「ヌサンタラのお噺芸能(3)」(2024年08月05日) 息子のソフィアン・ジャイッも高い人気を誇る噺家になった。ブタウィ史家のアルウィ・ シャハブ氏はソフィアンの語った噺をいくつか紹介している。その片鱗なりとも読者にこ こでご紹介しようと思うが、ブタウィ語が持っている独特の語り口と聴衆の中に混じって 噺を聞く臨場感から遠くなってしまうことをご了承願いたい。 サルキスタンの王には国中でその美貌に並ぶ者のないハルサニという名の王女があった。 この美しい姫を自分の妻にと望む青年はあとを絶たない。近隣の諸王国の王子たちも、こ の姫を妃にと申し込んできた。ところが姫の両親、国王と王妃はそれらの申し込みをすべ てしりぞけた。ハルサニ姫は一人娘だったのだ。 あるとき、王女は病にかかり、病床に伏せるようになった。国内外の名医の治療も効果が ない。国王と王妃はたまりかねて、王女を病気から回復させることができた者を婿にし、 王位後継者にすることを決めた。王のその決定を広報官たちが国中の賑やかな場所へ出向 いてメガホンで国民に語り聞かせた。前回国王にしりぞけられた近隣諸国の王子たちもチ ャンスがまた訪れたことを喜び、自国の名医に調合させた薬を持参してハルサニ姫の病気 を治そうとしたが、うまくいかなかった。 市井の貧しい茹でピーナツ豆売りがひょっとしたらと思って、王女の治療にやってきた。 そしてなんと幸運なことに、王女の病が治ったのである。国中が大騒ぎになった。あの豆 売りが次の国王になるんだってよ。あんな出自の賤しいやつが国王になるなんて、平常心 じゃいられないぞ。巷では喧々囂々の盛り上がりようになった。大臣がその様子を国王に 報告したから、国王は腹を立てた。 広報官が再び国内の賑やかな場所に出向いて、国王の新しい規則を発表した。「豆」とい う言葉を口にした者は厳罰に処す。王宮前の広場で縛り首だ。この新規則の実践のために、 王は将軍に命じてあちこちにスパイを放った。将軍自身もスパイに出た。町中で「豆」と いう言葉を口にした者はその場で首をはねてかまわない。 あまり根性の良くない者がだれかを引っかけてやろうと考えて、四つ辻でチャンスを待っ た。茹でピーナツ豆売りが来たら、そいつに「豆」と言わせてやろう。茹でピーナツ豆売 りはこの国に大勢いる。しかし国王があのお触れを出して以来、売り声を叫ぶことができ なくなって、みんな商売が細くなってしまった。今までたっぷり食えていたのに、食まで もが細くなってしまった。 しめしめ、豆売りがやってきたぞ。四つ辻を通りかかった豆売りにその者が声をかけた。 「あんたは何を売っているのかね?商売物は何?」 「ああ、分かったぞ。おまえは俺を引っかけようって魂胆だな?俺が何を売っているかな んてことは見りゃ分かるだろう。さあ、俺が売っているものが何か分かったら言ってみな。」 たまたまその周辺の樹の上や藪の後ろに将軍と部下たちが潜んでいた。どちらかが「豆」 と言ったらすぐに飛び出して行って処刑する態勢に入っている。「一度でも豆という言葉 が聞こえたら、その首はワシのものだ。」 [ 続く ]