「スラウェシ島の食(終)」(2021年09月28日) マナドの名物「3B」についても、わたしは1970年代に講釈を受けた。ジャワ人の3 Bは嫁を選ぶ際の規準を示しており、bibit, bebet, bobotがその内容になっている。し かしマナドの3Bはあくまでもマナドの地を印象付ける名物なのである。 まずは食べ物のbubur Manado。インドネシア語のbuburには塩味のものと甘いものがある。 たいていの地方でコメの粥は朝食として普通に食されており、塩味が普通だ。一方、モチ 米・サゴ・豆類などが使われる場合は甘いものが多い。マナド粥の特徴は濃い透明な汁に 入ったコメ粥で、そこにトウモロコシや緑野菜が混じっており、ただのコメ粥より食べ応 えはあるがトウモロコシの甘味に違和感を覚えるひとが多いそうだ。朝から粥だけでは軽 すぎると言うひとは、魚をおかずにしている。 二番目はbibir Manado。唇という言葉で男たちは異性の顔を思い浮かべるそうだが、はた してこれはユニバーサルな人間心理なのだろうか?女性の価値をある一点に絞り込んでい る男は別のものを思い浮かべるのではないかとわたしは想像するのだが。いや、それはあ くまでも想像だ。 ともあれ、マナド人はそれをユニバーサルなものと考えてbibirを選択したようだ。ミナ ハサ女性はたいてい色白で、しかも美人が多いから、眺めているだけで心地よい。その色 白さが「港」の追放日本人説の傍証に使われたのだから、始末に悪い。 ところがマナド娘を名物にしたなら、まるでマナド娘がふしだらであると宣伝しているよ うな印象を与えかねないと考えるひとびとが、当然のように反論した。上の解釈はその種 の男たちがするものであって、真の由来は違うのだという主張である。この別説によれば、 bibirもやはり食べ物であり、スープにされるfish lipのことだそうだ。しかしながら中 華料理由来の魚唇スープは結婚式などでの贅沢メニューとしてインドネシアの各地で供さ れていて、マナドをエクスクルーシブに代表するものとは考えにくい。 三番目はBunakenで、これは説明する必要がないだろう。 マナド市街からまっすぐ20キロほど南下するとトモホンの町に至る。町中の三叉路を南 東に向かうと、10キロほどでトンダノの町、そしてトンダノ湖に到着する。トンダノ湖 も淡水魚の宝庫であり、マナド料理が海産魚と淡水魚の両方を含んでいるのは、その地勢 に負うところが大きい。 トモホンのパサルは食用飼育動物でない動物肉が普段から供給されている市場として有名 だ。コウモリ・犬・バビルサ・アノア・野ネズミ・クロザル・・・ ミナハサ人にとって年一度の最大の祝祭シーズン、クリスマス〜新年のお祝いに、珍しい 動物肉を食べて祭りの雰囲気を満喫するのは昔からの習慣になっている。そして地元民が 総出で祝祭の準備にかかり、うきうきする雰囲気の盛り上がっていく時期になると、トモ ホンのパサルがキリングフィールドに変わる、とさる料理評論家が十数年前に語った。そ のときにかれが記した見聞記は下のような内容だった。 主に数百頭のバビやアンジンが市場の裏で屠られるのだ。他の動物も数は少ないが、同様 の道をたどる。市場の表では、バナナ葉を挿入してある竹筒が大量に売れて行く。他の地 方では珍しいクルワッの葉daun pangiも売られている。ブルッ料理に使われるのだ。 インドネシアでクルワッkluwakあるいはクルウッkluwekと呼ばれているパンギpangiの使 い方が種族によって異なっている。ミナハサ人は葉を食用にし、トラジャ人ブギス人は果 肉を野菜として使い、ジャワ人は種の身をラウォンにする。 パサルで売られている肉はバビとアンジンが最も多く、そしてコウモリと野ネズミが次に 多い。カンビンは見当たらず、牛肉が少し売られている。魚は淡水魚のカワスズメmujair やコイikan masおよび小魚ikan nikeがメインを占めているものの、燻製にしたカツオの cakalang fufuやロアの干物などもある。小魚ikan nikeは鶏卵と小麦粉を混ぜたものをか らめ、塊りにして油で揚げるとバッワンbakwan(肉丸)のような食品になるし、あるいは プルクデルの中身に混ぜたりもする。 トモホンのパサルは実に、ミナハサ人の食に掛ける意欲を下支えしている場所と言えるに ちがいあるまい。この豊かな食のバラエティを見せてくれる地上の異界スラウェシ島とい う土地はきっと、ざらにあるものではないだろう。[ 完 ]