「強盗(後)」(2017年12月20日) 2百年以上が経過したというのに、ケチュは減少するどころか、ますます旺盛になってい る。かれらは植民地時代に田舎で猛威を振るったためにルーラルバンディットあるいはル ーラルアンダーワールドと呼ばれたが、今やかれらはメトロポリタンジャカルタを活躍の 舞台にしている。 首都警察データによれば、ラマダン前の四輪車二輪車盗難事件は987件だったが、ラマ ダン月の16日間に910件に達し、強盗事件はラマダン前が708件で、ラマダン月の 16日間では570件。ルバランまで、まだまだ増えるだろうと首都警察オペレーション 局長は述べている。 < 抑圧からの解放 > 強盗は抑圧からの自己解放であり、同時に社会・経済・文化上の優位性を拒絶する手段と して出現する。 ヨグヤカルタとスラカルタでケチュは、植民地政府のサトウキビ畑拡大方針が農民の水田 を追い詰め始めてから激増した。スラカルタレシデン地区で1854年のサトウキビ畑面 積は35,282バウ(1バウはおよそ7,100平米)だったが、6年後には275, 078バウに跳ね上がった。 農民の暮らしはどん底に落ち込んだ。もちろん金など持っていない。当時ジャワを訪れた 旅行者の印象は、ジャワ人は半裸で暮らしているというものだった。1824年にウイン ターはソロの民衆の暮らしを、たいてい塩魚と飯の食事だと記した。一方、プリヤイ中間 層はけっこう繁栄していた。その答えがケチュだったのである。 歴史は繰り返す。民衆が必需品を入手できず、経済格差のはざまに転落し、弱小の民がマ ージナル化するという現実が強盗を発生させるのだ、と犯罪学教授トゥバグス・ロニー・ ラッマン・ニティバスカラ博士は語る。 今やますます生活の重圧に打ちひしがれているさなかに、さまざまな強盗事件が発生する のは当然すぎることだ。とりわけ、ルバランのように重大な祭事を前にしたときには。反 対に大勢のひとびともその祭事のための現金を家に置いていることが、事件発生の機会を 提供するのである。 もちろんラマダン月には、モラルに沿った生き方の指針がさまざまに呼びかけられる。一 部の人はそれを正しく受け止めることができるが、格差と重圧とマージナル化の渦中にい てそれに耐えられないひとびとは犯罪に走る。「かれらはエスタブリッシュメント層に自 分の権利を奪われていると感じ、それを奪い返そうと考える。」 そのとき、必要なものが手に入らない状況に追い詰めらると、ひとは自分と他人の状態を 比較する。法と社会の制裁はもう頭にない。捕まったときに自分が受ける制裁などよりも、 強盗を行うほうがはるかに得をするのだという思考にとらわれてしまう。 それはどうであれ、強盗行為を正当化することはできない。もちろん、武器を使ってかれ らの犯罪行為を抑止するのが最善の解決でないことも確かなのだが・・・[ 完 ]