「ヌサンタラの麺(15)」(2022年07月29日)

パンティアウはpantiawとも綴られる。これはジャワで言うところのクエティアウのよう
だ。米を素材にした平麺であり、漢字で□(□=米+反)条と書かれる。作る時には米粉と
サゴ粉が混ぜられる。小麦粉を素材にしたものもあるが、それだと普通の小麦粉麺のサイ
ズ違いにしかならないのではあるまいか。

究極的なパンティアウの食べ方は、湯がいた麺の水気を切って一口サイズにまとめ、その
上に魚とブンブで作ったおかずを載せて、それだけで食べる方法のように思われる。そこ
に少量の熱湯を注いでやれば汁気のある茹で麺になるだろうし、ひたひたまで湯を加える
のであれば、ブンブの量を考えなければなるまい。


ホッロパンは福◇(◇=イ+老)□と書き、福建語読みだとhoklaopan、客家語読みでは
fuklaupanと発音される。バンカ華人が1950年ごろにバンドンで始めた焼き菓子がそ
れで、今ではヌサンタラの各地でkue terang bulanとかmartabak manisあるいはmartabak 
Bangkaやkue Bandungなどという名称で呼ばれている。

これがトランブランと呼ばれるのは、焼き型が真ん丸であり、焼けたドウが黄色味を帯び
ているので満月になぞらえて名付けられたものと思われる。一方、マルタバッマニスと呼
ばれるのには故事来歴がある。そもそもトランブランは小麦粉とベーキングソーダ、鶏卵
・ココナツミルク・水・イーストを混ぜたドウがそのまま焼かれるものであり、martabak 
telurの肉・卵・ネギ葉の具が小麦粉の薄い皮に包まれている姿とは見かけが大違いなの
だ。その両者を関係付けるものはわたしのかすんだ目にさえ、何も映らないのである。な
のにどうしてそれらが同じマルタバッという名前で呼ばれるのか?

バンカ出身華人のシウ・キウセム氏が夫婦でホッロパンの作り売りを始めたころ、かれは
バンドンのアルナルンに近い場所に屋台を置いた。たまたま隣の屋台がマルタバットゥロ
ルを作り売りしていて、それがよく流行っていた。両者は親しくなり、売物をもっと流行
らせるためにお互いに協力し合うことを合意した。ホッロパンをマルタバッマニスと呼ぶ
ようにし、それまでは単にマルタバッと呼んでいたものをマルタバッアシンと呼ぶように
したのである。マルタバッを買いに来た客には「一緒にマルタバッマニスはどうですか?
隣で売ってますよ。」と勧め、ホッロパンを買いに来た客には「へい、マルタバッマニス
いっちょう。」とその名称をまず聞かせておき、できあがったら客に「マルタバッアシン
もついでにいかがですか?隣で売ってますよ。」と勧めるのである。

この故事来歴に従って、今ではマルタバッの作り売り屋台もワルンもみんな、マルタバッ
トゥロルとマルタバッマニスを一緒に取り扱っている。


マルタバットゥロルの面白い食べ方をミナンカバウ人が編み出した。普通に作られた卵と
肉入りのマルタバッにソースをかけて食べるもので、martabak kubangと呼ばれている。
クバンというのは地面にできた窪みに泥水がたまっている水たまりを指す言葉だ。そこで
水牛や他の動物が身体を泥に浸している姿がよく見られる。それになぞらえて命名された
ものかもしれない。

ソースは、甘醤油・醤油・酢・水を調合して作った液体の中にトマト・玉ねぎ・トウガラ
シの細切れが入っているもので、液体は濃くなくサラッとしている。焼き立てのマルタバ
ッにそのソースをかけて食べると複雑な味覚がそこにからんで、そのまま食べるよりもお
いしくいただけるという話だ。ただしワルンでは強烈に辛いソースが出されるそうだから、
辛み猛者でないひとは家で自作するほうが無難かもしれない。

そのソースでなくてカリの汁をマルタバッにかけて食べる選択肢もある。たいていマルタ
バックバンのワルンではroti canaiもメニューに入っているので、カリも最初から用意さ
れているため店側には何も問題がないのである。[ 続く ]