「ヌサンタラの馬車(終)」(2021年12月30日) ソロにあるクレタクンチャナの中で一番の年長者はキヤイグルドだ。1700年にオラン ダで制作された四輪の箱型馬車であり、前輪はスポークが12本、後輪は14本のスポー クが使われている。車体にはライオンや女性の姿がレリーフで刻まれ、扉にはVOCのロ ゴがある。 ヨグヤカルタのパクアラム宮殿にあるのはKyai Manik Koemoloだ。2016年1月7日に Kanjeng Gusti Pangeran Adipati Arya Paku Alam10世が即位したとき、宮殿での即位 式典のあと、この黄色い箱型四輪馬車が新王のお披露目パレードに使われて、町中を巡遊 した。 1812年にパクアラム王家がヨグヤカルタスルタン家から分家したとき、この馬車がス タンフォード・ラフルズ総督からパクアラム1世に寄贈された。だからこれがパクアラム 宮殿にある最年長のクレタクンチャナに当たる。この馬車はパクアラム王が交代した時に 限って使用されてきた。だから2016年1月の前に町中に出たのはパクアラム9世が即 位した1999年5月26日だった。 ヨグヤカルタスルタン王宮とパクアラム宮殿が持っている馬車は、ある家臣の一族が代々 その世話をしてきた。ヨグヤカルタ特別州バントゥル県ジュティスのパタラン村に住む故 ハルジョウィヨノ氏の一族が今でもその任に就いている。2016年にキヤイマニックモ ロが晴れ舞台で使用されたときも、馬車の補修と調整が前もってパタラン村で念入りに行 われている。 補修作業が開始される前、持ち前の技術を注ぎ込まなければならないひとびとはそろって 祈祷の儀式を行った。安全無事且つ円滑に補修作業が完了するよう、かれらは超自然の存 在に願った。この儀式はヨグヤ王宮とパクアラム宮殿の馬車を取り扱うときにだけ行われ る。 儀式はまず、ニワトリや種々の食材を調理した食べ物とバナナを供物としてキヤイマニッ クモロの下に置く。作業リーダーを務めるハルジョウィヨノ氏の長男と末子が馬車の前で 祈りの言葉を述べる。それが終わるとその場で、みんなで食事を摂る。そうしてはじめて、 作業が開始されるのである。 補修作業はすべてが昔からの伝統的な器具と技術を用いて行われる。電気を使うモダンな 大工道具など何ひとつない。車輪の接地面に装着する鋼材の輪を円形に曲げて行くための 炉ですら、人間がふいごで風を送って適温の熱を作り出す。 しかし今、何百年もの伝統を持つ古い馬車の補修技術の伝承が風前の灯になりかかってい る。ハルジョウィヨノ氏がすべての技術を教えた子供たちも老齢にさしかかってきた。父 親が果たした王宮からの任を子供たちが引き継いできたのだが、その子供たちの次世代の 間では、その職業を継ぐことに興味がなくなっている。既に何人もが分野の異なる職業を 持って自分の生計を営んでいる。 このパタラン村の端にある大きな家の工房の炉に、永遠に火が燃えない時が近付きつつあ るのだ。古い物の形がそのままで残ることを可能にしてきた古い技術が消えるとき、古い 物の形も崩れていくのだろうか?[ 完 ]