「スマトラトラ(2)」(2021年02月02日)

1975年にWWFが調査を行い、年間に100頭が狩られているとの推定を行った。生
き残っているのは8百頭ほどで、その半分くらいが中部スマトラにおり、自然保護地区に
はあまりいない、との結論が出されている。地元民や外来者による狩猟とトラ皮が高価で
あることがトラを絶滅への道にひた走らせているというのがコメントだった。

1975年6月16日付けコンパス紙の広告欄に出された広告はこうなっていた。「トラ
売ります。当方愛玩コレクション。剥製・傷なし・勇壮・魅力的。価格120万ルピア」
当時の対米ドル交換レートは415ルピア。

1978年の調査では、スマトラトラは全島に1千頭いると推定されたが、1992年に
は4〜5百頭に半減した。


ムラユの密林の王、最強の野獣ハリマオは1997年以来、破壊の進行する密林近くの部
落に姿を見せるようになった。そうしていくつかの部落でトラの被害が出始めた。家畜ば
かりか人間もその餌食になり、噂では三十数人が人食いトラに生命を奪われたという話ま
で出た。人食いトラの実態調査を進めていたリアウ州天然資源保存館はドゥマイ市とロカ
ンヒリル県でトラの被害を受けた部落を軒並み当たり、2002年7月から9月までの三
カ月間に発生したトラによる死亡事件の被害者は5人という結論を出した。しかし、その
被害を生んだトラが何頭だったのかはわからない。

その調査結果によれば、2002年7月に畑仕事をしていた男性ひとりがトラに襲われた。
被害者はドゥマイの病院に緊急輸送され、二日間はもったが三日目に死亡した。8月1日、
マングローブ林で木炭の材料のための木を集めていた作業者が二人目の犠牲者になった。

8月3日23時ごろ、40歳の主婦が家の裏で襲われ、飼い犬も犠牲になった。トラは主
婦の遺体を15メートル引きずって運んでいる。8月5日午前5時半ごろ、ジャワ出身の
アチェからの避難民である35歳の男性が家の裏の井戸でウドゥを行っていたところをト
ラに襲われた。被害者はそこから130メートルほど離れた場所で見つかった。トラが遺
体を引きずって行ったのだ。更に9月には三人の男性が襲われ、二人は死亡しもうひとり
は重傷を負って病院に運ばれた。

その一連の事件で部落民の恐怖とトラへの恨み、そして復讐心が心の奥底にしみこんで行
ったことは疑いあるまい。ひとびとが犯行者を殺してその肉を食らおうと決意したとして
も不思議はないだろう。こうして2002年8月27日午前6時半ごろ、恐れていたこと
が起こったのである。

ドゥマイ市スガイスンビラン郡バシランバル町パンタンムンドゥル部落の高床式民家の床
下に若いトラがいるのを住民が見つけた。トラは床下から脱け出せなくなっていたのだ。
人食いトラの恐怖で肝を冷やし続けていた住民たちは、この若いトラを捕らえて腹いせを
行った。寄ってたかって虐殺したのである。部落民の勝利の祝宴でトラの肉はかれらの胃
におさまり、ヒゲ・歯その他の解体パーツはお守りや万能薬として部落民が持ち帰った。

この推移に天然資源保存館は人食いトラを早急に捕獲する必要に迫られ、ボゴールのサフ
ァリパークインドネシアにいる専門家を加えたタスクフォースを編成して対応に乗り出し
た。スマトラのトラが棲息している地方の州庁には、トラの罠を作り、麻酔を施し、トラ
を取り扱うといったことに関する十分な技術を持つ職員がいないために、外部から専門家
を招かなければならない。

このチームは三カ所に木製の罠をしかけたが、ほぼひと月間成果は何もなく、サファリパ
ークの専門家が仕方なくボゴールに帰ろうとしていたとき、罠にかかったとのニュースが
入った。[ 続く ]