「ポリススト−リー(前)」(2020年03月19日)

ライター: 文筆家・詩人、リキ・ダンパラン・プトラ
ソース: 2014年9月14日付けコンパス紙 "Hikayat Polisi"        

世間が警察を批判のターゲットにすることは、オランダ植民地体制内に警察組織が誕生し
た当初から始まっていた。その批判のおかげで植民地政庁は何度も警察組織の改革を行っ
た。しかし真にプロフェッショナルな警察を作り上げるための真剣な努力は払われなかっ
たようだ。一方、文学の世界ではまた異なっている。モダンインドネシアの運動組織家で
思想家だったスマウンSemaunの小説「カディルン物語Hikajat Kadiroen」の中にわれわれ
はそれを見出す。

スモガン砂糖工場管理官ズッサイカーZoetsuiker殿の鶏が盗まれた事件でひとりの警察マ
ントリMantri Polisiはスモガン郡Onderdistrikの警察副ウドノAsisten Wedonoである上
司と異なる考えを抱いた。その事件は19XX年2月6日に起こったと小説カディルン物
語の第一章に記されている。管理官殿が郡長宅を辞去したとき、ウォノコヨ村Desaの貧困
農民スケッがやってきて届け出た。かれも同じ日に水牛を盗まれたのだ。


西暦19世紀末の時代の様相を描いたこの物語では、管理官殿の事件に全神経を集中する
副ウドノがスケッの事件に関心を持つようなことは起こりうるはずもなかった。まだ若い
警察マントリが上司である副ウドノの姿勢に反感を抱きはじめる。副ウドノが管理官殿の
奥様の話を事件捜査のベースに置こうとしているのと反対に、警察マントリはハクビシン
がその鶏を食ったのだろうと推測する。いなくなったのが一羽だけであることから、それ
が盗賊のしわざとは思えないし、おまけに大勢の使用人や番人のたまり場になっている管
理官邸宅の裏庭に入ろうとするほどの度胸を持つ盗賊がいるとも考えにくい。

しかし警察マントリの推論を管理官殿の奥様はよろこばなかった。奥様が不愉快さを募ら
せるのを懸念した副ウドノは慌てて部下の非礼を詫びて邸宅を辞去する。ふたりが副ウド
ノ宅に戻ると、水牛を盗まれたスケッがまだそこにいて、事件の詳細を報告し始めた。か
れは夜中に「水牛を取り返したかったら2.25フローリン持ってこい」という声を聞い
たと言う。しかし副ウドノの頭の中は管理官殿の鶏事件でいっぱいになっていて、スケッ
の事件に割く関心はなくなっている。スケッを気の毒に思った警察マントリはいくばくか
の金をスケッにやり、上司には知らせずに水牛泥棒事件の捜査を開始した。

管理官殿の目に映るであろう無能警察の姿を惧れて、副ウドノはふたりの密偵に2.25
フローリンの金をやり、虚偽情報を作らせた。ふたりはスクルという村民を犯人にでっち
上げて、管理官殿の奥様の鶏を盗んだことを自白するよう強制した。

この物語は話法も展開スタイルも民話物語の標準形式を踏んでいない。東インド植民地行
政の役人の劣悪さを描くプロパガンダとしての目的を、多分優先させたのだろう。使われ
ているムラユ語はパサルムラユ語に近い。言語スタイル、筋立て、登場人物、事件から事
件へとつなげる手法などは、どちらかと言えば退屈だ。むりやりこじつけられたような部
分も見られる。全編を通して強調されている事実表現はイデオロギー的プロパガンダ的な
ものであり、20世紀前半に起こるオランダ植民地政権の終焉を前にして政庁が展開して
いた本当のことがらに従う真のリアリティがしばしば欠如している。小説に描かれている
ように、著者は村警察が好きなように嫌疑をかけて村民を虐待したり殺したりしていたと
考えていたようだが、東インドにおける19世紀末の状況に関する学術的な調査によれば、
そんなことは起こっていなかったとされている。それどころか東インド政庁の規則では、
村警察は住民を留置する権限すら持たず、ただ籐棒による8回のむち打ちしか許されてい
なかった。


警察機構における副ウドノと警察マントリの位置付けは警部Inspectur Polisiの補佐役で
しかなかった。そのような役割の詳細はマリケ・ブルムベルヘンMarieke Bloembergenの
行った東インド警察に関する研究の中に述べられている。もちろんその当時、下層庶民へ
の抑圧は普通のことだったわけだが、ベネディクト・アンダーソンが自著「植民地のコス
モポリタニズム」で触れているように、処刑に至ることも、ましてや拷問などもほとんど
行われなかった。東インド政庁がちょうどそんな19世紀末に警察組織の構造改革を行っ
たのは、プリブミ社会の植民地体制に対する信頼をより高めることを目的にして、モダン
警察を実現させることがその狙いだったのである。[ 続く ]