「ヌサンタラのコーヒー(76)」(2024年02月14日)

コーヒーの実を食べるムサンにはmusang luakとmusang bulanがあり、そしてムサンとは
別種のbinturongという動物もいる。だからコピルアッという名前が商品に付けられてい
ても、ビントゥロンの腹の中を抜けてきたコーヒー豆の可能性だってあるわけだ。

ムサンルアッはパパヤやバナナなどの果実や木の実を食べる。ランブタンの実も食べれば
コーヒーの実ももちろん食べる。しかも食べた後、あまり長い時間をかけずに排泄すると
ウィキぺディアに説明されていて、体内での消化時間は短いと言える。

そうすると、コーヒー豆が消化されないまま出て来るというのはそのメカニズムに関わっ
ている現象のようにわたしには感じられる。もしもそうであるなら、ルアッコーヒー豆の
ありがたみのひとつとして腸内発酵が謳われているのだが、発酵時間も短時間でしかない
ということにならないだろうか?


ルアッコーヒーの歴史のはじまりはオランダ時代にコーヒー農園でプリブミ作業者が実を
摘んで持ち帰ることをオランダ人が厳禁したからだというストーリーがよく語られている。
コーヒー農園には夜中にムサンルアッがたくさんやってきてコーヒーの実を食べ、排泄し、
夜明け前に巣に帰る。ムサンルアッがコーヒー豆を排泄していることを知った作業者たち
は糞集めに精を出すようになった。

木に生っている実や木から落ちた実を持ち帰るのでなく、野獣の糞を持ち帰るのだから禁
令に触れるはずがない。マンドル(作業監督者)だって糞を持って帰るなとは言えないだ
ろう。こうしてルアッコーヒーという素晴らしいコーヒーが世の中に誕生することになっ
たというのがこのストーリーの内容だ。

しかしこの話の前提にあるのは、液体コーヒーを飲みたいという作業者たちの強い欲求の
存在ではないだろうか?オランダ人がヌサンタラに持ち込んで来たコーヒーの栽培に従事
したプリブミはいったいいつからそんな強い欲求を持つようになったのだろうか?飲用コ
ーヒーに対する社会的な強い欲求がヌサンタラの地に広まったのはもっとずっと後の時代
だったのではなかったか?ヌサンタラのコーヒー時代の幕開けに生きたプリブミ作業者た
ちは、その禁断の木の実をムサンルアッの糞の中からほじくり出してでも飲みたいと本当
に思ったのだろうか?

それとはまた別に、オランダ人がプリブミ作業者にコーヒーの実の採取を禁止しなければ
ルアッコーヒーはこの世に誕生していなかったかもしれないという別の仮説さえ、この話
から引き出されるような気がしないでもない。

ルアッコーヒー誕生ストーリーはまだ続く。プリブミ作業者たちは野獣の糞を持ち帰り、
排泄された豆を取り出してよく水洗いし、鍋で煎り、潰して粉末にしてからカップに入れ
て熱湯をかけ、コピトゥブルッにして飲んでいた。

作業者たちの多くが自分の部落でそれを行なっていたのだ。オランダ人である農園主や農
園経営幹部たちは最初そんなことをまったく知らなかった。プリブミがコーヒーを飲むこ
とは禁令が守られているかぎり起こりようがないはずだったのだから。しかしそんな情報
は必ず漏れる。


プリブミ作業者たちはルアッコーヒーが普通の豆よりもはるかに高い雅趣を備えているこ
とを知らなかったはずだ。なぜなら普通のコーヒーを飲んだことがないのだから。そのこ
とを発見したのはオランダ人トアンたちだったようにわたしには思われる。

オランダ人トアンたちは、プリブミ作業者が家で飲んでいるコーヒーを禁令破りの盗摘コ
ーヒー豆と思い込んで作業者たちを尋問したのではないだろうか。きっと御白州が設けら
れたのだろう。そして取調べが進む中でそれが糞コーヒー豆だということが判明したにち
がいあるまい。

そのとき、トアンたちのどれほどがプリブミの飲んでいる糞コーヒーを自分で試してみよ
うと思ったか、想像してみてはいかがだろうか?ルアッコーヒーのこの世界への誕生は、
そのときの勇気あるオランダ人トアンに全面的に負ったものだったようにわたしには思わ
れるのである。歴史の中に名を残さなかったそのオランダ人こそがルアッコーヒーの生み
の親であると言っても過言にはならないだろう。[ 続く ]