インドネシア交通情報2008〜09年


「未給油旅客機が滑走路に向かった?!」(2008年7月1日)
2008年2月15日付けコンパス紙への投書"Garuda Lupa Mengisi Bahan Bakar?"から
拝啓、編集部殿。2008年1月31日、わたしどもはガルーダ航空GA412便でジャカルタからデンパサルに飛びました。ジャカルタ出発予定時間は17時10分でしたが18時15分に出発時間が延期されました。出発時間が遅らされたというのに、その変更アナウンスには一言のお詫びもありません。他の航空会社はみんなお詫びを言っているのですから、ガルーダにはきっと出発遅れが当たり前のことなのでしょう。しかしそのあとで起こったことに比べれば、そんなことは実に些細なことでしかありませんでした。飛行機が滑走路に向かって動き出したあと、突然エプロンに戻らなければならないというアナウンスが出されたのです。しかも何の説明もなく。エプロンに戻って15分くらいたってから、乗務員は乗客に向かって「給油中なのでシートベルトを外すように」とアナウンスしました。
そのアナウンスを聞いた乗客はみんな顔を見合わせるばかりでした。滑走路まで動いてからまたエプロンに戻って給油をするなんて、わたしどもには考えも及ばないことです。もし飛行機がそんな状態で飛び立ってから燃料が足りなくなったらどうするのですか?道中にガソリンスタンドでもあるのでしょうか?これはガルーダ航空が真剣に考慮しなければならないとても異常なできごとだと思います。[ 南ジャカルタ市クバヨランバル在住、ベルリン・スンビリン ]
2008年2月28日付けコンパス紙に掲載されたガルーダ航空からの回答
拝啓、編集部殿。2008年2月15日付けコンパス紙に掲載されたベルリン・スンビリンさんからの投書に関して、ベルリンさんの不愉快な体験に陳謝申し上げます。あのときGA412便は座席番号1Fのパッセンジャーシーリングユニットに故障が生じたためエプロンに戻らなければなりませんでした。乗客の快適さを重視したパイロットがその故障を修理するためにエプロンへ戻ることを決断したのです。修理にはかなりの時間がかかり、その間燃料の一部を消費してしまった飛行機は再度出発する前に燃料の再補給を余儀なくされました。その飛行機が給油をし忘れたということではありません。[ ガルーダインドネシア企業セクレタリー、プジョブロト ]


「航空会社の乗客補償が9月から始まる」(2008年7月1日)
航空会社が運行遅延を起こした際の乗客に対する補償提供義務付けは2008年9月から開始される。航空運送運営に関する2008年運通相規則第25号に規定された補償の義務付けは3ヶ月の猶予期間内に空運業界と消費者に広報告知が行なわれてから実施されることになる、と運通省空運総局長が表明した。運通相規則第25号は2008年6月20日に制定されている。
2008年9月から空運会社は技術的なトラブルで出発時間が予定から遅れた場合、まず乗客に運航遅れを通知したあと乗客に補償を提供しなければならない。その補償は、遅延が30分から90分までの間は軽食や飲み物などリフレッシュメントを無料提供すること、遅延が90分から180分までであれば食事を提供するか次のフライトに収容するか、それとも別会社のフライトに乗せるよう斡旋する。遅延が180分を超えるなら、上の補償に宿泊が追加される。
空運総局長は、その大臣決定内容編成の際に空運業界と内容を十分協議して決定したため、業界からの抵抗や反対はまったく起こってない、と言う。国民系空運業者の団体であるINACAは、会員会社の中で運航遅延に対する補償提供をすでに始めた会社はいくつかある、と語っている。ただしその内容にはバリエーションがあり、今のところはその航空会社の能力に即した内容が行われている。IATAでも会社側の原因で遅延が起こった際の乗客補償が定められているが、それ以外の原因で起こった遅延は補償義務がない。それは運通相規則とまったく同じであるとの弁。

「バンダリズムは自動車にも乗る」(2008年7月17日)
2008年3月15日付けコンパス紙への投書"Lampu Kendaraan Bermotor di Jakarta Kacau Balau"から
拝啓、編集部殿。無灯火で夜間走行したり、バックランプにまぶしい白色灯をつけて走っているオートバイが最近増加しているように思えます。街中をそんな状態でぶっ飛ばし、ヘッドライトも点けず、おまけに道路を逆走さえしているのですから、かれら二輪ドライバーの頭の中はいったいどうなっているのでしょうか?
かれらはそんなかっこうで取締り職員の前を右往左往しているというのに、お役人たちはかれらに何もしないのです。四輪車にもまぶしい白色ランプを上向きにして対向車にめつぶしを食らわせる者がたくさんいます。対向車の運転者は一秒の何分の一ほどのあいだ目が見えなくなるので、事故が起こるかもしれません。二輪四輪自動車のライトに関する法規はないのですか?自動車は対向車の安全などお構いなしに好き勝手な明るさの光を他人に照射してもよいのですか?二輪車は、夜間にランプを点けず、道路を逆走し、ぶつかったら何がどうあろうと相手が悪いと難癖をつけてくるのが許されるようにいつからなったのですか?
道路利用者には交通法規を遵守させて違反には厳格に対応するよう関係当局にお願いします。自動車の灯火使用はいろいろな新しいものが付け加えられて、もう無茶苦茶になっていますので。[ ジャカルタ在住、リダリニ・マリンカ ]


「道路交通事故補償金」(2008年7月22日)
2008年2月26日付け道路交通事故ファンド強制掛金と補償金に関する大蔵大臣規則第36/PMK.010/2008号には次のような内容が定められている。
*道路交通事故被害者あるいはその遺族は補償金を受け取る権利を有しており、その金額は次の通り。
a)死亡の場合: 25,000,000ルピア
b)恒久的後遺障害: 1965年政令第18号第10条(3)項に定められたパーセンテージを死亡補償金にかけたもの
c)治療を必要とする場合: 医師による治療ならびに看護の費用を最高10,000,000まで補償
d)死亡した被害者に遺族がいない場合、その死亡者のために埋葬を行なった者は2,000,000ルピアの埋葬金
*道路交通事故ファンドの掛金は道路運送交通機関のオーナーあるいは事業者が次のように納付しなければならない
a)50cc未満のオートバイ・救急車・霊柩車・消防車は納付義務が免除される
b)トラクター・ブルドーザー・フォークリフト・レッカー車・パワーショベル・クレーン等: 20,000ルピア
c)50ccから250ccまでのオートバイ・スクーター・原付自転車及び三輪自動車: 32,000ルピア
d)250ccを超えるオートバイ: 80,000ルピア
e)2400ccまでのピックアップトラックや貨物車、セダン・ジープや公共運送機関でない乗客運搬車: 140,000ルピア
f)1600ccまでの公共運送用乗客運搬車: 70,000ルピア
g)公共運送用でないバス・マイクロバス: 150,000ルピア
h)1600ccを超える公共運送用バス・マイクロバスやその他乗客運搬車: 87,000ルピア
i)トラック・タンク車・牽引車・2400ccを超える貨物車・コンテナトラック等: 160,000ルピア
上の車両はファンドカード作成費として1台ごとに3,000ルピアが徴収される。
補償掛金は毎年再認証日あるいはSTNK作成・更新日までに納付されなければならない。
期限日までに納付されなかった場合は10万ルピアを限度として100%の罰金が課される。


「公共運送機関乗客のための事故補償金」(2008年7月23日)
2008年2月26日付け陸上・河川湖沼・渡海フェリー・海上・航空の公共運送機関乗客交通事故ファンド強制掛金と補償金に関する大蔵大臣規則第37/PMK.010/2008号には次のような内容が定められている。
*陸上・河川湖沼・渡海フェリー・海上の公共運送機関に乗っている際に遭遇した事故の被害者あるいはその遺族は補償金を受け取る権利を有しており、その金額は次の通り。
a)死亡の場合: 25,000,000ルピア
b)恒久的後遺障害: 1965年政令第18号第10条(3)項に定められたパーセンテージを死亡補償金にかけたもの
c)治療を必要とする場合: 医師による治療ならびに看護の費用を最高10,000,000まで補償
*航空公共運送機関に乗っている際に遭遇した事故の被害者あるいはその遺族は補償金を受け取る権利を有しており、その金額は次の通り。
a)死亡の場合: 50,000,000ルピア
b)恒久的後遺障害: 1965年政令第18号第10条(3)項に定められたパーセンテージを死亡補償金にかけたもの
c)治療を必要とする場合: 医師による治療ならびに看護の費用を最高25,000,000まで補償
*死亡した被害者に遺族がいない場合、その死亡者のために埋葬を行なった者は2,000,000ルピアの埋葬金が与えられる。
*陸上・河川湖沼・渡海フェリー・海上・航空の公共運送機関乗客はその利用の都度強制掛金を納めなければならない。
a)公共運送用自動車を利用する場合: 60ルピア
b)公共運送用鉄道を利用する場合: 120ルピア
c)公共運送用河川湖沼交通機関を利用する場合: 利用料金2千5百ルピアまでは100ルピア、2千5百ルピアを超えるものは200ルピア
d)公共運送用渡海フェリーや客船を利用する場合: 利用料金2千5百ルピアまでは100ルピア、2千5百ルピア〜5千ルピアは200ルピア、5千ルピア超〜1万ルピアは400ルピア、1万ルピア超〜2万5千ルピアは800ルピア、2万5千ルピアを超えるものは2,000ルピア
e)公共運送用航空機を利用する場合: 5千ルピア
  対象は自国航空会社が運航する国内線フライトに限られる。 


「トラベル業界が突然間引き運行」(2008年7月28日)
トラベル(travel)と市場で呼ばれている首都圏とバンドンを結ぶ乗合い運送機関に異変が勃発している。トラベル市場は数十年も昔から続けられてきた旅客運送ビジネスで、昔は家まで迎えに来て乗客を集め、到着先でも希望する場所に降ろすという乗降場所の一定しないサービスが好評だった時期もあるのだが、最初に乗った乗客は他の乗客がそろうまで街中をぐるぐる回って時間をつぶされるという待遇を甘受しなければならず、交通渋滞がひどくなってくると乗車時間がむやみに長くなるという弱点を持っていた。
ジャカルタ〜バンドン間が166キロの自動車専用道路でつながって以来、首都圏とバンドンの固定した場所にそれぞれプールを置いて定刻に出発するというビジネスパターンをエックストランス(X-trans)が開始してからトラベルビジネスは一気に活性化して、国鉄パラヒヤガン急行の乗客が激減するという結果をもたらした。今や首都〜バンドン間トラベル市場はエックストランス、チパガンティ(Cipaganti)、バラヤ(Baraya)の大手三社が三つ巴の混戦を繰り広げている。
ところが各プールからさまざまな到着先プールにほとんど毎時1本の出発便が運行されていたにもかかわらず、先週突然大幅な間引き運行がはじまったために利用者の多くは何が起こったのかと面食らう姿が随所で見られた。これは各トラベルが使っている11人(含運転手)乗りマイクロバスのナンバープレートに関係しており、つまり運送事業用車両は黄色ナンバープレートが義務付けられているにもかかわらずトラベル各社は一部黒色ナンバープレートの車両を使っていたため、警察と地元行政府が非合法運送車両の摘発押収を実施したことからトラベルビジネスがてきめんに手持ち車両不足に直面したあげくの間引き運行であったことが明らかになった。トラベル各社はその運送事業に黒色プレート車両を使っていたことについて、事業拡張の必要性から車両台数を増やして黄色プレートを申請するものの黄色プレートが交付されるまでにあまりにも長い時間がかかるため、当座の対応としてそのようにしていた、とその違反行為を説明しており、行政の非ビジネス寄り姿勢が非合法ビジネスの発生をあおって国民総犯罪者化の下地をなしている実態を言外に批判している。
旅客運送事業は政府の細かい監督下に置かれており、事業認可の取得、使用車両の性能承認、固定運行ルートの設定、消費者向け公定料金設定、乗客保険加入義務付けなどの諸条件に従わねばならず、それらの承認を得て車両に黄色ナンバープレートが与えられる。一方、たとえばレンタカー事業は車両の賃貸であるため、インドネシアで一般的な運転手付きレンタカーは現象的にタクシー事業にそっくりなのだが本質論的にそれに該当せず、従って黄色ナンバープレートの対象にはならない。スカルノハッタ空港でも到着ホールにはタクシー会社の中に運転手付きレンタカーをオファーするところもあり、ゾーン制固定料金が使われているため目的地の地理的位置や交通渋滞状況如何ではタクシーを使うより廉くなることもある。加えてほとんど新車が使われているから、その快適さはタクシーの太刀打ちできるものではないようだ。


「高級タクシー業界で競争」(2008年7月29日)
これまでブルーバードグループの独壇場だったエグゼキュティブタクシー市場にコンペティターが参入してくる。ブルーバードグループはシルバーバードとゴールデンバードというふたつのサービスカテゴリーを用意してハイクラスなタクシー運送サービスを提供してきた。シルバーバードは750台のセダン車、ゴールデンバードはセダンとバンタイプの両方を用意している。料金は初乗り6千9百ルピアで走行キロメートル当たり3千7百ルピアとなっている。
ブルーバードグループ広報担当によれば、エグゼキュティブタクシーは中高所得層をターゲットにしており、この階層は快適さを得るために支出をあまり惜しまないのが一般的なビヘイビアであるとのこと。このセグメントに参入してくるコンペティターはPT Rajawali Corporationで、現在はExpress Taksiを平常タクシーのセグメントで運営している。同社はエグゼキュティブタクシーセグメントにバンタイプ乗用車を使用する計画とのことで、シルバーバード側はその相手が真っ向からバッティングするものではない、とコメントしている。ラジャワリ経営陣のひとりは新ビジネスの開始について、監督機関からの認可がまだ下りていないために開始時期が確定しない、と語っている。


「パダン行き航空運賃が5倍増」(2008年8月11日)
ジャカルタ〜パダン間の旅客航空運賃が往時から5倍増になっている。かつては片道30〜40万ルピアだったものが今では200万ルピア。この異常な値上がりは言うまでもなく需給関係を如実に反映したものだ。2008年はじめごろにアダムエアーの運航停止があり、それで減少した輸送能力を他社が埋め合わせることをしなかったことから大幅な供給不足が発生した。このルートを運航している航空会社はエアエイシア、スリウィジャヤ、バタビア、ライオン、ガルーダで、かつてバタム〜パダン航路を飛んでいたムルパティは運航を中止している。
アダムエアーは運航停止前に一日三便をこのルートに飛ばしていたため、一便160席として一日4百人以上の座席不足が発生するようになった。ひと月では1万席を超える。そのルートを飛んでいる他の航空会社に入る予約が急増するようになり、市場は一気に売り手市場となって航空券料金相場がうなぎ登りになったというのがこの現象らしい。西スマトラ州商工会議所会頭はこの現象について、需給関係が相場を引き上げる一方で、政府が定めている公共運送料金上限を守らせようとする力が厳格に働かなかったことがこの異常な料金の原因だと分析している。会頭はガルーダ航空に対して増便の要請を発したものの、ガルーダ側はその余裕がないとして色よい返事を出していない。西スマトラ州観光局長も、観光客誘致の足を引っ張っている航空運賃の高騰に頭を痛めている、ともらしている。


「首都のタクシー料金が9月に上がりそう」(2008年8月13日)
2008年6月に都知事決定書第51/2008号で定められたタクシー公定料金に従っていないタクシーは多数にのぼる。それらのタクシーは、旧料金を維持することで消費者のタクシー離れを防ぐほうが料金をアップして上がったガソリン代を埋め合わせるよりもメリットがあると考えているためだ。しかし都知事決定書は公定運送料金の上限下限を定めており、最新料金の下限が旧料金を超えてしまっているため、旧料金維持は都知事決定に対する違反となる。ちなみに最新の都知事決定によれば、タクシー料金は上限が初乗り6,000ルピア、キロ当たり3,000ルピア、スタンバイ料金1時間当たり30,000ルピア、下限は初乗り5,000ルピア、キロ当たり2,500ルピア、スタンバイ料金1時間当たり25,000ルピアとなっており、会社所在地をジャカルタにしているすべてのタクシー会社はその料金を上限と下限の間で設定しなければならない。
旅客・貨物運送業者の団体であるオルガンダ(陸運機構)のジャカルタ支部はタクシー業界の料金調整が、都知事決定が出されてから3ヶ月目に入ったというのに依然として完全に守られていない実態を問題視し、9月には規則違反タクシーをなくすようにしたいとしてタクシー会社に対する指導を強めることにした。しかしジャカルタをも営業範囲の中に含めているボデタベッ(ボゴール・デポッ・タングラン・ブカシ)のタクシー会社はジャカルタ首都特別区知事の決定に服する義務がなく、その点で首都のタクシー行政を複雑なものにしている。それについてオルガンダ首都支部長は都庁運通局に対し、それら自治体と協議して同一タクシー料金を実施する方向に持っていってはどうか、と提案している。
オルガンダ首都支部長はタクシー料金問題とは別に都バス問題を取り上げ、運行サービスに不適切にもかかわらず営業している車両が増加しているので、乗客の安全を最優先するために当局はそれら不適切なバスに厳格な措置を取るよう求めた。支部長によれば不適切なバスとは車両性能検定の期限が切れているものをメインに考えており、対象車両はメトロミニ2,031台と大型バス4,578台の合計6,609台にのぼる。この数字は東ジャカルタ市プロガドンにある自動車検定テスト場で得られたデータで、それによれば中型バスメトロミニは5,334台中2,031台、大型バスは5,830台中4,578台が検定期限切れとなっている。この自動車性能検定テストは昔から運送事業用車両だけが対象とされていたが、ここ数年間自家用の四輪車二輪車に対しても実施したいとの行政側の意向が表明されている。とはいうもののその実現にはまだまだ時間がかかりそうな様相を呈しているのが実情だ。
プロガドンの検定テスト場はかつての性能テストなどそっちのけで不法徴収金搾取をもっぱらとしていた時代から脱皮しようとして本物のテスト実施を強化しつつあるものの、こんどは本当にテストを行ったら合格レベルをパスしないものが続出するという事態に変わってきており、かえって現場に混乱をもたらす結果が生じつつある。都バスの多くは、どうせパスしないのだから、と検定テストの受検時期がきてもそれを無視して営業運行しているありさまで、毎日路上を走っている都バスの半分以上が使用不適切なものとなっている。バス会社単位でその状況を見てみると、PPDは2,338台中2,025台、マヤサリバクティは1,711台中1,398台、メトロミニは3,257台中1,314台が不適切なものとなっている。


「ブルーバードタクシーが値上げ」(2008年8月20日)
ブルーバードタクシーグループは今年のルバランまでに都知事が定めたタクシー料金上限タリフまで値上げする。同社代表取締役は、今年10月までに同社のタクシー料金を変更することにしており、ブルーバードタクシーは上限タリフの初乗り6千ルピア、走行料金キロ当たり3千ルピア、スタンバイ料金1時間当たり3万ルピアを適用すると語った。ブルーバードタクシーが上限タリフを用いることについて代表取締役は、こうしなければ同業他社から苦情だらけになるのは目に見えている、と語って国内ナンバーワンタクシー会社の自信のほどを見せつけている。
またシルバーバードは今の初乗り6,900ルピアから17%引き上げるとのこと。シルバーバードはプレミアムタクシーに区分されており、都知事の定めたタクシー料金には拘束されない。先月料金支払にバウチャーシステムを持ち込んだブルーバードグループは、更に今月からクレジットカードによる支払方式を整えはじめた。タクシー車内にエレクトロニックデータキャプチャーを装備し、読取ったクレジットカードやデビットカードのデータをGPRSで転送して処理しようというこの方式はまずシルバーバード車両で開始される。740台あるシルバーバードタクシーのうち3百台がその第一陣となる予定。


「パサル化の進行するスカルノハッタ空港」(2008年8月22日)
徘徊する個人物売り、靴磨き、航空券ダフ屋、タクシー客引き、闇ポーター、不法タクシーなどが跋扈するスカルノハッタ空港はますますパサルかバスターミナルに似てきた。いっときマスメディアで激しく叩かれて航空会社や空港管理者のアテンションが高まると下火になっていた航空券チャロ行為は、大衆が忘れたころにふたたび勢いをよみがえらせている。ここで言うチャロとはダフ屋行為のことである。昔から行われてきた悪事や非合法行為がこの地からなくなることは、国民全員が金持ちになりホモホミニルプス原理を社会が本当に放擲しないかぎりありえないようだ。
国有空港運営会社PTアンカサプラ?スカルノハッタ支社は空港構内がそんな状況になっていることに頭を抱えている。法規ではそれらの行為がすべて非合法とされており、取締りの対象になってはいるのだが、その取締りを実施するのはいったいだれなのかという問題がある。次から次と法規を定めるばかりで、だれがいつどのようにそれを行うのかという問題は100パーセントあなたまかせにする立法者の性格がここにも影を落としていると言えるようだ。
「当方はそれら違反者に処罰を与える権限を持っていない。当方ができるのは、かれらを捕まえて警備員詰所に拘留し、かれらのアイデンティティを記録して持っている売り物などを放棄させ、そしてせいぜい2時間ほど缶詰にしたあげく釈放する程度のことだ。こんなことでかれらが懲りて、二度と空港に来て違反行為をしなくなるなどということはありえない。翌日、必ずまた同じ者が顔を出す。」スカルノハッタ支社長はそう語る。「昔はほとんど毎日警備員と追いかけっこだ。そうして捕まり、何時間か拘留されたあと解放される。次の日はまた商売に来るに決まってるよ。」空港第2ターミナルFエリア駐車場で13年間食物を売っている物売りはそう語る。
かつて闇タクシーの存在が問題にされ、いくら排除を繰り返しても成功しなかったためについに一転して闇タクシーを取り込むという合法化方針に空港当局が鞍替えしたことがある。もちろんかれらを個々に野放しにしておくわけにはいかないため、協同組合を結成させて組合メンバーのみ認めるという体裁を取った。しかし関係者の話によると、いまでは統制が取れないほどメンバーが増え、しかも大勢が組合指導部の指示に従わない状況に至っており、この方針は失敗だったとの声が強い。もうひとつ闇タクシーの横行を活発にさせている要因がある。それはいくつかの会社がレンタカー・ツアーオペレータとして空港内で事業許可を得ていることで、それらの会社が使っている車はふつう黒ナンバー車両になっている。空港当局のデータによれば、スカルノハッタ空港第1第2ターミナルで営業しているそれらレンタカー・ツアーオペレータ会社の使用車両は4百台にのぼっているとのこと。この問題はさらに空港到着ロビー表の車両アクセス路問題に関連してくる。空港建物から表に出たひとは、タクシーやバスなど公共交通機関に乗るのでないかぎり一旦道路を渡って駐車場の乗降場所に移動しなければならない。車両アクセス路に入ってこれるのは軍警VIPなどの公用車か公共運送機関に限られており、一般自家用車はすべて駐車場に入らなければならないことになっている。ところがレンタカー・ツアーオペレータ会社の使う車両はそのアクセス路に入ってきて客待ちをしているのだ。営業用車両だという理由がつけられているものの実態は黒ナンバーの闇タクシーだという見解が関係者の間では常識になっており、公用車でない黒ナンバーの車両がそのアクセス路に入ってきているのは空港当局の自家撞着ではないか、というささやき声があちこちで聞こえている。


「バスウエイ停留所にウオータークーラー」(2008年9月1日)
首都バスウエー停留所でそのまま飲める飲用水のサービスが開始された。2008年8月27日に最初のウオータークーラーが設置されたのは、首都バスウエー第1ルートのカレッ(Karet)とドゥクアタス(Dukuh Atas)、そして第6ルートのパサルフェスティバル(Pasar Festival)の3停留所内。
このそのまま飲める水の水源は停留所周辺の地下水で、将来的には上水道の使用に切り替えられる予定。また水質浄化にはヤマハ浄水器が使われている。このウオータークーラー設置は都庁、トランスジャカルタ公共サービス機関、ヤマハおよびその浄水器ディーラーであるシンシアストアが行ったもので、ヤマハ側はウオータークーラー1台の設置に2千万ルピアの費用をかけている。都庁は2ヶ月間この三ヶ所のウオータークーラー利用状況をモニターした上で、さらに他の停留所にも設置を拡大していくかどうかを決める考え。ちょうど断食月直前に設置されたこの設備は、断食を行っているバスウエー乗客のブカプアサ(その日の断食終了)に大きく貢献するのではないかと期待されている。


「スカルノハッタ空港乗客サービス料金はまだ据え置き」(2008年9月4日)
スカルノハッタ空港をはじめ国内数ヶ所の空港を運営している国有事業体PT.アンカサプラ?は既に長期に渡って空港利用者からチェックイン時に徴収するパッセンジャーサービスチャージ俗称エアポートタックスの値上げを運通省に申請していたが、ユスマン・シャフィイ・ジャマル運通相はスカルノハッタ空港以外の値上げを承認したもののスカルノハッタ空港に対してだけ「待った」をかけた。「他の空港は値上げを承認したが、スカルノハッタだけは公共サービスが十分果たされていないため値上げは先送りした。スカルノハッタ空港はトイレの数や駐車場スペースなどがまだ適正なものになっておらず、不備があると判断されたので空港乗客サービス料金はまだ値上げできない。公共ファシリティが完備された時点で値上げが認められるだろう。」
前回2008年5月に出された値上げ申請は公共ファシリティ不備を理由に却下され、運通相は3ヶ月以内にその不備を改善することをアンカサプラ?に対する宿題とした。今回はその3ヶ月間でアンカサプラ?が行った改善の実地検分を運通相みずから現場に下りて見てきたわけだが、大臣の判定は辛かったようだ。
アンカサプラ?はパッセンジャーサービスチャージの5割値上げを申請しており、国内線乗客向けパッセンジャーチャージは次のようになる。
第一級空港 スカルノハッタ(ジャカルタ) 30,000ルピアから45,000ルピアに(値上げ延期)
第二級空港 ハリムプルダナクスマ(ジャカルタ)、ポロニア(メダン)、スパデイオ(ポンティアナッ)、スルタンシャリフカシム?(プカンバル)、スルタンマフムッバダルディン?(パレンバン) 25,000から37,500に(値上げ承認済み)
第三級空港 フセインサストラヌガラ(バンドン)、キジャン(タンジュンピナン)、スルタンイスカンダルムダ(アチェ) 15,000から22,500に(値上げ承認済み)


「バス専用レーンの次はオートバイレーン」(2008年9月12日)
交通事故死亡の大半はオートバイ運転者が占めているというのに二輪ライダーの運転マナーは相も変わらず自己中心性丸出しで、しかも二輪車販売台数の増加はとどまるところを知らないありさまになっている。金融界は自動車購入ローンを消費者金融の目玉に据えており、国民の二輪車所有は時を追って簡便さが増している。家一〜二軒に匹敵する四輪車よりも庶民が容易に手の届く二輪車が金融界からのファイナンシングで爆発的に売れているのは疑問をさしはさむ余地のまったくないことがらであるにちがいない。
国民の多くは公共交通機関を利用するよりも二輪車を所有するほうが経済効率がよいと考えているようだが、メンテナンス費用をそこに加えるとそれは幻想でしかなくなり、さらに安全面のリスクまで足し込んでいけば公共交通機関を利用するほうがはるかに経済的であるという結論に達するはずだ、と都庁交通政策コンサルタントは言う。しかしメンテナンスということがらが社会習慣になっておらず、そしてリスクというものの経済評価が世の中でひとつの概念にまで成長していない社会では、そのような勘違いが一般通念として広まるのも避け難いことだろう。
首都ジャカルタの二輪車は過去4年間で300パーセントの増加を示したと都庁運通局長は語る。首都の登録自動車台数はいま四輪200万台二輪350万台の合計550万台に達しており、それが総延長7,650キロ総面積40.1平方キロの道路を埋めている。都内第一級道路ではオートバイが総交通量の38%を占めており、級位のもっと低い道路だと50%を超えている。この先まだまだ増加を続けるであろう二輪車台数は必然的に道路混雑を悪化させ、交通事故発生の増加につながっていく。「二輪車の路上走行は左側車線あるいは低速車線がある場所は低速車線を通ることが義務付けられているものの、それが秩序正しく行われているとは言い難い。その場その場の道路状況次第で二輪車は中央車線に広がっていく。そんな状態に秩序の枠をはめるには、オートバイ専用レーンを設けることが効果的であるにちがいない。オートバイの道路交通状況を改善する方針の一環として二輪車専用レーンを2009年から開始することを当方は検討している。この専用レーンは都内中心部のいくつかの道路でバスウエイに並行して設けられ、交通渋滞と交通事故の減少を図る決め手となる。二輪車専用レーン設置予算は2009年度都庁予算に含められるが、決して大きい金額にはならない。道路自体は既存のものが使われるし、セパレータも用いない。費用はせいぜい路上マークや交通標識を設けるためだけのものとなるだろう。この専用レーン実施はスリーインワンのように時間を定めて行うかそれとも終日実施とするかなど、まだ検討中のことがらもいくつかある。」
都庁はこの二輪車専用レーン実施に加えてやはり2009年1月から、都内交通渋滞緩和のために事業所の操業時間統制を実施したい意向である、と運通局長は述べている。対象は政府機関・民間事業所・学校の三セクターに分けられ、始業時間と終業時間をそれぞれ別にすることで通勤通学の波を時間的に分散させるのが狙い。政府機関は午前7時半の始業がほぼ決まっているが、民間事業所や学校についてはまだまだ議論を加えていかなければならないようだ。


「首都バスウエイで停留所増設」(2008年9月13日)
首都バスウエー管理公社である公共サービス機関トランスジャカルタは2008年9月10日から都内バスウエーの既存ルートに設けた新しい停留所の稼動を開始した。新規開設停留所は三ルートに各2ヶ所合計6つで、第3ルート(カリドラス〜ハルモニー間)はグロゴル(Grogol)とスンブルワラス(Sumber Waras)、第4ルート(プロガドン〜ドゥクアタス間)はプラムカ・BPKP(Pramuka-BPKP)とプムダ・ラワマグン(Pemuda-Rawamangun)、第5ルート(アンチョル〜カンプンムラユ間)はサレンバ・シンカロルス(Salemba-St Carolus)とグヌンサハリ(Gunung Sahari)となっている。この停留所増設は特に通勤ピーク時間帯におけるバス乗客の回転を高めて混雑を緩和させることを目的にしたものであり、当局側はこの対応が効果をもたらすことを期待していると語っている。


「バンテンエクスプレスでセラン〜ムラッへ行こう」(2008年9月27日)
総延長306.9キロのバンテン州鉄道網は、ジャカルタ〜セラン(Serang)〜ムラッ(Merak)の北岸動脈路、ジャカルタ〜タングラン(Tangerang)の近郊電車路、そしてチガディン(Cigading)〜クレンチェン(Krenceng)の三ルート147.4キロだけで列車運行が行なわれており、州南部地域と北岸地区を結ぶランカスビトゥン(Rangkasbitung)〜ラブアン(Labuan)、サクティ(Saketi)〜バヤ(Bayah)、ムラッ〜チガディン〜アニエルキドゥル(Anyer Kidul)の三ルートは使われていない。言うまでもなく国鉄にとっての採算性がその状況をもたらしているのだが、貧困地区であるバンテンキドゥル(南バンテン)と比較的豊かな北部を結んで南部経済の発展を高めるべき鉄道網にそんな現象が起こっているのは実に皮肉な話でもある。ともあれ、総体的に未開発のバンテン州民の中にはヤギなどの家畜を連れて列車に乗り込んでくる乗客も数多く、車内では往々にして人間の汗いきれに混じってヤギの体臭が漂っているという話は鉄道利用者の常識になっている。
さて、ジャカルタ〜セラン〜ムラッを走っていたエコノミー列車Patas Merak号に替わってBanten Ekspres号が2008年9月22日から運行を開始した。鉄道製造会社PT Industri Kereta Api通称Inkaが265億ルピアをかけて作ったバンテンエクスプレスはエアコン完備の客車10両で編成されており、乗客収容能力は1,006人となっている。オレンジ色を基調にして黄色と緑色の配色で塗られた車体ボディには由緒ある歴史遺産バンテンラマ(Banten Lama)モスクが描かれており、列車の中には小型食堂車、身障者専用シートなどが備えられている。乗車料金はムラッ〜ジャカルタがひとり片道5千ルピア、セラン〜ジャカルタは4千ルピアとなっている。ヤギの臭いのしない冷房車は当面乗客の心を引きつけて放さないにちがいない。


「ルバラン休暇中のバスウエイ運行」(2008年9月29日)
ルバラン休暇中のジャカルタは大幅な人口減少が起こるため、都内一級道路はほとんどどこへ行こうが普段のあの渋滞が嘘のような日が続く。その間混雑を体験するのは、イドゥルフィトリ日早朝の礼拝、イドゥルフィトリ日昼前ごろから始まる親戚巡り、そしてアンチョル・タマンミニ・動物園など行楽地への人出といった活動によるもので、渋滞が起こる場所は限定されてくる。
首都バスウエーも乗客の減少が明らかなこの期間、バスの稼働台数を減らして間引き運転の態をなすことになる。運行開始時間も遅くなり、2008年10月1〜5日の間は午前9時からの稼動開始となる。猛烈な人出が予想されるアンチョルやラグナンを抱える第5ルート第6ルートでは現場の状況に応じての対応が計画されていると公共サービス機関トランスジャカルタ側は表明しているが、過去の状況を見る限り、ほとんど秩序が無に帰した路上の大狂乱の中でバス運行者側にできることは少ないだろう。各ルートの運行台数計画は次のようになっている。
2008年9月15〜30日
第1ルート(Blok M-Kota) 50台と予備15台
第2ルート(Pulo Gadung-Harmoni) 40台と予備10台
第3ルート(Kalideres-Harmoni) 30台と予備10台
第4ルート(Pulo Gadung-Dukuh Atas) 25台と予備5台
第5ルート(Kampung Melayu-Ancol) 12台と連結バス2台
第6ルート(Ragunan-Kuningan) 25台と予備15台
第7ルート(Kampung Melayu-Kampung Rambutan) 26台と予備3台
2008年10月1〜5日
第1ルート 35台と予備10台
第2ルート 32台と予備8台
第3ルート 34台と予備8台
第4ルート 27台と予備8台
第5ルート 18台と連結バス8台
第6ルート 27台と予備4台
第7ルート 27台と予備5台
2008年10月6〜10日
第1ルート 75台と予備10台
第2ルート 38台と予備10台
第3ルート 38台と予備10台
第4ルート 27台と予備3台
第5ルート 20台と連結バス8台
第6ルート 28台と予備3台
第7ルート 24台と予備3台


「トランスジャカルタレーシングバス」(2008年10月6日)
2008年5月3日付けコンパス紙への投書"Balapan Liar Bus Transjakarta, Pengendara Motor Tergeletak"から
拝啓、編集部殿。2008年4月17日午前3時45分ごろ、民間テレビ局の仕事が終わったわたしは東ジャカルタ市オティスタ通り地区にある自宅に車を運転して帰宅の途にありました。オティスタ通りをカンプンムラユ方面に走行中、トランスジャカルタバス三台が同じ道路でスピードレースを展開している姿を目の当たりにしてわたしは驚いてしまいました。その中の一台は一般車線を走っており、わたしの車をもう少しで引っ掛けるところでした。見たところそのバスは、バス専用レーンを飛ばしている仲間の二台とスピードを競っているようなのです。もっとキチガイじみていたのは、バス専用レーンを飛ばしている二台もほとんど車間距離を開けずに猛然と高速走行していることでした。稼ぎを追い求めているわけでもなく、また乗客を運んでさえいないかれらはいったい何を追いかけていたのでしょうか?
わたしの車を追い越していったかれらはほんの数分後、オティスタ通りとオティスタ3通りの三叉路でバス専用レーンにいたオートバイにぶつかってそれを轢いてしまい、後を走っていたバスは言うまでもなく前の車に追突しました。バスの下敷きになったオートバイ運転者は怪我をした身体でそこから出ようと身をもがいていましたがどうにもならず、周辺にいたひとたち数十人がバスを持ち上げた隙にやっとそこから引っ張り出すことができて病院に運ばれて行きました。その間15分くらいの時間がかかったのです。トランスジャカルタバスを運転していたふたりはどこへ行ったのでしょう?被害者を助けるどころか、後をも見ずにバスから姿を消しました。一般道にいたもう一台のバスも、まるで自分の知ったことじゃない、とばかり現場を通り過ぎて行ったのです。
わたしがカンプンランブタン停留所に行ってだれがトランスジャカルタバスを運転していたのか尋ねると、ブルーの制服を着ていた男が自分だと認めてわたしに食って掛かってきました。トランスジャカルタバス運転手のメンタリティはこんなものだったのですか?もしもこんなことを行ったのがひとりだけならその者は不良のはずれ者運転手だと言って通るかもしれませんが、なんと三人もが一緒に狂っていたのですよ。警察と経営者はその三人に厳罰を与えてほしいと思います。中でもオートバイに衝突してそれを轢いた運転手には重い処罰を望みます。採用した運転手がジャケットとネクタイを着けただけの無法レーサーにならないよう、もっと慎重な審査が行われることを期待します。[ 東ジャカルタ市在住、アンドリ・ハリアナ ]


「バスウエー乗務員に蹴飛ばされる」(2008年10月8日)
2008年4月21日付けコンパス紙への投書"Ditendang Petugas Transjakarta"から
拝啓、編集部殿。2008年3月31日夕方、17時半の退勤時にわたしはトランスジャカルタバス保安係職員にたいへん失礼な目にあわされました。バスウエー番号JET067車両に乗務していたBHという名のその悪徳保安係は、トサリ停留所で降りようとしていたわたしを足蹴にしたのです。トサリ停留所の乗車券販売窓口係アティンさんもその出来事を目撃しています。
この事件は最初、コタ駅停留所から乗ったわたしがホテルインドネシアロータリー停留所に着く前にその悪徳保安係に尋ねたことから始まります。わたしは「ホテルインドネシアロータリー停留所はまだ工事中ですか?」とその保安係に尋ねたところ「ティダッ!(否)」という返事が戻ってきました。それはつまりわたしがそこで降りることができるという意味ではありませんか。それで降りる準備をしていたにもかかわらず、実際にはまだ工事中だったので降りることが出来ませんでした。それでわたしがその保安係に苦情を言うと、その男は「だからよーく聞き耳を立てときなって。」と答えたのでわたしは驚きあきれ、そして腹が立ったのでバスウエイ苦情窓口に届け出ようと考えてその名前を控えました。わたしがトサリ停留所で降りようとしたときその悪徳保安係は「だからよーく聞き耳を立てときなって。」と言いながらわたしを三度足蹴にしたのです。わたしはバスから降りたあと、バスウエー苦情係の(021)7228727に電話してセキュリティ担当だと名乗るニョトさんにこの出来事を届け出ました。更に南ジャカルタ市ブロッケム(Blok M)のトランスジャカルタ保安係コーディネータにもこの事件を届出て、わたしの携帯電話番号を残しました。ところがトランスジャカルタ経営者はいまだにこの事件に関してまったく反応を示さず、乗客に粗暴な振舞いをした保安係に何の処分も下していないのです。
トランスジャカルタ経営陣は従業員の風紀をそこまででたらめなまま放っておくのですか?従業員に倫理や礼儀やエチケットなどを教えようともせず、反対に乗客を足蹴にするようなことを教えているのですから。[ ジャカルタ在住、ワントロ ]
2008年5月5日付けコンパス紙に掲載されたトランスジャカルタからの回答
拝啓、編集部殿。ワントロさんからの4月21日付けコンパス紙に掲載された投書に関して、乗務員がワントロさんに与えた失礼でサービスの基本を無視した行動に対して謝罪いたします。当方は2008年3月31日17時半ごろJET067に乗務していた保安係ブディ・ハルトを呼んで調査いたしました。
本人が規定に外れた行為を行なったのを認めたので、公共サービス機関トランスジャカルタバスウエイの規定に従って処罰と警告を与えました。また当方はワントロさんに連絡して状況の説明を申し上げ、ワントロさんはその説明を受け入れてくださいました。[ 公共サービス機関トランスジャカルタバスウエイ、アントン・パルラ ]


「バスウエイにもポルタル」(2008年10月17日)
ポルタルという言葉については下の記事を参照いただきたい。
「ポルタル」(交通2007年11月21・23日)
さて、道路が混んでいると必ずバス専用レーンに侵入してくる一般車両があることにバスウエー運営者も道路行政側も前々から頭を痛めている。首都バスウエーはそのバス専用レーンにおけるトランスジャカルタバスのみの通行を前提にして設けられたものだというのに、第1ルートだけはお上のお膝元という意識があるのだろうか、そのような不心得者の出現はめったにないのだが、それ以外のルートは多かれ少なかれ渋滞ピーク時間帯に他の侵入車両からクリヤーでいられることはまずないようだ。「法規を守れ」とばかり首都警察や都庁がこれまで何度も取締り強化を実施しているものの、喉もと過ぎれば必ずふたたび横着者が出現して同じ結果が繰り返されている。インドネシア社会がエゴ中社会でもあることは疑いようのない事実ではあるものの、為政者の専制と国民総犯罪者化方針に向かって法規は破られるために存在するとうそぶく反抗姿勢は、一筋縄ではいかない民衆の強烈な自己主張でもあるのだろう。
ともあれ、横着者の侵入を防ぐためにバス専用レーンにポルタルを置けというアイデアが採用されることになった。たとえ進入禁止標識が設けられていたところで、人治主義社会では人間の言うことなら聞くが文字や標識は相手にされないことなど昔から判りきっていたことだ。障害物がないために運転者たちはガラ空きのバス専用車線に入ってくるのだからトランスジャカルタバスが来たときだけ遮断機を上げ、他の車の場合は閉めておけばよいというのがこのアイデアのベースらしい。公共サービス機関トランスジャカルタはとりあえず一ヶ所にポルタルを設けてトライアルを行なうことにした。トライアルが行なわれるのはバスウエー第2ルートのクウィタン(Kwitang)停留所エリアで、車線入り口にセンサー付き遮断機が設けられてバス通過時に自動開閉する。またバスにも緊急時用に遮断機を開くための装置が設けられる。
このトライアルでポルタルが一般車両のバス専用車線侵入防止に効果があることが立証されれば、都内の要所要所にポルタルが置かれることになる。実際の運用は首都警察と都庁が共同で行なうが、警察側は各ポルタルに警官を配備して設備の保全と強引に侵入しようとする車両に目を光らせる必要がある、と述べている。ならば最初から警官を置いて侵入者を排除させればいいのではないかと思うところだが、コンピュータやらポルタルやら人間の介在しない仕組みを設けてその働きに人間が手を貸す形を取らなければ規則の執行が難しいところにインドネシアの特徴が滲み出ていると言えそうだ。


「ジャカルタ空港アクセス路の渋滞は更に悪化」(2008年10月17日)
都内とスカルノハッタ空港を結ぶメインアクセス路スディヤッモ(Sedyatmo)自動車専用道路では毎日大渋滞が起こっている。自動車の交通量が増加したためであるのは言うまでもないものの、現在自動車道の両側で行なわれている道路増設工事が影響していることも疑えない事実であるようだ。毎日朝夕の通勤ピーク時間帯にはかならず渋滞となり、この道路を通り抜けるのに2時間を超えることもざら。しかしその時間帯を除けば、渋滞はそれほど激しくない。
都内から空港へ向かう場合、カマル(Kamal)やパンタイインダカポッ(Pantai Indah Kapok)を過ぎたKM20地点から「スピード落とせ」の標識が目に付くようになり、走りにくくなってくる。今道路増設工事が行なわれているのがそのKM20+600からKM28+600までの8キロ区間で、その工事のために左側路肩が1〜1.5メートル閉鎖されている。反対車線の空港から都内に向かう道路は10月14日13時から17時まで予想外の渋滞に陥り、この道路を通過するのに2時間以上の時間を費やした。この渋滞は空港構内道路まで続き、到着ターミナルで客を迎えた運転者のひとりは「ターミナルを出て5分もしないうちに渋滞車列の尻尾につかまった。まだ空港構内にいるというのに。」と語っている。渋滞に捕まって数時間の苦行に耐えた運転者の多くは、もし空港ターミナルに道路情報が掲示されていれば、他の代替ルートを通ったのに・・・」と不満を語っていた。


「大騒ぎのバスウエイポルタルトライアル」(2008年10月20日)
トランスジャカルタバス専用レーンに許しもなく侵入してくる横着者ドライバーたちに目にもの見せてくれよう、と首都バスウエー第2ルートのクウィタン(Kwitang)停留所エリアにポルタルを設けるトライアルが2008年10月16日午前8時から実施され、大量の交通違反切符発行とポルタル自体の損傷という結末でこの日のトライアルが終わった。
高さ1メートルほどの板をバス専用レーン一杯に差し渡し、トランスジャカルタバスが接近したらその板を回転させてバスを通すというしかけのこのポルタルは、さすがの無法オートバイライダーでも下をかいくぐって突破するというのは不可能であり、そのためバス専用レーンに入ってきた四輪二輪車は罠に落ちて一網打尽となる。普段から公共規則よりも自分の都合を優先することに慣れている大勢の通勤者たちは16日朝、いつものようにバス専用レーンに突っ込んで団子になりながら都内の渋滞路を進んできたが、クウィタンバス停付近まで来たときいつの間にか目の前に巨大なバリヤーが聳え立っているのを目にして度肝を抜かれたにちがいない。ましてやいつもは制服の人影などひとつもないというのに、この朝に限っては大勢の警官やら都庁交通局職員が付近にたむろしており、バス専用レーンに入ってきた二輪四輪をひっとらえては違反切符をばしばし切っているのだから。
1億ルピアをかけて設けたというこのポルタルは完全自動化されており、トランスジャカルタバスが接近してくると自動的に回転して道を開くというしかけになっているのだが、残念なことにタイミングがあわず一台のバスがその巨大な板を引っ掛けて小破させてしまった。またトランスジャカルタバスを追尾して一緒に走ってきた四輪車や二輪車もこのポルタルに何台も接触している。結局自動運転装置が壊れてしまったため、その後のポルタルの開閉はクウィタンバス停職員が手動で行うことになった。
このポルタルの罠にかかった横着物たちは午前中に20人近く、そして夕方は80人以上が違反切符を与えられた。違反切符を切られた自家用四輪車二輪車そして都内バスや公共乗合いなど100人を超える横着者たちは、「今日はたまたま運が悪かったのさ。」とさばさばした表情。前方に聳えるポルタルとその手前の狩場で網にかかっている先行車たちを目にしたほかの横着者たちは、慌ててトランスジャカルタバスレーンから脱出しようとしてセパレータを乗り越えたり、後ろ向きに逆走しようとする者も出て路上は混乱した。大型乗合いバスなどは一度入り込んだ専用車線から逃げ出す術を持っておらず、苦笑いしながらポルタルめがけて突っ込んで行き、官憲の網にかかった。
今回トライアルが実施されたクウィタン停留所付近は普段から大量の一般車両がバス専用レーンに入り込んで大渋滞を呈する札付きの場所で、同じような場所はチュンパカプティやマトラマン、カンプンムラユ、グロドッなどにもあり、そのような場所がポルタル設置の候補地とされている。しかし振り返って見ると、それらの場所はたいていが車線が減少し、道路幅が狭くなってボトルネックを形成しているところで、元々狭い場所がバス専用レーンのために更に狭くなっているという共通の特徴を持っている。「規則は破られるために存在する」という嘯きが喝采で迎えられる社会であれば、自分一個人にとっての路上交通の快適さや能率を維持することが規則を守ることより上位に置かれるのは疑いもなく、その結果狭くなっている道路におけるバス専用レーンへの一般車両侵入は当然の帰結というのが道路利用者たちの共通の意見でもあるようだ。


「ジャカルタの道路状況はここで見える」(2008年10月21日)
都内要所要所に設置された14台のカメラが映し出す道路状況をリアルタイムで見ることのできるサイトwww.jakartacityview.comのクリック数がイドゥルフィトリ日を中心にした一週間、毎日5千件を超えた。その期間、カメラは通常の都内要所に加えてチカンペッ(Cikampek)自動車道に臨時に設けられたテルコム社サービス所や都内の繁華街、更にはスカルノハッタ空港などひとの集まる場所にも増設されて各所での混雑具合がリアルタイムで観測できるようにアレンジされた。
このサイトはPTテルコム北ジャカルタ地方事務所が開発したもので同社のビジネスラインに直結させて運用されており、ブロードバンドを使った高品質画像は他のプロバイダー経由に比べてSpeedy利用者により高度なサービスが提供できている、とテルコム側は述べている。このサイトには国内諸TV局の放送を直接見ることができるサービスが備えられていて、海外出稼ぎ者にとっては故国の情報を知る上でたいへん至便製の高いものと評価されており、クエート・カタール・サウジアラビア・韓国などからのアクセスがかなりの数にのぼっていることがそれを証明しているようだ。
ジャカルタ以外にも、ソロにはwww.solocityview.com、バニュマスにはwww.banyumaslive.com、中部ジャワ州のwww.jatengcityview.com、ジョクジャのwww.yogyakartacityview.com、スラバヤのwww.surabayacityview.comなど各地でローカルサイトが運営されており、テルコム社はそれら各地のサイトを将来的に統合していく意向を持っている。


「無責任社会」(2008年10月31日)
2008年5月13日付けコンパス紙への投書"Bus Mayasari Membahayakan"から
拝啓、編集部殿。2008年4月27日16時ごろ、家族を乗せてわたしが運転していたトヨタキジャンがブカシのポンドッグデティムール料金所を通り抜けるために車列について徐行していたとき、自動車の横腹をマヤサリバクティのエアコン付きPatasバスに当てられました。このできごとの責任をどう処理してくれるのかについてバス運転手のYHさんと話合ったところ、かれはわたしにブカシ県チビトンにあるマヤサリバクティバスプールに届け出るように求めました。プールの事故課が処理してくれる、と。
その責任感に信を置いて、わたしは運転手の住民証明書(KTP)と社員証だけを預かり、運転免許証と自動車番号証明書(STNK)を渡すことは強制しませんでした。バスの車掌に同乗してもらって、わたしはマヤサリバクティバスのプールへ向かいました。ところがプールに着いて22時半まで待ちましたが、わたしの相手をしてくれる事故課職員はひとりも現れません。プールにいる職員もだれひとりとしてわたしの話に応対してくれるひとはいません。運転手のYHさんも、「事故課を通してわたしの事故を処理したら停職処分をくうからいやだ。」と言い出し、弁償金を用立ててくると言い残して姿を消しました。
結局わたしが警備係に事故を届出たところ、事故課に提出するのに必要だからということで事故報告書だけを作ってくれました。事故課職員がひとりもいないというのに、どうやって事故課に提出するというのでしょうか?間違いを冒した側が被害者を更に騙そうとするなんて、奇妙な話です。わたしは後で連絡してくれるよう頼んで、住所と電話番号を残してプールを後にしましたが、今日に至るまで運転手からも会社からも、この出来事の責任はいかなる形にせよ示されていません。
マヤサリバクティの運転手や車掌に尋ねたところ、同社のバスがほかの車にぶつける事故は日常茶飯事のように起こっているというではありませんか。わたしのキジャンにぶつけた運転手は一週間前に別の車にぶつけていたそうで、ほかの運転手も最近二度も他の車にぶつけている、と洩らしています。それは磨耗したタイヤや利きの悪いブレーキを会社が修理しようとしないために起こっているのだそうです。道路運行適正に欠けるそんなバスを修理してもらうために運転手と車掌は修理部門に金を渡さなければならないのだそうです。[ ジャカルタ在住、イルワン・ウトモ ]


「駐車料金が倍増する?!」(2008年11月6日)
首都の駐車場料金値上げ検討が行なわれている。首都ジャカルタの駐車場事業者は現在の普通乗用車一台一時間2,000ルピアを最初の2時間当たりで7,500ルピアとするよう都庁に要望していた。それに関して都庁がジャカルタ都市交通評議会に諮問した結果、評議会は最初の2時間当たり4千ルピアという規定に変更するのが妥当であるという答申を提出した。評議会はまた、オフストリート駐車料金の改定と共にオンストリート(路上)駐車料金制度は撤廃するように、とも提言している。
首都のオフストリート駐車場事業者たちは口をそろえて、駐車料金が安すぎるために上昇した経費がカバーできず、事業採算どころか投資資金の回収さえまったくおぼつかない、と嘆いている。都内の駐車場事業が寡占状態のままでこのセクターへの進出意欲が実業界にきわめて薄いことや、ビル内駐車場とは別に独立した駐車場ビルを建設しようとする投資が影をひそめていることなどの実態がその状況の信憑性を裏付けているようだ。
オフストリート駐車場事業者にとってはオンストリート駐車の野放しも事業の足を引っ張るもので、規定で駐車可と定められている以外の場所であってもその一帯を張っている者に金を渡せば車を置いておくことができ、しかも長時間の場合はオフストリートより金額が安くなるというおまけまで付くために利用者が多く、この違法行為が駐車場事業者の得るべき収入を奪っている。オンストリート駐車はまた、既に250万台に達した首都登録四輪車台数が引き起こしている都下の道路混雑と交通渋滞に拍車をかけるものであることから、路上駐車が容認される時代は終わったとして評議会はその廃止を求める姿勢を明らかにしている。オフストリート駐車料金引き上げは都民の自家用車による交通往来に対するディスインセンティブとなることが期待されており、最終目標である都内の道路混雑と交通渋滞の軽減に至るプロセスとして評議会は路上駐車撤廃とオフストリート駐車料金引上げを提言したわけだが、業界側が希望する7千5百ルピアに対して出された半分程度の4千ルピアというカウンターオファーが駐車場事業の抱えている問題にどの程度の解決をもたらすかはまだわからない。
ファウジ・ボウォ都知事はこの問題について、来年早々に料金値上げを行ないたい、と語った。ただし路上駐車を今すぐ撤廃するというのは、オフストリート駐車キャパシティが不十分であるためできない相談だ、とオンストリート駐車制度の継続を表明している。「まずオフストリート駐車場の料金改定を行なう。また必要であれば、オンストリート料金をオフストリートより高いものにすることも考慮する。駐車料金改定は都庁収入増よりも交通政策上の意味合いのほうが大きい。」
しかし都議会PDIP会派委員長は駐車料金改定に反対を唱える。駐車料金が都の公定料金である以上、都庁収入としての税課金徴収が適正に行われるのが前提となる。しかし首都ジャカルタの駐車料金はオンストリートにせよオフストリートにせよ、その収入状況がきわめて不明瞭だ。オンストリートは帳票など一切ないため、現場にいる駐車番本人にしか正確な収入はわからない。だから都庁駐車運営庁は徴収課金率を実収入に課することができず、見込み金額をベースにした課金を納めさせているため、駐車番はボロ儲けをしているという噂だ。さらに駐車場利用者に対して駐車票を発行し、料金支払時には領収票まで出しているオフストリート駐車場ですら、都庁側には正確な収入が把握できていない、とかれは言う。「駐車場事業者が利用者から徴収している駐車料金には20%の駐車税が課されている。ところが事業者が利用者に発行した伝票の全貌を把握するツールが徴税側にない。正確な収入金額の検証ができなくて事業者の納税額が正しいかどうかをどうやって判定できるというのか?この問題を解決しないまま料金値上げを行なえば歪はますますひどくなるばかりだ。」委員長はそうコメントしている。


「第3ターミナルのオープンは間近」(2008年11月11日)
スカルノハッタ空港第3ターミナルは2009年1月半ばにオープンされる予定。第3ターミナル建設はまずその第一フェーズである第1ピアーの竣工がこの年末に実現する見込みだが、建物が完成しても空港としての機能を整える期間が必要であるため、半月間を準備期間として1月中旬に第1ピアーのソフトオープンが行なわれることになるだろう、と空港運営会社PTアンカサプラ?スカルノハッタ空港支社長が表明した。
計画によれば第3ターミナルには5つのピアーが建設される予定で、各ピアーのキャパシティは4百万人とされており5つのピアーが完成すれば第3ターミナルだけで年間2千万人の空港利用者をさばくことができる。第1ピアーはエアエイシアとマンダラ航空が利用することを既に決めている。


「ずるいほど得をする社会」(2008年11月13日)
2008年5月29日付けコンパス紙への投書"Lebih Murah Bayar Karcis di Atas Kereta"から
拝啓、編集部殿。国有鉄道会社PT (Persero) Kereta Apiは輸送システムの進歩に最大限の力を注いでいません。定められた料金で買わなければならない鉄道乗車券を駅の窓口で買わないで、切符なしに乗車して機関手や車掌に直接金を渡すほうが廉いのです。たとえば東ジャカルタ市ジャティヌガラ駅でジャカルタ〜トゥガルの乗車券をを買えばひとり1万6千ルピアですが、切符なしに鉄道に乗って車掌に1万ルピアを渡せばそれでOKになるのですから。そんな不正でずるい行動を取る乗客が一日に百人いたら、鉄道会社がどれだけの損失を蒙るでしょうか?おまけに列車が止まらない駅で降りたいと思えば、機関手に口止め料を支払うだけでいいのです。
インドネシアの公共輸送システム進歩のために、当局はこの問題に厳しい対応を取ってください。[ 北ジャカルタ市在住、へスティ ]


「マレーシア航空のスペシャルオファー」(2008年11月26日)
マレーシア航空がインドネシア発の特別航空料金をオファーしている。
ジャカルタ・スラバヤ・ジョクジャ発の目的地別往復料金は次の通り。
London 677から、Frankfurt/Rome/Paris 645から、Tokyo/Osaka 473から、Seoul 376から、Bangalore/Chennai/Delhi 355から、Shanghai/Beijing 371から、Hong Kong 269から、Bangkok/Phuket 194から、Ho Chi Minh City/Phnom Penh/Siem Reap/Rangoon 172から
数字はUS$で一人当たりの料金。この料金は燃油サーチャージ・保険・空港税・その他費用を含んでいない。
購入者は個人乗客に限定され、販売期間は2008年11月10日から30日まで。
搭乗期間は2008年11月21日から2009年5月31日まで(ただしブラックアウト日がある)。
他にも、メダン発、デンパサル発の特別料金があるので、お問い合わせを。デンパサルは搭乗期間が2009年1月10日から5月31日までとなっている。
別途諸条件が適用されるので、詳細は航空会社へ。予約は最寄の旅行代理店もしくはmalaysiaairlines.comで。

「ガルーダ航空のスペシャルオファー」(2008年12月5日)
ガルーダ航空が一部国内線航空料金のスペシャルオファーを行なっている。エコノミークラスプラスプラスと題するこのプロモでは次のような料金がオファーされている。
Jakarta-Ampenan 520,000から
Jakarta-Banjarmasin 320,000から
Jakarta-Balikpapan 420,000から
Jakarta-Denpasar 420,000から
Jakarta-Manado 650,000から
Jakarta-Padang 385,000から
Jakarta-Palembang 235,000から
Jakarta-Pontianak 300,000から
Jakarta-Semarang 235,000から
Jakarta-Solo 235,000から
Jakarta-Surabaya 250,000から
Jakarta-Yogyakarta 235,000から
Balikpapan-Manado 370,000から
Surabaya-Denpasar 235,000から
Yogyakarta-Denpasar 235,000から
但し下のルートは左から右へのフライトだけで、逆向きは料金が異なる。
Batam-Jakarta 385,000から
Pekanbaru-Jakarta 385,000から
Jakarta-Banda Aceh 700,000から
Jakarta-Palangka Raya 350,000から
Palangka Raya-Jakarta 400,000から
上の料金はすべてルピア建て片道の一人当たり航空料金だが、税金・保険料・燃油サーチャージが含まれていない。上の料金は2009年3月31日まで有効。
予約はガルーダ24時間コールセンター電話番号0 804 1 807 807あるいは(021)2351−9999もしくは最寄の旅行代理店で。


「虐げられる消費者」(2008年12月9日)
2008年5月31日付けコンパス紙への投書"Anak Cacar Air Batal Terbang, Uang Tiket Hangus"から
拝啓、編集部殿。わたしはUOB銀行クレジットカードのプログラムを使って2008年3月20日11時ジャカルタ発デンパサル行きムルパティ航空のチケットを購入しました。バリでの休日を一家で楽しむためです。ところがその後11時発の便はキャンセルになったと言って電話がかかり、わたしの希望にそぐわない出発時間の変更を強いられました。他に選択の余地がないので、それを不承不承わたしは受け入れました。
出発日が近付いてきましたが、わたしの3人の子供たちは水疱瘡にかかってしまい、思いがけない不運がわたしたちを襲ったのです。水疱瘡の子供たちを機内に入れると他の乗客に伝染するのでそれが出来ない相談なのは明白です。出発日の二日前にわたしはバンドンのムルパティ事務所を訪れてマネージャーとスーパーバイザーに切符をなんとかしてほしい、と頼みました。払い戻し、出発日変更、あるいは名義変更のいずれかを考慮してもらえないかという依頼です。わたしの親族の中にわたしたち一家の切符を買っても良いという者がいたので、もし名義変更ができればと思ったわけです。ところがそれらの救済策はすべて拒否されました。
解決策など何もありません。出発するか焦げ付くか、ただそれだけです。UOBクレジットカードプログラムでの購入がその理由にされました。インドネシアの消費者は常に弱い立場に置かれ、いつも損害を蒙るのです。もちろんUOBクレジットカードプログラムを通して買ったという事実をわたしは認めますが、だったらムルパティ航空が3月20日11時の出発便をあっさりとキャンセルしてわたしに別のフライトに移るよう強制したのはどういうことでしょう?わたしはそれに応じたというのに、反対にわたしの側に問題が生じて予約したフライトに乗れなくなったら、何の救済も与えられないのです。これでフェアと言えるのでしょうか?
わたしはユスマン・シャフィイ・ジャマル運通相が2008年3月にとある民間テレビ局のインタビュー番組で発言した言葉に強く興味を引かれました。「消費者が購入した航空券は本来焦げ付かせることのできないものである。消費者が購入したのは運送される権利なのだから。」わたしは運通相の言葉にまったく賛同します。フライトがキャンセルされたり時間が変更されても補償は何ひとつありませんが、消費者の側が空港に遅れて来たりあるいは搭乗できない状態になったらチケットは焦げ付いて金が戻ってこなくなるのですから。[ チレボン在住、ルディ・スタント ]


「景品付き路上駐車料金領収書」(2008年12月9・10日)
都内の自動車駐車システムはオンストリートとオフストリートの二種類がある。オンストリートはいわゆる路上駐車で、オフストリートはビルや商店の駐車場あるいは駐車ビルなどを指している。オフストリートは有料無料さまざまで、有料の場合はビルなど建物オーナーが自分で行なっているケースと駐車場事業会社に委託しているケースがあり、いずれにせよ有料であれば都庁に駐車料金税を納めなければならない。一方のオンストリートは都庁自身が運営しており、上がった収入は丸ごと都庁収入になる形にはなっている。都庁でそれらを管理しているのが駐車事業実務担当ユニットだ。
駐車事業実務担当ユニットの2008年収入予算は365億ルピアとなっているのだが、実績を見ると10月までの収入は154.5億ルピアしかなく、年間着地見込みは185億と報告されている。2009年度予算では収入200億ルピアとされて現実性を高めてあるとはいえ支出は250億ルピアで50億の赤字であり、都議会は実務担当ユニットの管理能力に大きな疑問符をかぶせている。オフストリート駐車場事業者が利用者から徴収している駐車料金には20%の駐車税が課されているが、事業者が利用者に発行した伝票の全貌を把握するツールが徴税側にないため、納税金額は事業者側の自己申告まかせとなっている。正確な収入金額の検証ができない以上、納税額が真実なのかどうかを判定するのは不可能だ。更に都の事業として行われているオンストリート駐車料金収入も似たような状況の中にある。路上にいて駐車料金を徴収している駐車番は実務担当ユニット職員であり、実務担当ユニットは376人の職員を抱えている。副都知事によれば同ユニット支出予算のメインは人件費であるため、来年は職員数を309人に削減する予定になっているそうだが、こちらも問題は駐車番が毎日得ている実収入を検証する手立てがないという問題を抱えている。
巨大な宝の山である路上駐車料金収入がいま実務担当ユニットの手に入っている程度の金額であるはずがなく、都庁の収入となるべき膨大な金が何者かの懐に流れ込んでいることを都議会側は確信しているのだが、しかしその実相の謎を解く鍵はどこにもない。加えて本来駐車可エリアというのは一部特定の場所にしかなく、都内の道路全域が駐車可になっていないのは道路標識を見ればすぐにわかる。ところがそのような原則にはお構いなしに駐車禁止標識のすぐ下であってもみんなが車を止め、駐車番に金を渡すことで自由に駐車が行なえている。交通法規違反が大手を振ってまかり通っているのが実情で、そのような場所にいる駐車番は基本的に都庁職員ではないはずだが都庁も警察も目をつぶっている。そこで上がっている収入を行政側が放置していることはありえないものの、その実態は闇の中だ。
都議会は実務担当ユニットがいつまでもその赤字を都庁予算に補填してもらうようなことであればオンストリート駐車事業は民営化せよ、と都庁に迫っている。しかし副都知事はそれに対して、かつて民営化が行なわれたことがあるものの大赤字になったので都が自分の事業として行なっているのだ、と過去の経緯を説明した。さらに駐車番による収入水漏れ対策として駐車料金レシートを必ず支払者に渡すようにさせることを検討しており、レシートに景品をつけるようにすれば支払者はレシートを求めるようになるだろうから、この企画を近いうちに実施する所存だ、と新たなアイデアを披露した。副都知事によれば、駐車料金レシートはもらっても何の役にも立たないから支払者はそれを要求せず、その結果駐車番が得た収入を検証する手立てが何もないことが水漏れを発生させる原因の一つとなっていたので、魅力的な景品をつければ市民はみんなレシートをほしがるだろうというのがこのアイデアのポイント。副都知事はこのアイデアにかなりの自信をみなぎらせているようだ。


「ガルーダ航空の日本向けスペシャルオファー」(2008年12月12日)
ガルーダ航空が日本向け航空料金のスペシャルオファーを行なっている。ジャカルタ発東京・大阪・名古屋の往復料金がいずれもUS$450−という均一料金で、例によって税金・燃油サーチャージ・保険料が含まれていない。
予約はガルーダ24時間コールセンター電話番号0 804 1 807 807あるいは(021)2351−9999、ガルーダ航空セールスオフィスもしくは最寄の旅行代理店で。
ちなみに日本行きフライトスケジュールは次のようになっている。
ジャカルタ発22.15 東京着07.20 GA880 毎日
東京発11.00 ジャカルタ着19.15 GA881デンパサル乗換えGA413 毎日
ジャカルタ発20.55 大阪着08.30 GA418デンパサル乗換えGA882 月水金土日
大阪発11.00 ジャカルタ着19.15 GA883デンパサル乗換えGA413 月水金土日
ジャカルタ発20.55 名古屋着09.10 GA418デンパサル乗換えGA888 日水金
名古屋発11.00 ジャカルタ着19.15 GA889デンパサル乗換えGA413 月木土


「お抱え運転手稼業は不滅か?!」(2008年12月16日)
首都ジャカルタの有名学校周辺を登下校時間帯に通ると猛烈な交通渋滞に巻き込まれるのが日常茶飯事で、そのためインドネシアの小中高校生徒たちは自家用車通学が一般的だという印象を与えているが、それは一部金持層だけの特殊な現象であるという統計データが示された。
都庁がPT Pamintri Cipta社と共同で行なった都内240の普通科高校生徒18,926人に対する調査で、94.1%という絶対多数が公共小型乗合い運送機関いわゆるアンコッ(angkot)を通学に利用していることが明らかにされた。この統計調査では第2位が2.6%を占めるオートバイ、第3位にやっと1.7%という自家用車族が登場する。残りは首都近郊電車などその他の乗物となっている。
このデータを見る限り自家用車通学生徒は3百人程度しかいないことになって都内に数ある有名高校周辺のあの交通渋滞の現実にそぐわない印象を拭えないのだが、この調査対象にはどうやら私立高校が加えられていないようで、道路混雑というポイントからのアプローチに使えるデータではなさそうだ。それはともあれ、有名私立学校周辺道路は下校時間前になると道路脇が子供のお迎え四輪自家用車で埋め尽くされて一大交通渋滞が発生する。子供の安全確保という見地からの高い必然性のなせるわざであるのは言うまでもないことではあるものの、学校にいる子供とほぼ同数の四輪車と運転手が拘束されてあまり生産性の感じられない仕事に従事しているわけだ。このようなハイコストと低生産性を強いている社会構造とそこに横たわっている社会観がインドネシアの民族発展の足かせになっているように思われるのだが、生活コストと人件費の高騰によって女中という職業が先細りになりつつあるいま、同じような状況が運転手という職業に訪れる気配はまだ感じられない。


「言ったが勝。立証無用の客観性不在社会」(2008年12月18日)
2008年6月13日付けコンパス紙への投書"Tiket Transjakarta untuk Anak Jadi Masalah"から
拝啓、編集部殿。ここ2ヶ月ほどわたしはトランスジャカルタバスを利用していますがそのサービスにはとても失望させられており、あれではメトロミニに乗っているのと大差ありません。わたしは南ジャカルタ市ラグナン停留所からスマントリボジョヌゴロ停留所までトランスジャカルタに乗って5歳の子供を毎日学校に送っています。切符売場職員が6歳未満の子供は乗車無料だと言いました。
最初はそれで問題なかったのですが、最近になってバス乗務員に注意されました。子供は膝に乗せることになっており、そうしない場合には乗車料金を払わなければならないのだ、と。規則がそうなっているのであれば、わたしは子供の乗車料金を払うのに全然不服はありません。ところがわたしは大きいバッグをふたつも持っている上に子供は太っていて身体が普通の幼児よりも大きいのです。なのに子供を膝に乗せろと命じる乗務員はきっと人情のかけらも持ち合わせていないのでしょう。そんなことから、わたしはとても恥ずかしい思いをさせられました。この出来事を苦情窓口に届け出たところ、わたしに連絡するためと言うので窓口職員にわたしの電話番号を告げましたが、いつまでたっても音沙汰なしです。
その翌日からわたしは常にふたり分の料金を払っていますが、2008年5月25日午前8時40分にこの前わたしに注意した乗務員がまたわたしに同じことを繰り返しました。「払ってないんだから、子供を膝に乗せるように。」と大声でわたしに言ったのです。わたしは翌日切符売場窓口職員にこの問題を苦情しました。するとその職員は親身になって聞いてくれ、バスの中までわたしに付き添ってくれました。ところが座席に座るとほどなくまた別の乗務員がやってきて、「子供といっしょに座れ。」と大声で言います。運転席の外にいた職員も「子供を膝に乗せろ!」と叫んだのです。かれらはみんな、わたしが大きなバッグをふたつ持ち、そして子供はその年齢の普通の子より大きな身体をしていることを見て知っているというのに。わたしはふたり分の料金を支払っているにもかかわらず、どうしてこんなにはずかしめられなければならないのでしょう。ほかの乗客は乗務員の振舞いを笑って見ているだけなのです。
トランスジャカルタバスはメトロミニとは違うはずですし、乗務員もメトロミニの車掌と同じレベルであるはずがありません。それともトランスジャカルタバス会社は乗務員を路上で拾って使っているのでしょうか?[ 南ジャカルタ在住、クリスティン・ナタリナ ]


「スカルノハッタ空港の奇妙な光景」(2009年1月13日)
2008年6月28日付けコンパス紙への投書"Penjemput di Bandara Soekarno-Hatta Gelar Koran"から
拝啓、編集部殿。バンテン州チュンカレンのスカルノハッタ国際空港を訪れる者をきわめて不愉快にさせていることがらが三つあります。まず2Fターミナル到着ゲートに迎えに来たひと用のベンチがありません。おかげで出迎え者は床に新聞紙を敷いて座り込んでいます。以前ベンチがあった場所はタクシー注文窓口に占領されているのです。
空港内が猥雑である印象を与えるのは避けられません。出迎え人が床に座り込み、タクシーの客引きの声がこだまする国際空港は、まるで場末のバスターミナルと変わらない様子です。空港運営者はタクシー窓口の家賃収入のために空港利用者の快適さを犠牲にし、空港内のたたずまいをぶち壊しているのです。
次に、シンガポールでのF1レースやマレーシアでの留学教育を宣伝する大きな看板が目に付きます。この空港はインドネシアのものなのでしょうか、それともシンガポールあるいはマレーシア?インドネシア政府がビジットインドネシアイヤー2008プロモーションを進めている一方で、インドネシアへの入国を歓迎するべきこの国最大の国際空港が他国の観光宣伝を行なっているのは皮肉の極みではありませんか?チャンギ空港やKL新国際空港でインドネシアの観光宣伝が行なわれるのを目にするようなことがありうるのでしょうか?きっと隣国の広告宣伝をするほうが良い収入になるのでしょうね。
最後に、2Fターミナルの降車エリアには駐車禁止標識が置かれている一方でそこに自動車が駐車している光景をわたしはしょっちゅう目にしています。わたしはひと月に数回空港を訪れますが、空港に出向くたびに毎回その光景に直面します。多分運転手が警備員に金をつかませているので禁止場所での駐車が許されているのでしょう。[ 東ジャカルタ市在住、イファナ・アッサン ]


「ダムリ空港バスは料金据え置き」(2009年1月20日)
原油国際価格低下につれて政府は石油燃料小売価格を引き下げており、その帰結として運輸業界に料金値下げを求めたため各業界は小幅ながら値下げを表明して政府に応えている。ところが国有バス会社DAMRIは料金引下げをしない、と表明した。事業経費のメインは燃料費でないことから、石油燃料値下がりが料金に与える影響は小さいというのがその理由。
スカルノハッタ空港と都内の出発ポイントを結んで直行運転しているダムリバスは2008年前半に料金の30%値上げを行なっている。都内の8出発ポイントは次の通りで、現在の料金は一律ひとり2万ルピア。Blok M, Rawamangun, Tanjung Priok, Kemayoran, Kampung Rambutan, Pasar Minggu, Lebak Bulusの7バスターミナルとGambir駅がその都内8出発ポイント。また首都近郊ではCikarangとBogorが料金ひとり2万5千ルピア、SerangとBekasiはひとり2万3千ルピアとなっている。
ダムリ空港バスは一日平均1万6千人の乗客を運んで売上2億7千万ルピアを獲得している。スカルノハッタ空港以外でも、スラバヤのジュアンダ空港、デンパサルのグラライ空港、パレンバンのスルタンマフムッバハルディン空港、パダンのミナンカバウ空港でダムリ空港バスは運行サービスを行っている。


「フェリー料金値下げ」(2009年1月21日)
運通省は2009年大臣規則第2号で18ヶ所の州間渡海航路料金を変更した。これは石油燃料価格が引き下げられたために政府が国内の運送業界に価格引下げを求めている一環としてなされたもの。新料金は2009年1月15日から適用されている。
ちなみにジャワ〜スマトラ間フェリーMerak-Bakauheniは乗り物なし乗船客が大人7,375、子供4,050、自動車?類12,385、自動車?類21,525、自動車?類55,875、?類乗用車166,150、?類貨物車150,520、?類乗用車312,300、?類貨物車263,000、?類乗用車530,000、?類貨物車388,760、自動車?類553,410、自動車?類827,200となっている。
一方、ジャワ〜バリ間フェリーKetapang-Gilimanukは乗り物なし乗船客が大人3,350、子供2,350、自動車?類4,960、自動車?類9,150、自動車?類18,600、?類乗用車66,625、?類貨物車64,525、?類乗用車133,625、等々といったところ。
他には、Lembar-Padangbaiが大人25,850、子供16,050、自動車?類37,860、Muntok-Palembangは大人32,550、子供21,050、自動車?類51,710、Bajoe-Kolaka大人46,750、子供28,950、自動車?類69,210など。
ただし実際には自動車で乗船時に港湾サービス諸チャージが加えられるので、上の料金でフェリーに乗れるわけではない。また上の数字はひとりあるいは一台当たりのルピア金額。


「国鉄が料金値下げ」(2009年1月22日)
政府は石油燃料引下げの帰結として国内の輸送セクターに料金値下げを求めており、国鉄に対しては10%引下げを要請していたが国鉄はそれより小さい引下げ率で2009年1月15日から値下げを実施した。
国鉄が引き下げたのは長中距離列車エコノミー料金と首都近郊電車料金で、新料金はたとえば次のようになっている。数字はひとりあたりのルピア料金。
Matarmaja号 マラン〜ジャカルタ(パサルスネン) 51,000
Brantas号 ジャカルタ(タナアバン)〜クディリ 45,000
Kahuripan号 バンドン(パダララン)〜クディリ 38,000
Siantar Ekspres号 シアンタル〜メダン 12,000
首都近郊電車ジャカルタ〜ボゴールエコノミー 2,000
首都近郊電車ジャカルタ〜ボゴール空調車エコノミー 5,500
首都近郊電車ジャカルタ〜ブカシ空調車エコノミー 4,500


「ガルーダ航空の香港向けスペシャルオファー」(2009年1月26日)
ガルーダ航空がスラバヤとデンパサルからの香港向け直行航路開設を記念して航空運賃のスペシャルオファーを行なっている。料金はスラバヤ発がUS$319−からで運航開始は2009年2月1日、デンパサル発はUS$350−からで運航開始は2009年2月2日、料金は特定の条件が付帯する。
予約はガルーダ24時間コールセンター電話番号0 804 1 807 807あるいは(021)2351−9999、ガルーダ航空セールスオフィスもしくは最寄の旅行代理店で。
ちなみに香港行きフライトスケジュールは次のようになっている。
スラバヤ発08.50 香港着14.35 GA874 火木土日
香港発15.35 スラバヤ着19.20 GA875 火木土日
デンパサル発09.50 香港着14.35 GA856 月水金
香港発15.35 デンパサル着20.25 GA857 月水金


「安全ベルトのない座席が機内にある!」(2009年1月30日)
2005年6月マカッサル在住の事業者ジェミー・トゥラガンは商用でマカッサルからデンパサルへ飛んだ。乗ったのはライオンエアーだったが、かれが座った座席には安全ベルトがなかった。飛行機の扉が閉まる前にジェミーは乗務員に尋ねた。「安全ベルトがないんだけど、どうなってるの?飛ぶ前になんとかしてよ。」
女性乗務員は「はいはい・・・」と言ったままどこかへ行ってしまい、そうこうしているうちに機体は離陸態勢に入る。そうして何の対応も講じられないまま、飛行機は飛び立ってしまった。ジェミーは肘掛を握り締めて冷や汗を流し、20分後に着陸するまで生きた心地がしなかった。あんな思いは二度としたくないし、他の人間にも味あわせたくない。そう思ったジェミーはラインエアーに苦情を申し入れた。ライオンエアー側が顛末書を出してくれと言うので細かい報告書をしたためたが、期待したような反応が得られない。その間に時間がたってしまい、航空会社からの謝罪がいつまでも得られないため、ジェミーは民事訴訟を起こすことにした。告訴状の中でジェミーはライオンエアーに対し、物質的損害としてマカッサル〜デンパサル間航空料金54万9千ルピア、非物質的損害として20分間の不快な体験とそのクレーム書類作りのために失われたビジネス利益の合計50億ルピアを損害賠償せよと求めている。
PT Lion Mentari Airlinesの住所を所轄する中央ジャカルタ地方裁判所での民事訴訟に対する判決が2008年12月31日に出されたが、判事団はこの告訴を時効として棄却した。判決文によればその棄却理由として、国内空運に関する法令第39号には「航空運送者に対する損害賠償請求は2年以内に行われなければならない」と記されていることを指摘している。しかし原告側弁護団のひとりは、判事団が参照した法令第39号は損害賠償額を25ルピアと定めており、その法令自体がまったく時代遅れのもので、今現在損害賠償に関する明確な法規が国内に存在していない、と語っている。原告側は第一審の判決を不服として上告の準備に入っている。


「都内交通事情近景」(2009年2月9・10日)
都庁は公共運送料金に関する2009年都知事規則第4号で都バス料金を大型バス(bus patas)と中型バス(bus sedang)はひとり一回2千ルピア、小型乗合い(angkot)はひとり一回2千5百ルピアと定め、それぞれ従来から5百ルピアの値下げを行なった。この新料金は2009年1月27日から施行されたが、乗合いバスのオーナーはバス運行クルーから毎日受け取るストランを引き下げる意思がなく、そのため大半のバス運行者は都知事決定に不服を抱いてそれへの遵守を避けようとした。
インドネシア語ストラン(setoran)の語義は、支払われるもの、納められるもの、のこと。銀行口座に入金する際にもsetorという言葉が使われる。公共バスやアンコッは、運転手と車掌が自動車のオーナーから車両を委ねられてそれを運行させ、一日いくらと決められた金(それをストランと呼ぶ)を毎日オーナーに納めるシステム。一日の総収入からストランを差し引いたものが運転手と車掌の手に入る手取り収入だが、ガソリンをはじめ運行に必要なものの中には運転手と車掌の経費となっているものもある。一日の収入がストラン金額より少なければ、不足分はオーナーに対する債務となる。一見、借りた車両の対価あるいは使用料という理解もできるとはいえ、借り賃・貸し賃を意味するsewaや使用料・手間賃・費用などに使われるongkos、biaya 等の言葉は使われない。ここに見られるのは、はなはだ資本主義的な構図だ。
資本家は高額資産を労働者に使わせてそこから上がった収入の一部を、自分はまったく働かないで手に入れる。労働者であるバス運行者は自分たちがとても買えない高額資産を動かして毎日かつかつの糧を手に入れる。バス運行者から見れば、資本家に納める金が下がらないのにお上が下々のためにと言って料金を引き下げたから、自動的に自分たちの収入が減少する。自分も下々であるバス運行者は行政のダブルスタンダードによって自分たちだけが救われない立場に追いやられる。だから不服を抱くのは当然であると言えるにちがいない。例によって各自が個人利益というエゴを追及し、行政は社会的なトータルコーディネーションを念頭に置かずお上の命令をゴリ押しするという社会生活のパターンをわれわれはここにも見出だすことになる。
ともかく、お上の命令を下々に守らせなければお上の威厳が色あせてだれも言うことを聞かなくなるという社会原理が実際に存在しているから、都庁は素直に言うことを聞かない都バス運行クルーに法規を守るよう強制しなければならない。そのためバス運行クルーをターゲットとして取締りを始めた。バスは必ずターミナルに入れさせてから都庁運通局職員と警官がバス内に入り、乗客にバス代をいくら払ったかを尋ねて違反している場合には罰を与えるというのがこの取締の手順で、2月2日には64台のバスを都内の21ターミナルで摘発した。インドネシアでのリーガルコンプライアンスが一筋縄で行かないものであることは、この一事からもうかがうことが出来るだろう。
それはともあれ都庁は、エコノミーバスの次は非エコノミー交通機関だとしてエアコンバス(Patas AC)とタクシーの料金についても上限下限料金のレベルを下げることを計画している。タクシー業界は前回の石油燃料値上げの際にも値上げ拒否を大勢が主張していたわけで、ひょっとすればこちらの非エコノミー公共運送のほうが値下げがすんなりと行くのかもしれない。
ところで、路上駐車料金の巨大な水漏れを都議会に強く糾弾された都庁は路上駐車料金受領票(karcis parkir)の発行を厳格に実施させることがその成否のカギを握ると考えて、景品付きなどいくつかのアイデアを練っていた。要は駐車番の受け取った金額を管理者が知る術がないことが問題のポイントであり、支払者が必ずレシート発行を要求すれば正確な収入金額がわかるのだが、これまではもらっても何のメリットもない駐車料金受領票を駐車料金支払者が請求することはほとんど行なわれていなかった。都庁は練ったアイデアのひとつである「5枚溜めれば1回無料」キャンペーントライアルを都内の数ヶ所で2009年2月4日から実施する、と公表した。実施場所は中央ジャカルタ市のプチェノガン通り(Jl Pecenongan)やジュアンダ通り(Jl Juanda)、北ジャカルタ市ブルバル通り(Jl Boulevard)、南ジャカルタ市ラデンパタ通り(Jl Raden Patah)など。


「チカンペッ自動車道で恐喝」(2009年2月13日)
2008年6月26日付けコンパス紙への投書"Pemalakan di Tol Cikampek"から
拝啓、編集部殿。2008年6月3日18時ごろわたしがジャカルタ方面に向かってチカンペッ自動車道を走行中、ジャサマルガの不良職員がわたしを恐喝しました。ブカシティムルを過ぎたころ車の調子がおかしくなったので、わたしはジャサマルガ事務所のレッカー車置場の前に車を停めました。そして問題なく走れることを確認してから再び車を発進させましたが、突然クリーム色のボディにJasa Margaと書かれたパンサーピックアップが迫ってきて停車を命じたので一緒に路肩に停まりました。するとその車から警察機動旅団の制服を着た男が長銃を手に車内から降りてきて、銃口をわたしに向けたではありませんか。さらにもうひとりジャサマルガの警備員の制服を着た男もパンサーから出てきました。名札はかれらが着ている緑色のベストの下に隠れて読めません。
警備員はわたしを威嚇したあと、「事務所の前に車を停めてジャサマルガを侮辱した」とわたしを批難しました。そして自動車の書類を見せろと強要したので、わたしはSTNK(自動車番号証明書)を出したのですが、警備員はそれをひったくるとブカシのジャティブニンにあるジャサマルガ本部にそれを持っていく、と言ったのです。そして、それが嫌ならいくらか金を渡せ、とも。
STNKを正体のわからない人間に持って行かれるのは不安だったし、またわたしはそのままジャカルタ外環状道路に入るつもりでしたから、かれらに金を渡しました。かれらは車に戻って発進し、ブカシバラッ料金所から外に出て行きました。その警備員は刈上げた髪で背が低く太っており、色黒丸顔でニキビ面でした。年齢は30歳くらいでしょう。一方警察機動旅団員は背が高く痩せていて、髪は短く、卵型の顔でした。わたしはこの事件を電話番号8226666の自動車道サービスに電話で訴えましたが、いまだに対応が見られません。[ ボゴール在住、ナザル ]
2008年6月29日付けコンパス紙に掲載されたジャサマルガからの回答
拝啓、編集部殿。ナザルさんからのチカンペッ自動車道で起こった事件に関する投書について、ナザルさんが被害を蒙った出来事にお詫びを申し上げます。ジャサマルガ不良警備員が自動車道利用者を恐喝した事件に関するナザルさんの届出を当方は6月11日に受け取り、その日すぐに当方はナザルさんにコンタクトして事件の詳細に関するお話を伺いました。そのときの話し合いで、ナザルさんが蒙った損害に対する決着は終わっています。事件に関わった不良職員に対しては、ジャサマルガからの懲戒免職という厳格な措置を取りました。警察機動旅団員については所属部隊と連絡を取り、配置転換措置が取られました。[ PTジャサマルガ広報課長、ズフディ・サラギ ]


「酷暑の駐機場を歩かされた老母」(2009年2月17日)
2008年7月31日付けコンパス紙への投書"Ibu Lansia Sakit, Telantar di Landasan Pesawat"から
拝啓、編集部殿。わたしはスラバヤ在住の老母を治療のためにジャカルタに連れてくることにしました。最新鋭のB737−900ERを178機も持っているというライオンエアーのプロモーションに惹かれてライオンエアーを使うことにし、2008年7月3日に航空券を買いました。予約したのは7月8日13時50分発のJT577便です。
チェックイン当日、わたしはカウンターで60分以上の遅れが出ることを知らされました。そしてもっと早い便への変更を奨められ、IW8977便の座席番号36C・D・E・Fの搭乗券を渡されました。老母が病気なのでわたしはライオンエアースタッフに車椅子を用意して第4ゲート待合室まで押して行くよう頼みました。そして待合室で確認したところ、なんとわたしたちは別の航空会社ウィングエアーに移し変えられていたのです。
遅延代償のナシブンクス(弁当)をもらったのでそれを食べていたところ、老母が座っている車椅子を職員が取りに来ました。そしてそのときジャカルタ到着時に車椅子を用意してもらうための申請書にサインしました。機内に入ったら車椅子がないので、乗務員との間で少し緊張が高まりました。おまけにその機体は言われていたような新鋭機ではなかったのです。
スカルノハッタ空港に到着したとき乗務員はわたしたちに、他の乗客がみんな降りたあとで車椅子が来るからそれまで機内で待つように、と言いました。ところが乗客がみんな降り、パイロットや乗務員も降り、そして交代のクルーが入って来るとわたしたちはすぐ機内から出るようにと乗務員に命じられたのです。飛行機はこれからすぐに飛び立つのだから、と言って。
わたしたちは機内から酷暑の地上に降りました。身を寄せる陰もなく、車が忙しく往来している中で車椅子を待つために。乗務員と地上職員が車椅子の問題で責任をなすりつけあっている間に老母が衰弱してきたので、わたしは空港ビルに向かって老母の手を引いてかなり遠い距離を歩くことにしました。航空会社職員からの助けはなにひとつありませんでした。老母はいまだに飛行機へのトラウマを抱いており、わたしはライオンエアーの対応に大きい不満を覚えています。[ 東ジャカルタ市在住、パウルス・ルフル ]


「スカルノハッタ空港で乗客サービス料金値上げ」(2009年2月23日)
空港運営会社PTアンカサプラ?所轄下にある空港の航空機パッセンジャーサービスチャージ(PJP2U)値上げ申請に対して運通相が承認を行なった。アンカサプラ?は2008年4月にPJP2U通称エアポートタックスの値上げを申請したが、大臣は空港施設の状況がその値上げにふさわしくないとして申請を却下し、まず改善を行なうよう命じた。その後6月4日に再度お伺いが立てられたが大臣は依然として首を立てに振らず、駐車場やトイレなどの改善ポイントを指摘してその結果を待った。
最近になってアンカサプラ?はインドネシア消費者保護財団からPJP2U値上げに関する了承を取り付けたことから再度大臣に値上げを要請し、こうして2009年2月13日に大臣が値上げを認める姿勢を明らかにした。運通省資料によると各空港別のPJP2U料金は次のようになっている。数字はルピア。
空港名 / 国内線(現→新) / 国際線(現→新)
Soekarno-Hatta, Jakarta / 30,000→40,000 / 100,000→150,000
Polonia, Medan / 25,000→35,000 / 75,000→75,000
SM Baharuddin II, Palembang / 25,000→35,000 / 75,000→100,000
Minangkabau, Padang / 25,000→35,000 / 75,000→100,000
St Syarif Kasim II, Pekanbaru / 25,000→30,000 / 60,000→75,000
Halim Perdanakusuma, Jakarta / 25,000→30,000 / 75,000→80,000
Supadio, Pontianak / 25,000→30,000 / 60,000→75,000
Sultan Iskandar Muda, Aceh / 15,000→25,000 / 60,000→100,000
Husein Sastranegara, Bandung / 15,000→25,000 / 60,000→75,000
Raja H.Disabilillah, Tj Pinang / 15,000→20,000 / -
上の新料金の一部はアンカサプラ?の申請から引き下げられたものもある。運通相は値上げと新料金を上のように確定させたが、適用開始時期についてはまだ決まっていないとのこと。なお、デンパサルやスラバヤなどの空港はPTアンカサプラ?でなくアンカサプラ?が管轄しており、それらの空港については現状のままで変化ない。


「乗客サービス料金値上げ拒否の声が高まる」(2009年2月24日)
空港運営会社PTアンカサプラ?所轄下にある空港の航空機パッセンジャーサービスチャージ(PJP2U)値上げを運通相が承認したことに対して、国会第5委員会で反対の声が湧き起こっている。アンカサプラ?所轄空港の乗客サービスが向上した印象は少しもなく、特にスカルノハッタ空港は旧態然たるありさまではないか、というのが大半の声。スカルノハッタ空港建物メンテナンスも手が抜かれており、雨が降れば雨漏りする場所も少なくない。政府はPJP2U値上げを承認する前にPTアンカサプラ?の空港サービス基準を見直さなければならない。アンカサプラ?所轄空港のサービス基準内容とその評価について、空港サービス利用者に公開する必要がある。委員会メンバー議員たちの発言内容はそのようなものだ。
インドネシア国民空運会社協会(INACA)会長はPJP2U値上げについて、「国民購買力が低下して空運利用者の数が減っているこのようなときにサービス料金値上げを行なうべきではない。運賃が低下傾向にあるというのにエアポートタックスが値上がりするなんて・・・!」とコメントしている。
アンカサプラ?が値上げの了承を取り付けたと言っているインドネシア消費者保護財団常任役員のひとりは、「アンカサプラ?が求めてきた協議で値上げを了承したが3ヵ月毎に見直しするという条件付きだ。また値上げは段階的に行なうよう要請した。アンカサプラ?が値上げを行なった際、ジュアンダ空港とグラライ空港では乗客を驚かさないように大きな値上げ幅を避けて最初の数ヶ月間は割引を適用した。そのような対応が望まれている。」と語っている。
またインドネシア交通ソサエティ事務局長もPJP2Uの値上げはこの時節にまったく不適切であり、国民購買力を高めて国民の消費を増進させようと政府は諸政策を進めているというのに空港で国民に使途不明の支出を増やさせようとするのは逆行以外のなにものでもない、と運通相の政策を批判した。「政府が行っている方針から言えば、PJP2Uは値下げを行なってでも国民に購買力を回復させるようにするのが本筋だ。一方、これまでも国民から徴収してきたPJP2Uの使途がまったく不明であり、そして国民が感じ取れるだけのサービス向上が空港でお目にかかれない。アンカサプラ?は国民からPJP2Uを徴収していながら、空港のサービス向上にそれがどのように使われたのかを明らかにしてない。本来この徴収金は税外国庫収入として一旦国庫へ入れた上で使途を明確にして国民に公表するべきものだ。」
ユスマン・シャフィイ・ジャマル運通相はPJP2U値上げ承認について、それはSBY大統領が国民購買力を高めるためにさまざまな社会コストを軽減しようとして行なっている政策に背くものではない、と交通ソサエティ事務局長の発言を否定した。「これはそういうものではない。アンカサプラ?も値上げを今すぐ行なおうとしているわけではないのだから。」大臣はそう釈明している。


「国内航空会社の燃油サーチャージは高い」(2009年2月25日)
国内航空会社が徴収している燃油サーチャージは他国のものに比べて割高である、と運通省空運総局空運局が報告した。2009年1月時点で国内航空会社が徴収している乗客ひとり当たりの片道フライト燃油サーチャージは次のようになっている。Zona 1は飛行時間が1時間未満のフライト、Zona 5は飛行時間4時間超のフライトに適用される料金。数字の単位はルピア。
航空会社 / Zona 1 / Zona 5
Garuda Indonesia / 200,000 / 460,000
Sriwijaya Air / 170,000 / -
Mandala Airlines / 180,000 / -
Merpati Nusantara Airlines / 230,000 / 370,000
Indonesia Air Asia 燃油サーチャージ撤廃
Riau Airlines / 240,000 / -
Trigana Air Service / 150,000 / -
Lion Mentari Airlines / 180,000 / -
Wings Abadi Airlines / 180,000 / -
Metro Batavia / 180,000 / -
Kartika Airlines / 180,000 / 300,000
Linus Airways / 180,000 / -
各社に差異があるのはオペレーションコスト内に航空機燃料が占めるウエイトが異なっているためと考えられが、諸外国の航空会社より高めなのは使用されている機体の年齢が古いために燃費効率が劣っていること、そして国内で販売されている航空機燃料価格がシンガポールでの価格よりも28.1%高いことなどが原因をなしているようだ、と空運局のレポートは語っている。ちなみにIATAが公表している国際航空会社の燃油サーチャージを空運局は例に引いているが、それがこの比較に適正なものかどうか確信はないものの報告者の意図を汲んでご紹介すると、シンガポール航空は最低がUS$28、日本航空の最低はUS$22、キャセイ航空は最低US$13、ビバマカオUS$30、シルクエアーUS$28などとなっている。
それはともあれ、インドネシア国民空運会社協会(INACA)会長は、国内航空会社が燃油サーチャージを個別ばらばらに設定しているのは国の規制がないからで、最初協会はその統制を図ったものの事業競争監視コミッションがそれをカルテル視して抗議したために今は放任状態だ、とコメントしている。


「スカルノハッタ空港の値上げは3月1日から」(2009年2月26日)
スカルノハッタ空港を運営している国有事業体PTアンカサプラ?は、2009年1月15日付けで運通相が承認した航空機パッセンジャーサービスチャージ(PJP2U)の適用を2009年3月から開始すると発表した。それによってスカルノハッタ空港国際線PJP2Uは現在のひとり一回10万ルピアが15万ルピアになる。この変更は2009年3月1日から開始されるが、国内線の新料金4万ルピアは2009年3月15日からになるとのこと。PTアンカサプラ?は空港利用者に対するPJP2U値上げの広報告知を鋭意行なうと述べており、リーフレットの配布がそのメインをなす見込み。
PTアンカサプラ?企業秘書は徴収されたPJP2Uの用途について、スカルノハッタ空港施設の改装や補修に充当されるが、それ以外にもハリム空港やバンドン空港のような赤字空港の運営資金に回される部分もある、と説明した。「空港利用者に満足いただけているかどうかわからないが、スカルノハッタ空港は200ヶ所のトイレを改善し、新規に60ヶ所トイレを増設した。監視カメラのメンテナンスやエアコンと電気配線の補修なども行なっている。」と企業秘書は主張しているが、消費者団体が満足している気配はない。


「すぐ作られる悪の同盟」(2009年3月9日)
2008年7月15日付けコンパス紙への投書"Lion Air dan Segelas Air"から
拝啓、編集部殿。2008年7月4日、わたしと子供は午前10時45分ジャカルタ発のライオンエアーでメダンへ行こうとしました。9時45分にチェックインしようとカウンターへ行くと、受付はもう閉まった、と言われました。そしてそのフライトに乗れるようにアレンジするからエグゼキュティブラウンジで待つように言われ、そこで待っているときに飲み水を一杯もらったところ5万ルピアを払わせられてガックリです。結局次のフライトに乗ることができましたが出発は1時間も遅れました。
メダンからの帰途、わたしはチェックインに遅れないように早めに来てカウンターに並びました。長い間順番を待っているとカウンター職員がわたしに隣のカウンターへ行くよう命じ、自分は団体乗客の世話にかかりきりです。ところがおかしなことに、隣のカウンターには受付職員がいません。結局もうひとつ隣のカウンターへ行くよう命じられてカウンターを転々としました。おまけにトランクの鍵を壊されてまたまたがっかりさせられましたが、なんとかジャカルタに戻ることができました。
わたしが思うに、航空券販売窓口とそこら中をうろついているチャロ(ダフ屋)との間に協力関係があるようです。学校休みのこの時期に乗客は料金がいくらであろうと財布の紐を緩めますから。エキストラ稼ぎの誘惑に負けたカウンター職員は、チェックインに遅れたひとの名前を簡単に書き換えます。消費者に損害を与えるそんな行為はハイシーズンになると決まって出現します。カウンター職員のそんな不正行為を監視するひとがだれもいないのはまったく奇妙としか思えません。ましてやチェックイン締め切り時間がかれらの思いのままに変えられている事実をわたしはこの目で見ています。それはダフ屋を通してできるかぎり沢山の座席を二重販売するためなのです。[ タングラン在住、イサ・アンサリ ]


「やりますと簡単に言うことは結局なされない」(2009年3月13日)
2008年7月18日付けコンパス紙への投書"Jadwal dan Refund Batavia Air"から
拝啓、編集部殿。2008年4月11日、わたしはインターネットでバタビアエアー航空券をオンライン購入しました。ジャカルタ〜バタム2008年5月21日、バタム〜ジャカルタ2008年5月25日というフライトスケジュールです。出発の二日前になってバタビアエアーが帰りのフライトをわたしの承認もなく変更したために、わたしはバタビアエアーのサービスにたいへん不満を覚えました。しかし電話や出発の際にスカルノハッタ空港ターミナルで直接交渉して最初のフライトに戻すよう迫ったところ、それは成功を収めました。帰りのフライトが元通りになったのです。
ところがわたしがバタムにいる間に、「帰りのフライトが変更された」とバタビアエアーが連絡してきました。そのときは三日間で二回も機体整備という理由でフライトが変更されたのです。バタビアエアー側は航空券を払い戻ししたければプロセスできると言いましたので、わたしは5月24日にバタビアエアーのバタム支店で払い戻し手続を行ないました。ところがわたしの航空券購入はクレジットカードでの引き落としだったために、クレジットカード口座に払い戻されると言われました。
しかしわたしの災難はそれで終わったわけではなかったのです。2008年6月23日以降何度もバタビアエアーにコンタクトして払い戻し状況を問い合わせているのに、すぐにフォローアップしますという返事ばかりです。わたしのクレジットカード口座に直接払い込まれるはずの払い戻しをバタビアエアーはいまだに実行せず、その払い戻しがいったいどうなっているのかバタビアエアーからの説明は何もありません。[ ジャカルタ在住、シェルリー・ナヨアン ]


「ライオンエアーグループの2008年搭乗旅客数は1千万人超」(2009年3月17日)
2008年国内線航空会社の人気ナンバーワンはライオンエアーで、搭乗旅客数は914万人に達した。2007年のトップ航空会社ガルーダはライオンエアーにその地位を取って代わられた、と運通省空運総局空運局長が公表した。運通省が公表した航空会社別2008年搭乗旅客数番付は次のようになっている。
1)Lion Air 9,147,941人
2)Garuda Indonesia 7,665,390人
3)Batavia Air 4,771,272人
4)Sriwijaya Air 4,272,876人
5)Mandala Airlines 3,449,218人
6)Merpati Nusantara Airline 2,477,173人
7)Wing Abadi 2,328,508人
8)Indonesia AirAsia 1,503,672人
9)Trigana Air Service 702,718人
10)Linus Airways 268,203人
11)Travel Express 267,371人
12)Kartika Air 239,636人
13)Riau Airlines 232,248人
14)Indonesia Air Transport 7,548人
15)Nalstar Aviation 16,913人
昨年トップのライオンエアーは子会社のウィングスと合算すれば1千万人を超える。2008年の国内線搭乗旅客総数は3,730万人で2007年の3,900万人から減少している。当のライオンエアーは予想外の成果だったと語っているが、ガルーダ航空よりも運賃がかなり安目のライオンエアーは売上高ナンバーワンにならなかったようだ。


「着陸後ぴょんぴょん飛び跳ねた飛行機」(2009年3月17日)
2008年8月2日付けコンパス紙への投書"AirAsia Mendarat di Landasan Rumput"から 拝啓、編集部殿。エアエイシアのフライトはだんだん快適さが失われてきています。特に飛行機が悪状況にあるとき、パイロットもクルーもそれに関する適切な情報を乗客に与えようとしません。もしも緊急事態に陥ったとき、パイロットやクルーが適切な情報を流してくれたら乗客はどれほどたのもしく感じることでしょう。わたしは2008年6月27日バンコック発ジャカルタ行きエアエイシアQZ7717便に乗っていました。
飛行機は23時45分の到着予定でしたが着陸は0時30分で、おまけに草地の上だったのです。キャビン内の手荷物コンパートメントから乗客のバッグがバラバラと落下してきたので、乗客はみんなびっくりしてしまいました。飛行機が着陸したので乗客はもう安全だと思い飛行機から出る準備をしていると、突然座席ベルトを締めるようにというアナウンスが流れました。乗客はもうパニック状態です。飛行機の着陸状態が悪かったのでまた飛び立たなければならないと乗客たちは思ったのです。飛行機はガクンガクンと跳ねながら滑走路に向かって進んでいるようだったので、なめらかな滑走路に降りるべき飛行機が草地に降りたのだという声が乗客の間でささやかれました。そのとき機内はもうヒステリー状態でした。
わたしはそのときパニックに襲われ、心臓が早鐘のように打ち息苦しくなりました。兄はわたしを見て、顔色も肌も真っ青だ、と言いました。飛行機が完全に停止すると、乗客は手荷物を乱雑に持ってわれ勝ちに機外へ出て行きました。残念なことにパイロットからもクルーからも乗客に対する詫びの言葉は一言も聞かれず、それどころかかれらはみんなただ沈黙するだけでした。わたしはいまでも飛行機に乗るのにトラウマを感じます。乗客の一人としてわたしは、エアエイシアが料金を安くすることばかり考えるのでなくどのようにすれば最高のサービスを与えることができるのかということも考えるようにしてほしいと思います。[ メダン在住、スリワルダニ]
2008年8月14日付けコンパス紙に掲載されたインドネシアエアエイシアからの回答
拝啓、編集部殿。2008年7月26日バンコック発ジャカルタ行きエアエイシアQZ7717便に乗られたスリワルダニさんの投書についてお知らせします。パイロットが着陸後ブレーキをかけたので乗客は不快を感じられたのですが、機体は滑走路上にあり草地にには降りていません。乗客が飛行機から降りた際に弊社地上職員がその出来事について情報を受けたため、具体的にどのような違反行動がありまたどのような改善が必要なのかを調査するべく、弊社安全委員会はその便のパイロットを取り調べました。そのフライトで標準業務手順書に対する違反があった場合、違反者がだれであろうと処分が下されます。問題のパイロットに対しては、同じミスを繰り返さないように罰と指導が与えられました。不快なできごとに関してお詫び申し上げます。[ インドネシアエアエイシア取締役、ウィディヤストロ・ヌグロホ ]


「飛行中に二重窓が割れる」(2009年3月23日)
2008年8月16日付けコンパス紙への投書"Pesawat dengan Kaca Pecah"から
拝啓、編集部殿。そのできごとは2008年7月21日のブンクル発ジャカルタ行きフライトで起こりました。飛行機が離陸してからおよそ25分後くらいに機体の外側で「ガキッ」という音がし、機内で騒音が高まったのです。わたしは頭上にある呼出ボタンを押して乗務員を呼びました。わたしの隣に座っていた乗客も立ち上がると前方に走って行ってスチュワーデスを呼んできました。わたしと隣の乗客は「二重窓の外側窓板が割れた」とスチュワーデスに告げました。他の乗務員も集まってきて窓の状態を調べ始め、前の座席の乗客も不安に駆られて窓を調べ出したので、わたしはみんなに窓に触らないよう警告しました。機体内外の温度差がたいへん大きいので、不用意に触って内側の窓板まで割れてはたいへんなことになります。
コックピットに連絡に行ったスチュワーデスが戻ってきて、「30分後に着陸します。もし何か異変が起こったらすぐに知らせてください。」と言ってから勤務に戻りました。隣の乗客は不安な様子で「何かできることはないのかなあ。」と言うのでわたしは、「何もできないね。このフライトが無事に終わるよう神に祈るくらいしかない。」と答えました。ヨーロッパへのフライト禁止を解除してもらおうと政府が熱心に努めている足元でこの始末です。乗客の安全が質に取られているのは実に悲しむべきことではありませんか。そのとき、あと5〜10分でパレンバンの上空を通過するので、パレンバン空港に一度降りてこの機体がまだ飛行に適しているのかどうかをチェックしてからジャカルタに向かったらどうか、とわたしは提案したというのに。
あのときのできごとはまったくメディア報道されていません。わたしは二重窓で異状が起こったバタビアエアー座席番号10Aに座っていた乗客として、何が起こったのかをバタビアエアーに説明してもらいたいと希望します。わたしが第一の被害者になりかねなかったのですから。[ ジャカルタ在住、ジェブリ・カルタウィジャヤ ]


「首都の公共輸送がアップグレードされる」(2009年4月2日)
都庁は2014年の完成を目指して2009年からバスと鉄道の複合公共輸送体制確立を進める計画。その第一歩として都内バスターミナル改修工事から着手される、とファウジ・ボウォ都知事が表明した。ターミナルはA級メインターミナルもB級C級のサブターミナルも一律に行なわれる。バスターミナル改修は2013年に完了というスケジュールであり、一部ターミナルは近郊電車の駅と統合されて乗換えの便が図られることになる。バスターミナル改修工事は三つの方針のいずれかに属す内容で、軽度中度のリハビリレベルを伴うキャパシティ向上、軽度中度のリハビリレベルを伴う用途変更、トータルリハビリの三つがそれだ。都内諸ターミナルの中でもっとも目覚しい変化を遂げることになるのは中央ジャカルタ市スネン(Senen)バスターミナルで、キャパシティ向上に加えて近郊鉄道駅との融合が実現する。東ジャカルタ市プロガドン(Pulogadung)ターミナルは長距離バスがプログバン(Pulogebang)に移されて都バスとバスウエーだけのターミナルになる。西ジャカルタ市ラワブアヤ(Rawa Buaya)ターミナルはキャパシティ向上のためにデザインが一新されてカリドラス(Kalideres)ターミナルをしのぐものになる。これは都内自動車専用道に近い地の利を考慮したものだ。都知事はまた、バスターミナルと鉄道駅の周辺インフラである排水・歩道・陸橋などのデザインが個別に作られていたものを統合させて都民の複合公共輸送により便利なものに仕上げる意向だ、とこれまで優勢だった縦割り指向に新たな視点を持ち込むことを約束している。


「ここは何でもありうる不確定性の国」(2009年4月7日)
2008年9月2日付けコンパス紙への投書"Batu Besar di Jalan Tol, Mobil Rusak Parah"から
拝啓、編集部殿。2008年8月24日13時半ごろ、わたしの運転していた車(プレート番号F1780BF)がジャゴラウィ自動車専用道路下り方面の一番右側の車線に転がっていた巨大な縁石に激突しました。長さ45センチ高さ25センチの大きな石が自動車専用道の追い越し車線の上に転がっていたのです。場所はKM6,100のタマンミニ料金所に近い辺りでした。
わたしの前方を走っていた数台の車が突然左車線に移動し、わたしもその障害物を避けようとしましたが左側にはトラックとバスがいて移動できず、かといって急ブレーキを踏めば玉突き衝突は確実です。わたしは仕方なくその石に車をぶつけて大事故を避けたのですが、タイヤは裂け、ホイールリムは割れ、前輪は傾いてしまい、レッカー車に曳いてもらうしかない状態になりました。ハンドル操作で車の横転が防げたのは幸いでした。
事故のあと、自動車道運営会社PTジャサマルガ職員と警察のハイウエイパトロールが一緒に事故現場にやってきました。ところがジャサマルガ職員ふたりは、どうして自動車道追い越し車線にそんな障害物が転がっているのかについて、違う説明をするのです。ひとりは「その縁石は積んであったトラックから落ちたものだ。」と言い、もうひとりは「分離帯の植え込みにぶつかった車があって、そのために分離帯の縁石が転がり出たのだ。」と言いました。どちらも信じ難い話です。
この事故は道路管理者であるPTジャサマルガの管理不行き届きによって起こったものなのです。道路利用者であるわたしは、道路通行料金を払った上にこの始末で、大損を蒙りました。自動車専用道路追越車線にどうしてそんな大きな障害物が転がっているのか、わたしは不思議でなりません。ジャサマルガの責任はどうなるのですか?ジャサマルガは自動車道利用者の安全と快適さを確保しなければならないのではありませんか?[ ボゴール在住、ハシル・ラマダン ]


「インドネシアのスチュワーデスはか弱いお嬢様」(2009年4月13日)
2008年9月28日付けコンパス紙への投書"Menggunakan HP di Pesawat Sriwijaya"から
拝啓、編集部殿。2008年8月28日、わたしはパンカルピナン発ジャカルタ行きスリウィジャヤエアーを利用しました。17時の出発時間は1時間半遅延しました。わたしの座席は18Dでした。乗客が全員座ると、お定まりの安全設備と使用方法そしていくつかの注意事項をスチュワーデスが案内してくれました。安全ベルトの締め方から携帯電話をオンにしないようにということまで。
飛行機が離陸したというのに、乗客の中に不注意な人間がいて携帯電話のおしゃべりに没頭しています。特にわたしの左側に座ったひとは、スチュワーデスが最初に案内した携帯電話禁止などどこ吹く風。おまけにわたしの隣人の様子をスチュワーデスが知らないはずがないというのに、スナック箱を乗客全員に配ったり土産物を販売したりするので忙しすぎるとでもいうのでしょうか?「してはいけないことをするな」と注意するひとはだれひとりいません。
飛行中に携帯電話を使って危険がないというのなら、なんで最初に「携帯電話をオンにするな」と言って禁止したのでしょうか?もし危険であるのなら、スチュワーデスはどうしてその行為をやめさせようとしないのでしょうか?スチュワーデスの実務訓練教育の中に飛行中の安全に関するものがほんとうに含まれているのか、そして航空会社の作った訓練教育テキストは政府監督機関のチェックを受けているのでしょうか?それらのことについて、わたしは大いに疑問を感じます。乗客が全員座席に座ったあとは、飛行機の安全はその運航者であるパイロットとキャビンクルーが一手に掌握しているのではありませんか?機内のあの様子を見る限り、スチュワーデスは機体と他の乗客の安全を図るために、注意に従わない乗客に対して必要な措置を取らなければならないと思います。[ ジャカルタ在住、ロニー・パルリアン ]


「交通道徳を破壊するオートバイ運転者」(2009年4月14日)
2008年9月26日付けコンパス紙への投書"Sepeda Motor Fenomena Kesemrawutan Lalu Lintas"から
拝啓、編集部殿。ここ数年というもの、オートバイは都市部と地方部とを問わず、まるで交通支離滅裂の新現象を呈する元凶になっています。2007年販売台数469万台(インドネシアオートバイ産業協会データ)というのはわが国の新生児出生数429万人をしのいでおり、年々大通りを徘徊する新車二輪車の増加がどれほど凄まじいものであるかを容易に想像させてくれます。ましてや年間5.9%の販売増予測というのでは、なおさらのことではありませんか。
ところが、公道を猛スピードでぶっ飛ばし、他の道路通行者に道を譲ろうともせず、歩行者の中でも特に道路横断者の安全を脅かし、排気管から耳を聾する爆音を轟かせるように手を加え、夜は無灯火を気にもかけないといったオートバイ現象は正しい交通道徳とまったくバランスが取れておらず、かれらはまるでそれらの得手勝手をだれもが容赦して当たり前であるかのごとくふるまっています。
オートバイ生産者が公道におけるスピードや敏捷性あるいはかっこ良さなどを宣伝に使わないようにして正しい交通道徳の向上に手を貸してくれたら、どれほどすばらしいことでしょうか。オートバイ運転者は他の道路通行者の権利を無視し、自分自身の安全すら重要視せず、公道で好き勝手に車を走らせていいのだという考えが、そのような宣伝によってかれらに植えつけられることが懸念されるのです。関係当局はオートバイ運転者の安全や行動にもっと注意を向けてください。ルバラン帰省では250万台のオートバイが公道にひしめいて各自の故郷に向かう街道を埋め尽くすと予測されています。加えて理解に苦しむかれらの習慣がひとつあります。オートバイ帰省者の中に後ろのナンバープレートを外す者がたくさんいるのはどうしてですか?それは違反行為ではないのですか?[ タングラン在住、ハリワン・ウィドロ ]


「無法大国」(2009年4月15日)
2008年9月7日付けコンパス紙への投書"Remaja Konvoi Kendaraan, Ganggu Pemakai Jalan"から
拝啓、編集部殿。これはわたしひとりが感じていることなのか、それとも他のひとも同じように思っているのか、わたしにはよくわかりません。2008年8月30日22時ごろ、わたしは南ジャカルタ市ワルンブンチッ(Warung Buncit)通りで帰宅の途にありました。ブンチッ(Buncit)〜ドゥレンティガ(Duren Tiga)〜クマン(Kemang)の十字路に近付くと、たいへんな交通渋滞が起こっています。よく見ると交差点のど真ん中に乗用車が道をふさぐ形で止まっており、いったい何が起こったのかと思って覗き込んだところ、別の車数台もそれと同じようにまだ十代の少年数人に進行を阻まれていたのです。
その少年たちは悪びれる様子もなく、夜間交通整理の警官がよく使っている警棒形の点滅式赤色灯を振って公道における交通の流れを堂々と止めているのです。かれらが何のためにそれをしているのかと言うと、かれらの大勢の仲間たちが四輪車二輪車でコンボイを組みその交差点を横切っているのを信号が変わろうがお構いなしに途切れることなく通させようとしており、信号が赤に変わったとき別方向の流れを無理やり止めさせるためにそうしているわけです。
公道での秩序を無視して他人の通行する権利を侵害し、自分たちの通行を優先させているエゴイズムには反吐が出ますが、もっと腹立たしいことに、そのコンボイはバスウエイ専用レーンを通っていたのです。大統領でさえそこを通るには逡巡するであろうバスウエイ専用レーンをこの少年たちは大きな顔をして押し渡っているのです。いったいだれに許されて、公道を通過するほかの車を好き勝手にストップさせ、おまけに法規で禁止されているバスウエイ専用レーンを堂々と通るのか、ムカつきを通り越して不思議の念に襲われました。天に昇ったか地に潜ったか、その現場に警官の姿はひとりも見当たりません。
かれらは自分たちの行いが公道の秩序を無茶苦茶にしていることに気付いていないのでしょうか?そのコンボイの中に混じっているオートバイもだれひとりヘルメットをかぶっていません。エゴ丸出しで交通安全に露ほどの配慮も払わないこのような道路通行にわたしは腹立ちと失望を禁じ得ません。他人の権利を侵害し、自分さえよければ、自分の所属集団さえ得をすれば、というエゴイズムはやめなさい。[ 南ジャカルタ市在住、ウィディヤ・ヌグラヘディ ]


「オートバイも積んでくれる乗合いバス」(2009年4月16日)
2008年9月25日付けコンパス紙への投書"Sepeda Motor Diikat di Pintu Bus Luar Kota"から
拝啓、編集部殿。2008年8月19日、わたしは中部ジャワ州プルウォレジョに向けて南ジャカルタ市ルバッブルス(Lebak Bulus)バスターミナルからバス会社スンブルアラムの長距離バスに乗りました。バスがターミナルで客待ちしているとき、バスの後部扉にオートバイが括り付けられました。もしバスに事故が起こって前部扉が開かなくなったらどうなるのでしょうか?後部扉を中から開くことは出来ないのですから。
バスの中でわたしはそのオートバイの持主と話をしました。かれは切符二人分でそのオートバイを積んでもらったと語りました。切符ひとり分は9万ルピアです。スンブルアラムは大手の公共バス会社なのに、わずか18万ルピアのために20人ほどの乗客を危険にさらしたのです。もしそのオートバイのタンクから燃料が漏れ、乗客がタバコを車内の床に捨てたら、バス火災は避けられないではありませんか?
2008年8月22日17時半ごろ、わたしはプルウォレジョからスンブルアラムのバスに乗りました。深夜2時20分にそのバスは西ジャワ州スバン地区で土を運ぶトラックと衝突して水田に転落し、わたしはメガネを失い脚にアザを作りました。
スンブルアラム社は2007年12月に運通相から、サービスが優れているとして表彰状を得ていますが、現実には乗客の安全を軽視しています。表彰状を受ける資格があるとは思えません。[ 南ジャカルタ市在住、アグン・スティアワン ]


「国内最大の広域暴力組織はこれか?!」(2009年4月21日)
2008年9月24日付けコンパス紙への投書"Petroli Polisi Timbulkan Kerugian"から
拝啓、編集部殿。2008年9月11日午前7時50分ごろ、南ジャカルタ市クニガン(Kuningan)地区ラスナサイッ(Rasuna Said)通りのサイバー第2ビル前の高速車線をわたしは走っていました。そのときの道路交通状況は、混雑していましたが整然とスムースに流れていました。ところがわたしの後ろにジグザグ走行してやってきた首都警察交通局警護ユニットの大型ヤマハオートバイ2台のうちのひとつが、わたしの車の後部に接触したのです。おかげでリヤバンパーが破損しました。残念なことに、わたしはそのオートバイのプレートナンバーを確認することができませんでした。市民としてきわめて遺憾に思ったのは、そのオートバイ警官が何ひとつ責任を取ろうとせず、謝罪の言葉や態度すら表明しないで去って行ったことです。
市民の庇護者を自認する警察のモラルはそんなにまでも低下してしまったのでしょうか?そんなことで、どうやって国民によき模範を示せるというのでしょうか?このようなできごとは国民への教訓とされるべきです。少なくとも市民の庇護者である法執行員が国民によき模範を垂れるよう、自らの向上をはかるために。首都警察交通局上層部に注意を促したいと思います。部下に対して、礼節と責任をわきまえた行動を取るよう指示してください。[ ジャカルタ在住、シルヴァ・ジュラナ ]


「心強い市民の庇護者」(2009年4月22日)
2008年9月6日付けコンパス紙への投書"Mobil Dinas dan Pistol"から
拝啓、編集部殿。2008年8月28日23時30分、わたしと妻は商品を配達した後で帰路を急いでいました。もう夜が更けており、家では子供たちが待っているのです。わたしはワラマグン(Rawamangun)の自動車専用道路をチャワン方面に向けて走っており、海軍の公用車を特に気にもかけずに追い越したところ、その車がクラクションを鳴らしたのに驚かされました。いったい何が起こったのか、それともだれかが悪い、とでも・・・・?
警察のハイウエイパトロールカーが巡航していたので、わたしはその前方に入って車を止めました。続いて海軍のティモール車も近くに止まり、後部座席からひとが降りてきてわたしのそばに寄ってきました。わたしは何が起こったのかよくわからなかったので窓を開き、その海軍の高官に尋ねました。「何があったのですか?」
するとその男はいきなりわたしに怒声をあびせたのです。「お前は酔っ払ってるのかあ!」そして前置きもなしに拳をわたしの顔面に。助手席に座っていた妻はすぐに車から降りるとヒステリックに叫び始めました。後方に停まって様子を見ていたパトカーの警官がすぐに降りてくると、中に割って入りました。その海軍軍人に向かって「今はもう、すぐに人を殴ったりする時代じゃありませんよ。」と言いながら。わたしは運転席で事の成り行きを呆然と見ていました。妻はヒステリックに叫び続けています。するとその軍人は後ずさりながら軍公用ティモール車の運転席にいる副官に向かって「わしのピストルはどこだ?わしのピストルは?」と言いつつ車の後部座席に入り、扉を閉めました。運転者はすぐにアクセルをふかします。わたしはとっさに車から出ると、その車のナンバープレートをつかみました。プレートはホルダーにはさんであるだけで、ボルトで止められていなかったのです。車は去り、3336−0Xという海軍公用車のプレートがわたしの手に残りました。きっとその軍人は妻の叫び声に気を挫かれたのでしょう。
パトカー警官もわたしがナンバープレートをもぎ取ったのを見ており、もしこの係争が長引くなら事件の証人になると言ってくれました。海軍高官ともあろう者が、人を人とも思わないこのような無礼な行為を見せたことに、わたしはたいへん遺憾な思いを禁じ得ません。このような話はこれまでもよく耳にしていますが、自分が被害者になったのははじめてです。ここは法治国家なのです。[ ジャカルタ在住、テディ・バグス ]


「ブカシ〜プリウッ間近郊電車運行再開」(2009年4月28日)
2001年に近郊電車コタ〜タンジュンプリウッ区間閉鎖で史的文化財であるタンジュンプリウッ鉄道ターミナル駅も使用が停止されていたが、9年間の閉鎖後2009年4月13日に使用が再開された。4月22日の公式オープニング式典の翌日、これも9年間運行がストップしていたブカシ〜タンジュンプリウッ区間近郊鉄道線の運行が再開された。この線を走るのはエアコン付きエコノミー列車で、最長区間料金はひとり片道4千5百ルピア。運行は一日2便で午前9時半と16時45分発。ブカシとタンジュンプリウッ間は13駅を通過し、そのすべてに停車する。4月23日に走った再開第一便ではブカシ駅から475人が乗車したが、パサルスネンとクマヨランの両駅で大半が降車し、タンジュンプリウッ駅まで乗った乗客は数えるほどしかいなかった。


「不法ポルタルに強制撤去措置」(2009年5月7日)
都庁は住宅地区で住民が道路を閉鎖するために設置しているポルタルの中の無許可のものに撤去措置を取ることを決めた。(ポルタルについては2007年の記事「ポルタル」を参照ください。)
ポルタルは1998年5月暴動のあと、外部から暴徒が住宅地に侵入して破壊掠奪行為を行なうのを阻止するために都内の至るところで続々と設置されるようになったものだが、その後は状況の変化にもかかわらず住民の専有を優先する排他的姿勢を維持するために使われるようになって現在に至っている。
都庁秩序安寧局長によれば、住宅地区とはいえ公共道路を一部の都民が専有して勝手に閉鎖するのは社会の公共利益を損なうものであり、そのような行為は昔から禁止されてきた、とのこと。2007年都条例第8号では、ポルタル設置は都知事の許可を必要とし、無許可のものは強制撤去されるだけでなく、それを設置した者に対して20日から90日の入獄と50万から3,000万ルピアの罰金刑が用意されている。局長は都知事の許可を得ていない不法ポルタルについて、都内にあるポルタルの60%は不法のものと見られ、現在その洗い出しにかかっている、と述べている。この不法ポルタル取締りは都下5つの市役所が個々に地元で行なうことになっており、市役所はまず住民を説得して自主撤去させるよう仕向ける意向だが、住民が応じない場合は秩安局が強制執行を実施することになる。同局は溶接機を持っており、ポルタルひとつは10分で解体できる、と局長は語っている。


「ひとが欲しがるものは金になる」(2009年5月22日)
2008年10月6日付けコンパス紙への投書"Bisnis Nomor Mobil di Ditlantas Polda Metro"から
拝啓、編集部殿。首都警察管区で最近開始された自動車ナンバープレートの末尾アルファベット3文字方式は、首都警察交通局一部上層部とそのご用達である有力サービス業者数社に新たなビジネスチャンスを開いたようです。
ジャカルタの自動車書類手続代行サービス業者従業員のわたしは、末尾の3文字で名前として読めるような番号を探すようボスに言い付かりました。ところがそれを調べたわたしは、そのような番号がすべて何千万ルピアもの値段で販売済みであることを知って驚いたのです。南ジャカルタ市ポンドッピナンの有力業者オーナーの話によれば、交通局の担当高官職者が[B 1 RDS]というナンバープレートの値段を4〜5千万ルピアと値付けし、また一部階層に人気の高い[B 1 BLE]は5千万ルピア以下では売れないと言ったそうです。有力サービス業者で交通局上層部とコネを持っているところはたいてい、自動車のプレート番号が特定の意味を表すナンバープレートをほしがる特定階層に、交通局担当高官が言う金額の2倍から3倍の値段でその販売を取り持っています。
国家警察新任長官はこのようなビジネスをやめさせてください。見映えが良いと思われる自動車のナンバープレートは一般消費者に対してオープンな競売を行い、その収入を国庫に納めるようにするべきです。このような競売は首都警察だけでなく全国の州警察でも行うべきではありませんか?[ 東ジャカルタ市在住、エルウィン ]
2008年10月8日付けコンパス紙に掲載された首都警察からの回答
拝啓、編集部殿。エルウィンさんからの2008年10月6日付けコンパス紙に掲載された投書について、次の通りお知らせします。首都警察管区におけるナンバープレート末尾3文字使用は乗用車に関して2008年8月8日から開始されました。それは末尾2文字のナンバーが使い尽くされたからです。
この制度は自動車ナンバリング実施指示に関する2004年2月3日付け国家警察長官決定書第Skep/59/II/2004号に沿ったものであり、その指示には車種別の数字と末尾の文字の割振り並びに自動車オーナー居住地別の地域割りが定められています。また自動車に対するナンバー交付は無料であることを強調しておきます。[ 首都警察交通局登録管理次局長、ギリ・プルワント警察長補 ]


「不透明なやり方で客を手玉に・・・」(2009年5月25日)
2008年10月26日付けコンパス紙への投書"Kartu Garuda Frequent Flyer"から
拝啓、編集部殿。わたしは2005年5月にガルーダ航空のフリークエントフライヤー(GFF)会員になり、数ヵ月後にシルバーカードをもらいました。しかしわたしのガルーダ航空利用頻度が下がったので、GFF側はわたしのシルバーカードを元のブルーカードに落とすと手紙で通知してきました。2008年2月から10月まで、わたしのガルーダ航空利用はとても頻繁で、30回を超えたのです。チェックインのたびにブルーのGFFカードを示し、一度も問題は発生しませんでした。
2008年10月6日、わたしがGFFコールセンターに電話してマイレージステータスを尋ねたところ、わたしのカードは期限が切れていると言われ、再登録するよう勧められました。前のカードに入っているマイレージは新しいカードに移してくれるともその担当者は言ったのです。
新しいGFFカードをもらったわたしは、貯まったマイレージを確認するためすぐにGFFコールセンターに電話しましたが、今度の担当者はなんと「規定によって新しいカードに古いカードのマイレージを移すことはできない」と言ったのです。そしてその救済は何もないということも。
忠実なガルーダ航空利用者としてわたしはGFFの管理システムに強い不満を抱いています。期限切れGFFカードがどうしてチェックインカウンターで受け付けられ、保有者に期限切れの事実がまったく知らされないのはどうしてですか?[ ジャカルタ在住、ヌグラハ・ブディ ]


「オンライン購入した航空券の落とし穴」(2009年5月26日)
2008年10月26日付けコンパス紙への投書"Tiket Pesawat dengan Kartu Danamon"から
拝啓、編集部殿。2007年2月わたしはセブパシフィック航空の2008年6月14日シンガポール発マニラ往復航空券6人分をオンライン購入しました。合計1,507シンガポール(S)ドルで、およそ1千万ルピア相当です。ダナモン銀行の2008年3月16日付け請求明細書を見ると、わたしのものでないセブパシフィック航空からの251Sドルの請求が記載されていたので、わたしはすぐにダナモン銀行に連絡しました。すると銀行側はまず請求金額を支払うよう勧めたので、わたしは4月3日に全額を支払いました。その後わたしの苦情に対してダナモン銀行は251Sドルを返金し、更にわたしのクレジットカードをブロックして新しいカードに変更してくれました。
ところが出発日にわたしたち6人がシンガポールのチャンギ空港でチェックインしようとしたところ、セブパシフィック航空はわたしたち全員のチェックインを拒否したのです。不法クレジットカードが使われたのでダナモン銀行が航空券購入の支払を取り消したというのがその理由でした。わたしのカードがブロックされたことが全員の航空券購入にとんでもない結果をもたらしたのです。予想外の状況に迫られて、わたしたち6人はしかたなく現金で航空券を再購入せざるを得ませんでした。
2008年9月1日、わたしは都内メンテン地区プラパタン通りにあるダナモン銀行カードセンターを訪れてこの問題の解決を要請しましたが、結果はゼロでした。ダナモン銀行からセブパシフィック航空にクレームを出してもらわなければ二重の支払が判明しないではありませんか。そして余分に支払われたお金に対する権利はいったいだれにあるのでしょうか?[ ジャカルタ在住、シャイフル・クルニアワン ]


「袖の下を渡して罰金を値切る」(2009年6月4日)
2008年10月24日付けコンパス紙への投書"Kereta Mengalami Gangguan, Penumpang Didenda"から
拝啓、編集部殿。2008年10月13日月曜日朝、わたしはスディマラ駅からカンプンバンダン駅まで電車を使って通勤しようとしました。その朝わたしが乗ったのはカンプンバンダン経由パサルスネン行きのランカスビトゥンエコノミー電車でした。
ドゥリ駅に午前8時5分到着したあと、その電車は故障が発生したため運行できなくなったのです。そして8時半に拡声器で「この先のアンケ〜カンプンバンダン〜コタへ行く乗客はブルーライン循環エアコン電車を利用できます。」というドゥリ駅職員によるアナウンスがありました。
ところが次のアンケ駅を出たあと、カンプンバンダン駅の手前でブルーのサファリを着た鉄道職員が検札に回ってきたのです。わたしと一緒にこの電車に移った乗客がみんな検札員に2千ルピアを渡しているのに気が付きました。検札員がわたしのところへ来たので、わたしはエコノミー切符を示して、どうしてこの電車に乗ったのかという事情を説明しましたが、検札員はエコノミー切符でエアコン電車に乗っているのは違反だと言い張るのです。結局罰金5千ルピアを要求され、罰金5千ルピアに対する切符をもらいました。3千5百ルピアで目的地まで行けるはずなのに5千ルピアの上乗せになったのです。他の乗客のように、何か言われる前に自分から2千ルピアを渡しておけば無罪放免だったということなのでしょう。
ドゥリ駅職員のアナウンスに従ったわたしがどうして違反を犯したことになるのか、検札員はわたしがこの電車に乗り換えたことについての事情説明にどうして耳を貸さないのか、まったく腑に落ちません。車上検査員が切符も切らないで大勢の乗客からそれぞれ2千ルピアを集めている手口は実にたいへんなものです。ひょっとしてこれはもう、そういう慣習になってしまっているのではありませんか?カンプンバンダン駅で降りたあと、2千ルピアを渡したのに切符をもらえなかった乗客たちが大勢騒いでいました。[ タングラン在住、バンバン・ワヒユディ ]


「駐車切符トライアルは成功」(2009年6月8日)
路上駐車料金収入が水漏れを起こしていると都議会から強い批判を浴びたことから、都庁はその改善に注力することになった。都内の路上駐車料金は車種によって一回いくらという料金が都の規則として決められているが、駐車番に対しては勘と見込みにもとづくストラン金額を定めてそれを納めるよう命じるだけで実際に何台の車が駐車し駐車番が得た徴収金はいくらだったのかという内容を調べる術がないため、その形が数十年にわたって延々と続けられてきた。ストラン金額が高くて駐車番の持ち出しになるのなら駐車番のなり手がなくなるはずだが、どこへ行こうが駐車番のなり手はいっぱいいて、みんな小遣い稼ぎにそのしごとをしているようだ。そのメカニズムを改善しなければ路上駐車料金システムの秩序付けはできない。
路上駐車料金徴収システムが最初作られたときは、制服を着用した駐車番が領収書として駐車切符(karcis parkir)を支払者に渡すという決まりになっていた。ところが、しないで済むことは行なわないようにする、というインドネシア文化の中にある原理に従って、いつのまにか「支払者が要求しなければ切符を切らない」というのが当たり前になった。規定はあるけれど守られないということの有力なサンプルがこれだろう。そんな形で歳月が流れれば、切符をくれという人間に嫌な顔をする駐車番ばかりになる。それがかれらの考える既得権なのであり、決まりを守るよう要求する人間をかれらは既得権を侵す悪人という目で見るのである。
都庁が考えた改善案は、初心に還るということだった。問題は駐車料金支払者に必ず切符を要求させるにはどうするかということで、駐車番に必ず切符を切らせるにはどうするかというアプローチでないところが面白い。景品で釣るというのがもっとも効果的だというのは誰もが考えることだったようだが、高額な景品をつけるのは効果が大きいものの多寡の知れた駐車料金とは経済的につりあわないと考えたのだろう、とりあえず駐車切符を5枚貯めれば一回無料というシステムがトライされることになった。このトライアル場所は中央ジャカルタ市のプチェノガン通りとジュアンダ通り、北ジャカルタ市はクラパガディンのブルヴァ−ル通り、南ジャカルタ市はラデンパタ通りが選ばれてトライアル実施となった。なんと驚いたことに、それらのトライアルロケーションでは都庁側に一日平均130万ルピアの収入増が見られたのである。
都庁駐車監督実施ユニットは俄然腰を浮かせた。次のステップはトライアル実施個所の拡大である。拡大は一気に109ロケーションと決定され、その109ロケーションを差配している駐車番コーディネータを集めて新システムのオリエンテーションが行なわれた。各コーディネータは配下の駐車番に新システムトライアル実施をプッシュすることになった。配下の駐車番はなんと2,393人もいる。都議会議員はそれについて、かれら駐車番のストランメンタリティを洗脳することからはじめよ、と檄を飛ばしている。このトライアルは2009年5月中旬から開始される予定で、制服を着た駐車番に路上駐車料金を払う際に、毎回駐車切符を要求してそれを5枚貯めれば一回無料駐車ができる場所が都内にどっと増えるわけだ。また決まりでは、無料駐車を行なった際に駐車番は発行済み駐車切符5枚を回収してGRATISと表示された切符を運転者に渡すことになっているのだが、こちらの方ははたして駐車番に励行されるだろうか?


「メダン空港は無秩序」(2009年6月8日)
2008年10月31日付けコンパス紙への投書"Kesemrawutan dan Pengamanan Bandara Polonia Medan"から
拝啓、編集部殿。メダンのポロニア空港で滑走路のランプがつかなくなったという報道が2008年10月6日のコンパス紙に掲載されました。ケーブルが盗まれたからです。これこそ、ポロニア空港における保安警備の無力さを象徴する事件ではありませんか。この空港を頻繁に利用するひとは、いたるところに無秩序無統制を見出します。まず駐車場で駐車が拒否されます。航空券ダフ屋が大手を振って徘徊しています。トローリーはポーターに占有されているため、なかなか手に入りません。乗客でない人間が乗客専用エリアにあふれています。かれらは空港職員に金を握らせて中に入り、搭乗者待合室にまで入ってきます。そんな状態は昔からのことで、空港側が行なう『改善』はただ上っ面をなでているにすぎません。
空港運営者の言い訳はこうです。「ポロニア空港はオープンエリアがたくさんあり、保安職員の数が足りないのだ。」そんなことははるか以前からわかっていたことであり、どうして適切な対応が取られないのか、不思議でなりません。その事件ではケーブルが盗まれただけでほんとうに幸いでした。ケーブルを盗む代わりに爆発物を置かれていたら、いったいどうなったことか。本当に冗談ではすみません。
空軍基地と境を接しているメダンの表玄関ポロニア国際空港の保安と秩序の回復は急を要します。乗客・送迎者そして空港を利用するすべてのひとにとって快適さが確保されなければなりません。空港運営者は利用者に対する安全と快適さを保証するため、今すぐ真の改善に着手してください。[ メダン在住、パゲラン・トバ・ハシブアン ]


「駐車切符トライアル地区の拡大」(2009年6月9日)
当初は109ヶ所に拡大すると決めていたトライアル地区が最終的になんと410ヶ所にまで膨れ上がった。なにしろ最初のトライアルが行なわれた4地区で目覚しい収入増が起こったから、都庁駐車管理当局は目の色を変える。プチェノガン地区では従来の月収1,441万ルピアが1,675万ルピアに、ジュアンダ地区では1,601万から1,769万ルピアに増加したのである。対象エリアとしては駐車コントロール地区と非駐車コントロール地区の双方が混じりあっており、都内5市それぞれのトライアル地区明細は次のようになっている。
市 / 駐車コントロール地区 / 非駐車コントロール地区
中央ジャカルタ / 67 / 39
西ジャカルタ / 40 / 31
南ジャカルタ / 12 / 75
東ジャカルタ / 20 / 38
北ジャカルタ / 28 / 60
合計 167 / 243
それらのトライアル地区には現場コーディネータがいていくつかの地区を管掌し、それぞれの地区に配置された駐車番を監督する。5市別の人員配置は次のようになり、この人海戦術を見る限り都庁駐車管理当局の意気込みがひしひしと伝わってくるようだ。
市 / 現場コーディネータ / 駐車番
中央ジャカルタ / 19 / 721
西ジャカルタ / 19 / 608
南ジャカルタ / 19 / 371
東ジャカルタ / 12 / 285
北ジャカルタ / 18 / 408
合計 87 / 2,393
さて駐車コントロール地区と非駐車コントロール地区は何が違うのかというと、都庁側はさまざまな規準に従ってそれを決めているのだが利用者にとっては料金が違うというのが最大のポイントだろう。駐車コントロール地区では一回の駐車料金が四輪車は1,500ルピア二輪車750ルピア、非駐車コントロール地区は四輪車1,000ルピア二輪車500ルピアとなっている。現在都内の路上駐車料金を定めている2006年都条例第1号では、セダン・ジープ等一回当たり1千ルピア、バス等2千ルピア、二輪車5百ルピアと定められているものの、繁華エリアでは既にセダン・ジープで2〜3千ルピアが相場となっており、このおまけ付き駐車切符制度の復活によって法規の上を行っていた相場にコンプライアンスのメスが入り、都庁側と利用者に恩恵がもたらされることになった。これまで好きなだけ自由に駐車料金を懐に入れていた合法非合法の駐車番たちにとっては受難の季節が訪れたというところのようだ。都庁は2008年度駐車料金収入予算を250億と組んだが実績は200億に満たない191.9億で、おかげで都議会からお灸をすえられることになった。それに懲りて2009年度収入予算は200億に抑えたものの、この制度が全都に定着すれば250億も夢ではないかもしれない。なお410ヶ所のトライアルは6月1日から開始されている。


「モールへはオートバイに乗って」(2009年6月24日)
マースインドネシアが行なった最近の調査で、モールを訪れる消費者の交通手段は半分以上がオートバイであることが判明した。調査結果は次のようになっている。
自家用二輪車 52.1%
公共運送機関 34.6%
自家用四輪車 12.2%
徒歩 4.9%
自転車 3.4%
タクシー 3.3%
その他 1.9%
なんとモールにいるひとのふたりにひとりはオートバイでやってきているということのようだ。しかし、だからと言って、かれらモール訪問者が自家用車を持っていない階層だと考えると間違いを犯す。最近の傾向として自家用四輪車の使用を抑制する都市部消費者の行動が顕著になっており、概して交通の便のよい場所にあるモールへは渋滞の中をくぐって運転する苦労を避け、あるいは経済性の面から自家用四輪車を使わないスマートな消費者行動を取るひとが増加していることを上のデータは示している、とマースインドネシアは解説している。


「鉄道列車内は乗務員が支配する世界」(2009年6月24日)
2008年11月10日付けコンパス紙への投書"Data Tiket Kereta Api Manual dan Komputer Dobel"から
拝啓、編集部殿。わたしと友人はジョクジャから飛行機でジャカルタへ行く予定にしていましたが、2008年10月19日日曜日の天候が雷交じりの土砂降りだったために鉄道を利用することに変更しました。ジョクジャのアディスチプト空港からほど近い距離にマグウォ鉄道駅があります。窓口にいた女性職員にジョクジャ〜ジャカルタの切符が買えるかどうかを尋ねたところ、できるという返事でした。駅を間違えたような気がして迷ったのですが、その職員は間違っていないことをわたしたちに強く説得したので、切符を買うことにしました。ところが切符の売買は切符販売窓口でなく鉄道運行事務所の中で行われたのです。わたしと友人は総額22万ルピアを払ってスンジャウタマ号(列車番号117)のデータが手書きで記載された二枚の黄色い切符を入手しました。わたしたちはまた不審を感じて迷いましたが、その職員は確認済みの正式なものだと言ってわたしたちを信用させたのです。それでも一抹の不安を拭うことができなかったので、わたしたちはトゥグ鉄道駅まで行って再確認することにしました。予約係職員はその切符を確認済みの正式なものだと断言しました
スンジャウタマ号が発車する直前、わたしたちの座っている座席番号の記載された切符を持ったひとがふたりやってきたのに驚かされました。かれらの持っている切符のデータはコンピュータで打ち出されたもので、内容はわたしたちの手書きの切符とまったく同一です。鉄道乗務員は、コンピュータで打ち出された切符が正式なものだ、と言いました。この状況にわたしたちはとても悔しく不快な気持ちに襲われたのです。鉄道職員の間でどうしてこんなに理解がバラバラなのでしょうか?切符販売窓口職員と列車乗務員の言うことはどうしてこんなに違っているのでしょうか?わたしたちがもっと驚いたのは、実に多くの乗客がスンジャウタマ号の車内で切符を買い、座席にすわっていたことです。しかも正規料金の半額で。
わたしたちに対するこの不公平な扱いを受け入れることができなかったので、わたしたちは正規料金を払ったことを理由に別の座席を要求しました。するとわたしたちは食堂車に案内されてそこにある列車乗務員用の椅子に座らせられたのです。2008年ビジットインドネシアイヤーの真意に沿って、公共輸送機関は最良のサービスを提供するべきではありませんか?[ ジャカルタ在住、エウレカ・プラウィンタサリ ]
2008年12月2日付けコンパス紙に掲載された国鉄からの回答
拝啓、編集部殿。2008年11月10日付けコンパス紙に掲載されたエウレカ・プラウィンタサリさんの投書について、不快な体験を与えたことをお詫び申し上げます。当方は乗客に不満を抱かせた切符販売職員と列車乗務員に警告処分を与えました。[ 国鉄ジョクジャ第6操車区広報担当、ハルトモ W ]


「JCC駐車場のゴロツキ」(2009年7月2日)
2008年11月16日付けコンパス紙への投書"Biaya Parkir Tambahan di JCC"から
拝啓、編集部殿。中央ジャカルタ市スナヤンのジャカルタコンベンションセンター(JCC)駐車場では、もう何年も前から来訪者を不快にするゴロツキたちの悪行が粛清されることなく続いています。スナヤンスポーツコンプレックスの入場料を払って入ってきた自動車はJCC駐車場に車を止めると1台5千ルピアのエキストラ駐車料金を払わせられます。学位授与式や展示会のようなありきたりの催し物で、建物からかなり遠い場所で5千ルピアであり、JCC建物にもっと近い場所に止めると1台1万ルピアを要求されます。あるコンサートのとき建物に近い場所に駐車したところ、2万ルピアを要求されたことさえあります。皮肉なことにそのような行為がJCC建物に近い警官詰所前でも行われており、駐車場のゴロツキたちのそばにいる警官はそれを見ていながら何の対応も取りません。2008年11月1日にわたしはもっと皮肉な出来事を目の当たりにしました。ゴロツキたちが朝から不法な駐車料金をしこたませしめたあと、午後になってかれらはJCC建物に近い警官詰所の近くで傍若無人にもバクチを始めたのです。毎日数十万ルピアもの金を簡単に手に入れているからでしょう、JCC駐車場エリア内で金を放埓にバラ撒いており、それを見ているJCC訪問者はただ口の中で罵るしかできることはありません。
首都のゴロツキ粛清作戦はどうなっているのか、首都警察長官にお伺いしたいものです。わざわざ遠くの郊外まで出かけていく必要などありません。ほんの目と鼻の先にあるJCC駐車場でゴロツキ行為が堂々と展開されているというのに、何年にも渡ってそれがクリーンにされたことがないのです。ゴロツキ行為の粛清を言葉どおり実践してください。[ タングラン在住、アリ ]


「二輪車交通優先」(2009年7月8・9日)
2009年6月9日にジャワ島とマドゥラ島を陸続きにするスラマドゥ(Suramadu)架橋が開通し、有料自動車専用道路として全国ではじめて二輪車通行の許可される道路が誕生した。オートバイは3千ルピア払って快適なツーリングを楽しむことができるようになったのである。全長4.35キロのスラマドゥ橋は車線幅3メートルの二輪車専用車線が四輪車用車線から完全に分離されて端から端まで続いている。
政府は自動車専用道における二輪車の通行をこれまで禁止してきた。その主旨は交通事故防止にある。ところが一転、政府はスラマドゥ橋に二輪車を通させるために、2009年政令第44号で自動車専用道での二輪車通行を認める方針を打ち出してきた。自動車専用道運営者にとって小規模な車線新設工事を行なうことで新たな収入の道が開かれる、という目論みをも睨んでのことだろう。しかし政府のその方針転換に道路交通専門家の一部は強い批判を投げかけている。既に強まり始めた既存自動車専用道への二輪車乗り入れ要望の声に応えてジョコ・キルマント公共事業相は、「デベロッパーが条件を満たす二輪車専用車線を設けることができるなら、二輪車が自動車道を使うようになって何が悪かろう。デベロッパーの方針次第だ。」と自由謳歌の発言を行なっているものの専門家筋に言わせれば、二輪車への自動車専用道開放は公共マス輸送システムを殺してしまうものであるとのこと。自動車専用道を日常生活の中で利用したい二輪車運転者はきわめて限定されたひとびとでしかなく、大多数の二輪車乗りにとっては休日などのドライブにしか利用メリットはないようだがともあれ、すべての二輪車運転者にとって中距離・遠距離の道がそこに開かれることになるために公共運送機関への社会的依存度は大きく低下することになるのである。その意味から専門家は、政府の地域公共マス輸送システム政策が中味を持っていないだけにとどまらずいまやその根を摘んでしまう雲行きになったとして政府に批判をつきつけている。
インドネシアは道路交通上の二輪車優先国であり、二輪車がキングオブザロードになっている。いま全国の路上にいるのは8百万台の四輪車と4千万台の二輪車であり、年々四輪車は5十万台二輪車は6百万台ずつ増加しているとの統計が語られている。
二輪車が優先されるのはインドネシア独特の弱者保護思想からきているのにまちがいないものの、ジャワ島の田舎を巡ってみればそんな思想以前の原型をわれわれは目にすることができるにちがいない。地方の農民は四輪車よりも二輪車を購入するが、それは購買力という要素以上に二輪車の利便性が重視されているからのように見える。そのために田舎へ行けば路上を走る四輪車の姿は稀で、二輪車ばかりが我が物顔に路上を右往左往しているシーンにお目にかかることになる。そんな状況下に行政が道路利用面で住民に保護を与えようとするなら二輪車優先に傾いていくのはきわめて自然の成り行きとなるのである。各家に1〜2台あるオートバイよりもほんの一握りの金持住民しか持っていない四輪車を優先する政策が実施できない構図が最初からそこにできあがっているのはだれしもお気付きのことだろう。
そんな二輪車優先原理はジャワの中小都市における道路交通にまるでこの世のものとも思えない現象を出現させている。片側二車線道路では、大型低速重量貨物車両はたいてい中央車線を走行している。それはどうやら左車線を二輪車のために開けておくのを目的としているらしい。そんなところに普通乗用車がやってきたら何が起こるだろうか?普通乗用車は左側車線を使って追越をかける。もし中央車線を大型低速車が何台もつながって走っていたらどうなるだろうか?追越車両はなんと左側ウインカーを明滅させながら追越を継続するのである。左側ウインカーの明滅は左折でなく直進の意思表示なのだ。道路の使われ方がそのようなものだから、中央車線の破損状況は左車線にくらべて圧倒的に激しい。ジャワの地方部へ行くと、左車線を二輪車に混じって走るほうが道路状況がマシだという場所は少なくない。
さて、田舎の道を我が物顔に右往左往している二輪車運転者の様子はどうだろうか。四輪車2台がすれ違う際に道幅の余裕がほとんどなくなるような道路の真ん中を、後にいる四輪車など歯牙にもかけず自分の快適スピードで巡航する二輪車は、右折する場合には道路の中央で停止してくれるし、道路混雑場所でも四輪車の鼻先に全身をさらして横止めしてくれる。脇へ寄って道を譲れとクラクションを鳴らしても百パーセント無視。それが二輪車優先システムの中で育った二輪車運転者のビヘイビヤだ。だから二輪車を追越する際には四輪車を追越するのと同じような方法で、またほぼ同等のエネルギーを費やして行なわなければならない。二輪車が優先されていることの効果はそのような形で四輪車運転者を襲うのである。
田舎の道路を自転車感覚でオートバイを乗り回していた二輪車運転者がジャカルタへやってきたからと言って、誰かに指導されたこともない道路交通エチケットをいきなり実践できるはずもない。首都圏の路上で二輪車運転者の多くが見せる路上逆走、信号無視、歩道乗り上げ、四輪車との競り合い、道路標識無視などはすべてかれらが田舎で行なっていたことそのものなのだ。そんなかれらが首都圏の路上で大集団に膨れ上がると、エゴセントリックで支離滅裂なビヘイビアを展開する。まるで生物塊とでも呼べそうな路上を埋め尽くす二輪車集団が示すその行為はルール遵守を知らない人間集団の反社会行動以外のなにものでもなく、他人の道路利用の権利を阻害し、あげくのはてに自分を交通事故の被害者にして事故の相手にされた四輪車運転者を悲惨な結末へと追い込んでいく。こうして交通事故死亡者年間3万人のうちの7割が二輪車運転者によって占められることになるのである。


「27航空会社に許可取消」(2009年7月8日)
政府運通省は国内27航空会社に対する空運事業許可を2009年6月26日付けで取り消した。この措置は2008年運通相規則第KM25号に則したもので、同規則によれば空運事業許可が与えられた場合は交付された日から一年以内に空運事業を開始しなければならず、その条件を満たさない場合には許可が取り消される。運通省は当初、いつまでも空運事業をはじめない定期航空会社20社と不定期航空会社18社に対しこの措置に対する警告を与えていたが、2008年12月と2009年4月の二度の警告にもかかわらず条件を満たさなかった次の定期16社不定期11社に対する許可取消措置を行なった。
定期航空会社
PT Eka Sari Lorena Airlines, PT Adam Skyconnection Airlines, PT Air Paradise International, PT Asia Avia Megatama, PT Bali International Air Services, PT Bayu Indonesia, PT Bouraq Indonesia, PT Deraya, PT Efata Papua Airlines, PT Indonesia Airlines Aci Patria, PT Jatayu Gelang Sejahtera, PT Sielawah NAD Air, PT Star Air, PT Top Sky International, PT Golden Air, PT Eagle Transport Service
不定期航空会社
PT Bali International Air Services, PT Nurman Avia Indopura, PD Prodexim, PT Aviasi Upata Raksa Indonesia, PT Daya Jasa Transindo Pratama, PT Buay Air Service, PT PT Adi Wahana Angkasa Nusantara, PT Love Air Service, PT Pegasus Air Charter, PT Janis Air Transport, PT Air Maleo
運通省空運総局長は、今回の措置の結果政府は対象会社を国内空運会社登録から抹消するので今後は航空会社として認知されないことになる、と述べている。しかし今回の措置は交付済み許可の期限に関連して取られた措置であることから各社の本質的資格等には関係がなく、各社が新たな許可を申請すればその都度交付のための審査が行われることになるもよう。申請条件は昨年から変更が加えられており、定期航空会社は最低5機を自己所有して10機以上を運航させなければならず、不定期航空会社の場合は自己所有機最低2機で5機以上を運航させなければならないとされている。


「キングオブザロードたち」(2009年7月9日)
2008年11月26日付けコンパス紙への投書"Pengendara Sepeda Motor Tidak Beretiket"から
拝啓、編集部殿。インドネシア全般、特にジャカルタでのオートバイ利用者急増には目を見張るものがあります。オートバイを使えば目的地に早く到着でき、費用も比較的安上がりです。ところが残念なことに、オートバイ運転者の多くがいまだに道路交通エチケットを理解していません。おかげで四輪車運転者や歩行者が道路交通面での快適さを奪われることも頻繁に起こっています。
南ジャカルタ市パサルミング地区をふだんから通過しているわたしは、ラワジャティティムル通りへ逆走して入っていくオートバイを毎朝目にしています。かれらはバンデス前でUターンするのを面倒がり、シアガ?通り前のUターン路から入っていくという短絡行動を取るのです。警察はかれらのそんな行動に手を焼いているようです。そこに警官を配置すれば、かれらの逆走行為にはブレーキがかかるでしょう。
かれらオートバイ運転者の意識の中に、道路の逆走は他人の権利を奪っているのだという考えがまったく感じられませんし、それどころか自分自身を危険に陥れる行為だという意識すら抱いていないのはオドロクかぎりです。朝でも夕方でもパサルミングのクムニン通り踏切では、オートバイはたいてい横にあふれて対向車線まで占領し、対向車線通行者の動きを妨害しています。
オートバイはボディが小さいから小回りがきくので道路上を自分たちの思うがままに走ってよいのだ、という意識をオートバイ運転者たちは捨ててください。最大の人数で一大勢力にのし上がったオートバイ運転者がいまのインドネシアにおける路上の支配者なのですから。正しい秩序を守って道路を利用しましょう。いますぐ、まずあなた自身から。[ タングラン在住、セスティ・リアンドリ ]


「自動車専用道利用車は8億台」(2009年7月10日)
自動車専用道路国有管理会社PTジャサマルガのデータによれば、2008年全国主要道路利用自動車台数は880,050,623台とのこと。ただしこれはジャサマルガが管理運営している道路におけるものだけであって、ジャサマルガ以外の会社が管理運営している道路のデータは含まれていない。ちなみに全国の自動車専用道路総延長キロメートルは676kmであり、ジャサマルガが運営しているのはそのうちの529kmとなっている。各自動車専用道ごとの2008年利用車両台数内訳は次の通り。
Cawang-Tomang-Cengkareng 249,153,892台
Jakarta-Cikampek 123,250,046台
Jakarta-Tangerang 115,866,709台
Jagorawi 115,489,491台
Jakarta Outer Ring Road 105,978,345台
Surabaya-Gempol 56.787,700台
Purbaleunyi 54,513,579台
Semarang 27,328,929台
Belmera 17,043,346台
Plikanci 14,638,586台


「法的それとも家族的?」(2009年7月21日)
2008年9月12日18時ごろ、オートバイで中央ジャカルタ市メダンムルデカバラッ通りを走っていたフェリーは突然背中に激しい衝撃を受けて転倒した。場所は運通省本庁前だ。頭を強打したため右の耳・鼻・口から激しく出血している。朦朧とした意識のままフェリーは運通省の警備員詰所に運び込まれた。警官がそれを指揮していたのにフェリーは気が付いていた。血まみれで横たえられたフェリーの携帯電話をその警官は取り上げると、フェリーの親族に電話を入れてそこへ来るよう要請した。そして警官はフェリーに向かって尋ねたのである。「法的に処理したいかね、それとも家族的に処理したいか?」 意識のはっきりしていないフェリーはそんな質問にどう答えてよいかわからず、「わたしにはわかりません。ただ無事に家まで帰りたいだけです。お任せします。・・・・」と言うのが精一杯だった。
するとまったく面識のない中年夫婦がフェリーに挨拶して謝罪した。フェリーにはだれが何を言っているのか、まるで半分夢の中のできごとのように思われた。それから警官は一枚の紙をフェリーに差し出してそこにサインするよう求めた。フェリーにはそれが何を意味しており、自分は何をしているのか、ということがほとんど考えられなかった。およそ半時間ほどしてフェリーの親族が駆けつけてきたが、そのときには警官の姿も中年夫婦の姿もその場から消え果ていた。


「自動車盗難で駐車場運営者を告訴」(2009年7月23日)
ウィスマヌサンタラに駐車したホンダCRVが盗まれたことから、ホンダCRVのオーナーが駐車場運営者セキュアパーキングと駐車場所有者ウィスマヌサンタラを相手取って損害賠償の訴えを起こした。告訴したのはホンダCRVオーナーのアンディ・チャンドラで、2009年7月7日付け中央ジャカルタ地方裁判所書記管理番号第263/PDT.G/2009/PN.JKT.PST号で告訴が受け付けられている。原告は被告に対し、物質的損害に対する賠償として1億1,927万ルピアと精神的損害の賠償として1億ルピアを支払うよう要求している。 アンディ・チャンドラが自己所有の2004年製ホンダCRVに乗ってウィスマヌサンタラのアネックスビル7A階に駐車したのは2008年11月2日午前7時半のこと。9時ごろアンディは自動車を取りに駐車場に戻ったがそのときかれの自動車は既に姿を消していた。自動車の駐車券、エンジンキー、STNK(自動車番号証明書)はすべてアンディの手中にあった。アンディはすぐにセキュアパーキングに事件を届け出て一緒に駐車ビルの全階を捜索したが、かれの車はどこにも見つからなかった。そのためセキュアパーキング側はアンディに自動車盗難届出書フォームを渡して報告させ、11月2日付けの報告証明書第01/SPI/KWN/XI/08号が作成された。セキュアパーキング側はメンテン警察署にこの事件を届け出て警察は2008年11月2日付けの届出受領書第Pol:553/K/XI/2008/SEK.MT号を作成した。
この事件では、自動車ナンバープレートを別のものに取替えて駐車場から外へ自動車窃盗者がホンダCRVを持ち出すという手口が用いられたものと推測されている。


「鉄道料金値下げ」(2009年8月10日)
国鉄は2009年8月1日から長距離列車のエグゼキュティブ料金を引き下げた。この経費節減はこれまで乗客に無料サービスとして出されていた飲食品の廃止という方法でなされる。列車内で飲食したい乗客は食堂車で注文できます、と国鉄副社長が説明した。「鉄道利用料金に他の交通機関に負けない競争力を持たせるための合理化がこういう結果になった。ほとんどの長距離エグゼキュティブ列車は5千から2万ルピアの値下がりになるが、アルゴグデだけは既に7万5千から5万ルピアに値下げしてあるので対象外となる。食堂車のカラオケ設備や各座席に備え付けの電気コンセントはそれとは別だ。」
2009年7月31日時点のエグゼキュティブ列車料金は次のようになっている。
Argo Bromo Anggrek スマラン〜スラバヤ 28万〜37万ルピア
              ジャカルタ〜スラバヤ 28万〜38万ルピア
Gumarang ジャカルタ〜スラバヤ 22万〜28万ルピア
Argo Gede ジャカルタ〜バンドン 5万〜6万ルピア 
Sembrani ジャカルタ〜スマラン 24万〜31万ルピア
Argo Dwipangga ジャカルタ〜ジョクジャ 21万〜28万ルピア
Argo Lawu ジャカルタ〜ジョクジャ 23万〜30万ルピア
Bima ジャカルタ〜ジョクジャ 24万〜31万ルピア
Gajayana ジャカルタ〜ジョクジャ 28万〜35万ルピア
Argo Sindoro スマラン〜ジャカルタ 24万ルピア
Argo Muria スマラン〜ジャカルタ 18万ルピア
Harina スマラン〜バンドン 13万〜17.5万ルピア
(上のデータはコンパス紙より)


「カオスを巻き起こす二輪ドライバー」(2009年8月10日)
2009年1月8日付けコンパス紙への投書"Perilaku Pengendara Sepeda Motor Meresahkan")から
拝啓、編集部殿。最近ジャカルタで二輪ドライバーが示す行為は野蛮さを増大させており、一般市民の嫌悪をあおっています。かれらはもはや交通法規や標識、そして他の道路利用者への礼儀や安全をまったく意に介していません。ありとあらゆる違反をつめの先ほどの罪悪感も抱かずに公然と、しかも往々にして大勢が一団となって行うのです。
交通信号や標識あるいは道路マークの違反、歩道走行、規則を無視した装備を車体に取り付けるなどという行為はいまや言うまでもないことであり、たいへん危険ですぐ目に付くふるまいは道路逆走です。この違反行為は第一級メイン道路を含めて都内のすべての道路で行なわれています。
わたしが毎日通っている道路でも、二輪車の道路逆走は日常的な光景です。わたしは毎朝デポッ(Depok)からマルゴンダラヤ(Margonda Raya)〜レンテンアグン(Lenteng Agung)〜ラグナン(Ragunan)〜ワルンブンチッラヤ(Warung Buncit Raya)〜ラスナサイッ(Rasuna Said)〜ワヒッハシム(Wahid Hasyim)を経由してタムリン通りのオフィスに通っていますが、マルゴンダラヤ〜レンテンアグン〜ラグナンの状況は最悪です。なにしろ二輪ドライバーたちは高速でしかも徒党を組んで交通違反を犯しているのですから。おまけにレンテンアグンとプルタニアン?の一方通行道路でも道路左側や右側を逆走オートバイが列をなして通っています。ジャティパダン(Jatipadang)〜ラグナン〜ワルンブンチッバラッ(Warung Buncit Barat)旧名マルガサッワ(Margasatwa)では交差点での信号待ちを嫌う二輪ドライバーがそれを避けてわざと逆送するのです。コンクリートの交通遮蔽板にもかれらを止める力はありません。
それら野蛮二輪ドライバーたちは交通の流れに応じて道路の出会う場所で大勢が道路を占拠してしまうため、法規に従って道路交通を行なっている者の進行を邪魔します。そんな傍若無人なふるまいの違反二輪ドライバーに対して交通秩序を監督する側がほとんど取締も何の措置も取らずに放置していることに心が痛みます。[ デポッ在住、イラワン・プラスティヨ ]


「メーターと待ち時間料金の二重取り」(2009年8月12日)
2009年1月15日付けコンパス紙への投書"Biaya Tunggu Taksi Express"から
拝啓、編集部殿。これはメダンで起こった出来事です。2008年12月5日15時15分にわたしはホテルに呼んだエクスプレスタクシーに乗りました。宿泊しているノボテルからSパルマン通りのクダイティラミスに立ち寄り、そのあとボルメランティへ行きました。そしてお土産を買うためにスラッパンジャン通りまで回ったのです。路上はたいへんな交通渋滞でした。
料金メーターは48,500ルピアを表示していましたが、運転手は1時間の待ち料金として25,000ルピアを請求しました。そのとき時間は16時15分で、タクシーを待たせた時間もせいぜい15分です。わたしはカスタマーサービスに問い合わせ、また運転手とあれこれの議論を行ないましたが、そのいずれもが2万5千ルピアの追加チャージを支払うようわたしに要求するのです。タクシーの料金メーターはわたしが待たせている間もずっと動いていました。待ち時間料金を取る一方でメーターも動き続けているというのはどういうことですか?
車内のドアの内側に貼られているステッカーは塗りつぶされ、ミニマムチャージ2万5千ルピアという表示は読めないようになっています。消費者に対する情報を隠し、乗客との間で当初合意のなかった料金を払わせようという魂胆が強く感じられました。おまけに運転手はアイデンティティカードと別人で、わたしが何で写真が違うのかと尋ねると前の乗務者がはずすのを忘れたのだという返事です。
メダンではエクスプレスタクシーが一番良いタクシーだと推薦されましたが、わたしが経験したのはまったく正反対でした。わたしはこの苦情をジャカルタのエクスプレスタクシーに電話しまたホームページにも送りましたが、反応はいまだありません。[ 西ジャカルタ市在住、アンドリ・リー ]
2009年2月3日付けコンパス紙に掲載されたエクスプレスタクシーからの回答
拝啓、編集部殿。アンドリ・リーさんからの2009年1月15日付けコンパス紙に掲載された投書について回答します。エクスプレスグループ本社マネージメントは問題のフォローアップを行い、社内のSOPに即して苦情を招いた運転手に対する措置を進めています。
エクスプレスレギュラータクシーは各車両がふたりの運転手によって交代で運行されており、そのときの乗務者は自分のアイデンティティカードを車内に掲示しなければなりません。メダン支店では待ち時間料金が2万5千ルピアと定められていますが、それは2008年12月末で変更され、2009年1月1日からは2万ルピアに引き下げられました。また待ち時間料金を適用する場合、運転手はタクシー料金メーターをストップさせなければならない決まりです。詳細情報は本社にあるエクスプレスグループコールセンター電話番号(021)25607000、レギュラーコールセンター(021)26509000、プレミアムコールセンター(021)26508000にお問い合わせください。[ エクスプレスグループ顧客ケアマネージャー、ラッナ・タヌブラタ ]


「姿を見せずに他人にダメージを」(2009年8月13日)
2009年1月23日付けコンパス紙への投書"Kereta Api Dilempari Batu, Penumpang Cedera"から
拝啓、編集部殿。2008年11月22日わたしはジャカルタのパサルスネン駅15時発マディウン行きビジネス列車バグンカルタに乗り、とても怖ろしい体験をしました。ジャティヌガラ駅を出てから、車体に石がぶつけられているのをわたしは感じていました。車内にまで届かなかったのは幸いでした。
ところがカラワン〜チカンペッ区間を走っているとき突然何かが起こったのです。わたしの向かいの座席にいる大きいお腹を抱えた婦人が痛みを訴えており、そのご主人は立ち上がって助けを求めて叫んでいます。その婦人に近寄ってよく見ると、顔面にかなりひどい傷を負っていました。鼻柱が折れ、広く裂けた傷口からは激しく出血しています。その婦人の横に直径3〜5センチの尖った石が転がっているのをわたしは目にしました。わたしは即座に車内の他の乗客に対して、すぐに窓を閉めるよう要請しました。次の被害者が出るのを防ぐためです。その婦人は車内にあるみすぼらしい救急箱で応急手当を受け、次のチカンペッ駅でちゃんとした処置を受けるために下車しました。母親が顔から血を流している姿を目にした小さいお嬢ちゃんは泣きじゃくるばかりです。列車がほどなくチカンペッ駅に到着したのは幸いでした。
列車がチカンペッ駅を発車してしばらくすると、後の車両で助けを求める叫び声があがりました。投石の被害者がまた出たのです。ふたり目の被害者は大人の男性で、こめかみに深い傷を負いました。この男性は途中下車を望まず、簡単な処置だけでチレボンまで乗車を続けました。
このような事件はずっと前からひんぱんに起こっていることです。ジャカルタから中部ジャワそして東部ジャワまでを往復している長距離列車に対して、場所がどこであれ石や土やなんらかの物をいつも投げているひとは、その行為を今すぐやめて二度と繰り返さないようにしてください。[ ジャカルタ在住、スリ・ハンダヤニ ]


「満員電車内をうろつく不潔な物乞い」(2009年9月8日)
2009年1月25日付けコンパス紙への投書"Sanitasi KRL Memprihatinkan"から
拝啓、編集部殿。ボゴール〜ジャカルタ間エコノミー近郊電車は保安と衛生面のケアが不十分です。物売り・物乞い・プガメン(pengamen=歌や音楽を演じて物乞いする者)・くず拾いなどがたくさん車内にいることがそれを示しています。
朝は新鮮な空気を吸えるはずななのに、ボゴール〜ジャカルタ間エコノミー近郊電車では押し合いへし合いする乗客の吐き出す二酸化炭素を胸いっぱい吸い込むことを余儀なくされます。その息苦しい車内でわたしは、きっと同じ思いの他の乗客と押し合いをしながら、呼吸不全とストレスを蒙ることになるのです。ぎゅうぎゅう詰めのそんな車内ですら、物乞いたちは乗客をかきわけて車内を巡ります。片足で身体に傷のある者やらい病を患っている者がすし詰め車内の乗客の間に身体をめりこませるようにして物乞いに回っています。わたしは車内のそんなありさまにとてもがまんできません。そのような衛生上問題のあると思われる物乞いがわたしの傍を通るとき、かれらの身体がわたしの身体に接触するのを避けることができないのですから。物乞いの身体の傷から病菌が乗客に伝染する可能性がないとは言えないでしょう。
管理当局は、物売り・プガメン・くず拾い、そして物乞いたちで病気を持っている者を車内に入れないよう規制してください。[ タングラン在住、デシ ]


「エリートは面倒事がお嫌いでは・・・」(2009年9月10日)
2009年1月4日付けコンパス紙への投書"Tabrak Lari oleh Rombongan Pengendara Motor Besar"から
拝啓、編集部殿。2008年11月29日土曜日朝6時ごろ、ボゴール県チビノンのチトルップで大型自動二輪グループによるひき逃げ事件があり、わたしの息子は右足に裂傷と骨折の被害を受けてチビノンのフサダ病院に入院しました。
大型自動二輪運転者の多くはエリート階層の出身で教育レベルも高いというのに、公道で横柄野蛮な行為を行ない、何も悪くない人間に怪我を負わせたのです。わたしの息子をはねた二輪運転者は、息子を置き去りにしてそのまま去って行きました。その無責任で両親のかけらも持っていない二輪車運転者の行為に大きい疑問を感じます。もしあなたの子供や兄弟がこのような事故に見舞われたら、あなたはどう感じますか?わたしはあなたの自覚を求め、問題解決の責任を取るために当方にコンタクトしてくるのを待っています。運転者にも通行人にも安全で秩序正しい路上運転のお手本を示してください。[ ボゴール県在住、パルモノ ]


「有料道路料金所の窓口を全開しないわけ」(2009年9月11日)
首都圏の有料自動車専用道路では料金支払者へのつり銭(5百ルピア、1千ルピア、2千ルピアなどの少額貨幣)が大量に必要とされており、都内環状自動車道では一日に6億ルピア分の少額貨幣を使う。ジャゴラウィ、ジャカルタ〜タングラン、チカンペッ、ジャカルタ外環状自動車道では一日の少額貨幣需要が20億ルピアに達する、と自動車専用道路運営会社PTジャサマルガは表明している。
それほど大量なつり銭需要があるにもかかわらず道路運営者が銀行界から受ける少額貨幣の供給に不足が起こると、道路運営者は料金所の稼動窓口を減らすという対応を取る。必然的にボトルの口が狭められて料金所に渋滞が発生するという寸法だ。渋滞になっているにもかかわらず料金所のいくつかが閉められたまま、という事態の背景にはこのつり銭不足も一役買っているようだ。


「他人の災いはわが喜び」(2009年10月2日)
2009年2月26日付けコンパス紙への投書"Membuang Anjing di Jalan Tol"から
拝啓、編集部殿。ジャカルタ〜チカンペッ自動車専用道を2009年1月26日中国正月の日の午前10時半ごろ通行した一台の車の運転者あるいは乗客のふるまいは十二分に常人を驚かせるものでした。KM16−100から200のエリアで、高速車線を走行中の自動車の窓から既に硬直している犬の死骸が放り出されたのです。驚いたのはわたしばかりではありません。わたしの車の前を走っていた、その車にもっと近い位置にいた車の運転者の驚きようは手に取るようにわかりました。
犬の死骸が自動車専用道の路上に放り出されたとき、わたしの車はまだ90メートルほど手前でしたが、わたしの前の車は60メートルくらいしか離れていませんでした。そぼ降る小雨の中でわたしの後ろの車までもが急ブレーキ操作を余儀なくされたのです。玉突き衝突事故を誘発するようなその行為はたいへん危険なものであると言わざるをえません。 自動車専用道高速車線から中速車線を走行中の車のまん前に犬の死骸を投げ捨てたそのふるまいはいったい何を意図したものだったのでしょうか?他の車に危険をもたらさないようにしようとするなら、犬の死骸を自動車専用道の標識や草地に向かって投げ捨てることだってできたでしょうに。それともそれは何らかの秘密の儀式として行なわれたのでしょうか?いずれにせよ、他人の安否などまったく気にかけていない行動ではありませんか? 数年前にも都内スディルマン通りでわたしは似たようなできごとを目撃しています。走行中の一台の車の後部座席の窓から突然ドリアンの皮が路上にいくつも放り出されたのです。きっと車内の者がドリアンの実を食べてから、割った皮をばら撒いたのにちがいありません。
文明的生活の中での他者への優しさ、礼儀正しい文化、モラルを尊ぶ、といったことがらを重視しているわが民族構成員のひとりとして、そのようなことを行う前にまず自分の心の奥底をのぞいてみなさい。[ 南ジャカルタ市在住、マヘンドラ ]


「交通事故現場にたかるハイエナ」(2009年10月5日)
2009年2月17日付けコンパス紙への投書"Kecelakaan di Jalan Tol, Pertolongan Lamban"から
拝啓、編集部殿。2008年12月5日15時15分ごろ、わたしはホンダジャズを運転していてプルバルニ(Purbaleunyi)自動車専用道路で木に衝突する対物事故を起こしました。車両前部は中破し、わたしは車のエアバッグが作動しなかったために顔と頭をハンドルに打ち付けて打撲傷を負いました。そのときわたしは気を失いましたが、わたし自身が身につけていたり車内に置いてあった貴重品が無くなったことに関して道路運営会社ジャサマルガはその防止措置を何も取らなかったのです。
事故が起こってから2時間半後にわたしを病院に連れて行くまで、ジャサマルガ職員はわたしの所有物に対する保全措置を何ひとつ取りませんでした。車とわたしはバンドンのブアバトゥ(Buah Batu)料金所を通って運び出されました。病院に着いたとき、ジャサマルガ職員の報告から携帯電話2個、財布の中の現金、そして車内に置いてあったわたしの所有物のいくつかが無くなっていることがわかりました。事故の翌日ジャサマルガ職員は、無くなったものを探したが見つからない、と報告してきました。この問題についてわたしはタマンミニ料金所のトールプラザにあるジャサマルガ本部に電話し、また12月12日に手紙を送っていますがいまだに要領を得ないままになっています。
交通事故の負傷者を救護して病院へ連れて行くのがあまりにも遅いのではありませんか?それに関する業務手順はどうなっているのですか?そして救護担当職員の熱意はどうなのでしょうか?それとは別に、他人が事故で動けなくなっているときにその者の所有物を奪い取って行く者がいるなんて、見下げ果てた人間性です。[ ジャカルタ在住、ハンドリ・ベルナール ]


「乗客がエアーエイシアを告訴」(2009年10月8日)
航空会社エアーエイシアのフライト取消を乗客の一人が告訴した。告訴したのはある私立大学教官で、PT Indonesia AirAsiaを相手取って2009年8月27日に損害賠償の訴えを起こした。告訴状はタングラン地方裁判所事務所で305/PDT.G/2009/PN.TNGという受理番号で受け付けられている。
告訴人側の法律代理人を勤めるダフィッ・ML・トビンによれば、両者の法的関係は2008年12月12日のジャカルタ〜ジョクジャ便と14日のジョクジャ〜ジャカルタ便航空券を告訴人が12月5日にオンライン購入したときから始まったとのこと。
2008年12月11日14時にエアーエイシア側は突然一方的に12日に予定されているフライトを取消し、事前通知もまた理由の説明もなくSMSで告訴人に連絡してきた。そのSMS連絡で航空会社は、12日午前6時発のフライトは15時5分に変更され、詳細情報を連絡するためフライト予約者はエアーエイシアにコンタクトするように、と搭乗予定者に求めてきた。そのため告訴人はフライトの変更情報を求めてエアーエイシアのコールセンターにコンタクトしたが、コールセンター側はフライト取消が機体の不良によるものであるとだけ説明し、何がどう不良なのかという説明を行なおうとしなかった。告訴人はエアーエイシアの朝のフライトが不可能であるなら他の航空会社を探して予約手配をするようにと求めたものの、エアーエイシア側は告訴人の要求にまったく応じなかった。そのため告訴人は、エアーエイシアが旅客運送者としての責任を果たさず法規に違反したとして航空会社側に物質的損害961,900ルピアと精神的損害1億ルピアの損害賠償を支払うよう要求している。


「事故を呼ぶ高速道路の大穴」(2009年10月8日)
2009年2月9日付けコンパス紙への投書"Lubang Maut di Jalan Tol Cikampek"から
拝啓、編集部殿。2009年1月17日土曜日17時ごろ、わたしの一家は西ジャワ州チカンペッ(Cikampek)方面に住む親族を訪れての帰途、チカンペッ自動車道を走行中でした。そしてKM56付近で路上に開いている大きく広い穴に車輪を突っ込んだのです。そのときわたしの車は前を走っているトラックに追い越しをかけていました。右側の追い越し車線に入って時速85キロに加速していたとき、突然前方に大きな穴が出現したのです。後からは長距離バスが高速で迫ってきており、左側にも並んで高速走行中の車があるため、わたしは進退きわまりました。急ブレーキをかけて後のバスに追突されたらと思うと生きた心地がありません。同乗している婦人方やまだ小さい子供たちは後ろのバスがぐんぐん近付いてくるのを見てパニック状態に陥りました。結局高速でその穴に突っ込んだわたしの車は前のタイヤがパンクし、後のタイヤには大きなこぶができたのです。
車をなんとか道路脇に寄せてわたしはパンクしたタイヤをスペアタイヤに交換しましたが、わたしの車から少し離れた後方にはやはりその穴の被害者とおぼしきトヨタイノバが停まっており、そしてわたしの前方にもミニバスがタイヤ交換していました。そのときだけでも、わたしと同じ被害を受けたと見られる車が4台もあったのです。わたしがそこを通ったのは17時ごろであり、その穴に注意標識などの対応がまったく取られていなかったのは、道路管理者がその穴を関知していないことを意味しています。自動車専用道路パトロールは前日あるいはその日の朝、そこを通ったのでしょうか?たまたまチカンペッ自動車道は拡張工事の真っ最中ですが、どうしてそんな危険な穴に注意標識を置かないまま放置していたのですか?事故で人命が失われなければ対応措置は取らないとでも言うのでしょうか?わたしの一家が体験した事故の責任を道路管理会社はどう取ってくれるのですか?[ ジャカルタ在住、ミナルド・シララヒ ]
2009年2月16日付けコンパス紙に掲載された道路運営会社PTジャサマルガからの回答
拝啓、編集部殿。2009年2月9日付けコンパス紙に掲載された、チカンペッ自動車道で事故にあわれたシララヒさんの投書に関して、自動車道を走行中に遭遇された不快な体験とその結果蒙った物質的精神的損失に対しお詫び申し上げます。
当方は今後も、特に雨季においては、十分な警戒意識とあらゆることがらを予期しての対応をもってサービスの向上に努める所存です。会社の責任ならびにコミットメントを全うするため当方は2月9日にシララヒさんにお会いしてこの問題の解決を図りました。シララヒさんの損害は当社規定に従い、全額補償いたしました。[ PTジャサマルガ広報課長、ズフディ・サラギ ]


「紛失航空券の再発行を拒む航空会社」(2009年10月14日)
2009年2月18日付けコンパス紙への投書"Kehilangan Tiket Sriwijaya Air"から
拝啓、編集部殿。2009年1月15日夜、職場から帰宅したときわたしは航空券をなくしました。2009年1月16日のバタビアエアーのバンジャルマシン発バリッパパン行きと17日のタラカン発バリッパパン行きおよびバリッパパン発バンジャルマシン行きと16日のスリウィジャヤエアーのバリッパパン発タラカン行きの航空券です。バタビアエアーの航空券はバンジャルマシンのシャムスディン・ノール空港で再発行できたので問題ありませんでした。
2009年1月16日朝、わたしは失くした航空券について届け出るためにスリウィジャヤエアーコールセンター(021)6405566に電話してからバンジャルマシン市Aヤニ通りKM35のスリウィジャヤエアーバンジャルマシン支店を訪れました。わたしの名前はもちろん同行者ふたりの名前と一緒に登録されています。ところが再発行航空券をわたしに渡すことはできないとスリウィジャヤエアー側に言われてわたしはがっかりしました。35万2千ルピアで新たに航空券を買うようかれらはわたしに言ったのです。最初に買った航空券を焦げ付かせたスリウィジャヤエアーのサービスにはたいへん失望しました。[ バンジャルマシン在住、デニセン・リウィン ]


「高速道路に入ってくるひとびと」(2009年10月19・20・21日)
自動車専用道路はインドネシア語で公称Jalan Tolと呼ばれている。逐語訳すると有料道路となるのだが、この有料で四輪車だけに高速走行が許されている道路は別名Jalan Bebas Hambatan(無障害道路)(つまりアメリカでの元来の意味であるFreeway)とも呼ばれている。後に意味が変化して使われるようになったtoll-free roadとしてのFreewayはインドネシアにない。
ともあれ、交通の流れが決して同一のレベルで交差しない道路だから自動車は高速走行をしてもそれなりの安全が確保されているわけで、そのコンセプトのゆえに危険をもたらすものの進入はその道路から排除されている。歩行者や自転車は危険をもたらすものであり、二輪車も国によっては危険をもたらすものと定義されている。
インドネシアも二輪車はどんな大型であろうと自動車専用道路から排除されているが、スラバヤとマドゥラ島をつなぐスラマドゥ橋だけは例外扱いとなった。政府がスラマドゥ橋への二輪車の乗り入れを可能にさせようとして自動車専用道路に二輪車専用レーンを設けることを許可する政令を出したところ、あちこちから既存自動車道に二輪車レーンを作れとの声が猛然と湧き上がった。結局運輸大臣と公共事業大臣が『そんなことはしない』と断言して幕切れとなったようだが、二輪車交通優先のインドネシア交通コンセプトから言えば当然の話であったにちがいない。インドネシアで二輪車に自動車専用道を利用させることの意味合いは、高速ツーリングでなく遠距離ツーリングを二輪ドライバーに奨めることにほかならない。なぜなら、田舎の街道を車で走ってみればわかるが、スピード制限遵守という習慣を持たないインドネシアドライバーたちは四輪も二輪も高速で走れる状況になれば80キロでも100キロでもおかまいなしにぶっ飛ばしている。爆音を轟かせながらカブタイプの二輪で道路の中央を四輪車をごぼう抜きにしながら突進する二輪ドライバーはいくらもいるのである。むしろ多くの自動車専用道が混雑や低速重量車両の障害を受けてせいぜい60キロ前後のスピードしか出せないのと正反対なのだ。だから現実は一般道である街道のほうが高速ツーリングを可能にしていると言うことができる。ただし安全性という面に目を向けるなら、ひとつ間違えば死は確実というリスクから逃れる術はなく、そのリスクを飼いならしあるいは目をつぶることをよしとする人間だけがそれを行なっているのである。
ところが自動車専用道に二輪車レーンが設けられたなら、二輪ドライバーは街道よりはるかに高いレベルで保護されることになる。つまり安全に遠距離を行くことが可能になるために今よりもっと多くの二輪ドライバーが遠出をするようになるにちがいない。それは現在形成されている交通体制に変化をもたらすことになる。公共運送事業に致命傷を与えるかもしれないのだ。
さて交通に対する障害からフリーであるというコンセプトを持つ自動車専用道路が本当に無障害なのかという点を見ると、人間があまりにも頻繁に徒歩でこの種の道路に侵入していることにだれもが気付くにちがいない。道路工事の場合は作業員が右往左往するのも仕方ないとしても、朝の通勤ラッシュ時間帯に清掃員が制服を着て路肩あたりを掃除していることがある。さらにバスの乗客は場所がどこであろうとお構いなしに、自分の降りたいところでバスにストップをかける。一般道の交差点内であろうと自動車専用道の中であろうと、かれらにとって違いはない。スカルノハッタ空港と都内各所のバスターミナルを結んで走るダムリバスでさえそうだ。路線バス運行者は自動車専用道での乗客の乗降が禁止されていることを知りつつも、金を払ってくれる乗客と払ってくれない官憲のどちらの言うことを聞くのがロジカルであるのかという問題の答えをすでに持っているのである。だからバス停など設けられていない自動車専用道でバスに乗降する乗客が絶えない。さらに自動車道が渋滞すると大勢の物売りが車列をかきわけて行進してくるし、遠く高い歩道橋を使って自動車道の向こうへ行くのがいやなひとも少なくないためにそんなひとびとは高速で走ってくる車の間を走り抜けて横断して行く。こうして自動車専用道の中に人間の姿が絶えずちらついているのがインドネシアの自動車専用道路の実態なのである。
2009年8月18日午前5時ごろ、タングラン〜ムラッ(Merak)自動車専用道KM66付近で、道路を横切ろうとした一組の男女が自動車にはねられて即死した。死亡したのはトイブ40歳とその妻スパルティ35歳、バンテン州セラン市ワランタカ郡パスルアン村の住民だ。ふたりはジャカルタ方面行きのバスに乗ろうとして、タングラン〜ムラッ自動車道を横断していた。もちろんそんな場所に長距離路線バス用のバス停が設けられているわけでもなく、また歩行者に横断の便宜をはかるために歩道橋が設けられているわけでもない。ふたりがムラッ方面行き車線の中ほどまできたとき、A1852 ALというナンバープレートをつけた乗用車が高速で道路を下ってきた。
衝突は避けようもなく、中央分離帯まで跳ね飛ばされたふたりは即死状態だった。その車の運転者は自動車を路肩に止めると徒歩で現場から逃走した。警察は逃走した運転者の身元を洗っている。この事故を教訓に、とセラン警察は自動車道路周辺に住む住民に対して自動車専用道路に決して入らないように呼びかけ、またバス運行者に対しては自動車専用道で客の乗降をさせないようにと指導を強めることにしている。
自動車道を徒歩で横断しようとする人間はいまだ絶えたことがなく、上のような衝突事故は頻繁に発生している。自動車専用道路管理者は自動車が高速走行できるインフラとメカニズムを用意するものの危険をなくすことで高速走行ができるというコンセプトではなく、高速走行と危険の存在は切り離されて捉えられているように見える。高速走行ができる物理的状態を用意するものの、高速走行で発生する危険は道路利用者のリスクだという考え方がそこにあるように思えるのである。道路管理者がそれをひとつにまとめてくれなければ、自動車専用道路利用者は余分なリスクを背負わなければならない。
インドネシアの自動車専用道はジャワ島にあるものをすべてわたしは走破しているが、首都圏近辺の道路がやはり走りやすいと言うことができる。ただしジャカルタ〜タングラン〜ムラッはもう何年も走っていないから、古い話をすれば鬼が笑うだろう。道路インフラと交通量のバランスが取れていない道路はやはり走りづらく、スラバヤ〜グンポルはわたしにはつらい道だった。それに比べればグルシッ(Gresik)〜スラバヤははるかにマシである。ジャカルタ〜チカンペッ(Cikampek)も昔はバランスのきわめて悪い道路だったが、いまはかなりチカンペッターミナルに近い付近まで車線が増やされてきたから、もう少しすれば楽に走れるようになるだろう。バンドンの外を迂回するパダララン(Padalarang)〜チルニ(Cileunyi)もインフラが古い上に交通量とのバランスが取れていない道で、ジャカルタからそこに至るさいに通過するチプララン(Cikampek-Purwakarta-Padalarang)の爽快さがかえってその道の印象をより悪いものにしている。スマランの外を迂回する道路は最悪で、いまは路幅拡張工事のさ中にあるから完成すれば大幅な改善が期待できそうだが、起伏の激しさだけはどうしようもない。わたしの一番のお気に入りはチレボンを迂回するパリマナン(Palimanan)〜カンチ(Kanci)だ。この道路で交通ラッシュに出会ったことがなく、十分に整っている道路インフラと起伏のなだらかな高原を走る爽快さは他の自動車道を走るときとは比べものにならない楽しさを与えてくれる。


「鉄道事故の絶えない根本要因」(2009年10月21日)
2009年8月30日付けコンパス紙への投書"Ukuran Rel Kereta Api sejak Zaman Belanda"から
拝啓、編集部殿。毎年、鉄道公共輸送に事故の起こらなかったことがありません。8月11日には、東ジャワ州パスルアンのレジョソ村でムティアラティムール号が転覆した事故がわれわれを驚かせました。国有鉄道会社や陸運総局にさまざまな批判が寄せられています。それらの批判は運転士の能力から線路の不備、そして鉄道運営に関するものまでさまざまで、それらのすべてはサービスレベル向上のために傾聴する必要のあるものです。しかしたいへん基本的な技術上の問題がインドネシアでこれまで起こった鉄道事故の誘因となっていることに注意を向ける必要があります。それはインドネシアの鉄道に使われている線路幅の問題なのです。
インドネシアの鉄道線路幅は114センチであり、一方欧米や日本で使われているのは143.5センチで29.5センチもの差があります。また線路を固定するために使われている資材も諸外国では大きいものが使われています。皮肉なことに、インドネシアではそんな狭い線路の上を諸外国で使われているのと同じサイズの客車が走っているのです。
オランダ時代まったくそのままの線路の上を運転士たちは時速百キロを超えるスピードで列車を走らせていますが、オランダ時代から1950年代まで列車は時速80キロ以下で運行し、そして機関車も客車も今より小さいものが使われていました。もしインドネシアの狭い線路幅に応じた機関車や客車を作るなら、ヨーロッパなどで使われているものより高価になるに違いありません。なぜならそれは特注品になるからです。
これまで続けざまに起こっている鉄道事故を本気で根絶しようとするなら、インドネシアの鉄道は細かい寸法に関わる部分まで抜本的な変更を加える以外に選択の余地はないのです。たとえそれが政府予算に負担をもたらすのが明らかだとしても。[ 南ジャカルタ市在住、アッモノブディ ]


「駐車違反車両処罰の効果は?」(2009年10月23日)
都庁運通局は駐車禁止エリアで違反車両に車輪ロックをかけているが、見せしめ効果は薄いようだ。中央ジャカルタ市運通次局はサレンバ(Salemba)・メンテン(Menteng)・ワヒッハシム(Wahid Hasyim)・サマンフディ(Samanhudi)・グヌンサハリ(Gunung Sahari)・ピントゥアイル(Pintu Air)・アブドゥルムイス(Abdul Muis)・クブンシリ(Kebon Sirih)などの駐車禁止エリアで駐車違反を行なっている車両にひと月25〜40台程度車輪ロックをかけてコンプライアンスの欠如した市民にお仕置きをしているものの、ほとんどすべてがコンプライアンスの欠如したひとびとであるため大多数は難を受けず、お仕置きを受けた者は自分の不運を嘆くだけというアイロニーに満ちた状況が発生している。2009年10月19日に行われた中央ジャカルタ市運通次局のオペレーションでは、チプトマグンクスモ(Cipto Mangunkusumo)病院前で3台、スネン(Senen)地区で1台、クブンシリ通りで1台に車輪ロックがかけられた。
同次局は駐車違反を摘発するのが任務であり、摘発された違反者は裁判所に起訴されて簡易裁判を受けることになる。駐車違反に対する罰則は、路上・鉄道・河川湖沼交通に関する2003年都条例第12号第34条の違反として最長3ヶ月の入獄あるいは最高5百万ルピアの罰金が科される。


「この飛行機は空中分解しないかな?」(2009年10月23日)
2009年8月19日付けコンパス紙への投書"Pesawat Mandala Tak Stabil"から
拝啓、編集部殿。わたしは2009年7月28日のジャカルタ発スラバヤ行きマンダラ航空RI−278便に乗りました。出発予定時刻の20時20分は結局22時ちょうどになりましたが。
わたしは航空会社に勤務していたので、飛行中の機体に起こることはわかります。わたしが乗った飛行機は登録コードがPK−RMAでした。わたしは常に飛行機の登録コードに注意しており、マンダラ航空所有のA−320型機にはRMAとRMCという二機の老朽機があります。離陸時と着陸時、わたしの乗った飛行機は快適ととても言えないありさまでした。滑走後に離陸したとき、トイレの近くで大きいうなり音が4分間続きました。古い機体が高度を増すときキャビン内外の気圧差でドアシールが音を出しますが、そのうなり音は別のものです。
わたしはマンダラ航空の飛行機に乗るさい、いつも後から二番目の通路側の席にすわります。わたしの後ろの乗客がそのうなり音について疑問を述べていました。そのあと、キャビン後部で何度か震動が起こりました。しかし天気は快晴で、雲も乱気流もありません。わたしはPK−RMA機後部キャビンの震動が離陸時に雲や乱気流の影響で発生したものでないため、異常を感じました。そんな震動は全部で6回発生しました。乗務員にその震動について質問したところ、PK−RMA機は機体が古いためによく起こるのだとその乗務員は認めていました。着陸時には、アプローチポジションは素晴らしいものでしたが、タッチダウンしたときの震動はとても激しいものでした。
マンダラ航空は機体メンテナンスをよく行なっており、PK−RMAもPK−RMCも最近シンガポールでDチェックを受けたばかりです。しかし乗客の不安を考慮し、乗客に快適さを与えることを重視して、その二機は稼動航空機リストから削除してください。[ スラバヤ在住、イ・ニョマン・グラ ]


「もちろんそれが主目的?!」(2009年11月4日)
2009年8月21日付けコンパス紙への投書"Lalu Lintas Semrawut, Polisi Sibuk Menilang"から
拝啓、編集部殿。毎朝通勤時にわたしは東ジャカルタ市オティスタ通りに入る前にポロニア地区を通ります。8月7日朝もわたしはそこで年中行事のように行われている光景を目にしました。自家用車3台とオートバイ1台が交通違反で警官に切符を切られているのです。
かれらが犯した違反はトランスジャカルタバス専用車線を通行したことで、かれらは確かに違反を犯したわけですが、そこに出動している6人から8人の警官が違反者を捕らえるのに熱中するあまり、本来の大事な任務がおろそかになっているように思えます。バスウエー専用車線を通行した自家用車を止めて交通違反の処置を取るため、やってきたトランスジャカルタバスは違反車両の後から進むことが出来ません。違反車両の処理が終わるまで、どれだけの時間が空費されることでしょう。トランスジャカルタバスの中は職場へ急ぐ勤労者でいっぱいだというのに。かれらの中には職場に遅刻する者も出るでしょう。警官がそうやって違反者の処理を行っているとき赤信号を無視して交差点を突っ切る車もあるのですが、警官はバスウエー専用車線の違反者にかかりきりで信号無視にはお構いなし。こうして交通の流れは秩序を失いはじめます。警察はどうしてバスウエー専用車線の入り口で入ろうとする車を阻止しようとしないのでしょうか?警察はどうしてそのエリアでの交通の流れを円滑にさせることよりも違反切符切りに専念するのでしょうか?バスウエー専用車線を通行するドライバーたちは違反切符を切られるようなことをしでかすだけでなく、自分がそのようにして交通の流れに混乱をもたらしていることを覚るべきです。[ ブカシ在住、アリフィン・ハスドゥガン ]


「駐車違反で車を差し押さえ」(2009年11月10日)
2009年3月25日付けコンパス紙への投書"Biaya Pembebasan Kendaraan Pelanggar Rambu"から
拝啓、編集部殿。2009年2月18日、わたしはブカシ県チカランのジャバベカ工業団地で警察の検問を受けました。停車して車を道路脇に寄せ、STNK(自動車番号証明書)とSIM(運転免許証)を差し出すと、警官はいきなり車の鍵を引き抜いて急いでわたしの車から離れました。何も違反を犯していないと思っているわたしは警官に近付いてわたしの違反は何なのか尋ねました。すると警官は倣岸な口調で、駐車場所の違反だと言うのです。
警官はすぐに交通法第2章第59条の違反だとして切符を切りました。ところが免許証だけでなく車の鍵まで取り上げるのです。車の中にはまだ配達を済ませていない商品がいっぱいあるので、わたしは途方に暮れました。すると驚いたことに警官は、車を解放して欲しいなら罰金45万ルピアを払え、と言います。コルトジーゼルなら45万でコンテナトラックなら90万ルピアであり、その罰金はブカシのルマアバン署で納めるようにとのことです。
わたしの疑問は、駐車違反の罰金が本当にそんなに巨額なのかどうか、そして駐車違反に対して車を差し押さえる措置が本当にあるのか、ということです。状況に迫られて、わたしはその交通警官に45万ルピアの罰金を預けて車を解放してもらいました。その警官が言うには、わたしが預けた罰金はBRI銀行経由で納められ、交通違反裁判のあと2月27日に領収書がわたしに渡されるということでした。
2月27日にわたしは警官が約束した領収書をもらうためルマアバン署を訪れました。署内でわたしは、「あっちで聞け」「向こうで尋ねろ」と何人かの署員の間でピンポン玉にされましたが、最終的に署員のひとりがこう言ったのです。「預けられた金は差し押さえられた車の一泊分の宿泊費だ。」わたしは無念さと憤りに満ちてルマアバン署をあとにしました。
わたしが検問されたとき、わたしの同類となった車は30台ほどありました。民衆の庇護者をもって任ずる国家警察のイメージは泥まみれですね。わたしは運転手を生業にしている小市民であり、失われたその金額はわたしの暮らしにたいへんな重荷と困苦をもたらしています。[ タングラン在住、エディ・スサント ]


「空港乗客サービス料金値上げは反観光振興」(2009年11月13日)
2009年3月30日付けコンパス紙への投書"Pajak Bandara Dinaikkan Tidak Masuk Akal"から
拝啓、編集部殿。2009年3月15日にエアポートタックスが値上がりしました。スカルノハッタ空港は国際線が50%上がって10万ルピアから15万ルピアになり、国内線は3万ルピアから4万ルピアに33%アップしました。一番高いアップ率はバンドンのフセインサストラヌガラ空港で、1万5千ルピアから2万5千ルピアに67%も値上がりしたのです。それらの料金は2009年3月12日にコンパス紙に掲載された空港運営会社PTアンカサプラ?の広報広告にもとづくものですが、この値上げは本当に理解に苦しみます。諸物価が値下がりしている中でエアポートタックスは反対に値上がりしたのですから。PTアンカサプラ?は一片の創造性も持たず、ただただ収入増を徴収金の値上げに頼っているだけなんて。
飛行機利用者の増加はローコストキャリヤー(LCC)が航空券を定常的に廉価販売しているからであることをわれわれだれもが知っています。一方、空港運営者はそうやって増えた飛行機利用者から何もしないで刈り取りを享受しているのです。空港運営者も航空会社と歩調をあわせて一層多くの人が飛行機を利用するよう、エアポートタックスを廉くするのが当然あるべき姿ではないでしょうか。
たとえば、マレーシアから学ぶことができます。マレーシアエアポートホールディングス(株)は2006年3月にLCCターミナル国際線のエアポートタックスを2万5千ルピア引き下げて87,500ルピアにし、更に2007年5月23日には運輸大臣が87,500ルピアから62,500ルピアに料金をダウンさせて2回も値下げを行なっています。国内線も22,500ルピアから15,000ルピアに下がっているのです。その目的は明らかで、空港運営会社もマレーシア政府も、より大勢のひとびとに飛行機を利用してもらおうというエアーエイシアの方針を支援しているのです。『The Air Asia Story〜アジアでもっとも成功した航空会社の物語』という書籍の中にも、シンガポールのLCCターミナルでは国際線乗客からエアポートタックスを7Sドルしか徴収していないという記載が出てきます。それらの隣国と比べてわが国を訪れる外国人観光客の数がまったく少ないのは当たり前なのです。
そんな状況であるにもかかわらず、わが国政府とPTアンカサプラ?はエアポートタックスを値上げして観光客の負担を増そうというのですから、インドネシアはますます魅力の薄い観光目的先になるに違いありません。[ ジャカルタ在住、トリ・チャヒヤディ ]


「国が支給する交通事故補償金が兆の単位に」(2009年11月20日)
国民に対する交通事故保障を行なっている国有事業体PT Jasa Raharjaの2009年事故補償準備金は過去最高の1.4兆ルピア弱で、昨年実績の1.03兆ルピアからかなりのアップ率になっている。これは2008年に事故被害者に対する補償金上限が引き上げられたためで、死亡のさいの遺族補償は従来の1千万ルピアが2千5百万ルピアに、障害者への治療補償は5百万ルピアから1千万ルピアに引き上げられている。
ジャサラハルジャが2009年8月までに事故被害者に支給した補償金額は8,874億ルピアにのぼっており、そのうちの大部分である8,593億ルピアは路上交通事故被害者への支給分となっている。公共交通機関乗客に対する支給金額は281億ルピアでしかない。
過去5年間の支給補償金額統計は次の通り。
年 / 総支給額 / 路上交通事故対象
2004 / 4,880 / 4,628
2005 / 5,387 / 5,094
2006 / 5,006 / 4,809
2007 / 5,304 / 5,043
2008 / 10,312 / 10,035
(金額は億ルピア単位)


「免許証に穴をあけろ」(2009年11月21日)
2009年3月27日付けコンパス紙への投書"Surat Tilang Lalin dan Pelubangan SIM"から
拝啓、編集部殿。自分自身を危険にさらすだけでなく他人をも危険に巻き込む最近の自動車運転者の交通違反、中でも二輪車の違反に対して警察はもっと厳しい処罰を与えるべきときが来ています。交通違反切符を切るだけでなく、違反者の運転免許証にパンチで穴をあけるのです。穴あけは運転者が犯した違反に応じたもので、たとえば軽い違反なら穴ひとつ、他人に危険を与えたなら穴ふたつ、他人の生命が失われたら穴みっつ、というように。
もし免許証に穴がみっつあいたらその免許証は無効とされ、新たに運転免許証を取り直さなければ車の運転はできません。交通違反者の免許証に穴をあける話題は数十年前から言われていますが、いまだ行なわれたことがありません。交通違反者に懲らしめ効果を与えるために、いまやこの罰を実施するときがきています。免許証に穴をあけるパンチは鉄道車掌が使っているものでもいいし、あるいは紙に穴をあける器具でもかまいません。[ クラテン在住、アントン・スダリスマン ]


「ジョクジャ空港拡張プロジェクト」(2009年11月30日)
ジョクジャのアディスチプト(Adisutjipto)空港拡張工事が2010年から始まる。空港運営会社PTアンカサプラ?が3千億ルピアの予算をかけて行なうこのプロジェクトは国際線の今後の拡大に備えるためのもので、国際線旅客ターミナルの拡張と滑走路の延長がプロジェクトの骨子。現在国際線ターミナルは8千平米の広さだが、それが2万平米に拡張されて年間利用客キャパシティ250万人は一挙500万人に倍増する。また現在ある2,250mの滑走路はA330型機のような長距離用旅客機の発着に便宜をはかるために2,550mまで延長される。
現在アディスチプト空港が持っている国際航路はシンガポールとクアラルンブルの二航路のみであり、前者はインドネシアエアエイシア、後者はマレーシア航空が運行サービスを行なっている。ジョクジャ特別州知事は国際航空路の拡大にたいへん意欲的であり、ジョクジャには韓国やオーストラリアのダーウィン向け潜在旅客がいることから積極的に外国航空会社に対して新航路開設を働きかけている。
ところでアディスチプト空港の一日の利用客が2009年9月18日に7,097人に達して1992年同空港開設以来の新記録を樹立した。今年9月18日は言うまでもなくルバラン交通期の帰省ピークに当たる。これまでの記録は1997年ルバラン交通期に樹立された6千5百人だったが、今年は9月27日の帰省逆流ピークでも6,737人に達して過去の記録があっさりと塗り替えられた。今年9月14日から26日までのルバラン交通期におけるジョクジャ空港利用者数は128,708人で、国内線120,434人国際線8,274人という内訳になっている。またその期間の旅客機発着は958機で、2008年実績の971機を下回った。


「アルファード豪華タクシー」(2009年11月30日)
メータータクシーの豪華版プレミアムタクシーのインドネシアでの事始めはシルバーバードタクシーらしいが、それに負けじと2008年9月からトヨタアルファードを車種に選んだプレミアムタクシーが首都圏に登場した。Tiara Expressと名付けられたこのタクシーはエクスプレスタクシーを運営しているPT Express Transindo Utamaが走らせているもので、これまで43台が投入されていたが一年前に比べて需要が7割増しになっていることから同社は台数を増やして需要増に対応しようとしている。
このティアラタクシーはユネスコがインドネシア産バティックを世界無形文化遺産に認定したのを記念して運転手におそろいのバティック制服を着用させた。バティックを着た運転手が走らせる豪華タクシーに乗りたい節はティアラエクスプレスをどうぞ。


「イセン投石少年になすすべなし」(2009年12月3日)
2009年3月20日付けコンパス紙への投書"Bocah Melempar Batu dari Pinggir Rel Kereta"から
拝啓、編集部殿。わたしがいつも利用している首都圏近郊電車ジャカルタ〜ボゴール間エアコンエコノミー列車とエアコン列車で投石の被害にあったのはこれで三度目です。列車に向かって行なわれるこの投石はパンチャシラ大学とインドネシア大学の間でもっとも頻繁に起こっています。同じことは西ジャワ州ブカシ市ビンタラ地区をはじめ、いくつかの場所でも起こっているのです。乗客だけでなく運転士もその被害から無縁でいることはできません。不安感を特に強く揺さぶるのは投石犯人がまだ小さい子供だということであり、実にナイーブな感覚でその手に余るような石を列車に向かって投げつけてくるという実態です。そんな子供たちの行為が運転士の眼を傷つけ、被害を受けた運転士は二度と運転席に着くことができなくなりました。
このようなバンダリズム行為の危険がある地区に都庁は早急に高いフェンスを設置してください。首都圏近郊電車利用者であるわたしは、バンダリズム行為が行なわれているかぎりジャカルタへの行き帰りに安心して電車を利用することができません。わたしと同じ思いの電車利用者は決して少なくないはずです。鉄道を利用することでわたしたちはジャカルタやブカシの道路交通渋滞軽減に協力しているのですから。[ タングラン在住、ワルダナ ]


「列車によじ登り、飛び降りる」(2009年12月4日)
2009年3月13日付けコンパス紙への投書"Melompat dan Memanjat di Kereta Api"から
拝啓、編集部殿。わたしはマラン発ジャカルタ行きの汽車ガジャヤナ号でチレボンまで行く常連客です。マランへの戻りもガジャヤナ号を使います。社内のサービスは優れていて家族的な雰囲気が感じられ、またさまざまなファシリティも満足できるものです。しかし残念なことに、瑕疵がひとつあるのです。チレボン到着は早朝であり、疲れた身体で列車から飛び降りなければならないのはつらいことです。
マランに戻るときも同様で、プラットホームから列車内によじ登って入ります。わたしは男ですから、降車は飛び降り、乗車はよじ登り、という乗り降りがそれほど大問題だとは思っていませんが、荷物を持った女性乗客や幼い子を抱えた女性などはどうするのでしょう?わたしは飛び降り・よじ登りに苦労している女性乗客の姿を何度も目にしています。2月14日には事件さえ起きました。乗降ステップが用意されていないために大勢のひとたちがひとりの婦人を列車に乗せようと大騒ぎをしたのです。
チレボン市駅運営者はガジャヤナ号と協力して乗客の乗降に便宜と安全を与えるために乗降ステップを用意するようにしてください。わたしのお願いはそれだけです・列車乗客はよじ登ったり飛び降りたりするのが得意なリスでもなければブタオザルでもないのですから。[ マラン在住、ハンディ・アシキン ]


「罰金は2千パーセント?」(2009年12月5日)
2009年3月17日付けコンパス紙への投書"Denda di Pintu Keluar Tol"から
拝啓、編集部殿。西ジャワ州プルワカルタ市への帰途にあったわたしたちは、昼間なので道路渋滞が激しいだろうと考えて自動車専用道を通ることにし、サダン料金所から入ってジャティルフルで一般道路に下りるという計画を立てました。ところが予期せぬことが起こったのです。わたしの乗った車は左側の料金所を通ってバンドン方面に向かい、友人の車は右側の料金所を通りました。
ジャティルフル料金所に着いて一般道に出ようとしたところ、わたしが出した通行チケットはジャカルタ方面行きのものであり、サダンからはバンドン方面になるジャティルフルへ来たのは逆方向だと言って料金所職員がチケットを問題にしたのです。チケットに関するこの違反の罰金は通常料金の2千パーセントだそうで、わたしは3千5百ルピアの通行料金なのに7万ルピアの出費を強いられました。サダン料金所から入る自動車道路利用者は料金所職員のワナにはまらないよう、注意しましょう。[ プルワカルタ在住、ジャカ・ムフシン ]
2009年3月27日付けコンパス紙に掲載された道路運営会社ジャサマルガからの回答
拝啓、編集部殿。サダンからジャティルフルまで自動車専用道を利用されたムフシンさんからの2009年3月17日付けコンパス紙に掲載された投書について、一般道へ出る際に罰金を科されたことにお詫び申し上げます。サダン料金所から自動車専用道に入るさい、料金所の手前三ヶ所に表示板が出されており、料金支払ブースの上にも行先表示の垂れ看板が掲げられています。
サダン料金所から自動車専用道に入る車は、その行き先方向に応じ、また車種に応じてチケットが渡されます。方向の異なる場合、チケットは連番ですが色が異なっています。もし自動車専用道利用者が異なる方向の料金所から出ようとした場合は2005年政令第15号第86条に従い、その自動車道の最遠区間料金の2倍が罰金として科されます。[PTジャサマルガプルバルニ支社経営代表、ダルワン・エディソン]


「荒っぽさとコンプライアンス否定」(2009年12月8日)
2009年3月10日付けコンパス紙への投書"Lemahnya Penegakan Hukum dan Premanisme Berkendara"から
拝啓、編集部殿。公道における法規の確立がどれほど重要なのかと尋ねられたなら、きっとだれもがとても重要だと答えるはずです。ところがジャボデタベッ地区に限定しても、われわれが目にする実態はとてもそのような答えを反映しているとは思えません。
首都警察長官が何度も入れ替わったというのに、ジャボデタベッ地区の公道における法規違反はここ数年、質量ともに悪化の一途をたどっています。その実態はまるで、このことが少しも重要でないと考えられているような印象をわれわれに与えるのですが、この問題は首都の各所轄で勤務する警察上級者にとって、業務評価のバロメーターとなりうることがらなのです。
公道における法確立の弱さが首都警察所轄地区における交通の不効率無秩序の最大要因であることは疑いをさしはさむ余地がありません。二輪運転者にとっては、その日常行動の中で頻繁に、且つ大勢が一斉に違反を行なっているために、それらの違反行為は何の問題もない、大いに当たり前のことと認識されているほどです。違反が頻繁にそして大勢で行なわれるために、警官はそれに対してなすすべを知らず、往々にしてただ目をつぶるだけです。数年前まではあまり目にすることのなかった違反行為が今ではいたるところで見受けられます。道路逆走・歩道や歩道橋での走行・交通信号や標識の無視・・・・
それらの運転ビヘイビヤは公道におけるゴロツキ行動であると言っておかしくない状況になっています。ゴロツキと同じように、かれらは法規を犯し侮蔑し、他人の権利を奪い、不安を生じさせ、そして事故の被害者にすることも少なくありません。市民にとって、上のような言辞を耳にするだけではおさまらない事態が出現しています。運転者たちへの警告や呼びかけが何の変化を生む力も持っていないことはもう証明されているのです。いま必要なのは行動です。首都の命令系統のトップとして首都警察長官は、公道の運転者が示すゴロツキ行為に断固とした措置を取るよう、配下の警察機構に特別指示を出さなければならないのです。[ デポッ在住、イラワン・プラスティヨ ]


「悪徳交通警官の罠」(2009年12月22日)
2009年3月4日付けコンパス紙への投書"Rambu Lalin untuk Pungli"から
拝啓、編集部殿。中央ジャカルタ市ビアッ通り(Jalan Biak)とムシ通り(Jalan Musi)の交差点および西ジャカルタ市トマン立体交差に掲げられている交通標識を改善するよう都庁運通局と首都警察交通局の責任者に要請します。それらの場所に掲げられている標識は土曜日がまだ公式に休日に認定されていない時代に設置されたものであるため、都庁が土曜日を正式に休日と認定している現状と食い違ったものになっているのです。だからそれらの標識に書かれた「休日を除く」という文章は「土曜日と休日を除く」に書き換えられなければなりません。
その食い違いを、交通警官の制服を着た不良警察官が稼ぎに利用しています。土曜日になるとムシ〜ビアッ交差点でかれらは標識に記された規制時間が終わる夕方まで現場にいて、道路を横切る車の違反行為を取り締まっています。土曜日は休日だと思っているドライバーが規制標識の制限を受けないと考えて横切ると、土曜日は規制対象だと難癖をつけて違反者扱いするのです。かれらは数人のグループで自動車ショールームにほど近い、ムシ通りの川沿いにあるワルンにたむろし、違反者が来るのを待ち受けています。かれらの餌食になる車の数はかなりあり、その場で和解金を払って解放されています。[ 西ジャカルタ市在住、アブドゥル・ガニ ]


「航空会社直営切符販売窓口でダフ屋行為」(2009年12月28日)
2009年3月4日付けコンパス紙への投書"Harga Tiket Pesawat Mandala"から
拝啓、編集部殿。これまで国内線フライトを利用してきたなかで最悪の体験をしました。その日のうちにスマランに帰らなければならないわたしは、2009年1月22日16時半にスカルノハッタ空港に着きました。ライオン航空に乗ろうと考えていたわたしはライオン航空のチケットを買うためカウンターへ行きましたが、正規職員は満席だと言います。
ライオン航空チケット販売窓口の前にいた何人かがわたしにマンダラ航空のチケットを勧めました。料金は80万4千ルピアで、座席はこれが最後のひとつだとのことでした。マンダラ航空の正規料金は52万6千ルピアなのに、航空会社の正式チケット販売窓口でダフ屋行為が行なわれているのです。需給関係という市場原理に従って、需要が高まれば価格はどんどん吊り上げられて行きます。
時間に迫られたわたしはそのチャロ価格で、30万ルピア近くも余分にお金を使ってマンダラ航空のチケットを買いました。ところが機内に入ったわたしは、まだ2ヶ所も空席があるのを目にして実に残念な思いに駆られました。燃油コストが低下し、各社こぞって料金引下げを行なっている国内線で航空会社が行なっているこのような振る舞いは、消費者をたいへんがっかりさせるものです。[ スマラン在住、スリ・プジャヤニ ]


「チェックイン時に支払いを要求される」(2009年12月29日)
2009年3月6日付けコンパス紙への投書"Pelayanan AirAsia Merugikan"から
拝啓、編集部殿。2008年12月31日、わたしはエアエイシアに個人でジョクジャ〜ジャカルタ6人分の航空券を注文しました。BKV3ELとV34WDLという予約コードを入手した上でわたしがエアエイシアのコールセンターに電話すると担当者は、その予約コードは確認済みステータスであり、2009年1月19日午前7時25分発のフライトに使うことができる、と説明してくれました。わたしは支払いを済ませてそのチケットのプリントアウトを入手しました。
2009年1月19日に5人の同行者と一緒にジョクジャ空港でチェックインしたところ、その航空券はまだ支払がなされておらず、ジャカルタへこのフライトで出発したければ現金で支払うようにとカウンター職員が言うのに驚かされてしまいました。不審と驚きと不快さがわたしを襲いましたが、そのためにジャカルタ行きを変更することはできないので、わたしは仕方なく1,694,400ルピアの現金を渡しました。エアエイシアの警備員がこの状況をうまく解決させようとサポートしてくれたので、わたしはエアエイシアに対する抗議を表明しました。わたしが購入したチケットは何週間も前にエアエイシア側が搭乗できるという確認を済ませてあるものなのに、どうしてチェックイン時点でこんなことが起こるのか、と。わたしはオーダーしたチケットに何の操作も施していないし、これでは料金の二重取りではないか、とも。
わたしは1月24日・27日・28日と何度もエアエイシアのジョクジャ担当マネージャーだというひとに電話やSMSでコンタクトしました。しかしエアエイシアはわたしのこの二重払いに関する抗議にまだ何の反応も示しませんし、わたしのお金をどのように返してくれるのかも判然としません。エアエイシアは消費者に損させて平然としているのです。[ ジョクジャ在住、プラボウォ・レクソノ ]


「公道にポリシティドゥル」(2009年12月30日)
2009年4月29日付けコンパス紙への投書"Korban Polisi Tidur Berjatuhan"から
拝啓、編集部殿。西ジャカルタ市プルマタブアナ住民のわたしは、西ジャカルタ市役所に近いプリインダラヤ通りに設けられたスピードトラップ(ポリシテイドゥル)の被害者です。なぜなら、公道の真ん中に設けられた比較的高さのあるスピードトラップのために多くの道路利用者が事故にあっており、さらに朝の通勤時間帯には大渋滞が発生するようになったからです。
わたしの友人ザイナリ氏は2009年3月19日19時半ごろ西ジャカルタ市役所方面からプリインダ市場に向かってオートバイで走ってきたところ、そのスピードトラップに間近まで気付かず、突然公道のど真ん中に出現した障害物に驚いてふらつき、転倒してしまいました。かれの全身はいまだに傷だらけです。その同じ日の夜、やはりスピードトラップのためにオートバイが転倒して運転者が怪我をするという事故がほかに三件起こっています。
いったいどんな理由で大通りにスピードトラップが設けられたのでしょうか?これはプリインダ住民のためだったのでしょうか、それとも市役所がそれを行なったのでしょうか?地元行政府、特に西ジャカルタ市長は犠牲者が増加しないうちに、早急に措置を取ってください。生命に関わる被害者が出てからでは遅いのです。[ ジャカルタ在住、アンディ ]