「米作農民哀歌(2)」(2020年10月27日) 農民の水田での収穫はヘクタール当たり平均5トンが収穫期ごとに得られる。おおざっぱ な計算をするなら、5トンの未乾燥モミ米から570万ルピアの収入が得られる。一方で、 各収穫期ごとに最低310万ルピアの経費が先に支出されている。肥料と薬剤250万ル ピア、トラクター賃貸し30万、田植え人足費30万がその内訳だ。 1ヘクタール当たり一回の収穫期でその差し引きの260万ルピアが農家の収入になる。 一家族4〜6人の農家が一家総出でおよそ4カ月働いた結果がその260万ルピアなので ある。農民のいったいだれが、その結果に悲痛の思いを抱かないだろうか。 コメ仲買人はチャロcaloを使う。インドネシアの至る所で行われているチャロ行為という のは取引の口利きや斡旋を意味している。インドネシアはチャロ王国と言っても差し支え あるまい。インドネシア人はこの国に千一種類のチャロがいると語っている。 海外出稼ぎ者派遣が盛んな頃、チャロが農村へやってきて口八丁手八丁で女たちを口説い た。海外出稼ぎに行けば儲かってここに家が建つ。望むならオレが斡旋してやると言って 金を取り、女たちを派遣業者に渡してまた金をもらう。 イドゥルフィトリ帰省の時期になると、バス切符や鉄道切符や飛行機切符が売り切れるの を待ってから、会社内の人間とつるんでダフ屋を行う。天災が起こって政府が復旧資金を 用意すれば、国会議員が自分の選挙区のために分捕ってやると地元行政を言い含めておい て、地元に降りて来た金の上前をはねる。 政治権力を握った人間の腐敗行為はVOC時代からインドネシアに定着していた。VOC という株式会社の現地総支配人である総督は、喜望峰からマゼラン海峡までという地球の 半分における女王陛下の代理人だったのである。 バタヴィアにおける行政管理機構の中で、どの役職が巨額の金を扱うかということはだれ にでもわかることだが、その役職に就くことがその上司になる人間の一存というわけには いかない。港の交通、税関、船の修理などは四六時中金が転がり回っている場所だ。バタ ヴィア港を通ってカリブサールに入る船や、カリブサールから海に出て行く船は、港を通 過する時に金を払わなければならなかった。同じことは陸上でもしばしば起こっており、 アンケ川にかけた橋を通行する者は橋番に金を払わなければならなかった。それらの集金 行為は下っ端の人間の一存でなく、どうやらVOC上層部の承知していたことらしい。 帳簿に乗ろうが乗るまいが、そこに関わっている人間たちは濡れ手に粟を行っていたよう だ。上層部は、それを知っていてもやめさせようとしなかった。ヒーレン17がのほほん と安全な場所にいて大金を手にしているというのに、東インドまで来て命がけで働いてい る人間がどうしてのほほん族のために清貧暮らしをしなければならないのか? 儲かる職務に就きたい人間は、総督の指名を得るために5万フルデンを総督に渡さなけれ ばならない。だがそれだけでは済まない。勤務期間中毎月7千リンギッを総督に納め、さ らに一年ごとにもう5万フルデンを総督に献じなければならない。その出費の対価として、 かれはその職務から倍額返しを実現させようと努めた。 華人に請け負わせる賭博税や阿片販売金も総督の財産の源泉になった。こちらの請負人指 名は入札方式で、入札人がそのプロセスを取り仕切るわけだが、入札人がチャロになった。 総督はチャロから上納金を受け取ればそれでよく、誰がその役職に就こうが知ったことで あろうはずもない。 よく引き合いに出される話はダンデルス第36代総督の蓄財だ。かれは総督の年俸を11. 8万フルデン、月給を1.2万フルデンにし、3年間の任期中にヨグヤカルタで行われて いるツバメの巣ビジネスから自分の懐に55.3万リンギッを流し込み、総督の立場で自 分に贈与した土地をすべて売却して100万リンギッを超える金を手に入れ、晴れてパリ に帰った。バイテンゾルフ宮殿も政府に買い戻させたという話になっている。閑話休題。 [ 続く ]