「ジャワ島の料理(57)」(2022年01月28日) チュチュさんはブンブに包まれたタウナギとサラム葉を一緒にしてバナナの葉で包むと、 台所の外へ出てハウの下の灰の中で燃えている熾火のそばにペペスをひとつひとつ差し込 んだ。この家のハウは台所の外に家屋の壁に接して作られていて、屋根と柱で囲まれてい る。そのハウでは、枯葉・ヤシの木の繊維・ヤシ殻・ヤシの葉・敷地内に植えられている 種々の木の枯れ枝などが燃料にされている。完璧な自給が行われているのだ。 チュチュさんはときどき火吹き竹で熾火を吹いて火力を強め、ペペスをひとつひとつひっ くり返してまんべんなく火が通るようにしている。およそ3時間後にペペスができあがっ た。みんなは家から出て、水田のそばにあるサウンでペペスを開いた。白飯とサンバルブ ルッが添えられる。サンバルの辣味はバンウコン葉とショウガの香りを伴って舌を刺した。 コンパス紙取材班はマン・ンディン家で、すべてが自宅で取れた素材を使った朝食の接待 を受けたのである。スンダ地方農村部の家屋にも一般的に食堂がないのは、ジャワのケー スと同じだ。スンダの農家には、たまにしか使われない家庭用の器具や調度がほとんど置 かれていない。家の中に部屋を仕切り、家の中央が家族の集まる空間にされる。一家が食 事を摂るのもそこだ。しばしば食卓もなくて、床に敷いたゴザの上に食品を並べ、みんな がレセハンで食事する。 どうせ同じような姿勢で食べるのなら、家の中より屋外のサウンでアルフレスコダイニン グとしゃれこむ方がよほど気持ちがいいだろう。ジャワの住居における食堂については、 「ジャワ人の食コンセプト」をご参照ください。 http://omdoyok.web.fc2.com/Kawan/Kawan-NishiShourou/Kawan-69Makan_dapurJawa.pdf 緑に満ちた田園風景と爽やかな朝の風に包まれたスンダのサウンで、すべてが自家製の朝 食の美味しさが生きることの味わいをずっしりと重いものにした。 スンダ料理レストランに入ると、たいてい竹編み籠に入った飯が机に置かれる。客ひとり ひとりの白飯の量を店側が決めないのだ。その籠のことはスンダ語でbobokoと呼ばれる。 十人くらいでレストランに入ると、ボボコが数個、机に置かれる。ひとりで入っても、飯 はボボコで出て来る。 ひとりで入ると、注文するおかずはたいして多くないから、飯の量はアンバランスになる。 出された飯を残すと良心が痛む文化の人間はついつい飯を食べ過ぎることになりがちで、 スンダ人のサービスは怖ろしい罠になる。 このスンダの習慣は見た目の点でパダンレストランと両極端をなしている。ふたりでレス トランに入った状況を想像してみるがいい。パダンレストランではテーブルの上にひしめ き合うほどのおかずが並べられ、飯は大皿の中央にドーム状になっているものが客ひとり ひとりの前に置かれるだけだ。皿に盛られた飯の量はそれなりにあるにはあるのだが、そ れで足りないひとは「tambuah ciek!」と叫ぶことになる。インドネシア語でtambah satu のことだ。 スンダレストランでは机の上が隙間だらけになるくらいの数皿のおかずに、ボボコの飯が でんと乗るのだから。ヌサンタラの全域を眺め渡しても、客に好きなだけ白飯を食べさせ ようとするスンダのような姿勢はどこにも見当たらないように思うが、どうだろうか。 [ 続く ]