「kotaの多義性」(2025年12月31日) ライター: 言語オブザーバー、アヤトロハエディ ソース: 2002年8月24日付けコンパス紙 "Kota di Dalam Kota" 昔、人間の居住地域にはdesa(村)とkota(町)という概念しかなかった。その違いは一 般的に言って、そこに居住しているひとびとの日常生活に深い関わりを持っている施設や インフラの内容に基づいていた。ある居住エリアをdesaと呼ぶかkotaと呼ぶかは人によっ て、あるいは視点の違いによって変化した。 BuntuやSalawanaという辺境の二ヵ村の住民にとってJatiwangiはコタに該当するものの、 バンドゥン住民はジャティワギを容赦なく「ただのデサだ」と言う。もしもコタと呼ばざ るを得なくなったとしても、きっと修飾することだろう。kota kecilだと・・・ オランダ時代に統治行政機構はいくつかのコタに対してgemeenteという特別なステータス を与えるようになった。充実して先進的なコタが20世紀初め頃からヘメンテに格上げさ れたのである。独立したインドネシア共和国はそのステータスをkotaprajaという名称に 変え、後にkotamadyaあるいはkotamadya administratifに改称した。 その時点まで、コタという言葉の概念はまだ変化していない。1993年版のKBBIは kotaの語義を次のように解説しており、十分に理解できる。 (a) dinding (tembok) yang mengelilingi tempat pertahanan; (b) daerah permukiman yang terdiri atas bangunan rumah yang merupakan kesatuan tempat tinggal dari ber- bagai lapisan masyarakat; (c) daerah yang merupakan pusat kegiatan pemerintahan, ekonomi, kebudayaan, dan sebagainya ただし(a)はインドネシア語に摂りこまれた時のサンスクリット語彙kotaが持っていた語 義である。 ある人間居住地域に入る手前の十字路には方向案内標識が置かれていて、そこにはたいて い(pusat) kotaという表示が含まれている。他の表示はもっと遠い所にある居住地域の名 称が書かれているのが普通だ。ジャカルタにはKebayoran Baru - Kotaとか、更にはDepok - Kotaというバス路線がある。そこに書かれているKotaはジャカルタにある特定地域の地 名を指している。ジャカルタの街が発展した初期にジャカルタの核になったと考えられて いる地域がそれだ。 21世紀に入って行政区画名称にまた変更が起こった。それまでkotamadyaという言葉だ ったものが単なるKotaになり、公的行政名称がそんな形に変わったために混乱が避けられ なくなった。バンテン州のCilegonはコタだ。ところが州都のSerangはコタでないと言う。 セランの方がチルゴンより広い土地面積を持ち、住民のバラエティもはるかに年代を経て いるというのに。 ジャカルタは昔、ひとつのコタだった。ところがその中に北・東・南・西・中央ジャカル タという5つのコタを擁するようになった。行政区画の用語としてkotamadyaがまだ使わ れていれば「Di Kota Jakarta terdapat lima kotamadya.」という叙述には何の問題もな い。しかし今の語法でそれを述べると「Di Kota Jakarta terdapat lima kota.」になっ てしまう。こりゃおかしい。 kotamadyaに取って代わったkotaは行政区画のカテゴリー名称であるために、その下部カ テゴリーの中にdesaのようなレベルの居住地域が含まれることになる。論理的帰結として kotaの中に含まれるそのような居住地域にはlurahが首長として治めるkelurahanという行 政区画名称が与えられた。その首長の役職名称がルラになったことで、次のような帰結が 引き起こされた。 それまでデサの首長がルラと呼ばれていたため、その変化に対応するためにデサの首長は kepala desaという名前に変えられたのである。その命名法は取ってつけたようなやっつ け仕事の印象をもたらした。 なぜなら、他の行政区画の首長はみんな独自の役職名称を持っているのだから。provinsi (州)の首長はgubernur、kabupaten(県)の首長はbupati、kecamatan(郡)の首長は camat、そしてlurahという首長名称はkelurahan(町)の統治者を指し、kepalaを付けて いるものはひとつもない。 実態はデサだと言うのに、デポッ市Kota Depokに含まれたためにPondokpetirはデサでな くなりクルラハンになった。ポンドップティルの位置はデポッの町kota Depokから15キ ロほど西に離れている。大文字Kotaは行政区画名称、小文字kotaはKBBIの語義(b)(c) に合致している。デポッの町からポンドップティルへ行くためには乗合バスをニ三回乗り 継がなければならない。