「華人街騒乱(1)」(2026年05月26日) 1740年10月9日、雨季にさしかかったバタヴィアの空にはたくさんの雲が浮かんで いた。不穏な状況が続いていたバタヴィアでは、1千8百名のVOC正規軍とヨーロッパ 人ならびにプリブミから成る市民軍や兵役義務を負っている者が総動員されてバタヴィア 城市内の警備に就いた。ヘルマヌス・ファン スフテレン少尉指揮下の部隊が華人居住地 区、ヤン・ファン オーステン大尉の部隊が南部の運河に近いポストに陣取り、警備を固 めると同時に華人住居をしらみつぶしに家宅捜索して武器や刃物を没収した。 ところが武器を没収するための家宅捜索という名目で家の中に押し入って来た兵隊とそれ を手伝うプリブミやヨーロッパ人住民たちが、家の中にある金目の品物を強奪し、屋内に いる男たちを捕縛して連れ去ることも起こった。そんなことが行われた場所ではたいてい が小競り合いに発展した。 バタヴィア城市内の南部をメインにしてそんな状況が繰り広げられていたとき、突然火災 が発生した。華人所有のワルンが燃え上がったことを知ったとたん、武器没収任務を遂行 していた者たちの態度が急変した。周囲に向けられるかれらの警戒心がはるかに強まった ように感じられ、そして華人を取り扱う手が粗暴さの度合いを高めた。 それからどのくらいの時間が経過しただろうか、北のほうで人間の立てるどよめきが小さ く聞こえた。そのどよめきが広がりながら急速に接近してくる様子を華人街にいるすべて の者が感じた。何が起こったのだろうかという疑問を抱えて、すべての者たちは近付いて 来る音の方角に注意を集中した。そしてたくさんの男たちが奔流となってこちらに向かっ てくる光景が目に映ったとき、男たちの全員が武器を手にしている姿に華人たちは慄然と した。この世の終わりがやって来たのだ! バタヴィア城市内の北のエリアで働いていた労働者や監督人たちが南部にある華人居住地 区に長剣や短剣・銃やサーベル・斧や鉈・そして棍棒などといった人間を殺すために使え るありとあらゆる道具を手にして押し寄せてきたのである。プリブミ労働者の中には奴隷 もたくさん混じっていた。 駆け寄って来た暴徒は路上にいた華人にいきなり襲いかかり、斬り、突き、刺し、殴って 殺した。ひとりの華人が数人の暴徒に取り付かれると、暴徒はそれぞれが思い思いの動作 を行ったから、全身から血が噴出し、肉がちぎれ、頭が割られて被害者は地面に崩れ落ち た。即死したのだろう。 華人居住地区の警備に就いていたVOC軍人と市民軍や民間人も暴徒の奔流の中に溶け込 んでいった。暴徒と化した官民の大群衆が華人街にいるすべての華人に向かって皆殺しを 開始したのだ。暴徒は路上で、住居の周辺で、家屋の中で、そればかりかワルンや商店あ るいは事業所の中にまで侵入して、居合わせた華人に手あたり次第に切りつけ、殴りつけ、 喉を掻き切った。 扉を中から閉ざした家屋には斧を持つ材木作業者が駆けつけて扉をたたき割り、開かれた 扉から長剣や短剣を手にした数人が中に飛び込んで隠れていた者に切りつける。長銃を持 った兵士が銃床で殴りつける。傷を負って倒れた者にとどめを刺す者がいる。婦女子から 幼児や赤児にいたるまで、殺意を発散させるターゲットにはまったく見境がなかった。 華人居住地区一帯の路上は血の海になり、運河は投げ込まれた死体で埋まり、川の水が赤 く染まった。路上や運河、家屋や建物内外のあらゆる場所に華人の死体が転がっている。 華人街一帯に血の匂いが立ち込め、阿鼻叫喚が大空の雲の下でこだました。 家屋・商店・事業所などに押し入った暴徒は人間を殺し、金銭や家財を掠奪した。裕福な 華人の中には、部隊指揮官に金や財物を渡して生命を守ってもらおうとする者がいた。だ がかれらの期待はすぐに裏切られた。指揮官たちはさもその申し出を受け入れたふりをし て金や財物を手にするや、その華人を血に狂った奴隷たちに引き渡したのだ。[ 続く ]