「pecinanはジャワ語(終)」(2026年02月22日) 接尾辞-anは場所を示す機能を持っている。 jajah (各地を旅し世間慣れして諸事情に明るいこと) → jajahan (植民地) tandur(植えること)→ tanduran(植える場所) pundhi(頭上に載せて崇敬すること) → pundhian (崇敬対象が置かれている場所) *語形変化してpundhian → pundhenになった(イ_ア語pundenの語源) jaksa(検察官)やbupati(県令)が仕事しているオフィスつまり庁舎などはkejaksaan → kjaksanやkebupatian → kabupatenになる。検察官や県令は職業名であるとはいえ、つま りはそれを行う人間を指していると見ることもできる。言い換えれば-anを付けてその人 間がいる場所を示すという用法だと解釈することも可能だろう。 チナ人やコジャ人がたくさん集まって住んでいる場所であればプチナンやプコジャンとい うことになるし、バンダ人奴隷の集落はKampung Bandaan → Kampung Bandanになった。 サントリがいる場所はプサントレンであり、モスクの世話をする人間であるkaumがいるモ スク周辺の地域はカウマンになる。大地主や村の開祖の名前に-anが付けられてRagunanや Petogoganなどの地名ができた。 場所を示す接尾辞-anが人間を示す名詞に付く場合、語幹が2音節の語で語尾が子音、あ るいは3音節以上の言葉であれば接尾辞の-anが付くだけだが、2音節語で語尾が母音で あれば特別に組み合わせ接辞のpe-anが付けられるという法則までジャワ語にある。 CinaやKojaなどは後者に該当するためにpecinanやpekojanという形で場所が示される一方、 2音節だが語尾が子音のBugisはBugisanになり、3音節のMricaもMricanになる。ブギサ ンはジョクジャにある村の名前で、語源はブギス人でなくてスラカルタ王宮の警備兵団で あるBogisがブギサン村のエリアの警備に就いていたために名付けられたという語源説に なっている。一方のムリチャンはクラテン地方の村の名前であり、ムリチャンの地名の由 来はコショウの木があったためという説と、村の開祖がキアイ グノ・ムリチョという人 物だったという説がある。 ジャカルタ市内にあるMatraman地区は中部ジャワのMataram王国がVOCのバタヴィアを 征服するために侵攻戦を行った際、マタラム軍が本営を置いた場所がそう名付けられたと いう語源譚が定着している。だからジャワ人がそこをMataramanと名付けたのだ。しかし 17世紀にVOCがバタヴィアからボゴールに向けて南往き街道を作ったとき、その地名 は既にMatramanになっていた。ジャワ人がマタラマンと呼んでいた地名に倣ってブタウィ 人もそう呼ぶようになったはずなのにこれはどうしたことだろう? その理由は、ブタウィ人の発音の癖のせいでマタラマンと言うことができず、ブタウィ人 一般がマトラマンと発音していたためにオランダ人がそれを耳にして文書に記録したとい う解説が見られる。今ではジャワ人もジャカルタのマトラマンという地名をそのように発 音していて、故事に倣ってマタラマンと言うひとはいない。なにしろそう綴られているの だから、既にプンデンに奉納された文字というものに従わない現代人は知能と精神を疑わ れることになりかねないのだ。 スンダ人もジャワ人と同じ語法を使っており、接尾辞-anが場所を示す用法例はたくさん ある。ただスンダ人はpe-anでなくpa-anを使う傾向が高いので、ジャワ語よりもpa-an形 式が豊富なようだ。2音節で語尾が母音のSundaを語幹にしてスンダ人が自らの土地を言 い表す言葉が作られた。Pasundanの分析はきっともうお解りのことだろう。 他にもParahyanganという似たような言葉がある。この言葉の分解は諸説あって、まず複 数を示すparaと神を意味するhyangの複合語に場所を示す-anが付いたもの、次に神聖なる ものを意味するrahyangに組み合わせ接辞pe-anが付いたもの、接頭辞pe-と挿入辞-ra-お よび接尾辞-anを語幹のhyangに付けて場所を表しているもの、という三種類の解説をイ_ ア語ネット内に見出すことができたのをお知らせしておこう。[ 完 ]