまだに不思議な思いが消えません。[ プカンバル在住、イアン ]
2007年7月31日付けコンパス紙に掲載された移民局からの回答
拝啓、編集部殿。2007年7月25日付けコンパス紙に投書されたスカルノハッタ空港でタワルムナワルが行われたというイアン氏の問題について説明いたします。暫定居住許可(Izin Tinggal Sementara = ITAS)を所有する外国人が出国する場合、出国してインドネシアには戻らず次回は新しいビザで入国するというケースでなければ再入国許可が取得されていなければなりません。インドネシアを出国するITAS所有者で再入国許可を得ている者は定められた場所で出国フィスカルを納めなければなりません。出国フィスカル納税を調べる権限は大蔵省のフィスカル担当官が持っており、移民局にはそれを調べる権限も義務もありません。つまり出国者が出国フィスカルを納税しなければならないかどうかを決めるのはフィスカル担当官の職務に属すことであり、移民局担当官の職務はインドネシアに入出国する者の書類や条件など入出国管理に関わる一切を審査することです。イアン氏の同僚が6ヶ月未満のITASを用いていたのなら、インドネシアを去る前にすべての書類を国に返却しなければなりません。
移民局職員のプロフェッショナリズムを高めるために、誉められない行為を行った移民局職員に対して当方は厳格な取調べと処分を行うことにしています。今回の事件をフォローするために当方はイアン氏に情報を提供していただけるよう要請します。当方が必要な情報は、その不愉快な体験をされた同僚のアイデンティティ、その恥ずべき行為を行った移民局担当官の右胸に付けられた名札に記されていた名前、事件が起こったのは朝・昼・夜のどの時間帯だったのか、ということです。さらに当方からより詳しい説明を差し上げられるよう、イアン氏の住所と電話番号も必要です。当方への連絡は携帯電話番号081310450466もしくはファックス番号(021)5507187にどうぞ。[ スカルノハッタ空港イミグレーション事務所長、ドディ・ウィボウォ ]


「服の下に着込んだ胴衣に密輸携帯電話120個」(2007年10月10日)
10月1日夜、台北から香港経由でジャカルタに到着した中華航空乗客のひとりが不審な挙動を示しているのにスカルノハッタ空港税関職員が気付いた。身体の動きに滑らかさがなく、動作がぎこちない。最初は病人かと思ったが、顔色はそんな兆候を少しも示していない。その乗客の動きに注意を向けていた職員は結局その乗客に同行を求めた。歩き方もたどたどしいその乗客を税関取調べ室に連れて行き、着ていたジャケットを脱がせたところ、その下からポケットだらけの胴衣が出てきた。そしてそのポケットのすべてに携帯電話が入っていたのである。数をかぞえると120個の旧式携帯電話器がその胴衣から発見された。重さはしめて10キログラム。
重い目をしてジャカルタまでやってきた運び屋の努力は水泡に帰したわけだが、普通密輸入される携帯電話器は最新型のほうが多い。そのほうが当然市場価値は高くそれだけ儲けも大きくなるというのに、どうして旧型ばかりを・・・・?空港税関職員は、どうやらその運び屋はモルモットでもあったらしい、と見解を語る。シンジケートはそんな時代がかった手口がインドネシア税関の目をくらませるかどうかをテストするつもりだったようだ。だから失敗したときに出るロスを小さくしようと考えたにちがいない。「甘く見てもらっちゃ困る。」空港税関職員はそんな顔つきをした。
スカルノハッタ空港税関はそれ以外にもここひと月ほどの間に押収した不法輸入品について記者発表した。乗客手荷物の中から発見されたもの、航空貨物の中に隠されていたもの、虚偽通関申告までさまざまで、物品は携帯電話器3,238個、中国産化粧品医薬品が10,594キログラム、そして数十丁の銃火器レプリカ・エアーソフトガン・収集家向け骨董品ライフルなど。銃火器の大半はアメリカ製で、香港からの乗客が持ち込もうとしたものであると報告されている。


「アメリカ大使館でビザ申請プロセスに変更」(2007年10月23日)
在ジャカルタアメリカ合衆国大使館領事部は、非移民用ビザ交付手続き内のインタビューアポイントメントがオンラインで行えるシステムを2007年11月1日から開始する、と発表した。このオンラインシステムでは、当日から将来三ヶ月間領事館側が応対可能な日時が表示され、希望者がその中から希望日時を選択すると短時間のうちに確認がもらえる。「ほんの10分間で完了する」と総領事は述べている。また一度取得した日時の変更も可能とのこと。
ビザ取得希望者はURL< http://jakarta.usembassy.gov/ >を開いてビザ申請フォームに記入し、大使館への登録を行うとコード番号が与えられ、それを用いてインタビュー日時を選択する。さらにインタビュー希望日時が了承されたという確認書をプリントアウトしておき、インタビュー当日にその確認書を持ってジャカルタのアメリカ大使館を訪れるというステップになる。インタビュー時に持参しなければならないものに注意し、それを忘れないように、と総領事は念を押している。
2007年10月31日までインタビューアポイントメントは電話もしくはEメールで行われるが11月1日からは百パーセント新システムに切り替わる。このオンラインシステムは24時間稼動であるためビザ受給希望者にとってメリットは大きい。遠隔地の居住者にとって長距離電話料金の節約になり、また時間の制限もなくなるし、何より電話がかかりにくいという苦情の多い今の状況から免れることになる。ただしインタビューアポイントメント方式が変わったからといって、ビザ発給が保証されるわけでないのはこれまでと同じだ、と総領事は釘を刺している。インドネシアからは毎年6万人がアメリカ合衆国入国ビザを申請している。


「出国フィスカルは2010年に廃止」(2007年10月31日)
国会第11委員会がバンテン州の業務視察を行った際にスカルノハッタ空港運営国有事業体アンカサプラ?が報告した出国者数と国税総局出国フィスカルユニットが報告した徴収金額の間に大きい差異が発見されたことから、同委員会は2004年〜2006年のスカルノハッタ空港で出国フィスカル徴収漏れが1兆ルピアも発生している可能性がある、と指摘した。国税の徴税報告では出国フィスカル収入7.75兆ルピアとなっているが空港運営会社データでは875万人がその期間に出国したとされており、1百万人分の出国フィスカル単価1百万ルピア総額1兆が取りこぼしになっていることを疑わせるものだというのが国会側の主張。
それに関してダルミン・ナスティオン国税総局長は、スカルノハッタ空港における出国フィスカルの水漏れはありうることだ、と認めた。「スカルノハッタ空港には数多くの政府機関が関わっており、フィスカルを納めないで出国する者が出る可能性は高い。実際に水漏れはあちこちで起こっている。その1兆ルピアは2004年から2006年までの3年間で発生したもののようだが、フィスカル徴収と出国者数の差異は2004年18%、2005年12%、2006年5%と推移しており、状況の改善努力は払われている。しかしその差をゼロにするのは不可能だ。その理由は、芸能使節・外交官・ハジ・TKIなど自動的にフィスカル免除対象となっている者や申請によって免除される者など出国フィスカル免除恩典を与えられている階層が存在するためだが、そうでないケースもありうる。たとえばアンカサプラ?は空港施設利用サービス料金をチェックインの際に徴収し、それは出国者として報告される。しかしその者が出国フィスカルを納める前に出国を取り止めれば、その数字の差がひとつ増加する。そのような状況をベースにして政府は改定PPh(所得税)法案の中で2010年に出国フィスカルを廃止するよう提案している。これは出国フィスカルが所得税の前納であるため納税者の年次納税金額から控除できるのに対してフィスカル徴税管理がややこしいということや、この制度で国民の海外旅行意欲を低めて外貨流出を小さくしようという方針が今の時代にふさわしくなくなっていることなどが考慮された結果だ。」国税総局長はそのようにこの問題に関する見解を述べている。
国会第11委員会のドラジャッ・ウィボウォ議員は、「監視が複雑で所得税の一部であるために税収増効果のあまりない出国フィスカルは廃止してかまわない。このような制度は国民のすべてがNPWP(納税者番号)を持ち所得税納税を遵守する環境ではじめて効果を持つ。」と語っている。


「難民が都内に家を借りて居住」(2007年11月13日)
ルバランをはさんで帰省の波と帰省逆流の波のボリュームを比べると、逆流のほうが毎年多くなっている。これは故郷に帰省した上京者が自分の弟妹や親戚の者を新規上京者として首都に連れてくるために起こっている現象。都庁はそんなアーバン現象を少しでも抑止しようとして毎年ルバラン明けの時期になると上京者一斉手入れを行っている。operasi yustisiと命名されているこの一斉手入れで今年は1,140人が摘発された。
首都ジャカルタはもちろん閉鎖都市ではないし、インドネシア国民に移動の自由が保障されていないわけでもない。しかし就職のあてもないのにどんどん上京してきてくれても困る、というのが首都行政をあずかるひとびとの本音だろう。でどうするかと言えば、職場を手に入れており住むところもある者はかまわないが、そうでない者は故郷に強制送還するという対応となる。都庁が東西南北中央のジャカルタ5市で11月8日までに摘発した1,140人のうち211人は、ジャカルタのKTP(住民証明書)を持っておらず仕事場もなくはっきりした居所がないため、故郷への強制送還措置が与えられる。
この一斉手入れでは都内の簡易居住施設が集中している地区をジャカルタ各市の市民登録住民管理局職員が戸別訪問して居住者の身元確認を行い、常時携帯が義務付けられているKTPを呈示できなかったりジャカルタのKTPを持っていない者がしょっぴかれることになる。中央ジャカルタ市ではスネン地区、北ジャカルタ市ではパドゥマガン地区、西ジャカルタ市はチュンカレン地区、南ジャカルタ市はチランダッ地区、東ジャカルタ市はプロガドン地区が一斉手入れの対象とされた。
1,140人中676人に対して簡易裁判が行われ、軽犯罪罰金としてひとり1万5千〜5万ルピアの罰金が課されたがかれらは住居を保証する者がいるため強制送還措置から免れた。464人は自宅にジャカルタのKTPを置いてあるとの理由を主張したので、簡易法廷はそのKTPを法廷に提出するよう命じた。強制送還の211人はまず西ジャカルタ市クドヤにある社会保護院に収容されたあと、特別仕立てのバスに乗せられて西ジャワや中部ジャワの故郷に送還されることになる。
ところでこの一斉手入れの中で外国人が三人しょっぴかれた。この三人はアルジェリアとイラクの国籍で、かれらは身分を示すものとして国連難民高等弁務官事務所が発行した証明書を呈示したために難民であることが判明したが、キャンプにいなければならない難民がいったいどのようにして首都の中に家を借りて住んでいるのか当局者は首をひねるばかり。首都市民登録住民管理局はかれらの処遇を外務省に委ねたため、その後の顛末は不明。


「スカルノハッタ空港に全身スキャンタイプ透視機設置」(2007年11月24日)
2007年末までにスカルノハッタ空港にエントリースキャンタイプのX線透視機を設置すると運通省が公表した。この透視機はバグダッドで米軍がグリーンエリアにおける保安監視に使っているものと同じで、言うまでもなくインドネシアでははじめて設置されるもの。この透視機は通過する人間をCTスキャンのようにそのまま透視できるため、衣服の下に隠した銃器・薬物・爆発物などを容易に発見することができる。空港管理当局はインドネシア第一級国際空港の保安レベルをさらに高めるものだ、とコメントしている。


「空港で食品が押収される」(2007年11月26日)
2007年10月10日付けコンパス紙への投書"Madu di Bandara Palembang"から
拝啓、編集部殿。タイからクアラルンプル経由でパレンバンに到着したとき、わたしの7人の兄妹のために買ってきたビン入り蜂蜜6本が農業省農業検疫庁の職員に取り上げられてしまいました。その蜂蜜は昔からよく買っていた種類のもので、わたしはガイドの仕事をしているのでそのような蜂蜜をよく土産に買うのです。わたしの蜂蜜が取り上げられた理由としてその職員は、タイ保健局が発行した証明書がなければならない、と言いました。一週間後わたしはまたタイを訪れたので証明書を発行してもらおうと考えました。ところがSKハニー側は、有害なものは含まれておらず政府の監督下に作られているから安全だという説明を繰り返すばかりです。タイのスワルナブミ空港でわたしはビン入り蜂蜜を2本買い検疫窓口職員に証明書を求めました。しかし、その品物に検疫証明書はいらない、とかれらは言うのです。
パレンバン空港でタイから着いたばかりの乗客の荷物を検疫職員が取り上げる理由はたいへんこじつけっぽい感じがします。その決まりはパレンバンでだけ行われているのでしょうか?なぜならたまたまタイ観光局が宣伝していることもあってその蜂蜜をスラバヤやジョクジャからのグループも買っていたからです。その蜂蜜はインドネシア以外のほかの国へも売られているし、家までそのまま持ち帰ることができるそうです。
パレンバン空港から出発する地元や外国の観光客の中で、空港内で買った蜂蜜や乾し肉あるいは切花などを検疫職員に取り上げられているひとは少なくありません。国内や外国の観光客を当惑させ損失を与えるような規則を実施しないよう関係当局の注意を要望します。[ パレンバン在住、アリ ]
2007年10月18日付けコンパス紙に掲載された農業省農業検疫庁からの回答
拝啓、編集部殿。10月10日のコンパス紙に掲載されたアリさんからの投書に関連して、パレンバン空港で農業検疫職員が行った入国者の手荷物検査について説明したいと存じます。この検疫措置は外国から動物あるいはその二次産品に付着して有害な病菌が国内に入るのを防ぐためのものであり、蜂蜜も伝染媒体として例外ではありません。動物やその二次産品を持った入国者はそれを届け出なければならず、その検査が終わらなければそれを国内に持ち込むことができません。そのために入国者は原産国の保健証明書を用意してそれと一緒に動物やその二次産品を農業検疫職員に提出します。検疫手続きの規準に基づけば、入国者が検疫職員に届け出て蜂蜜等の対象物品を委ねると検疫職員はまず証明書の合法性や委ねた物品の数量があっているかどうかを調べます。そのあと物品の衛生検査が実施され、そのときに病菌が発見されたら物品は差し押さえられます。病菌に汚染されているという検査結果の確定がなされたら、その物品は国内持込が禁止されて廃棄処分を受けます。反対に検査の結果なにも問題ないことが確定すれば、検疫職員に委ねられた物品の国内持込が許可されます。動物保健証明書は原産国の検疫機関や他の政府機関あるいはその生産者が発行するもので、原産地や製造プロセス内容、あるいは食品については食用に問題ないといった表明がそこに記されます。
インドネシア人も外国人も、実に多くの入国者が持ってきた動植物検疫対象品の届出を行っていません。アリさんには規定をすべて満たした上でパレンバン動物検疫事務所に連絡するようお勧めします。[ 農業省農業検疫庁協力広報部、スワルディ・スルヤニンラ ]