「バハサブタウィは健在(3)」(2018年02月07日) ジャカルタ生まれのブタウィ名士であるリドワン・サイディ氏も、ジャカルタ弁にウンガ ウングがないことで、この言葉にデモクラシー性が付与されている、と説く。とはいえ、 ブタウィ人が目上の人間と話すとき、声の抑揚が低調子になるという違いがあるとかれは 指摘する。あくまでも目上の人間を自分より高める姿勢を執ることがその現象を生んでい るのである。 賛成であろうがなかろうが、今やモダンジャカルタ弁はジャカルタ固有のものでなくなっ た。ルプスという主人公を生み出した小説家ヒルマン・ハリウィジャヤ氏によれば、愛読 者との交歓会に国内各地を回ったとき、首都から遠く離れた町の若者たちさえ、モダンジ ャカルタ弁を使っていたそうだ。「かれらはジャカルタの若者たちと同じ言葉を話してい た。」 南ジャカルタ市ブルガンの国立第70高校生徒トゥリアディ・ジョコくん17歳とラッマ ・マルティヤンティさん17歳も、ジャカルタ弁は気持ちよくしゃべれて、表現の自由度 が大きく、時代の変化をフォローできる言葉だ、と述べている。「何と言っても、気持ち よくしゃべれることですよ。標準インドネシア語でしゃべると、聞いてる側もどんなもの かなあ、という感じ。」 < スタイル言語 > フォーマルとインフォーマルを問わず、若者がインドネシア語よりもモダンジャカルタ弁 を選ぶ傾向が強いことを、ジャカルタ私立タラカニタ高校のインドネシア語教師アントニ ウス・スリヨノ氏41歳は認める。モダンジャカルタ弁を話すことでかれらはメトロポリ タンヤングとしての特別なシンボルをわが身にまとっているという思いを抱くのだそうだ。 190万平米という、インドネシアの国土のわずか0.03%の広さしかなく、1億8千 万人という国民人口(1990年国勢調査)のわずか6%でしかないジャカルタという町 がジャカルタ弁を国内諸都市に広めているのは、実に興味深い事実だ。ジャカルタにある 一方言が、種族や州の境界線を乗り越えて全国すべての階層に受け入れられているという のが実態なのだから。 1978年の第三回インドネシア言語会議で、トゥティ・アディタマ氏がその現象につい て採り上げたことがある。広まりがきわめて顕著に速かったことから、ジャカルタ弁はそ のうちに公式インドネシア語になってしまうかもしれない、という指摘だ。その過剰な懸 念は、17年が経過した現在、もっと検討されてしかるべき問題になっている。 モダンジャカルタ弁であれ在来ジャカルタ弁であれ、ジャカルタとその周辺の社会では、 種族の違いを取り払って日常生活の中で使われている。ベン・アンダーソン氏はジャカル タ弁について、ジャカルタ弁は親しみ・諧謔・少しぞんざいといった特徴を持つ小市民の 言語であり、行く行くはジャカルタエリート層の言語になるかもしれないものだと表現し た。面白いことに、それらの特徴がジャカルタ弁をより幅広い階層に流行させているので ある。ジャカルタのショッピングセンターや娯楽センター、あるいは若者たちがたむろす るさまざまな場所へ行ってみるがいい。標準インドネシア語の会話を耳にするのは容易で あるまい。 「見映えが良いということのほかに、会話の方法やスタイルに従うことがジャカルタの社 会状況における新たな自己実現の機会を若者たちに与えているように思える。ゾロっとし た服装に装身具をガチャガチャさせるだけでなく、話す言葉も別スタイルだというのが、 かれら若者たちに個性的な自己顕示の道を開いているのだろう。言葉にも、かれらはスタ イルを求める。そんなかれらのチョイスがモダンジャカルタ弁ということなのだ。」アン トニウス氏はそう語る。[ 続く ]