「デリのニャイ(11)」(2025年07月01日) ロスミナは華人青年のお屋敷の一画で暮らしていたが、妾は飽きればさようならだ。そし てこの華人青年は飽きっぽい性格だった。イドゥルフィトリの前夜にロスミナはお屋敷か ら追い出された。「次のビニムダが入るから、お前はここから出て行きなさい」とお屋敷 の使用人が冷たくロスミナを突き放した。 たいていの妾は愛されている間に男にねだってひと財産作るものを、世間知らずのロスミ ナはそんなことを何もしなかったから、これからどうやって生きて行けばよいのかわから ない。ファナティックなスラムの代表選手のような父親が自分を赦してくれないのは明白 だったので、他になすすべもなくロスミナはお屋敷の洗濯女の家に転がり込んだ。洗濯女 は優しくロスミナを受け入れてくれた。 いやいや、それを貧しい世の中の市井に起こる人情噺と思ってはいけないのだ。洗濯女は ロスミナの身柄を手に入れて大喜びしたのである。この娘の身体を欲しがる男はきっと大 勢いる。洗濯女の耳にフルデン銀貨のチャリンチャリンという音がこだました。 洗濯女は突然金持ちになった。ロスミナは住む所を確保するために洗濯女の言いつけに従 っていたが、これでは何も自分に残らないということに気付いた。ホテルに入って同じこ とをしているほうがまだマシだ。 そのころ、低級ホテルは娼婦を抱えて男客に夜のサービスを提供していた。もちろん宿泊 客以外のショート客もウエルカムだった。1970年代にもそんなホテルがインドネシア の地方都市にまだ存在していた。娼婦たちはガラス張りの一室に集まって座り、ガラスの 外から客が指さすと部屋の外へ出て客の後ろについていった。 女たちはホテル暮らしをし、ホテルの中で稼いだ。その仕事に就くためにまずホテルに借 金ができた。自分が寝泊まりする客室の宿泊料金だって当然払わせられる。中華ホテルの 金魚鉢に座るようになったロスミナはたちまちその美貌で売れっ子になったが、出費も増 加したからなかなか貯金ができない。これじゃだめだと思ったロスミナは、まただれかの 妾になろうと考えた。 そんなころ、メダンから来てそのホテルに泊まったカスミンという中年男がある晩、美貌 のロスミナを買った。そして寝物語の中でここから出たいと言うロスミナをカスミンがし っかり受け止めた。「じゃあ、わしの妻になれ。結婚してメダンへ行こう。デリの土地は 黄金郷だ。だれがどんな仕事をしても、良い結果が出る。農園仕事でも商売でも、大きい 利益が上がって金持ちになれる。」 カスミンの言葉がロスミナに夢と希望を与えた。ふたりは翌日ブンフルを訪れてイスラム 式の結婚を執り行い、婚姻証書をもらった。そしてロスミナの借金が清算され、数日後に ふたりはメダンに旅立った。 ところがメダンに着いてみて、カスミンの本性がロスミナにはじめて暴露された。カスミ ンは女衒を生業にしていて、女を食い物にするジゴロだったのだ。洗濯女のときと似たよ うな日々がメダンで再開された。つまりカスミンは自分の妻のロスミナを娼婦にして金を 稼ぐことをしたのである。ロスミナがいつまでもそんな立場に我慢できたはずがない。か の女は夫から逃げた。 ロスミナをかつての他の女たちのようにビニにしないでイストゥリにしたのは、カスミン がロスミナに愛を抱いたためだったのだろうか?もちろんそれは性愛であって宗教的哲学 的な愛というものではないだろうが、カスミンの心をロスミナとの性愛に溺れさせるもの をその少女が持っていたということかもしれない。ジゴロが自分の持っている娼婦とセッ クスするのは当たり前なはずだが、それと違うレベルのものをカスミンがロスミナの中に 感じたことが想像される。まるで自分の子供のような年齢のロスミナに。[ 続く ]